03
「この留学中に、お前をキャンキャン鳴かせてやるぜ! たっぷりと時間をかけてな!!」
驚く私に更にたたみかけるユリーちゃん。勇者志望のくせに言葉選びが悪者っぽい。
男の子と間違えたのがそんなにシャクにさわったのかなと思ったが、そんな短絡的に生まれた感情ではなさそう。
どうやら彼女は私にかなりのライバル心を持っているようだ。
しかも仲良く切磋琢磨するタイプのライバル心でははく、敵対心むき出しのやつ。
……例えるならば、イヴちゃんとティアちゃんの関係がそれだ。
イヴちゃんは事あるごとにティアちゃんに突っかかっていたけど、この場合はイヴちゃんの立場に相当するのがユリーちゃんってことになる。
となると私がティアちゃんってことになるんだけど、彼女みたいに余裕をもって対応できたら素敵だとは思うが……気の利いた返しが思い浮かばない。
ふと絡みつくような視線を感じた。見ると不機嫌オーラをしとどに溢れさせているクロちゃんと目が合う。
そうだった、ずっと脇にいるシロちゃんクロちゃんを助けないと。
なるべくユリーちゃんを刺激しないように人質の解放交渉をすることにする。
「えーっと、ユリーちゃんの意気込みはわかったから……とりあえず抱えてるふたりを離してあげて。私のパーティなの」
「なんだよ……お前んとこのだったのかよ……ほらよ!」
すでに開けてしまった荷物が誤配達だと言われたような不満を漏らしたあと、クロちゃんシロちゃんの順番で押し付けられる。
受け取った私はひとまずふたりともベッドの上に座らせる。ぐったりしているシロちゃんの肩を揺さぶると、気が付いた。
「大丈夫? シロちゃん」
声をかけてもぼんやりしているばかりであったが、私の姿を認めるとひしっと抱きついてきた。
「りょ……寮の廊下で男の方とぶつかってしまって……怒られてしまいました……び……びっくりしてしまって……ううっ……」
完全に怯えてる……。すぐ横にその「男の方」であろうユリーちゃんがいるけど……なんて声をかけようか。
下手なことを言ってユリーちゃんがまた騒ぎだしたら厄介だ。
「えーっと……たぶんだけど、その男の子はよく見ると女の子だと思うよ。だからそんなに怖がらなくてもいいんじゃないかな」
我ながら前代未聞の慰めの言葉だ。
「えっ……?」とおそるおそる顔をあげるシロちゃんはいつも以上の困り眉になっている。
「よう! 気が付いたかおっぱいプリースト!」
朗らかに挨拶するユリーちゃんを見たシロちゃんは、お尻に仕掛けられたバネが発動したみたいに垂直に飛び上がった。直後、私の背中にサッと隠れる。
こんな風に隠れるシロちゃんを見るのは久しぶりだ。昔は会う人全部に対してこんなカンジだった。
彼女が震えているのが背中ごしにわかった。ユリーちゃんに怒られたのがよっぽど怖かったんだろう。
それにしてもあんまりな呼び名だ。たしかにシロちゃんは胸が大きいけど……あまりにも歯に衣着せなさすぎる。
「おっぱいプリーストって……シロちゃんって名前だよ」
私はこのとき少し苛立っていた。私に対しての態度はともかく、シロちゃんクロちゃんの扱いはあんまりだと思ったからだ。
「シロちゃん、私の幼なじみのユリーちゃんだよ」
首を限界までひねって背後のシロちゃんに声をかける。なるべく怖がらせないようにやさしく。
「あっ……は……はひ……さ、先ほどは大変申し訳ありませんでした」
背中から震え声がした。いくら幼なじみとはいえ、シロちゃんをこんな目に合わせるのは許せない。
意を決した私はベッドから立ち上がり、ユリーちゃんと改めて対峙する。
「ユリーちゃん、シロちゃんに謝って」
ちょっとキツめの口調で言う。
「……なんでだよ」
「シロちゃんにぶつかったんでしょ? それにいきなり胸をひっぱるなんてしちゃダメだよ」
「…………」
ふてくされたようにそっぽを向くユリーちゃん。
「ユリーちゃん?」
「ぶつかって倒れたのもひっぱられるのも、全部ソイツが弱いからじゃねーか! 勝った俺がなんで謝んなくちゃいけねーんだよ!!」
ムチャクチャな理屈だ。
「ユリーちゃんっ!!」
たしなめると、舌うちして部屋を出ていこうとするユリーちゃん。
玄関口で背中を向けたまま立ち止まり、
「謝らせたけりゃ……俺に勝つんだな!!」
それだけ言って出ていった。
ふぅ……やれやれ。
