23
巣箱づくりなんて誰もやったことがなかった。とりあえず皆で考えてやるべきことのリストアップを行い、誰がやるかの担当決めを行った。
まず、新しい巣箱を置く場所となる引っ越し先の選定。
これは私とシロちゃんでやることにした。
つぎに、巣箱の設計図の作成。
これは緻密な作業っぽいのでクロちゃんにお願いした。
そして、材料の調達。
これは力もちのイヴちゃんと、木登り得意なミントちゃんにお願いした。
以上の準備をすべて終えたあと、実際の巣箱作成についてはみんなでやろうってことになった。
……というわけで、私とシロちゃんは巣箱のある池のほとりを目指して、再び庭園のなかを進んでいた。
私の隣を少し下がってついてくるシロちゃんはいつになく嬉しそうというか、ワクワクしてるみたいだった。
「シロちゃんなんだかゴキゲン?」
「えっ、あ……お、おわかりになりますか?」
「うん、顔に出てるよ。楽しんでるんだね」
「はい。いろんなことを経験できて、とてもためになります。メイドさんのお仕事もとっても楽しいです」
「そっか、シロちゃん家事好きだもんね」
「はいっ」
お手本のようなしっかりした返事と反比例する、子供のような笑顔。
思えばいろいろあったけど……私がママのリップを作りたいって言いだしたのが全てのきっかけか。
図書館でティアちゃんの挑戦を受け、それは勝ったほうの言うことをなんでも聞くっていう条件で、ボロ負けしてメイドさんになったんだ。
「……言うことをなんでも聞いてもらえるとしたら、シロちゃんだったらどんなお願いする?」
目的地までまだ距離もあったので、ヒマつぶしがわりに尋ねてみた。
「お願いごと……ですか?」
シロちゃんは視線を落として一瞬考えるような仕草をしたあと、
「みなさんがずっと健康で、元気で暮らせるようにとお願いします」
顔をあげて微笑んだ。
肩すかしをくらったような気分になる。そういうお願いごとじゃなくて、もっと実現可能な答えを期待したんだけど……聞き方が悪かったか。
もし本当に願いが叶うなら彼女は実際にソレを挙げそうだけど……私が知りたいのはシロちゃん自身の欲求だ。
「……えーっと、他にないの?」
私は早速おかわりを要求する。
「他に、ですか?」
「そう。みんなの健康とかじゃなくて、もっとシロちゃんに限定した望みを教えて」
「私自身は……一生に一度ともいえるワガママなお願いを叶えていただいておりますので、これ以上はありません」
今度は考えこむ様子はなく、すぐに答えが返ってきた。
シロちゃんとは小さい頃からの付き合いだが、彼女がワガママ言ってるところなんて一度も見たことがない。
それも一生に一度レベルのワガママって……どんだけすごいのを叶えてもらったんだろうか。
「ワガママなお願いって?」
「ツヴィートーク女学院に入学させていただけるよう、聖堂主様にお願いしたことです」
「ああ、あれのこと」
思い出した。シロちゃんが聖堂主様にツヴィ女に入学させてくださいとお願いしたときのことを。
それを聞いた聖堂主様は「初めて自分のやりたいことを口にしましたね」と言ったんだ。
たしかにシロちゃんはあまり自分の意思を出さない、人が決定したことに素直に従うタイプだ。
頼んだことも本人的に恥ずかしいことじゃなければ快く引き受けてくれる。
……それをいいことに、私は彼女にいろいろ迷惑をかけてきた気がする。
昔の思い出がよみがえってきて、さらに思い出した。
私がツヴィ女に入学するときに「シロちゃんも一緒に入ろっ!」と誘ったんだ。
だから……シロちゃんはツヴィ女に入りたいって思ったのかな。私が誘ったからじゃなく、本当に自分の意思で入学したいと思ったんだったらいいんだけど……。
なんにしても、お願いとしてはワガママってほどじゃないよね。
みなし子だからといって遠慮しすぎじゃなんじゃないのかなぁ。
