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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
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06 ドライトーク

 ゆっくりと時間をかけて、世界が元に戻っていく。

 気が付くと……私は倒れていた。


 ……なんだろうこの言い表せない感覚。

 うう……気持ち悪い。胃が飛び出しそうだ。


 のろのろと起き上がると、みんなも床にうずくまっていた。

 ミントちゃんとクロちゃんだけはケロっとしており、私たちを見下ろしている。


「ぐるぐるまわってたのしかったねぇ」


 飛び跳ねてはしゃぐミントちゃん。


 そうだ、それだ。なんて表現していいかわからなかったけど、身体が高速で縦と横に回転してるみたいな感覚だった。

 それがしばらく続いてもぉ限界だと思ったら少しづつ収まっていって、気が付いたら倒れていた。


 しかしミントちゃんはまだ足りないのか、その場でクルクル回転しはじめた。

 彼女はコマかなにかの生まれ変わりかもしれない。


「はやくいこうよぉ~」と回りながら急かされて、休憩もそこそこに立ち上がる。

 続けて起き上がったイヴちゃんシロちゃんも青白い顔をしていた。


 経験者であろうユリーちゃんですら「相変わらずキクぜ……」なんて言いながら頭を叩いている。

 転送装置というのは移動中も素敵な気分になれるものだと思ってたのに……まさかこんなフラフラになるような目にあうなんて。


 少し休むと意識はだいぶハッキリしてきたけど……本当にはるか南東のドライトークに着いたんだろうか。まだ実感がわかない。


 出迎えてくれたのは転送先の装置を動かした先生だった。

 水着みたいな薄着に艶やかな色の薄いレースをかぶっていて「ドラ女へようこそ~」と手をヒラヒラさせている。


 親しみやすそうな軽さの先生にお礼の挨拶をした私たちはユリーちゃんの案内で外に出てみることにした。

 転送装置のある部屋から出ると、石造りの廊下に出た。


 部屋は地下にあったから涼しく感じたけど、外はだいぶ暑い。出迎えてくれた先生の薄着が理解できるほどの気温だ。


 ツヴィートークはもうすぐ冬だけど、それよりかなり南に位置するドライトークはまだ夏なのか……。長袖を着てきてしまったことを少し後悔。


 そして空気のニオイもなんだか違うカンジがして、遠くにきたことをようやく脳も認識しはじめる。

 転送装置を使って一瞬にして遠くまでやって来たという実感が今更ながらに湧き上がってきてちょっと興奮した。


 いびつな形の石がパズルみたいに組み合わされた石垣の廊下を歩く。明り取りの隙間からは林が見えていて、しばらく移動していると乱闘風景が目に入った。


 女の子たちが雄叫びをあげながらなにやら争いあっている。

 私は素早く石垣に張り付いて、様子を伺った。


「な、何事?」


 みんな体操服を着ているからおそらくドラ女の生徒たちだろう。即席で作ったような木刀を手に殴り合いをしている。

 見るからにただごとではなさそうだ……いったいなにがあったんだろう?