ユリーちゃんは昔から勝ち負けで物事を判断するところがあったけど、それが顕著になってるような気がする。
横から肩をちょんちょんと突かれた。隣にはクロちゃんが立っていた。
「なに? クロちゃん」
「……敵?」
「ん? 誰が?」
クロちゃんは開け放たれたままの玄関扉を見た。
「え? もしかしてユリーちゃんのこと? 敵じゃないよ、私の幼なじみ。クロちゃんも仲良くしてあげてね?」
私の返答に頷きはしたものの、なんだか納得いってない様子のクロちゃん。
まぁ……ユリーちゃんがあの調子じゃ、いくらこっちが仲良くしようとしても無理か。
ベッドの上に座り込んだままのシロちゃんはまだ震えていたので胸に抱いて、頭を撫でてあげた。隣で見ていたクロちゃんが胸の空いているスペースに顔を埋めてきたので撫でてほしいのかなと思い、右手でシロちゃん、左手でクロちゃんの頭を撫でた。
しばらくして、落ち着いたシロちゃんと満足したクロちゃんは通学準備をするために自分の部屋に戻っていった。
……なんだかいろいろあったような気がするけど、今日まだ始まったばかりじゃないか。
私も支度をはじめることにする。休みの日とか実習のときは勇者ルックだけど今日は学校だからクローゼットから制服を取り出す。ウチの学校はブレザーだ。
白いブラウスに袖を通して襟にリボンを結び、プリーツの入ったスカートをはく。スカートの学院標準の長さはヒザの少し上くらいなんだけど、私は動きやすいようそこから少し裾上げしている。
スカートの上から腰にベルトを巻いて剣とポーチを身に着ける。
制服以外でスカートをはくことはほとんどない。夏休みに乗った豪華客船でドレスを着たときくらいか。
いま学院生徒のあいだでは制服の上になにかプラスして身に着けるのが流行っている。私の場合は愛用のマントで、それを制服の上からはおった。
最後に盾をつけたカバンを背負えば通学準備の出来上がり。
……っと、大事なのを忘れてた。勇者のティアラを頭につけて今度こそ準備完了。
「さぁて、いってきます!」
ベッドの上にあるママの写真に挨拶して、部屋を出た。
朝ゴハンを食べるために食堂へ。今日はゴハンの気分だったのでゴハンとみそ汁と焼き魚と卵焼きをトレイに載せた。
いつものテーブルに行くと黒いローブの姿だけがあった。クロちゃんだ。
彼女は制服の上から黒いローブを羽織ったスタイルで、スカート丈は標準の長さ。
今日のメニューはパンを選択したようで、ひとりマイペースにコッペパンをはむはむしている。
「あれ? みんなは?」
尋ねながら対面に着席すると、
「先に登校した。イヴは日直、シロは花壇の世話、ミントの理由は不明」
淡々とした答えが返ってきた。抑揚がないので私のカンでしかないが、機嫌はよくなったようだ。
「ふぅん」
みんな朝から忙しいんだねぇ……なんて思いながらみそ汁を口すする。
あったかいのが胃に沁みて、ほっとひと息つく。
次におかずに手をつける。「モーサン」という北のほうの海で獲れる魚だ。
赤い身が特徴で調理するとキレイなピンク色になる。
涼しくなってくる今の季節のモーサンは特に美味しく、肉厚でジューシー。
それをハーブ塩をつけて塩焼きにしたのが今日の主菜だ。
箸で身をほぐして一口食べると、ハーブの利いたほどよい塩味がじゅわっと口内に広がる。
それが消えないうちに、すかさず白いゴハンを口に運ぶ。
おかずの塩味とゴハンのほんのりした甘味が口の中で混然一体となり、生まれる新しい旨みがたまらない。
うぅん……美味しい……。
不意にクロちゃんの手が伸びてきて、私の唇に触れた。その指先にはゴハン粒がついていて、彼女はそのままぱくりと食べた。
「ありがと、クロちゃん」
お礼を言うと、彼女は頭を上下に動かした。
私の顔にゴハン粒がついていると、クロちゃんはこうやって取ってくれる。
慌ただしい朝なのに、静かなクロちゃんといるとなんだか時間がゆっくり流れているように感じる。
「たまにはふたりっきりでのんびり朝食を取るのもいいね」
クロちゃんの頭が心なしかさっきより大きく縦に動いたように見えた。
その拍子に制服ブラウスの胸ポケットから覗く紙が揺れ、私はそれに気付く。
「あれ、その紙なに?」
「イヴから預かった、リリーへの伝言」
よく見ると、紙片の隅にイヴちゃんの字で『リリーへ』と書かれているのが見えた。