「じゃあさ、一生に一度じゃなくて、一生に二度あるとしたら、あとひとつは何をお願いする?」
これほどまでに控え目な彼女が他にどんな望みを持っているのか気になって、再び追加質問をしてしまう。
またうつむくシロちゃん。なにか想像しているのか顔がカッカと火照りだしている。
やがて、桜の花びらみたいな唇がゆっくりと動く。消え入りそうなほど小さな声だったので、手を当てた耳を近づける。
「……り、リリーさんと……これからも……ずっと……一緒に居たい……です」
「えぇーっ、それはナシ!」
抗議交じりの即答すると、ハッとしたように顔をあげるシロちゃん。なぜかショックを受けたような表情で、目をこれでもかと大きく見開いていた。
「そんな当たり前のことお願いしてもしょうがないよ。もっと他にないの?」
私とシロちゃんがこれからもずっと一緒にいるなんて、当然のことじゃないか……と思って別の答えを要求する。
こうなったら三度目の正直。なんだか意固地になってるような気がしないでもない。
彼女の答えを待っていると、大きな瞳がウルウルしだした。間を置かずに真珠みたいな大粒の涙があふれ出す。
「えっ、し、シロちゃん!? なんで泣いてんの!? ご、ごめん! なんか変なこと言った!?」
予想外のリアクションに思わずうろたえてしまった。ちょ、ちょっとしつこ過ぎたかな……。
シロちゃんの肩を抱くと、私の身体にギュッとしがみついてきた。
彼女は私の胸に顔をうずめたまま「すみません」と「ありがとうございます」を何度も繰り返す。
私は何と言っていいのかわからずに、泣き止むまで頭を撫でてあげた。
……それからシロちゃんが落ち着くのを待って、下見を再開。
彼女は泣き出す前よりもさらに上機嫌になっており、ニコニコが止まらない様子だった。
「泣いたカラスがもう笑った」とからかったから、「す、すみませんっ、嬉しくって……」とはにかんだ。
池のほとりに到着した私たちは巣箱を遠巻きに見ながら、周囲をぐるーっと回って良さげな場所を探す。
着ぐるみを着たままじゃ細かい作業を必要とする家の設置は無理だろう。でも着ぐるみナシじゃレインボーハミングバードに襲われる可能性がある。
ってことは……新居を置くのはレインボーハミングバードから襲われない程度に離れたところじゃなくちゃダメってことか。
でも離れすぎも良くない。新居の近くでシロちゃんが笛を吹いて誘導するので、旧居から笛の音が聴こえるくらいの近さである必要がある。
演奏を聴いたついでに新しい家に気付き、そのまま引っ越してもらうのが理想的だ。
私はそういう条件で場所探しをしてたんだけど、シロちゃんは違った。
彼女はレインボーハミングバードにより良い所に住んでもらおうという視点で場所選びをしてくれた。
巣箱のある場所から少し離れ、屋敷からさらに離れる方角に緩やかに下る傾斜を見つけた。
そこを降りたところに小川があって、野生のツナノスの実がなっている大きな樹木があった。
ツナノスは村の果物ほどじゃないけどおいしい木の実だ。レインボーハミングバードたちが美食家だったとしてもオヤツくらいにはなるだろう。
小川という水場も近くにあるし、旧居からの間隔もちょうどいい。
作戦遂行の利便性、鳥が暮らすうえでの快適性……ともにイイ感じだったので、ツナノスの木陰のあたりを新居を置く場所として決定した。
庭師小屋に戻ると、クロちゃんが設計図を描いていた。
テーブルいっぱいに広げた紙の上に、なにやら細かく書き込んでいる。
完成予想図のところを見ると、大きなお城みたいなのが描かれていた。
その立派な風貌には、なんだか見覚えがあった。
「あれ、これってもしかして……」
「ミルヴァランス城」
クロちゃんは作業の手は止めずに、この島の中央に位置するお城の名前をつぶやいた。
「王城!? ご、豪華だね。……コレが完成したら、大きさはどのくらいになるの?」