 到着して早々トラブルの予感だったが、ユリーちゃんは動じる気配はなかった。


「何事って、火起こしの授業だよ。一番に火を起こすためには他の奴らをブッ倒すのが手っ取り早いからな」


 日常風景を見るような緊張感のなさで、当たり前のように言われてしまった。

 じゅ、授業風景だったのか……。


 なら隠れる必要もないか、と思いちょっと興味もあったので石垣から出て参観させてもらうことにした。


 確かによく見ていると争いのスキを伺い、木の棒をこすり合わせている姿も見られた。すぐに横から殴られて妨害されてたけど。


 ……アレに比べるとツヴィ女の火起こしの授業のなんと平和なことだろう。

 たぶんユリーちゃんはドラ女の感覚で授業に参加してたんだろうな。いまならあの奇行も理解できる気がした。


「やれやれー! ぶっとばせー!」


 そのユリーちゃんはミントちゃんと共にけしかけるような声援を送っている。

 隣では両手で口を押え、ハラハラしながら見ているシロちゃん。


「まるで原始人の争いみたいね」


 イヴちゃんは鼻で笑っていた。


「ドライトーク女学院は近接戦闘を重視した教育をしている。そのため白兵戦については全学院のなかでも最強といわれている」


 クロちゃんの説明になるほどと納得する。たしかにベルちゃんみたいに腕っぷしの強そうな女の子ばかりだ。


「おっ、イイこと言うじゃねぇかクロ! ダテに根暗じゃねぇな!」


 声援を中断したユリーちゃんは立てた親指を突き出しながら褒めてるんだか貶してるんだかよくわからないことを言った。


 授業の途中、体当たりをくらった女生徒がこちら吹っ飛んできて私たちの足元にゴロゴロと転がった。顔がだいぶ腫れている。


「きゃっ!? だっ、大丈夫ですかっ!?」


 仰天して駆け寄ったシロちゃんは反射的にタリスマンを取り出しすぐに治癒魔法を唱える。

 女生徒が光に包まれると、時が止まったように争いがストップする。生徒全員が顔をこちらに向けて様子を見ていた。


 光がおさまりケガがすっかり治った女生徒は唖然としていた。まるで生まれて初めて治癒魔法を体験したみたいな表情をしている。


 見ていた生徒たちは全員こちらに走ってきて、私たちを取り囲んだ。

 思わず身構えるが、お目当てはシロちゃんのようだった。


「あっあっあっあっ、あ、あの、す、すみませんっ、じゅ、授業のお邪魔をしてしまって……」


 大勢の生徒たちに囲まれどうしていいのかわからず、ひたすら謝りだすシロちゃん。注目を浴びることに慣れてない彼女はかなり狼狽している。

 かばってあげなきゃと思ったその瞬間「おおーっ!!」っと大歓声があがった。


 さっきまで怖い顔で殴り合いをしていた彼女たちの表情は一変、同年代の女の子らしく瞳を輝かせ、黄色い声でシロちゃんを賞賛しだした。

 どういうことなのかユリーちゃんに尋ねると「ウチの学校は治癒魔法が使えるヤツがいないから珍しいんだよ」と教えてくれた。


 生徒のひとりが「アタシにも魔法かけて!」と言い出すと、皆が我も我もシロちゃんに詰め寄った。

 あっという間に女の子たちにもみくちゃにされるシロちゃん。相手が同性とはいえ人見知り激しい彼女は慣れない強制スキンシップにはわわわ……と震えあがっている。


 そろそろ止めなきゃ……と思っていたら、先に動いたのはユリーちゃんだった。


「ダメだダメだダメだ! しょっちゅうケガしてるお前らに魔法なんかもったいねぇ! ツバでもつけとけ!」


 シロちゃんのまわりの生徒を押しのけ、シッシッと手で追い払うユリーちゃん。


「ツバで治してるのってユリーだけだよねぇ」


 皆から口々に突っ込まれていたが、


「うるせぇ! 俺たちは忙しいんだ! おい、もういくぞ!」


 一蹴してシロちゃんの手を引っ張り、さっさとその場をあとにしようとする。

 後を追う私たちは生徒たちのブーイングを背にしながらドラ女を出た。


 街に出た私たちは最初に見つけた露店でマリマリジュースというのを買った。

 お店のおばさんからの受け売りだが、マリマリジュースというのはこの地方の特産であるヤシ科の植物を絞ったもので、ぷるぷるした食感の実も混ぜてあるためデザート感覚でも楽しめるジュースだ。


 マリマリの実はコシのあるゼリーみたいで、なんというか甘いんだけど歯ごたえはイカというかコンニャクというか独特の弾力があって、それがまた不思議なカンジなんだけど喉ごしが気持ちいい。


 ドライトークは気温が高いけど湿度は低く、暑いけどカラっとして過ごしやすい。その気候にマリマリジュースはピッタリなようで、私もみんなもゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。美味しいジュースにシロちゃんもすっかり落ち着いたようだ。


