19 討伐隊
幸せの絶頂から、どん底に叩き落された。
……いまの私にはお似合いの言葉だ。
昨晩は楽しかった。女の子8人でワイワイおしゃべり。
いろんなことを話した。学校のこと、テストのこと、夏休みの課題のこと。
ティアちゃんパーティの面々にも「気になる男の人」を聞いてみたけど、私たちと似たような答えだった。
ただティアちゃんだけはこの質問がなぜか気に障ったようで、ショックを受けた顔をしていた。
「みんな愛称があってずるいの」とノワセットさんからいわれて、「ノワちゃん」というアダ名をつけてあげた。
ノワセットさん……いや、ノワちゃんともさらに仲良くなれて、実に有意義な夜だった。
その場にフランフランさんはいなかったのが残念だったけど、いずれ仲良くなれればいいか。
フランフランさんもアダ名で呼べるようになりたいな。
結局いつものパターンでみんなそのまま床で眠ってまい、朝起こしにきたメイドさんをびっくりさせてしまった。
次の日、専属メイドから「レインボーハミングバード討伐隊長」に昇進?した私は朝からさっそく調査を開始。
メイド服からいつもの勇者ルックに着替え、まずは巣箱をちゃんと観察しようと庭園へ出発したんだ。
巣箱のあった池に向かっている途中、ヤマボウシの実がなっているのを見つけた。
つい木の実好きの血が騒いでしまい、実を取りに行ったら……地面にあいた深い穴におちてしまった。
まさかあんなところに穴が開いているなんて。ちょうど草に覆われてたから気付かなかった。
そして、まさしくどん底の状況に陥ったところで……今に至る。
穴の底は暗くて狭かった。中央には尖ったほうを上にした槍が突き刺さっている。
あぶなかった。真ん中に落ちてたら串刺しになっているところだった。
鋭利な槍の先端には血と、なにかドロッとした緑色の液のようなものが付着していた。
コレ、なんだろう……? もしかして、毒?
槍と、血と、毒かもしれない液体。そのみっつが示すのは……。
この穴は天然のものではなくて、人為的に作られた罠ということになる。
そして血がついてるってことは、誰かがこの罠で傷つけられたということだ。
平和そのものだと思っていた庭園に、こんなモノがあるなんて……一体誰がこんなことを?
穴からあがったらノワちゃんに聞いてみよう、なんて思っていると……不意に、槍の向こうで何かが動いた。
「だ、誰っ!?」
私は反射的に剣を抜き、盾を構える。
そこにいたのは……大きな鳥だった。いや、大きいどころじゃない、大きすぎる。私と同じくらいの体長がある。
鮮やかな緑色の羽根と、長い長いクチバシ。あれ……もしかして、レインボーハミングバード?
でも、池のそばで見たのに比べると、100倍くらい大きい。もはや怪鳥レベルだ。
蠢いていた緑色の鳥は、こちらを向いた。
鳥だと思っていたけど、クチバシの下には人間の顔があった。
それでようやく理解した。目の前にいるのは巨鳥ではなく、鳥の着ぐるみを着た人間だと。
長く垂れた前髪が瞳を覆っているせいで顔はよくわからなかったけど、鼻から下は見覚えがある。
カマをかけるつもりで思い当たった人物の名前を呼んでみた。
「……フランフランさん?」
彼女は三角帽子を深く被っている。そのせいか鼻から下だけ妙に印象に残っていたのだ。
名前を呼んだ瞬間、勢いよく飛び跳ねる巨大レインボーハミングバード。私に背を向け、猛然と穴を登りはじめた。
だけど50センチくらい登っては滑り落ち、また登るというのを繰り返している。
このリアクション……やっぱりフランフランさんだ。
彼女的には逃げようとしてるんだけど、それがうまくいってないんだろう。
「ね、ねぇ、フランフランさん! 落ち着いて!」
声をかけてみても、彼女の遁走意欲は衰える様子がない。
どうしようかと迷っていると……とうとうスタミナが切れたのか、それとも諦めがついたのか……フランフランさんはズルズルとへたり込んだ。
壁のぼりのポーズのまま、撃たれた鳥みたいに大の字に寝そべっている。
改めて彼女の扮装を見る。たぶん、ノワちゃんの庭師小屋にあったヤツだろう。
しかし……なんで彼女はこんな所でこんな格好をしてるんだろう?