「私への伝言? 見せて見せて」
箸を置いて、ちょうだいと手を出す。
「……拒否する」
「えっ? なんで?」
まさか断られるとは思わなかった。クロちゃんがローブの襟で紙を隠そうとしたので私はさらに手を伸ばし、彼女の胸元から紙をさらった。
『リリーへ 今日は日直だからいつもより早く食堂に来なさいって言っておいたのにいつまでたっても来ないから先に行くわよ! 朝ゴハンなんて食べてないでさっさと来なさい!! イヴ』
「そ、そうだ! 今日は私も日直だったんだぁ!!」
読み終えた私は反射的に叫んでしまっていた。食堂にいた生徒たちが何事かと一斉にこっちを見る。
でも私はそれどころじゃなくってゴハンにみそ汁をかけ、焼き魚と卵焼きを乗せて一気にかきこんだ。
「ほめんねふろはん、はひひひふね!」
「ごめんクロちゃん、先に行くね!」と言ったつもりだった。
伝わったかどうか怪しかったし、しかも食べながらだったのでゴハンつぶがクロちゃんの顔にかかってしまった。
慌てて「あっ! ごめん!」と叫んだつもりだったがまた更なるライスシャワーを浴びせてしまった。最悪だ。
しかし彼女は眉ひとつ動かさず顔についた米粒を食べ、私のほうを見て「わかった」という風情で頷いた。
謝罪の言葉がわりにクロちゃんを拝んで、私はダッシュで食堂から出た。
……この時の私は慌て過ぎるあまり、クロちゃんがなんで伝言の紙を素直に渡してくれなかったのかまで考える余裕がなかった。
寮玄関から飛び出し、口の中のものをゴクリと飲み下してから校舎に向かって走り出す。道ゆくクラスメイトたちに声をかけながらさらにスピードをあげた。
道沿いにならぶ木々はだいぶ色づいており、踏みしめた落ち葉がサクサクと音をたてた。
薄茶色の並木道を駆け抜けると、茶色の親玉みたいな色の学び舎が見えてくる。
レンガ作りの4階建て。真ん中そびえる時計台はそれよりさらに高い。
これが……ツヴィートーク女学院。通称『ツヴィ女』だ。
学院は専攻と学年のふたつの区分で成り立っている。
専攻はいろいろ種類があるんだけど学年は年齢によって、
ジュニアクラス1~6
ミドルクラス1~3
ハイクラス1~3
ランカークラス1~4
に分けられる。
私の専攻は勇者科、学年はミドルクラス1。他のみんなは、
イヴちゃん 戦士科 ミドルクラス1
ミントちゃん 盗賊科 ジュニアクラス1
シロちゃん 僧侶科 ミドルクラス2
クロちゃん 魔法使い科 ジュニアクラス6
ティアちゃん 騎士科 ハイクラス1
ベルちゃん 僧侶科 ハイクラス1
ノワちゃん レンジャー科 ハイクラス2
フランちゃん 魔法使い科 ハイクラス1
というカンジだ。
ティアちゃんたちとは以前、模擬パーティ戦闘で戦ったけど今更ながらに無謀だったと言わざるをえない。だって3学年も上なんだもん。
授業は主に選択式。冒険者の心得と専攻職種の基礎知識を学ぶ授業以外は自分がどういう冒険者になりたいかで受ける授業を選択する。
たとえばイヴちゃんみたいに近接戦闘特化の冒険者を目指している場合は基本授業のほかには両手剣の戦闘技術をひたすら選択する……というカンジになる。
私の場合は……勇者はオールラウンダーでなければならないという持論があるので、いろんな授業を選択している。
武器については片手剣と盾だけだけど、攻撃魔法と回復魔法、はては罠の解除やサバイバル術についても選択している。
まぁ、学んだことがパーティの役に立っているかどうかは微妙なところだけど、いつかは剣と攻撃魔法で敵をなぎ倒し、回復魔法でみんなを援護しつつ宝箱の罠を解除するという活躍ができる気がするんだ。
何といってもママがそうだったしね。ママは子供の頃の私をおんぶしながらひとりでモンスターと戦い、魔法を唱え、罠を解除していた。
私はいつもママの活躍をママの背中という特等席で見ていた。どんなモンスターでもあっさり倒し、どんな罠にも引っかからなかったママ。
相手がヴァンパイアとかの恐ろしいモンスターでも、大岩に追いかけられるヤバい罠でも、ママの背中であれば極上の演劇を見てるみたいに安全だったし、そのまま眠ることもできた。
……将来私に子供ができたらおんぶして、ママがしてくれたように一緒に冒険するのが夢なんだ。
そのためにはまず……ママが卒業したというこの学校で、ママみたいな立派な勇者にならなきゃね!
