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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
66/315

09 森

 ブーツのつま先を、鉄のカタマリが勢いよく掠めていく。

 木材と金属が轢き潰される音を聞きながら、私たちは宙を舞った。


 直後に飛び散る木片や金属片。

 それらを吹き飛ばし、いななきのような残響音を残しながら鉄の巨象はあっという間に過ぎ去っていった。


 あと1秒でも遅れていたら、間違いなく聖堂送りになっていただろう。


 い……イヴちゃんを守らなきゃ、と思い、がんばって空中で私が下になるような体勢をとったが、すぐにひっくり返ってしまった。

 見るとイヴちゃんも自分が下になろうともがいていたようで、私たちはくるくる回りながら落下する。


 運よく丸っこい小高木の上に突っ込み、葉っぱまみれになるくらいのダメージですんだ。


「……イヴちゃん、大丈夫?」


 うつぶせのまま茂みにめり込む後頭部に声をかけると……彼女はオオサンショウウオのように這いつくばったまま枝をかきわけて外に這いだした。その後、唸りながら起き上がる。

 今更だけど、私を背負ってるからかなり重そうだ。


 頭をブンブンと振って髪についた葉を振り落としたイヴちゃんは、フウッと大きな溜息をついてから、ようやく口を開いた。


「言いたいことはいっぱいあるんだけど、まずはロープをなんとかして」


 その声が震えていたので、一気に不安になってしまった。


「う、うん」


「両手が使えるのはアンタなんだから……ナイフか何かでなんとかなさい」


 怒りをこらえるような厳しい声で指示が飛んでくる。


「え、えーっと」


 私はわずかに自由のきく手をパタパタさせて短剣を抜こうとする。

 腰に差している片手剣の横に付けてるんだけど……だけど……だけど……。


「む、無理っぽい」


 早くもギブアップ宣言。


 両手はイヴちゃんを背中抱きしているうえに縛られている。辛うじて肘から先は動かせるんだけど……自分の腰までまったく手が届かない。まるで着ぐるみみたいな不自由さだ。


 もうちょっと努力する素振りを見せてもよかったかなとも思ったが、骨を折るレベルの努力をしなければ届きそうにもなかったので早々とあきらめてしまった。


「しょうがないわねぇ……こんなコトには使いたくないんだけど、アタシの剣を使いなさい」


 失望を露わにしたような溜息をつかれてしまった。

 イヴちゃんの背中には大きな両手剣がある。いまはその上から私がしがみついているのでイヴちゃんの背中と私の胸にサンドイッチされる形になってるけど。


 また私は手をパタパタさせてみたが、イヴちゃんの肩より上に突き出ている柄に触れることすらできなかった。


「……ねぇイヴちゃん、逆立ちかなにかして大剣を傾けられないかな?」


 持てなくてもサヤから抜けさえすればいい。刀身にロープをこすりつけて切ることができるからだ。


「間違って抜けないようにロックがかかってるから傾けても抜けないわよ」


「そうなんだ……」


 そういえばイヴちゃんの大剣はサヤから垂直に引き抜くのではなく、柄を横にずらしてサヤの側面から抜刀するタイプのやつだった。だから間違って抜けたりしないようにサヤの側面の切れ込みにはストッパーがついている。


 ロープを簡単に切ることのできる装備をふたりとも身に着けているのに使えないとは、なんとももどかしい。


 まわりを見回してみたが、森の中には土と石と木と草しかない。

 しょうがないので力でロープを引きちぎれないかチャレンジしてみることにした。


「いくわよ、いい?」


「うんっ」


「せーの!」


「「んむぎゅぅうぅうぅうぅ~っ!」」


 イヴちゃんの合図とともに、ふたりして同時に力を込める。

 おとぎ話の勇者であればロープが勢いよく裂け、バラバラになるところなんだけどその思いも空しく肌にくい込むだけだった。


 小一時間ほど踏ん張ってさらにお肌にダメージを与えてから、私たちは同時にへばった。

 つ、疲れた……喉がカラカラだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……ね、ねぇ……ちょっと休憩しない?」


