07
発車場の頂上までたどり着くと、体格のいいおじさんが「おうユリー」と声をかけてきた。
「おっちゃん、ラマールまでたのむぜ!」
「ラマール? んなところに何しにいくんだ?」
「頼まれごとしてて、ちょっくら行ってくるところさ」
顔なじみなのか、慣れた様子でやりとりするユリーちゃん。
「そうか、ラマールなら12番だな。おい野郎ども、仕事だぞ!」
おじさんの掛け声で若い男の人が集まってきた。シロちゃんが私の背後にサッと隠れる。
男の人たちはローリングサンダー号を持ち上げて12とプレートのついたレールの上に乗せた。
レールは外に向かって伸びている。おそらくこれで飛び出していくんだろうけど途中に両開きの木扉があって先は見えない。
「さぁ、乗った乗った!」
いちはやく乗り込んだユリーちゃんは私たちに手招きする。
「わーい!」
ミントちゃんはプールにでも飛び込むみたいに歓声をあげながら飛び乗った。
「ま、ここまで来たら乗るしかないわね」
髪をかきあげあっさり決めたイヴちゃんはローリングサンダー号のフチに手をついて颯爽と乗り込む。
残るは私とシロちゃんとクロちゃん。思わず三人で顔を見合わせてしまった。
二人とも私の決断を待っているようだった。
「まぁ……ここで悩んでてもしょうがないから、とりあえず乗る?」
私の問いにコックリするクロちゃんと、緊張した声で「はい」と返事するシロちゃん。
クロちゃんはいつも通りの反応だとして、シロちゃんは少なくとも嫌がっている様子はなさそうだった。
彼女的に羞恥心を刺激される行為、肌を露出したり人前に出たりするものじゃなければ好奇心が勝るようだ。今も期待と不安の入り混じった表情でほんのりと顔を紅潮させている。
ならば……覚悟を決めるしかないか!
私はシャツの袖をまくりあげて、やる気スイッチを入れた。
まずは荷物。ローリングサンダー号の後部はトランクになっており、持参したリュックをそこに放りこむ。
そして搭乗。このケッターは扉がないので乗るためにはボディのヘリを越えるしかない。
まず私が飛び越えて、裾が引っかかりそうなローブを着ている2人を手助けする。
乗り終えるなりユリーちゃんからロープの束を手渡された。
束の先を目で追うと、彼女の腰に巻きついている。
「なに、これ?」
「なにって、身体を固定するためのロープだよ。しっかり腰に巻いとかないと吹っ飛ばされるぞ」
「……吹っ飛ばされることがあるんだ」
脅かすようなユリーちゃんの台詞に、私のやる気が少しだけ萎縮する。
いやいや、彼女の言うとおりしっかり巻いていれば何の問題もないはず……と自分に言い聞かせた。
ロープを両手でぐいぐい引っ張って強度を確かめたあと、自分の腰に巻こうとしたけどうまくいかなかった。
短い帯と違って長いうえに片方がユリーちゃんの腰に巻かれているから、ひとりでやるのは思ったより難しい。
それなら……まず私の手でみんなの腰に巻いてあげようかな。
最初はイヴちゃんあたりに、と思って巻いてあげようとしたけど彼女は腰にロープが触れただけでウナギみたいにのたうち回った。
あ、そっか。彼女はくすぐったがりだったんだ。
好意のつもりだったんだけど、注射を嫌がる子供のようにケッターの最後部に逃げられてしまう。
「ベルトまいてるのに、なんでロープはだめなの~?」
やりとりを眺めていたミントちゃんがもっともな突っ込みをする。
確かにイヴちゃんは腰ベルトを巻いている。これが平気ならロープも大丈夫だと思うんだけど……。
「こっ、擦れるのはダメなのよっ!」
ケッターのヘリにしがみついて情けない声をあげるイヴちゃん。
「あ……アタシやっぱりやめた! 歩いてく!」
しかもさっきまで乗り気だったのに、突如逃げ出そうとする。
ああっ、待って待って待って。歩いていくとなると3日はかかるってユリーちゃんは言ってた。
ここまできてそのタイムロスは避けたい。それに私のやる気は充填されてしまったのでノッているうちに出発したい。……自分勝手な気もするけど。
イヴちゃんには悪いけど、こうなったら!