よく見ると着ぐるみの脚の生地が裂けていて、太ももが露出していた。
「……あれ、ケガしてるの?」
ふくらはぎのあたりから血が出ている。
ってことは……槍の先端についていた血は、彼女のもの!?
そうか、フランフランさんも私と同じようにここに落ちてきていたのか。
もっとよく見ようと近づくと、気配を感じたのかフランフランさんはさっと立ち上がってこちらに向き直った。
警戒の色アリアリと浮かべ、イヤイヤと首を振っている。
「落ち着いて、ね? ちょっと傷口を見るだけだから」
なるべく刺激しないようにやさしく声をかけながら、ゆっくりと一歩踏み込む。
が、私の思いも空しく彼女は再びパニックに陥った。
また背中を向けたフランフランさんはジャンプしつつ羽根をバサバサとやりだした。
飛び立とうとしてるんだろう。でも本物の鳥じゃないから50センチくらい飛び上がるくらいで終わっている。
大きさを除けば、ケガした鳥が猟師から逃げようとしている風にも見えなくもない。
……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった!
「傷口を見るだけだから! お願いだから落ち着いて!」
フランフランさんの側までいって、肩を掴んだ。
しかし私の言葉が全く届いてないかのように彼女は暴れ、逃げようとする。
ラチがあかないと判断した私は、もう勝手にやらせてもらうことにした。
しゃがみこんで鳥の足首を掴み、負傷箇所に目を凝らす。
負傷したばかりのような新しい傷口。大きくはないがぱっくりと裂けており、血がにじみ出ていた。
穴に落ちてからそんなに時間が経ってないんだろう。傷のまわりには緑色の液が付着している。
私が足を掴んだせいか、巨大レインボーハミングバードはバランスを崩してべしゃりと前に倒れた。
倒れてなおもがく彼女の背中に声をかける。
「ご、ごめんね! フランフランさん! ケガしてたから心配で……あいたっ!?」
私の言葉は彼女の蹴りで遮られる。今度は脚をバタつかせての抵抗だ。
思わず掴んだ手を放してしまったせいで、飛んでくる蹴りの数が倍になってしまった。
キックの雨を浴びながら、どうしようかと迷う。
……こんなに拒絶されてるんだからこのままほっておこうか。
いや、でも……もし毒だったら大変なことになる。
脚の裏だとフランフラン自身じゃ吸い出せないから……私がやるしかない。
全力で嫌がられてるけど……もう決めた!
使命感にかられた私は袖まくりをしてやる気を奮い立たせる。
ガードを固めたのち、説得にとりかかった。
「槍に毒が塗られてたかもしれないんだよ! 吸い出してあげるからじっとしてて!」
必死の訴えのつもりだったけど、効いている様子がまるでない。
逆に暴れがパワーアップして、蹴りのスピードと威力が増したしたように思える。
「お、お願いだから! 落ち着いて! ねぇ!」
もしかしたら「毒」という単語が恐怖を煽ってしまったんだろうか。
動きにくそうな着ぐるみだというのに、たったいま打ち上げられた魚ばりのイキの良さを取り戻している。
「もう! このわからずや!」
言葉でいくら訴えても通じそうになかったので、力ずくで傷口を吸うことにした。
毒で死ぬと、生き返ったときでも毒が完全に抜け切れなくて後遺症が残ることがあるって聞いた。だから……ほっとけない!
脚をバタバタとさせて力の限り「あっちいけキック」を連発するフランフランさん。
鳥の足が身体にガツガツと当たって痛いけど、堪えてチャンスを待つ。
「そこだっ!」
飛んできた鳥足を、ここぞとばかりにキャッチする。
片手だと離してしまいそうだったので、両手で足首をしっかりと押さえる。
つかまえた足首を釣り上げるように引き上げ、傷口を私の顔の前まで持ってくる。
再会した細いふくらはぎに向かって、逃がすもんかと無我夢中でむしゃぶりついた。
傷口に唇を当て、甘噛みしながらずずっと吸い込む。
苦さを含んだ鉄の味が口いっぱいに広がった。
……血の味なんてよく覚えてないけど、変な味がまざってる。
吸われたのが気持ちわるかったのか、まるで焼けた鉄の上にいるかのようにのたうち回るフランフランさん。
わ……私だって、好きで吸ってるわけじゃないんだよぉ……と泣きごとを言いたくなった。
ふた口めに向かうところで、暴れ狂うカカトがカウンター気味に迫ってきた。咄嗟に目を閉じる。
思いっきり瞼を蹴られ、目玉が破裂したかのような痛みが襲う。
思わず怯んでしまった。痛くて目が開けられない。
だ、だけど……負けるもんか!
