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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
62/315

05

 ユリーちゃんがツヴィ女に交換留学生としてやって来てから数日が過ぎた。


 高いテンションで独特の価値観を発揮する彼女は最初は浮いていたが、私が勝負に付き合うようになってからは少しづつ馴染んでいった。

 彼女は私たちのパーティに加わり、行動を共にするようになった。


 今日も放課後にみんなで姫亭へと向かう。

 座るのはいつもの5人掛けの丸テーブル席なんだけど、いまはユリーちゃんもいるのでひとつ椅子を足した6人掛けになっている。


 着席するとすぐにウエイトレスの格好をしたベルちゃんが注文を取りに来た。


「あれ、ベルちゃんアルバイト?」


「うん、明日から里帰りするんだけど、ちょっとお土産代を稼ぎたくって」


「ふぅん」


「こんなこと言うとティアがお金を出したがるんだけど、お土産くらいは自分の稼いだお金でと思ってね。で、なににする?」


 ユリーちゃんはレモンスカッシュ

 イヴちゃんはキャラメルラテ

 ミントちゃんはイチゴジュース

 シロちゃんはミルクセーキ

 クロちゃんはコーラ


 私は爽やかなのが飲みたい気分だったので「クロちゃんと同じで」と頼む。あとはいつもの野菜チップスを注文。

 オーダーをメモしたベルちゃんは「オッケー」と言って引っ込んでいった。


 しばらくして戻ってきたベルちゃんはトレイで運んできたグラスをみんなの前に置く。

 私とクロちゃんの間にはジョッキに入った大きなコーラがひとつドンと置かれた。飲み口が分かれたストローが1本だけ入っている。


「えーっと、これは私とクロちゃんでまとめて1杯?」


「あれ、同じでって言ったからふたりで一緒に飲むんだと思った。ふたつに分けようか?」


 そういう解釈もあるのか。

 これだとちょっと飲みにくいような気もするけど……と思っていたら、


「このままでいい」


 クロちゃんが即答した。

 それならまぁいいかと思い、クロちゃんと頬をくっつけ合わせるようにしながらコーラを飲む。


 そういえば、これだけ顔を近づけてもクロちゃんってニオイがしないんだよね……私の鼻が鈍いのかな?

