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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
53/315

22

 ……。


 …………。


 ………………。


 あ、あれ……? 痛く、ない?


 死ぬと、水の中にいるみたいな感じになる。静かで、遠くで音が鳴っているみたいに聴こえるんだ。

 でも耳に入ってくるのは、小鳥のさえずりと、風と、そよぐ草の音。


 私はまだ、生きている……!


 おそるおそる顔をあげると……顔面に乗っていたレインボーハミングバードたちが滑り落ちて、胸元にコロリンと転がった。

 私の青い着ぐるみの上には無数の鳥たちがいて、虹色の羽根を広げていた。まるで布団みたいに覆っている。


「な、なにコレ?」


 真っ先に到着したイヴちゃんは私の状態を見て、目を点にしている。


「わぁーっ!」


 ミントちゃんは歓声とともに目を七色に輝かせた。


「……」


 クロちゃんは目を閉じている。私にはそれが、なんだか安心したように見えた。

 シロちゃんもホッとしたように胸をなでおろす仕草をしたあと、


「リリーさんがお怪我されたと思って、心配してくださってるんだと思います。学院の図書館にあった本に書いてありました」

 

 しゃがみこんで、微笑ましそうに私の顔を覗き込んだ。

 それで思い出した……図書館で見た『バスティド野鳥図鑑』のことを。羽根をつかって弱った仲間をかばうんだっけ。


 ってことは……仲間だと認識してもらえてるのかな?

 立ち上がりたかったけど、小鳥たちがいっぱい乗っているのでままならない。

 すくいあげて別の場所に移そうか……でもこの着ぐるみの手じゃ無理か。


「あの……ありがとう。もう大丈夫だから」


 鳥たちに向かって何ともないアピールをしてみる。

 ダメ元のつもりだったが……通じたのか一斉に飛び立ち、巣箱に戻っていった。


「ああ、死ぬかと思った」


 私はみんなに手伝ってもらって起き上がる。


「大げさねぇ」


 軽蔑するような視線を向けてくるイヴちゃん。なんだかヒメちゃんを彷彿とさせる眼差しだ。


「……イヴの声も、大げさだった」


 クロちゃんからボソリと突っ込まれたお姫様は「そんなわけないでしょっ」とそっぽを向いた。


 でも臨死体験した甲斐あって、レインボーハミングバードたちは友好的だ。

 騙しているようでちょっと罪悪感があるけど……チャンスなので巣箱を調べてみることにした。


 巣箱は家のような形をしていて支柱の上に置かれている。高さは私の背と同じくらいか。

 近づくと、屋根の上にいたレインボーハミングバードがぴょんと私の頭に飛び乗った。


 家は木でできており相当古い。ちょっと力を加えたらボロボロ崩れちゃいそうだ。

 四方の壁には小さな穴がたくさん開いていて、小鳥たちはそこからせわしなく出入りしている。


 穴から屋内を覗いてみると、宝石の原石みたいな七色蜜が鎮座しているのが見えた。差し込む光を反射してキラキラしている。

 底には藁が敷かれており、ただでさえ小さいレインボーハミングバードをさらに小さくした仔バードたちと、いくつもの小さな卵。まるでウズラのを着彩したようなカラフルな卵があった。