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……そうね」


 同意したイヴちゃんは近場の岩に近づくと、どっかりと座りこむ。


「まったく……縛るなんてナニ考えてんだか……バッカじゃないの」


 うなじに汗の玉を浮かべながら、ブツクサ言い出した。


「だってぇ、イヴちゃんが逃げようとしたから」


 私も疲れててイライラしてたので、つい言い返してしまった。 


「いつアタシが逃げたっての!?」


「逃げてたじゃない『アタシもうやめる~』って」


 ついつい売り言葉を買いにいってしまう。

 一番怒るであろう言葉をからかう口調で発してしまい、言ってからちょっと後悔する。


「なんですってぇ!? バカにすんじゃないわよっ! このっ!」


 案の定激怒するイヴちゃん。勢いよく飛んできた後頭部が私の鼻にガツンとぶつかった。


「あいたっ!?」


 思わずのけぞってしまう。ぬるりとした感触が鼻の下あたりに生まれた……たぶん鼻血だ。

 こっちは出血したというのに彼女は頭を激しく揺らしてガンガン連続で当ててくる。


「いたいいたい! やめてイヴちゃんっ!」


 訴えてみても頭突きの雨はやまない。

 彼女から離れようにも縛られているので、私は逆にしがみついた。弱点をつけば攻撃が止むかと思ったからだ。


「いっひぃーっ!?」


 変な悲鳴と共にイヴちゃんの身体が硬直し、逃れるように前に飛び出す。

 逃げられないのは彼女も同じだ。私は反撃開始とばかりに引き締まってるけど柔らかい身体を揉みまくる。


「いひひひひっ!」


 すると何を思ったか、奇妙な笑い声とともに木に突進しはじめた。おかしくなってしまったかと思ったが、ぶつかる直前に踵をかえし、背中から木にぶつかった。


「ぐえっ!?」


 イヴちゃんと木の間でプレスされた私の肺から空気が押し出される。潰されたカエルのような悲鳴をあげてしまった。


 その一撃で、私もキレた。


「ごほっ……げふっ……いっ……イヴちゃんの……乱暴者ーっ!!」


 怒りに任せてぎゅむーと強く抱きしめると、イヴちゃんは「あっひぃー!?」という奇声とともに再び走り出した。


 イヴちゃんが怒ったときはだいたい私が謝って終わる。まぁ悪いのは私の場合が多いんだけど。

 だけど私が引き下がらずに喧嘩になってしまうことがたまにある。今がそれだ。


 スマートボールの玉のように道行く木にぶつかり、私を痛めつけようとするイヴちゃん。負けるもんかと彼女を揉みしだく私。

 変則的なふたりの喧嘩はしばらく続いた。危機的状況なのにこんなことをしてる場合じゃないんだけど、もう止められない。


 しかし仲裁が、突然やってきた。

 不意にイヴちゃんの身体がガクンと傾き、前のめりに倒れる。


「「わあっ!?」」


 ハモる叫び声。

 イヴちゃんは崖に向かって突っ込んでいた。頭に血がのぼった彼女は足元の確認もせずに走っていたのだ。


 幸い崖は絶壁ではなく急な坂道のようになっていた。

 おかげで飛び降りみたいにはならなかったけどかわりにゴロゴロと転がり落ちていく私たち。


 葉っぱまみれの次は土まみれになる。崖の下には川が流れていて、最後はそこに突っ込んだ。


「「ぷはあっ!? ……み、水だっ!」」


 水から同時に顔を上げ、同時に叫んだ私たちは争いも忘れ、再び水流に顔を突っ込んで喉を潤す。

 素姓の知れない水だったけど、それを気にしている余裕はなかった。


 暑さと度重なる緊張、そして渇きと衝突。ずっとストレスの連続だった。

 そこにきての冷たい水というのはこたえられないうまさがある。


 たとえ今この瞬間、川上でアライグマがオシッコをしているのが見えても私は飲むのを止めなかっただろう。


 しばらくして、ツインテールを流しそうめんのように水中になびかせていたイヴちゃんが起き上がった。

 ブロンドから水滴をしたたらせながら彼女はふぅ、とひと息つく。


「まったく……最低の気分だわ」


 おいしい水で機嫌がなおってくれることを期待したが、まだおかんむりのようだ。

 逆に私は冷たい水に突っ込んだおかげでだいぶ頭が冷えた。


 元はといえば……私がムリヤリ連れてきたせいだよね。イヴちゃんがやめると言ったときに別の交通手段を選択していればこんなことにはならなかった。