決意も新たに校舎を見上げていると「遅いわよ! リリー!!」と厳しい声がした。
声の方角を向くと……校舎の側で大きなゴミ箱を運んでいるイヴちゃんがこちらを睨んでいた。
「ごめんごめんイヴちゃん」
私は彼女に駆け寄る。けっこう離れているのによく通る彼女の声に感心しながら。
イヴちゃんは「アンタねぇ」と呆れながらお小言を始めようとする。
が、それを遮るかのように、私たちの眼前に巨大な毛虫がぶらんと垂れ落ちてきた。
「「ぎゃあああああっ!?」」
私とイヴちゃんは口から心臓が飛び出さんばかりに絶叫し、ひっくり返ってしまった。
猫くらいあるでっかい毛虫……!
そんなの見るのは初めてで、おぞましさに全身総毛立ったかと思うほどぞわぞわした。
み……見間違いじゃないよね!?
尻もちをついたまま顔を上げると、校舎の3階から釣り糸を垂らすノワちゃんとミントちゃんが見えた。ふたりは大成功といわんばかりにハイタッチをしている。
……やられた!!
ノワちゃんはおっとりした見た目に似合わないイタズラっ子だ。以前も木に化けて私たちをドッキリさせたことがある。我が家のイタズラっ子代表であるミントちゃんと仲良くなってさらにパワーアップしたんじゃないだろうか。
「こらぁーっ!! そこを動くんじゃないわよ!!」
立ち上がったイヴちゃんは校舎玄関に向かってイノシシのように猛然と走っていった。私とゴミ箱を残して。
しょうがないのでゴミ捨ての続きを引き継ぐことにする。
ゴミ箱を持って焼却炉に向かっていると、離れたとこにある花壇に白い人影が見えた。シロちゃんだ。
制服の上から白いローブを羽織っているシロちゃんは花に水やりをしていた。
ちなみに彼女のスカート丈はヒザ下。ヒザより上のスカートは恥ずかしくて穿いたことがないらしい。
シロちゃんは園芸部でもないのに花壇当番を請け負っているそうだ。ジョウロを傾けながら、小さな子供たちに接するようなやさしい笑顔で花たちに話しかけている。
シロちゃんは本当に花が好きなんだなぁ……彼女の愛情を受けた花たちはなんだかイキイキしてるように見える。
同じ植物なら木の実だったら私も好きなんだけど……話しかけたことは一度もないなぁ。もしかしたら話しかけながら食べると美味しくなるかもしれない。今度試してみよう。
声をかけようかと思ったけど、せっかくの語らいを邪魔しちゃうかなとも思いそっとその場をあとにした。
ゴミを焼却炉に捨てたあと、軽くなったゴミ箱を持って自分の教室へと向かう。
私の教室は1階で、階段状に机がならぶタイプのやつだ。中に入るとすでに着席しているクラスメイトたちで賑わっていた。私はみんなに挨拶しながら教室の隅にゴミ箱を戻す。
座る席は自由。私は室内を見回していつもの4人組を見つけ、そこへ混ざるように座った。
なぜか殴られたみたいに顔を腫らしているイヴちゃんが、シロちゃんの回復魔法のお世話になっていた。
……もしかして、イタズラを叱りにいってノワちゃんに返り討ちにされちゃったんだろうか……なんて想像をしていたらイヴちゃんと目が合った。
「ノワとミントのところに行って叱ってやろうと思ったら途中で変なのとぶつかったのよ。それで殴り合いになってね」
聞いたつもりはなかったけど、知りたかったことを教えてくれた。
ノワちゃんにやられたわけじゃなかったのか。「変なの」って誰だろう?
……いや、自分にとぼけるのはよそう。
私はその「変なの」に心当たりがある……まさかとは思うけど……。
「もしかして、その人って……」
イヴちゃんにユリーちゃんの特徴をどう伝えようかと迷っていると、
「あっ、アイツよアイツ!」
椅子から勢いよく立ち上がるイヴちゃん。治癒魔法がかかっているまっ最中だったので顔面がまばゆく光っている。
イヴちゃんの視線の先には、先生のあとについて教室に入ってくるユリーちゃんがいた。
あちゃ~……やっぱりユリーちゃんだったか。遠目だけど彼女の顔はイヴちゃんと同じくらい腫れているように見える。
先生から促されたユリーちゃんは、
「よう! 俺はダブルブレードのユリーだ!! この二刀流のサビになりたいやつはいつでもかかってこい!!」
自己紹介という名の挑戦状をクラスメイトたちに叩きつけた。
ざわめく教室。
苦笑いする先生から「じゃあ、好きな席に……」と言われた瞬間、ユリーちゃんは駆け出した。
ドタドタと大きな足音をたてながら階段を上がる彼女の視線はこちらを向いているように見える。
いや、見える、じゃない。猪突猛進という言葉がピッタリくるくらい私だけを捉えているみたいだ。
私たちの席のある階層まで上がってきたユリーちゃんは、さらに接近するべく特攻してくる。
とうとう座っているクラスメイトを全員押しのけ、強引に私の隣に座った。