「ねーねー、このままもらっちゃえば?」


 私の隣で飛び跳ねながら巣穴をのぞき込んでいたミントちゃんが言う。


「この手じゃムリだよ。あともっと巣箱の穴が大きくないと」


 またはこの着ぐるみを脱いで道具を使えばなんとかできるかもしれないが……その場合、鳥たちはこんなに友好的じゃなくなるだろう。


「ブッ壊しちゃう?」


 事もなげに言うイヴちゃん。ギョッとしたシロちゃんに対して「ジョーダンよ」とつけ加えた。


「……」


 ツンツンとクチバシで突かれる。見ると、クロちゃんが立っていた。


「なに? クロちゃん?」


 彼女は巣箱の側面に立ち、羽根先でなにかを指していた。

 示す先を見ると、木板のところに文字が彫ってあるのが見えた。


 それは名前のようで、5人分彫られていたが上の2人分だけなんとか判読できる。あとの3人は擦れすぎていて読めなかった。

 私は目を細め、いちばん上の名前を凝視する。


「マ……マ……リア……ルベルム!?」


 読み上げた私のトーンが急激にあがる。

 もっとよく見ようと顔を近づけた拍子に、オデコの上にあるクチバシが脆くなった壁に突き刺さってしまう。


 穴から一斉に顔が出てきて、ピギーと怒られてしまった。


「あっ、ご、ごめんね」


 慌てて謝る。


「どうしたのよ、そんなに興奮して」


 反対側の穴からイヴちゃんの瞳がこっちを見ていた。


「み、見て! 名前が! ママの名前が彫ってあるの!」


 隣にきたイヴちゃんがどれどれと覗きこむ。


「……エミリア……パパラン!?」


 しかし彼女が注目したのは、2番目に彫ってある名前だった。読み上げるトーンが急激にあがる。

 ……エミリア・パパラン? イヴちゃんのフルネームってたしか、イヴォンヌ・ラヴィエだったよね……?


「あっ!? 思い出した! イヴちゃんのママだ!」


 指差すと真顔で頷かれた。


 イヴちゃんの本当のフルネームは、イヴォンヌ・ラヴィエ・ミルヴァランス。

 イヴちゃんのママの本当のフルネームは、エミリア・パパラン・ミルヴァランス……!


 王族であることを隠すため、ふたりとも普段は『ミルヴァランス』の部分は省略してるんだ……!


 イヴちゃんのママには子供の頃、王城で何度か会ったことがある。


 エミリアって名前がなんだか呼びにくかったので、私はパパって呼んだんだ。

 つられてイヴちゃんも同じようにパパって呼ぶようになったんだけど今思うとママなのにパパって呼ぶのもなんか変なカンジだよね。


 でも、そんなことよりも……なんで、私とイヴちゃんのママの名前があるんだろう?