「ごめんイヴちゃんっ!」
ヘリを乗り越えて脱出しようとするイヴちゃんを背後から抱きしめる。
「ちょっ!? なにするんのよリリーっ!」
抗議を無視し、力いっぱい腕で包み込んで抱き寄せつつ両手の自由を奪う。さらに脚でカニばさみにして両足の自由を奪った。
イヴちゃんは力が強いから長い時間押さえておくことは無理だ。
「みんな早くっ! 私ごとイヴちゃんを縛って!!」
私はモンスターと刺し違える勇者のように、必死になって叫んだ。
「よぉし、そのまま押さえてろよ! みんな、かかれ!」
すぐに意図を察してくれたユリーちゃんの号令で、シロちゃん以外が一斉に飛びかかってきた。
イヴちゃんをくすぐって力が入らないようにしてくれるミントちゃん。
足首を掴んでさらに固定してくれるクロちゃん。
私とイヴちゃんの身体にロープを巻きはじめるユリーちゃん。
「くっ! アンタたちっ! やめなさーいっ!!」
しかしそれでも全力で抵抗しようとするイヴちゃんは唯一自由になる首をブンブン振って叫ぶ。
「離しなさいっ、リリーっ! このぉーっ!!」
「あいたぁーっ!? お、お願いだからじっとしてて、イヴちゃあんっ!!」
腕に思いっきり噛みつかれて、思わず私も絶叫してしまった。
でもここで離したら今までの苦労がムダになるので私はさらに腕に力を込めた。
「あっ、アンタたちっ、覚えてなさいよーっ!?!?」
最後の断末魔をフロア中に響かせるイヴちゃん。
そして私たちは……ひとつになった。見た目は完全にみのむしみたいだけど……。
私はイヴちゃんの背後から抱きつき、足を絡ませたままグルグル巻きにされたのでイヴちゃんは私を強制的におんぶさせられているような形になる。
私は辛うじてヒジから先だけは出すことができたので、脚はイヴちゃん、手は私の二人羽織状態だ。
「ごめんねイヴちゃん、ちょっとだけだからガマンしてね?」
うなじを赤くするほど興奮しているイヴちゃんを後ろからなだめると、無言のまま後頭部で頭突きされた。
しかしようやく大人しくなってくれたので、残りのロープをクロちゃんシロちゃんミントちゃんの順番で巻きつけた。
ついに一本の命綱で繋がった私たち。もう後には引けない。
イヴちゃんを縛る際に大騒ぎしたせいで、私たちは注目の的になっていた。フロアじゅうの人たちが集まってきて私たちを見送ってくれる。
おじさんが合図をすると、男の人たちがローリングサンダー号をスタート地点である扉に向かって押していってくれた。
見送るおじさんめがけて、ユリーちゃんは500ゴールド硬貨を指ではじいて飛ばす。
「おっちゃん、サンキューな!」
「バカ野郎、ガキからチップなんざ貰えるかよ!」
硬貨をキャッチしたおじさんはそのまま投げ返そうとしたが、異変に気付く。
「ってなんだ、チョコレートかよ……気ィつけてけよ!」
コインチョコレートを食べながら、おじさんは手を振ってくれた。つられてまわりの人たちも手を振ってくれる。
「いってきまーす!!」
代表してミントちゃんが両手とポニーテールをぶんぶん振ってそれに応えた。
お辞儀するシロちゃん、棒立ちのクロちゃん。
私も自由のききにくい手をぎこちないながらも一生懸命振って、イヴちゃんの分まで返礼した。
大きな木扉がゆっくりとスライドして開き、遮るもののない大空が広がった。高々度からの眺め……ドラ女が小さく、ジュースを買った露店は粒のような小ささで見下ろせる。
すごい……ケッターとレールしかないから視界の良さが尋常ではない。しかもこんなに高いところで……下を見ると自然と背筋が震える。
ミントちゃんは乗り出さん勢いで下を眺めている。それが心配だけど想像してたより高くて怖いのかシロちゃんは目を閉じながらミントちゃんの身体を押さえている。
イヴちゃんの表情は見えないが、平静を装っているようだった。しかし身体はなんだか強張っているように感じる。
「大丈夫だよイヴちゃん、私がついているから」
私はそっとささやいて、ロープごしに彼女の身体を抱きしめた。
次の瞬間……私たちは滑降する。イヴちゃんは何か言っていたが、それは聞き取れなかった。