 街並みのほうはツヴィートークと大違いで木造の建物は見当たらない。家はどれも削った岩を積み上げて作られており、なんだかダイナミックな印象を受ける。


 ドライトークに来てまだ少ししかたってないけど、私は出会った人と景色から力強さのようなものを感じていた。

 魔法の普及がないみたいなので文明的とは言い難い生活のようだけど、そんなことが気にならないくらいエネルギーに満ち溢れている。


「ユリーちゃんユリーちゃん! これからどうするのっ!?」


 私は元気をもらったような気がして、張り切ってユリーちゃんに尋ねた。


「ラマールまで行く! ケッターでな!」


 それ以上の声量でキッパリと返してくるユリーちゃん。彼女のなかではすでにプランがあるようだ。


「けったー!?」


 さらなる大声でミントちゃんが聞くとユリーちゃんは「アレだっ!!」と叫んだ。

 上空を指さしていたのでその方角を向く。街の向こうには巨大な三角形の建物が見えていた。


 あれが……次の目的地?


 その建物に向かって歩いていく途中、ユリーちゃんは大雑把に説明してくれた。クロちゃんが補足してくれたのであわせて話を総合すると……。


 ケッターというのは車輪のついた荷車みたいな乗り物のこと。それを建物の頂上から伸びているレール上に設置して搭乗し、高いところから滑りおりる勢いを利用して移動する……というものらしい。

 この地方では馬や船などよりも普及しており、遠くへの移動はもっぱらコレでするとのこと。


 道すがら、高空に架かるレール上でトロッコみたいなのがゴウゴウと音をたて、すごい勢いですっ飛んでいくのが遠目に見られた。轟音にまじって絶叫みたいなのが聞こえてくるのが非常に気になる。


 ケッターの発車場は四角く削った岩を積みあげて三角形の形にした建物で、近くで見ると思った以上に大きかった。

 みんな首を痛めそうなほど顔をあげ、茫然と見上げている。私も真似してみたが頂上が霞んで見えるほどの高さがあった。


「おい、いつまで見てんだよ。俺は準備があるから先に行ってるぞ!」


 ユリーちゃんはそう言い捨てて、発車場の入口らしき所からさっさと中に入っていってしまった。

 しばらく外観を堪能したあと、私たちも後を追って入場する。


 中には広大な空間が広がっていた。木造の昇降機が何台も置かれており、どうやらコレを動かして上にあがるようだ。

 ユリーちゃんはどこにいるんだろう……? と探してみたら、奥から彼女らしき人影が近づいてくるのが見えた。


 何やら車輪のついた大きなのをガラガラと押してこちらにやって来る。


「これが俺の『ローリングサンダー号』だぜ!」


 どうだといわんばかりに手をかざし、愛用らしきケッターを紹介してくれた。


 鉱山とかにありそうな木造のトロッコっぽい外見で、外周は金属で補強されている。

 側面には赤いペンキのようなもので「ローリングサンダー号」としたためられていた。


「貧乏くさいわねぇ」


「しょぼ~い」


 初見の感想を忌憚なく述べるイヴちゃんとミントちゃん。


「何だとぉ!?」


 愛車を馬鹿にされて飛びかかろうとするユリーちゃんの腰を抱いて抑える。


「まぁまぁユリーちゃん。えーっと、これに乗っていくの?」


「そうだよ、ラマールまで歩いたら3日はかかるからな。これなら昼ごろには着くぜ!」


 便利であることは伝わってきたが、異様なまでのショートカットっぷりにちょっと不安になってしまった。いくらなんでも速すぎじゃなかろうか。

 でもまぁ……スピード感があってちょっと楽しそうだし、この地方で一般的というならそんなに気にしなくてもいい……のかな。


 まずは体感してみようということになって、ローリングサンダー号と共に昇降機に乗り上へと向かう。

 昇降機は人力で、垂れ下がっているチェーンを引っ張って動かすタイプだったので私が動力となって頂上を目指した。

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