「うおぉぉぉーっ!!」
感情が昂ぶり、つい雄叫びをあげてしまった。
……これじゃまるでモンスターを相手にしてるみたいだ。
私は果敢に挑み続けた。途中で鼻を蹴られて鼻血をまき散らしながらもフランフランさんの傷口を吸い続けた。
格闘すること30分、何度目かの毒吸いでなんとか解毒に成功した……と思う。
仕上げとして、私の三つ編みを結んでいるリボンをほどいて、それを包帯がわりに傷口に巻き付ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……た、たぶん、これで大丈夫……なハズ」
私はフランフランさんの身体から離れ、壁によりかかった。
彼女は顔を伏せたままぐったりとしており、肩で息をしている。
着ぐるみの鮮やかな緑色の羽根は土と私の鼻血ですっかり汚れていた。
……ちょっと荒療治すぎたか。
完全に嫌われちゃったかな。
でもしょうがない。ほっといて死んだりされたらもっとイヤだもん。
あちこち蹴られまくったおかげで身体中がアザだらけだ。
顔も腫れぼったいカンジがするから、ひどい見た目になってそうだ。
まったく……コレがなきゃこんなことにはならなかったのに。
のろのろ立ち上がった私は恨みがましい視線を絡めつつ槍の側まで行く。仕掛けた人を呪いながら、その軸を掴んだ。
危ないから引っこ抜いておこうと思ったんだけど、いくら力を込めても抜けなかった。
しょうがないので剣を使って根元から刈り取った。
切った槍を端っこに投げ捨てて、改めて上を見上げる。ぽっかりあいた穴のまわりには草が生えており、その先には雲ひとつない青空が広がっている。
穴の高さは……7~8メートルくらいだろうか。
このくらいなら、がんばれば登れるかなぁ?
迷っててもしょうがないから、挑戦してみようかな。
よぉし、やってみよう。
改めて袖まくりをして気合いを入れると、土の壁を手でつかみ、足をかけた。
「よいしょ!」
脚力で弾みをつけ、さらに高いところへと手を伸ばす。
しかし掴んだ土はあっさりと崩れ、そのままズルズルと滑り落ちてしまう。
ダメか。でもあきらめるものかと再び垂直の土壁に挑む。
結局何度かトライしてみたけど、いずれも土壁を少し削るだけで終わった。
……思ったより難しいな。
土が柔らかいせいか、掴む端からボロボロ崩れていって登れそうにない。
安定した手がかり足がかりがあればまだなんとかなりそうなんだけど……。
うーん、どうしよう。
あ、そうだ。誰かが通りかかってくれるのを期待して、叫んでみようかな。
私が穴に落ちる前、まわりに人は誰もいなかったから望み薄かもしれないけど……。
私は迷ったら実行に移すタイプなので、この案もとりあえずやってみることにした。
「えーっと、フランフランさん、これから助けを呼んでみるね。大声出すけどびっくりしないでね」
うずくまるフランフランさんに一声かけてから、私はすぅ~っと息を吸い込んだ。
肺に空気が満タンになったところで空を仰ぐ。一気に吐き出そうとした目を見開いた次の瞬間。
なにかが降ってきて、私の額にコツンと当たったあと、地面に落ちた。
小石かなにかだろうと気にせず叫ぼうとしたその直後、
「あ、リリーちゃんだー」
穴の外から見覚えのある人影がひょっこりと顔をのぞかせた。
小さなシルエットと、砂糖菓子のようにスイートなその声。
「ミ、ミントちゃぁぁぁぁぁぁーんっ!?!?」
私は溜めに溜めた空気を一気に放ちながら、彼女の名前を絶叫した。
それは明らかに必要以上の音量で、ミントちゃんは「わぁ」とびっくりしていた。横になっていたフランフランさんも跳ね起きた。
「ミントちゃん、助けて! 出られなくなっちゃったの!」
