02
初恋? の相手と思しき男の子の名前を呼んだ瞬間、目を剥かれた。
「もしかしなくてもそうだよ!! リリー、まさか俺のこと忘れてたのか!?」
「え? い、いや、忘れてないよ? ちょっと思い出すのに時間がかかっただけで……」
「そういうのを忘れてたっていうんだよっ! こうしてせっかく会いに来てやったってのに、ふざけんな!!」
噛みつかんばかりの勢いで私の弁解は遮られてしまった。
昔のことを忘れてたせいで怒られるのはイヴちゃんに続いて二度目。やっぱり傷つくんだろうなと反省する。
「ご、ごめん」
謝ったけど許してくれる気配はなく、プンスカしながらそっぽを向かれてしまった。
「誰? なんて言うからてっきり通り名を聞かれてるのかと思ったぜ……カッコよく名乗った俺がバカみたいじゃねぇか!!」
いくらなんでも再会したそうそう通り名を聞くって……おとぎ話の悪役みたい。
ユリーちゃん自身もそのことに気付いたのか照れているようだ。ちょっと頬が赤くなっている。
私はそれに気づいてないフリをして歓迎する。
「でもおかげですっかり思い出したよ! ユリーちゃん、ひさしぶりっ!」
忌憚なき満面の笑顔を向けると気持ちが通じたのか、彼の機嫌もいくぶんかよくなったようだ。
「ああ……ひさしぶりだな!」
向き直ったユリーちゃんは私の目を見ると、ニヤリと片笑んだ。
初めて見た時から変わらないそのまっすぐな瞳。まっすぐ過ぎて貫かれるような視線に射抜かれて、私の胸はドキンと高鳴った。
オニーユリー・コニーちゃん。子供の頃このツヴィートークの街かどで目が合って、それを理由に絡まれたんだ。
のっけからワイルドかつ挑戦的なカンジで、それが当時の私にはとっても魅力的に見えた。それで仲良くなりたくてユリーちゃんってあだ名をつけてあげたんだ。
大好きだった男の子との再会。私は嬉しくなって立ち上がり、成長した姿を改めてまじまじと観察した。
顔つきも子供の頃の面影がある。……なんだかちょっと可愛くなったかな?
男の子ならカワイイというよりもカッコイイって言ってあげるべきなんだろうけど……カワイイというほうがしっくりくる顔立ちだ。
下からだとショートカットに見えちゃったけど、髪型も昔のままの三つ編み。私の三つ編は一本だけどユリーちゃんのは二本。
たしか当時、私の三つ編みを見て数が多いほうが勝ちだとか強いとかなんとか言いながら二本にしていたのを覚えている。
背中には二本の片手剣を差している。
子供の頃によく「勇者ごっこ」をしてたけど、ユリーちゃんはいつも二刀流だった。これも数が多いほうが強いという持論をいまだに貫いてのことなんだろう。
なんにしても懐かしい……。
小さい頃、ふたりでよく遊んだ。私も彼もワンパクだったから、よく悪戯して怒られてたなぁ……。
人の家の玄関扉をノックして住人が出てくる前に逃げたり、ワーウルフが襲ってきたぞーって街の人たちを驚かせたりした。
ひとけのない通り道に落とし穴を掘ったりもしたなぁ……たしかその穴には聖堂主様が落ちたんだよね。
聖堂主様といえば、同じ時期に聖堂で暮らしていたシロちゃんとも遊んでたなぁ。でもシロちゃんにはイタズラしなかった。いや、軽いイタズラはしたけどユリーちゃんとしたような本気のイタズラはしなかった。だってその時からシロちゃんは儚いカンジがして、イタズラなんかしたらショック死するんじゃないかと思ったから。
さらに言うとシロちゃんと遊んでいるときはユリーちゃんとは遊ばなかった。なぜかというとユリーちゃんのバイタリティにおっとりしたシロちゃんはついていけないと子供ながらに判断したからだ。
それにしてもユリーちゃんとはいろんなことをして遊んだなぁ……。
聖堂の庭に干してあった聖堂主様の服をちょっと借りて、その服を着た私をユリーちゃんが肩車して聖堂主様になりすまし、街の人たちをからかったりした。
その姿のまま白い家の壁ぜんぶに聖堂主様の似顔絵を描いたりしたなぁ。
って……これもイタズラか。今更だけど私とユリーちゃんって聖堂主様にひどいことしてるなぁ。
今度じっくり懺悔をしにいったほうがいいかもしれない。
ああ、なんだか思い出がどんどんあふれてくる……。
最後にかわした会話は今でも忘れない。ツヴィートーク女学院に入ってママみたいな勇者になるんだってユリーちゃんに話したら、
「じゃあ、俺は最強の勇者になってお前に会いにいってやる! どこにいたって見つけてやるからな!!」
って言ってくれたんだよね。……それからユリーちゃんは遠くに引っ越していったんだ。
別れたときは悲しかったけど、でもこうして宣言どおり会いに来てくれたんだ……!!