 だから彼女がどんなニオイなのか知らないんだけど……それが正直、悔しかったりする。


 気になりはじめるとウズウズしてしまい、コーラそっちのけでクロちゃんのおかっぱに鼻を突っ込んでめいっぱい吸気してみた。

 ……だけど、その向こうに座っているユリーちゃんのものであろうほのかなレモンの香りがするだけであった。


 ユリーちゃんはさっそくレモンスカッシュをカラにし「おかわりー!」と叫びながらポケットから紙切れを取り出していた。なんだかひとりで慌ただしい。


「なによそれ」


 興味薄そうに尋ねるイヴちゃん。


「依頼書だよ。地元で変な女からもらったんだ」


 地元というのはドライトークのことだろう。それにしても変な女って……。


 ミントちゃんが「みせてー」と言うと、ユリーちゃんは依頼書を叩きつけるようにテーブルの中央に置いた。そばにあった野菜チップスの入った木の器が跳ねる。

 相変わらず乱暴なカンジだけど怒ってるわけじゃなく、その荒っぽさがユリーちゃんの基本。

 シロちゃんはまだびっくりしているようだが、私たちはもう慣れてしまった。


 依頼書をのぞきこんでみる。


 遺跡からの腕輪入手

  遺跡の奥にあるといわれる木の腕輪の入手

   期日  問わず

   場所  ラマール

   報酬  百万ゴールド相当の財宝


 文章の下には遺跡の所在地の地図と、木の腕輪のイラスト、そして戦闘依頼の証である赤い蝋印が押されていた。


 しかしそれよりも何よりも目をひいたのは、報酬の額。


「ひゃっ、百万ゴールド!?」


 思わず叫んでしまった。以前やったニンジン警備の20倍の額じゃないか。


「百万ゴールドって、学生用じゃなくて冒険者用の依頼の額じゃないの。なんでそんなの持ってんのよ」


 早速イヴちゃんの突っ込みが炸裂する。

 そうだ、こんな本格的な依頼が学生である私たちにまわってくることはほぼありえない。


「へへっ、俺を誰だと思ってんだよ? 『ダブルブレードのユリー』だぜ! その名はもはや冒険者として轟いてんだよ!」


 立てた親指で自らをさし、自慢げに言うユリーちゃん。

 あんまり答えになってないような気もするけど……まぁいいか。


「ひゃくまんゴールドのざいほうってどんなのかなぁ?」


「おおきな宝石とかでしょうか?」


 顔を見合わせあって盛り上がるミントちゃんとシロちゃん。

 やっぱり百万ゴールドっていわれるといろいろ想像したくなっちゃうよね。


 そのなかでひとり、変わらぬテンションだったのはイヴちゃんとクロちゃん。クロちゃんはいつも通りだとして、イヴちゃんは眉間にシワを寄せながら依頼書を眺めている。


 まるで出来の悪い子供が持って帰ってきたテストの答案を見るような雰囲気で視線を落とし続けたあと、ようやく顔をあげた彼女はゆっくりと口を動かした。


「……ラマールって?」


「ぷはっ、ドラ女からけっこう離れたとこにある荒地だよ」


 運ばれてきた2杯目のレモンスカッシュをあおりながら、すかさず返答するユリーちゃん。


「さまざまな部族の遺跡がある場所」


 平たい声で付け加えるクロちゃん。

 相変わらず彼女はスゴイ。まるで調べてきたみたいにさらっと情報が出てくる。


「ドラ女ってここから南東にあるんだよね。かなり遠いと思うんだけど」


 私もその輪に入りたくなって口を挟む。私の一言に、イヴちゃんの眉が少し上がった。


「……そもそもアンタはどうやってここに来たの? 船?」


 尋問するような口調で尋ねるイヴちゃん。キツい感じだが、これが彼女の基本対話姿勢だ。


「へへん、俺を誰だと思ってんだよ? 勇者だぜ? 勇者の移動手段といえば転送装置に決まってるだろ!」


「「「「転送装置!?」」」」


 クロちゃん以外が一斉に反応する。

 転送装置……設置されている装置間を一瞬にして移動できる夢のような移動手段。


 移動元と移動先の両方に専用の大規模な装置と、それを起動するための専用の術師が必要。

 しかも安全性の理由から装置の利用は移動元と移動先の管理者の双方の許可が必要なため普通の冒険者くらいでは一生利用する機会のないやつだ。


 しかしメリットは大きく、世界の裏側でも瞬きの間に移動できるという。

 世界をまたにかける勇者にとっては欠かせない、まさしく勇者のための移動手段といえる。


「なっ、なんでアンタなんかが転送装置を使えんのよ!?」


 いままで冷静だったイヴちゃんが声を荒げた。

 その反応も無理もないくらい、転送装置というのは憧れの的なのだ。


「へへっ、俺を誰だと思ってんだよ? 将来を嘱望された勇者だぜ?」


 みんなの反応に気をよくしたのか鼻高々に言うユリーちゃん。


 私も内心驚いていた。すごいと感じたら褒めてあげようと決めていたが、それを忘れるくらいに。まさか彼女がそんなレベルに達していたなんて。


「留学生は留学期間中、特例として学院に設置されている転送装置の使用許可を得られる」


 熱を帯びていた場に、水を浴びせるような声が静かに響いた。


「あ、そうなんだ」


 クロちゃんの一言に、抱いていた念が音をたててしぼむ。

 学院に転送装置があるのは知ってたけど、生徒は使えないもんだと思ってた。


「バレたか、まぁ俺が特別であることは変わりねぇけどな」


 ユリーちゃんは悪びれもせず言ったあと「じゃ、せっかくだからやるか!」と改めて依頼書をバンと叩いて立ち上がった。


「もしかして、この依頼を?」


 見上げながら尋ねる私。


「そうだよ。コイツをもらったときは俺ひとりだったからどうしようかと思ってたけど、ちょうどお前らもいるしやってみるか」