「20分の1スケールだから、高さは3メートル50センチ」
まるで問われるのがわかっていたかのように淡々とした答えがかえってくる。
「それ巣箱じゃなくてもう家だよ……」
出来上がったらすごいものになりそうだけど、レインボーハミングバードは住んでくれるんだろうか。
私が「もうちょっと……いや、もっともっと小さい家にしない?」と提案すると、クロちゃんは「わかった」と頷いてくれた。
クロちゃんの設計図は描き直しをするたびに少しづつ庶民的になっていき、何度目かにようやく巣箱らしいのが描きあがった。
外から賑やかな声が聞こえてきたので小屋を出ると、イヴちゃんとミントちゃんとノワちゃんが三人がかりで丸太を運んできていた。
材料調達から帰ってきたらしい。ノワちゃんも仲間に加えて。
「ああ、まったくこの斧、ナマクラすぎよ!」
小屋の前の広場に丸太をどすんと置いたあと、イヴちゃんは腰にぶら下げている斧の文句を言いだした。
よく見ると、その斧は全部木でできていた。
柄のとこだけが木製なのはよく見るけど、刃のところまで木でできているのは初めて見た。そりゃ確かに切れなさそうだ。
「それで木を切ると、生きたままの木材がとれるの」
しゃがみこんだノワちゃんは、安否を確認するかのように丸太をさすりはじめた。
「はぁ……、生きたまま、ってそんなに重要なの?」
なんだかウンザリした様子のイヴちゃん。
「生きているうちは土に還らない……人間と同じなの」
「……フン、よくわかんないけど、まぁいいわ。……あ、リリー、場所は見つけてきたんでしょうね?」
話を打ち切ったイヴちゃんは、興味の対象を私に移した。
「うん。バッチリだよ」
親指を立てて成果をアピールする。
「そう。じゃ、材料はこのとおりだから、さっさと指示しなさいよ」
イヴちゃんに促され、私はクロちゃんの描いた設計図を広場の木に掲示した。
準備は万端、集まった私たちは巣箱作成を開始する。
まずは丸太を切って木材を作る班と、木材を整形して部品にする班のふたつに分かれて作業し、最後の組み立てはみんなで一緒にやることにした。
切れ味の悪い木斧で丸太をギコギコやっていると、
「なになに? なにやってるの? あたしもまぜて!」
通りがかったベルちゃんが興味津々で飛び入り参加してくれた。
彼女は力持ちっぽいので助かる……なんて思っていたら、いつのまにかフランちゃんも加わって一緒に手伝ってくれた。
しばらくして、どこからか作業を見たのかティアちゃんも駆けつけてきて、
「はぁ、はぁ、はぁ……な、なにをやってらっしゃるの? り、リリーさん、ワタクシも手伝ってさしげてもよくってよ?」
息を切らしながら、さも偶然といった風情を漂わせつつ協力を申し出てくれた。
「ほんとに? じゃあ……」
「一緒に丸太を切ってくれる?」と言おうとした私の前にツインテールを振り乱す勢いで人影が割り込んできた。
「おやおや、いいのぉ? お嬢様が力仕事なんかして」
イヴちゃんは仁王立ちのまま、嫌味たっぷりに言う。
しかしティアちゃんは動じない。フフンと鼻を鳴らしたあと、
「あらあら、お嬢様という点だけでいえばアナタも同じではありませんこと? 不出来なのをわかってらっしゃるのは良いことですけれども、そんなにご自分を卑下なさらないで」
慰めるような口調で説いた。
それがイヴちゃんのシャクにさわったのか、歯を食いしばる音が聞こえた気がしたので、
「ま、まぁまぁ、せっかくだから手伝ってもらおうよ、イヴちゃん」
私は慌ててふたりの間に割って入る。
結局ティアちゃんパーティが全員加わって、私たちはワイワイと賑やかに日曜大工を楽しんだ。
大勢いたおかげで、下ごしらえの作業は早く終わった。
「……みんな、これを使うの」
組み立て作業に入った私たちに、ノワちゃんがビン詰めの液体を手渡す。
ビンの中には茶色の液体が入っていた。