こみあげてくるものが抑えられなくて、目の前の幼なじみにハグしそうになる。
だけど寸前で大事なことを思い出した。
「あ、そうだユリーちゃん、この寮は男の子は入っちゃダメなんだよ?」
「それがどうした?」
「見つかったら怒られるよ?」
「……なにを言ってるんだ?」
だんだんいぶかしげな表情になるユリーちゃん。
わかりやすく忠告したつもりだったが、通じなかった。もうハッキリ言ったほうがいいかな。
「いや、ユリーちゃん男の子だから……」
「俺は女だっ!!!」
脊髄反射みたいな速さで、食い気味に怒鳴られた。
「ええっ!?」
一瞬冗談かと思ったが、目が本気だ。
「この俺のどこをどう見たら、男に見えるんだよっ!?」
どこをどう見たら、って……言葉遣い、行動、どこをとっても男の子じゃないか。
容姿だけは女の子っぽいけど……このくらいカワイイ男の子ならがんばって探せばいそうな気がする。
「てめえっ!! 人のこと忘れたばかりか男だと思ってた、だとぉ!?」
胸倉を掴む勢いで詰め寄ってくるユリーちゃん。
彼……いや、彼女の両手はシロちゃんクロちゃんで塞がっているので掴まれずにすんだ。
鼻どうしが正面衝突するかと思うほど顔が近づいてきて、爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。レモンの香りだ。
ユリーちゃんはレモンが大好きで、まるでリンゴのように皮ごと丸かじりして食べていた。
私も真似してみたことがあるけど一口かじった瞬間酸っぱさのあまりもんどりうって倒れて悶絶した記憶がある。
……この香りからするに、今も好物は変わっていないようだ。
どアップのユリーちゃんの顔はワナワナと震えていた。
ま……また怒らせちゃったかな……と思っているとすぐにハッとなって、パッと私から離れた。警戒するような顔つきで。
「……フン、あぶねぇとこだった。危うくオメーの芝居に騙されるところだったぜ」
「え?」
「本当は忘れてなんかいねーし、男だなんて思ってもないんだろ? だけど俺を挑発して熱くさせるためにとっさに嘘つきやがって」
したり顔のユリーちゃん。お前の考えはバレバレだぜみたいなカンジを出している。
「う、嘘じゃないんだけど……」
しかし彼……いやいや彼女は不敵な笑みを浮かべるばかりで信じてもらえそうにない。
でも……びっくりだ。ユリーちゃんが女の子だったなんて全然知らなかった。
一緒にお風呂に入るとか泳ぐとか機会があればよかったんだけど……あ、泳いだことはあるか。
たしか台風のときに湖に渦巻ができていて、なぜだか忘れたけどふたりして中に飛び込んだことがある。
でもそのときは服のままだったか。……そのうえ溺れて死にかけたんだよね。
他にも思い出してみたけどユリーちゃんが女の子らしさを感じさせたことは……一度もなかったような気がする。
子供の頃感じていたユリーちゃんともっと親しくなりたい、一緒にいたい、って思った気持ち。
以前みんなにそのことを話したら、イヴちゃんからそれが初恋だと言われた。そうなのかなと思ったりもしたけどちょっと腑に落ちなかったんだよね。
なぜかというとイヴちゃんミントちゃんシロちゃんクロちゃんたちに抱いている気持ちとまったく同じだったから。
相手が異性の場合はもっと違う気持ち……なんというかうまく言えないけど、もっと別の感情が湧いてくるんだと思ってた。
でもユリーちゃんが女の子なんだったら……私がユリーちゃんに抱いていた気持ちにも納得がいく。
だってイヴちゃんミントちゃんシロちゃんクロちゃんと同じくらいユリーちゃんのことが好きだから。
まぁそれはいいとして……ここにきて新たな問題が浮上してきた。ユリーちゃんが男の子だと思い込んでた頃、私はユリーちゃん以外の男の子に興味がなかった。