 みんなを見回しながら答えるユリーちゃん。


「ああ、移動のことなら心配するな。お前らも一緒に転送装置を使えるように頼んでやるよ」


 思ったより反応が薄かったのか、さらに付け加えた。


「ホントに!? やろうやろう!」


 ソレにあっさり釣られた私は、賛同して立ち上がる。

 依頼の内容もいいけど、なんといっても転送装置を使える一点に惹かれた。

 勇者になるための大きな一歩になるのは間違いないからだ。


「待てユリー、他のやつらはいいけどオメーはダメだ!」


 言葉と手で同時に私のことを遮るユリーちゃん。


「ええっ、なんで?」


「俺との勝負にまだ一度も勝ってねぇだろ!」


 私とユリーちゃんはあれから勝負をしてるんだけどまだ一度も勝敗はついていない。

 かけっこ対決はミントちゃんが勝ち、大食い対決はイヴちゃんが勝ち、果物早剥き対決はシロちゃんが勝ち、熱湯風呂ガマン対決はクロちゃんが勝ったからだ。


 いずれも最初は私とユリーちゃんの勝負だったんだけど意図的または偶然でみんなが乱入してきて、そのまま勝利してしまうパターンばかりだった。

 1位以外は勝ちじゃないというユリーちゃんの信条によって私との対決はまだついてなかったりする。


「未決着は敗北ではない」


 まるで偉人の言葉を引用するかのようにクロちゃんがつぶやいた。


「そうだそうだ、まだ負けたわけでもないよね?」


 意外な所からの助け舟にすかさず乗る私。


「それもそうだな。わかった、それなら決着をつけるためにも一緒に来い! ……ただしリーダーは俺だぞ、いいな?」


 釘を刺すように言うユリーちゃん。


「うんうん! それでいいから行こう!」


 私自身リーダーの自覚も特になかったので即承諾する。


 転送装置に乗れるんだったら、なんでもいい!

 他のみんなもの同じ気持ちだったのか、同行に賛同してくれた。


 ……いきなりな話ではあったが、いつもの顔ぶれに幼なじみのユリーちゃんを加え、冒険に旅立つことになった。


 しかも……いつもの学生用の依頼じゃなく、プロの冒険者みたいな本格的な依頼。

 お茶もそこそこに寮へと戻った私たちは明日に備えて準備をして、早めに就寝した。



 次の日、寮の入口で待ち合わせた私たちは実習届を出してからツヴィ女へと向かう。


 ユリーちゃんには昨日のうちに転送装置の使用申請を出してもらっていた。

 「お前らの分もバッチリ話をつけといてやったぜ!」と拳を突き出したポーズを決めながら彼女は報告してくれた。


 学院で待っていたのは図書館の司書の先生だった。

 物静かな先生に手招きされ、あとについていく。


「たのしみだねぇ、たのしみだねぇ」


 大きなリュックを背負っているにも関わらず、スキップするミントちゃん。

 ポニーテールが尻尾を振る犬のように勢いよく左右に動いている。


 楽しみでしょうがないといった様子だが、私も同じだ。もうちょっと荷物が軽ければ一緒に跳ね歩いてたかもしれない。


 校舎の真ん中にある時計台の地下を降りていくと、薄暗い門のような大きさの両開きの扉が現れた。


 先生が門に手をかざして何やら呪文を詠唱すると、大きな門扉は音もなく開いた。

 中の広いスペースには舞台のような高さの段差とそれを囲む装飾の施された柱が置かれていた。


 これが……転送装置?


 普段であれば時計台はカギがかかってて中に入れないんだけど、地下にこんな施設があるだなんて初めて知った。


 先生に促されて、舞台の上にあがる。荷物は降ろすように言われたので、足元に置いた。

 床にはなにか複雑な模様が描かれており「なんだろうコレ?」と聞くとクロちゃんが「魔法陣」と教えてくれた。


 これが……魔法陣か。教科書の挿絵とかではよく見るけど、本物を見るのははじめてだ。


 荘厳な魔法陣の上に立つ私たちは、たぶんハタから見たら勇者一向の旅立ちの瞬間に見えていることだろう。

 見ているのは先生くらいのものだが、カッコイイポーズを取りたくなった。


 他のみんなも同じ気持ちのようだ。

 ユリーちゃんは敵もいないのに背中の剣の柄に手をかけ、中腰のポーズでキメていた。

 イヴちゃんは抜いた大剣を地面に立て、柄に両手を置いた騎士みたいなポーズでキリっとした顔をしている。

 ミントちゃんは踊るような猫ポーズ。

 シロちゃんは緊張しているのか両手を前に組んだままもじもじしている。

 クロちゃんはいつもの棒立ち。


 みんなの真ん中に立つ私はあれこれ悩んだ挙句……斜に構え、指先で遠くを指さすポーズをとった。

 いざ、遥か遠くの地、ドライトークへ! という決意を現したつもりだ。


 ……うーん、我ながらカッコイイ。

 お小遣いをはたいてもいいから、真写師を呼んで私たちの勇士を写真に残したい気分だ。


 ポーズをとる私たちを見て準備完了だと判断したのか、先生は少し離れたところにある書見台に向かった。

 「行先は……」と言いながら分厚い本をめくる先生。私たちは一斉に「ドライトークにお願いします!」と叫んだ。


 先生が呪文を唱えはじめると……足元の魔法陣が形にあわせて光りはじめた。外側に広がった光は柱を伝い、上へと昇っていった。

 見上げると天井があったはずの空間には、青空があった。水面に写るみたいに揺らいでいる。


 すごいすごい……これが……これが……転送魔法……!

 初めて目の当たりにする大魔法……これが……勇者のための魔法!!


 感激が最高潮に達するのにあわせて私の意識は、白いモヤのようなものに包まれていった。

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