「なにこれ?」
「トウゴマのタネから作った接着剤なの」
「接着剤?」
「組み立てにクギを使うと、金属のニオイを嫌がる動物がいるの。でもこれを使ってくっつけて作れば大丈夫なの」
「なるほど」
納得した私はクギを打つ予定だった場所にそれを塗り、木と木を接着する。
屋根、壁、土台で手分けして、それぞれが自分の担当したところを組み立てる。
その後はみんなで頬を寄せ合って、組み立てた部位をせーのでくっつけた。
そして……とうとう巣箱は完成した。できたてホヤホヤなのと生きている木を使ったおかげなのか、ニスも塗っていないのになんだかツヤツヤして見える。
よぉし、いよいよ最後の仕上げだ。
「……じゃ、みんなの名前入れよっか」
ママたちが作った巣箱は5人分の名前が書いてあったけど、私たちのはそれより多い9人分。
「あっ!? ちょっとアンタなにやってんのよ!」
突然イヴちゃんが叫ぶ。
反対側でティアちゃんが何かやっていたのを見咎めているようだ。
回り込んでみると、巣箱の外壁になにか絵のようなものが彫ってあった。
ハートが上に乗っている傘の絵があって、その下に私とティアちゃんの名前が並べて書いてある。
「これなぁに?」
彫り跡を背伸びして眺めていたミントちゃんが呟く。
問われたティアちゃんはなぜか言葉に詰まっていた。
「相合傘」
かわりに疑問に答えたのは、クロちゃんだった。
「あいあいがさ?」
「東の大陸発祥の民間呪術。ハートを乗せた傘の下に自分の名前と、親密になりたい者の名前を書く」
まるで辞書を読み上げるような口調のクロちゃん。
民間呪術って……要はおまじないってことか。
「ミントもやるー!」
「あたしもー!」
「やるの」
好奇心旺盛な三人組はすぐさま飛びつく。それを合図にみんな一斉に巣箱に相合傘を彫りだした。
クロちゃんからノミを渡されたシロちゃんも最初は戸惑っていたが、促されて彫りだした。
……真新しい壁面に彫られた、たくさんの相合傘。
まぁ、みんなの名前はいいとして……、
「な……なんで私ばっかり?」
一緒に傘に入っているのはどれも私の名前だった。
「みんなリリーと仲良くなりたいんだよ! それか何も考えずにティアのマネしちゃったか。……あたしは後者のほうだけど」
ベルちゃんがあっけらかんと言う。
相合傘の数を数えてみたら、7つあった。
7つ? 私はまだ彫ってないけど他にもひとり、彫ってない子がいる。
名前をひとつひとつ調べてみたら……イヴちゃんの傘がなかった。
「……イヴちゃんは彫らないの?」
みんなから離れた位置にいるイヴちゃんは、ひとりツインテールを風にそよがせていた。
「フン、そんなくだらないもの、アタシが彫るわけないでしょ」
しゃがみこんで巣箱の底を見ていたミントちゃんが、何かを見つけたのか大きな声をあげる。
「あれー? うらになんかほっ……むぐぐ」
その言葉は途中で遮られた。
飛びかかったイヴちゃんが背後からガッと抱き付いて口を塞いだのだ。
みんなで一斉に巣箱の底を覗き込んでみると、イヴちゃんと私の相合傘があった。
「……ありがとう、イヴちゃん」
顔をあげてお礼を言うと、
「ま、間違って彫っただけよ!」
持ち上げたミントちゃんをぎゅうと抱きしめ、イヴちゃんは顔を隠した。
急にだっこされたミントちゃんは子猫のようにキョトンとしている。
ポニーテールまでもが「?」の形になっていた。
「では消さないといけませんわね」
どこからか持ち出したヤスリを手に、ティアちゃんが巣箱へにじり寄る。
「ちょっ!? ま、待ちなさい!」
ミントちゃんを小脇に抱えなおし、慌てて止めに入るイヴちゃん。
取っ組み合いをはじめるふたり。スキをみてふたりのワキをくすぐるいたずらっ子のミントちゃん。
くすぐられたお嬢様ふたりは奇声をあげながらひっくり返り、それを見た私たちはどっと笑った。