いや、興味がないというよりもユリーちゃんほど魅力的な男の子がいなかったというべきか。
で、ユリーちゃんは男の子じゃないってことが数年の時を経ていま判明した。
ってことは……私はもしかして……男の子に興味がない女の子なんだろうか。
だからどうした、ってレベルの話かもしれないけど……私にとっては将来を左右するくらい重要なコトなんじゃないかと思うのは考えすぎかな。
……悩むと長くなりそうだったので私は考えるのをやめた。今はそれよりも再会した幼なじみに対してもっと気になることがある。
「えーっと……そのふたりはどうしたの?」
私はその「もっと気になること」を尋ねてみた。
いま彼女はシロちゃんクロちゃんを小脇に抱えている。いったい何がどうなったらそんな状況になるんだろう。
ユリーちゃんは今もなおぐったりしているシロちゃんのほうを見おろした。
「この部屋に来る途中ショートカットのつもりで階段からダイブしたんだけど、ちょうどこの白いのが下を通りがかったんだよ。ぶつかって転んで、文句言ったらペコペコしやがって、カスリ傷を治してくれたんだ。そんであまりに胸がでかかったから俺にもよこせって引っ張ったら気絶しやがった」
し……シロちゃん、踏んだり蹴ったりじゃないか。
シロちゃんの性格からすると全然悪くないのに謝ったんだろう。かわいそうに……それに男性が苦手な彼女がいきなり胸をひっぱられちゃ気絶するくらいびっくりするってもんだ。
「でもコイツは役に立ちそうだから俺のパーティに入ってもらうことにして、連れて来たんだ」
まるで任意で連れてきたみたいに言うユリーちゃん。
……なんだか彼女が山賊か何かに見えてきた。
「こっちの黒いのはオマエの隣で寝てたから、ついでに俺のパーティに入ってもらうことにしたんだ」
クロちゃんは毎晩、私が寝たあと部屋にやってきて横で寝てるらしい。なるほど、彼女もユリーちゃんに叩き起こされたクチか。
ユリーちゃんの脇の下にいたクロちゃんは「拒否する」と即答した。
「なんだとぉ!?」とくってかかるユリーちゃんを慌てて止める。
「ちょ、待ってユリーちゃん! パーティに入れる、って……?」
「まだ聞いてねぇのかよ……俺はドライトーク女学院からの交換留学生なんだよ。だから今日からこの学院に厄介になるぜ!!」
ほ、ホントに女の子だったんだ……と喉まで出かかったのを飲み込む。
ドライトーク女学院はここからずっと南東にいったところにあるツヴィ女の姉妹校だ。
「お前がツヴィートーク女学院に行くと聞いて俺は悩んだ。どうすればライバルであるお前を超えられるか、ってな! それで出した答えがドラ女への入学だ!」
ドラ女って……ドライトーク女学院のことだろう。
「そこで俺はメチャクチャがんばった……通り名がつくほどにコイツらを振り回したんだ!!」
背中にさした二本の剣をアゴで示す。ああ、それで『ダブルブレードのユリー』なのか。
「そして名をあげた俺のところに交換留学の話が来た。真っ先に言ってやったぜ『俺をリリーのところに行かせろ!!』ってな!!」
私の胸が、再びドキンと高鳴った。と同時に押し寄せてくる後悔の念。
ユリーちゃんは私のことをずっと忘れずにいてくれて、しかもそれをバネにしてがんばっていたんだ。
それなのに……それなのに私ときたら、出会う数分前まで彼女のことをすっかり忘れていた。
「ごめん……ホントにごめんね……ユリーちゃんっ」
思わず泣きそうになりながら、今こそユリーちゃんに抱きつこうとしたら……寸前でバックステップでかわされてしまった。
あ、あれっ? また離れられてしまった。
ギリギリ手が届かないところにいるユリーちゃんの瞳が、ギラリ輝く。
「そうさ! 俺は……お前をブッ倒すために、戻って来たんだ!!」
「え……ええーっ!?」
なんだか今日は……朝から驚きの連続だった。