 ケッターを使ったとしてもグルグル巻きなんて酷いことしなければみんなと離ればなれにならなかったかもしれないのに……。


「ごめんね、イヴちゃん……」


 見えてないと思うけど、素直に頭を下げる。


「いまさら謝っても遅いわよっ」


 取り付くシマもない返答。

 無理もないんだけど……顔が見えないだけに受けるショックも大きい。


「う~っ……私のこと、キライになっちゃった?」


 泣きたくなりそうな気持をこらえて尋ねると、


「そっ、そんなこと言ってないでしょ!」


 急に慌てた声になるイヴちゃん。


「……こっ、この程度のコトでキライになるんだったらわっ、わざわざツヴィ女に入学なんてしないわよ」


 さっきまでムキムキしていたのに、急にしどろもどろだ。


「?……うん」


 私は意味がわからなくて、つい生返事をしてしまう。

 さっきまであんなに怒ってたのになんで急に狼狽してるんだろう? それになんでツヴィ女の入学の話になるんだろう?


 よくわかんないけど……もう怒ってないみたいだから、気にすることもないか。


「ありがとう、イヴちゃん」


 ほっとした私がお礼をすると、彼女はバツが悪そうにフンと鼻を鳴らした。

 水から上がった私たちは再び岩に腰かけてひと休みする。


「そういえば……ケッターが衝突するってなったとき、咄嗟にいろいろ指示をしてたわね」


 ふと思い出したように言うイヴちゃん。


 言われてみるとそうだ。いつもだったら急にピンチになるとまずパニックになってわたわたしちゃって、策を考えるのに時間がかかるのに……あの時だけはなぜかすぐに判断できたんだよね。


「指示した内容はともかくとして……あの判断の速さはなかなかやるじゃない」


 続いて出た言葉に、思わず我が耳を疑った。

 い、イヴちゃんがほめてくれるなんて……隕石でも降ってくるんじゃなかろうか。


 しかし嬉しさを噛みしめる間もなく、


「その能力を発揮する絶好のチャンスよ! この状況をなんとかなさい、今すぐ!」


 ムチャ振りされた。

 イヴちゃんは急かせばいいと思っているのか「さぁ! さぁ!」とけしかけてくる。


 私は状況判断のためにあたりを見回した。川原は森を分断し、崖とともにケッターの線路に沿うように走っている。

 川原の上流と下流を目で追ってみたが、森は途切れる気配なく壁のように生い茂っている。


 使えそうなものは土、石、木、草……森の中と変わりない……いや「水」が増えてるか。

 でもロープを切れるようなモノはなさそう…………いや、あった!!


「イヴちゃん、平べったい石を探して!」


 私は縛られた身体を揺すって叫ぶ。


「石?」


「そう、石器を作るんだよ!」


 もともとは火起こしのために身に着けた技能だけど、石器は刃物のかわりになるはずだ。


 足元にたくさん転がる石のうち平たいやつを見繕って、適当な丸い石に打ち付けて鋭くなるように整形する。

 生存術を選択していないイヴちゃんは石器づくりを見るのは初めてなのか、私の手元をじっと見つめている。


 まさかイヴちゃんごしに石器作りをするハメになるとは思わなかった。

 普段とはいろいろ勝手が違うからやりづらいけど……でもなんとかなりそうだ。


 しばらく時間をかけて、手のひらサイズの石器が完成する。

 「よしっ」と意を決した私は、側面の鋭くなっているところをロープに押し当てた。

 そのまま上下に動かす。ギシギシと繊維が切れるかすかな音がした。


 これは……イケる!

 確信した私はさらに強く速く、石を往復させる。


 すぐ横にある茂みがガサガサ動いたけど、そんなことはどうでもいい。

 イヴちゃんから「ねぇ」と呼びかけられたけど無視する。あと少しだから邪魔しないでイヴちゃん。


 私はロープを切るのに夢中なのだ。切れたらこんな後ろからじゃなくてちゃんと正面から向き合っておしゃべりをいっぱい……。


「ねえってば、聞いてんの!?」


 不意に激しく揺さぶられて、私はびっくりして顔を起こす。


 イヴちゃんの肩越しから……大きなイノシシが血走った眼でこちらを睨んでいるのが見えた。

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