 ふと頭の中を、鋭い光が横切った。


「もしかして……」


 根拠はない。根拠はなかったけど……なにかが私の中でつながったような気がした。


「戻ろう! みんな!」


 私は顔をあげ、颯爽と宣言する。

 見ると、みんなの頭上にはやたらといっぱい鳥が乗っていた。



 庭師小屋まで戻った私たちは着ぐるみを返却して、そのまま小屋内で作戦会議をはじめた。

 着席したみんなが見守るなか、私は立ち上がって自分の考えを発表する。


 まず、オレンジ農園を荒らしているのはレインボーハミングバードではないこと。


 理由としては、レインボーハミングバードは7種類の果物を集める習性があるらしい。

 それなのに被害が出てるのはオレンジだけ。これは明らかにおかしい。


 なので、レインボーハミングバードは討伐しない。

 オレンジ農園の被害はきっと別の要因があるので、それを突き止める。


 ……ここでひと息ついて、みんなを見渡す。何か質問はあるのかと。


「犯人じゃないって思う理由はそれだけなの?」


 早速イヴちゃんに突っ込まれた。


「んーと、あとはタダのカンなんだけど……レインボーハミングバードと接してみて、そんな乱暴な子たちじゃないって感じたのもあるかな」


「ミントもー!」


「はい。私もそう思います」


 ミントちゃんとシロちゃんは即座に賛同してくれた。


「……乱暴されなかったのは、着ぐるみがあったから」


 クロちゃんからは淡々と否定された……と思ったが、


「でも、その考えは肯定する」


 賛成票を投じてくれた。


「フン、まあいいわ。で、七色蜜はどうすんのよ?」


 イヴちゃんはそれ以上追求してこなかった。促された私は蜜蝋(みつろう)入手作戦について述べた。


 まず、レインボーハミングバードの新しい家を作る。


 その家をどこか別の場所に置く。


 新しい家にレインボーハミングバードを誘導、引っ越しをしてもらう。


 古い家に残された七色蜜をもらう。


「なによそのまどろっこしい作戦」


 かわいらしいツインテールに似合わない、眉間にシワ寄せた半目で睨まれた。


「もともとはフランちゃんから見せてもらった絵本に書いてあったのをヒントにしたんだ」


「えほん?」


 絵本好きのミントちゃんが真っ先に反応する。


「うん。レインボーハミングバードに新しいお家をプレゼントして、七色蜜をもらうっていう内容」


「作戦の根拠はまさかその絵本だけじゃないでしょうね?」


 眉間のシワはなくなったけど、ジト目の詰問をしてくるツインテールさん。


「……たぶんだけど、私のママは私と同じくらいのころ、イヴちゃんのママとパーティを組んでたんだと思う。そしてママたちはレインボーハミングバードの家を作って引っ越してもらって、蜜蝋(みつろう)を手に入れたんだと思う」


「ただの想像じゃない」


「そうなんだけど、でも、そうとしか考えられないんだ。なぜレインボーハミングバードの家にママの名前が彫ってあったのかを考えると」


 ママはレインボーハミングバードをやっつけて蜜蝋(みつろう)を手に入れたんじゃない。平和的に手に入れたんだ。彫られた名前がなにより証拠だ。


「……レインボーハミングバードを誘導する方法は?」


 クロちゃんが唐突に口を開いた。

 ……的確な質問だ。実をいうと、まだなにも考えていない。


「えーっと……」


 私は一瞬言葉に詰まってしまったが、


「……あ、そうだ。シロちゃんにやってもらえば……イヤイヤだめか」


 とっさに思いついたアイデアを口にしようとした。しかし、彼女にそんな危険なことをさせるわけにはいかないと途中で思い直す。


「……私にできることがありますでしょうか? あるのでしたら是非、やらせていただけませんか?」


「言ってみなさいよ」


 ふたりに促されて、私は言いかけた内容……シロちゃんが笛を吹いて、レインボーハミングバードたちを誘導してはどうかと提案した。

 補足として、シロちゃんの笛がどれだけ動物たちに好評かを付け加える。


 ニンジン警備のアルバイトのとき、シロちゃんは笛を使ってウサギたちの気を引いていた。

 そして昨日の朝、屋上で笛を吹いていたシロちゃんのまわりにはいろんな鳥が集まっていた。


 聞き終えたシロちゃんは、椅子から立ち上がり、


「私に……させていただけませんか? うまくいくかはわかりませんが、一生懸命させていただきますっ」


 両手を胸に当て、祈るような視線を向けてきた。

 お願いするのはこっちのハズなのに、いつのまにお願いされちゃってる。


「アンタ、笛なんて吹けたんだ」

「しらなかったー」

「……初耳」


 やっぱり知らなかったようで、みんなは口を揃えた。


「あっ、は、はいっ。すっ、すみません、かっ、かかか隠していたわけではないのですが……すみませんっ」


 批判的なニュアンスはなかったが反響にびっくりしたのか、シロちゃんはペコペコと二回謝った。


「まっ、でも、いーんじゃない? なんか穴だらけの作戦っぽいけど、それでいきましょ」


 あっさり言って椅子から立ち上がるイヴちゃん。


「いきましょー!」


 朗らかさ満点で立ち上がるミントちゃん。


「……」


 空気イスにでも座っていたかのように、無音で起立するクロちゃん。


「が、がんばりますっ」


 身体を強張らせるシロちゃん。自分が演奏しているところを想像しているのか、もう緊張している。


「よぉーし! じゃあ、さっそく家づくりしよっか!」


 私は勢いよく拳を天に突き上げる。

 続いてくれるかと思ったが、みんなは固まっていた。


「おうちってどうやってつくるのー?」


 ミントちゃんの無邪気な問いに対して、


「……さあ?」


 私の声は、自分でも驚くほど他人事のようなニュアンスで、小屋の中に響いた。

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