すぐさま助けを請う。直前に限界を超えた大声を出してしまったせいか思ったより声量は出ず、しかもかすれてしまった。
「えー? きこえなーい? いまそっちにいくねー」
シルエットは耳に手をあてる仕草をした。
「ええっ!? こっち来ちゃダメーっ!!」
私は慌てて制止する。が、遅かった。
屈伸して勢いをつけたミントちゃんはまるで水泳の飛び込みみたいな体制で穴に突入し、空中回転しながら立て膝の姿勢で着地した。
……あぁ、遅かったかぁ……。
叫び声の使いどころを誤ってしまったせいだ、と自責の念にかられてしまう。
決めポーズから立ち上がったミントちゃんは、
「あれ? なんでそんなにボコボコになってるの?」
私の顔を見るなりそう言った。
人の変化に疎いミントちゃんから気にされるとは……いまの私の顔は相当な惨状らしい。
「……ちょっと毒を抜くときに蹴られちゃって」
我ながら意味不明の説明だなと思ったけど、ミントちゃんは「ふぅん」と納得していた。
それよりも気になることがあるのか、しきりに地面を見回しはじめた。
「あ、あったー!」
歓声をあげながらしゃがみこんだ彼女は何かを拾いあげた後、
「これをひろいにきたの!」
手のひらに乗せて見せてくれた。よく見るとそれは、緑色と茶色がちょうど半々になっているドングリだった。
この暗い穴の底でよくドングリみたいな小さいのが見えるなぁ。
夏休みにリザードマンの洞窟から脱出したことがあったけど、そのときもミントちゃんの暗視能力には助けられた。
やっぱり彼女には夜目があるんだろうか。
それにしても、なんでわざわざドングリなんて拾いに来たんだろう。
「それはなにか、特別なドングリなの?」
尋ねてみると、ミントちゃんの顔がにぱっと笑った。
「ミント、スリングショットであそんでたの。そしたらノワちゃんが、このドングリをタマにしたらよくあたるって、ミントにくれたの! すごいんだよ、このドングリ!」
スリングショットは鉤爪に次ぐミントちゃんの武器だ。遊び道具でもあるらしい。
彼女の口ぶりからするに標的に良く当たるドングリなんだろう。ノワセットさんオススメということは「精霊が宿ったドングリ」なのかもしれない。
で、それが転がって偶然この穴に落ちたから拾いに来たんだろう。
ってことは……。
「近くにノワちゃんがいるの?」
私は祈るような気持ちで尋ねた。
「うん! いっしょにスリングであそんでるよ!」
さらに顔をほころばせるミントちゃん。楽しくてしょうがないといったカンジだ。
まだ希望があるとわかった私も思わず笑顔になってしまった。
「リリーちゃんはここでなにをしてるの?」
「助けがくるのを待ってたんだよ」
「たすけ?」
「うん。この穴に落ちちゃって身動きがとれなかったから」
「?? のぼればいいのに」
キョトンとした表情で言われた。
「登れないからこうしてるんだよ」
「ふぅん、ミント、のぼれるよ?」
言うなり壁に張り付いたミントちゃんはまるでサルのようにするすると登っていき、あっという間に穴の外へと出ていった。
「ね?」
穴の向こうからシルエットと化したミントちゃんの声が降ってくる。
「さ、さすがミントちゃん! ねぇ、ノワちゃん呼んできて!」
「ノワちゃんを?」
「うん! 私たちがここに落ちてるって伝えてほしいの!」
覗き込む彼女のポニーテールが大きくなびいた。上は風が吹いているのか、木々も揺れている。
揺れた拍子に、穴の隅から赤い実がチラリと見えた。
「わかったー」
風に吹かれながら身体を翻すミントちゃん。
「あ! ちょっと待って!」
咄嗟に思い付いて、私は彼女を呼び止めた。
「なあに?」
「そこに赤い木の実がなってるでしょ? それをこっちに投げてほしいんだけど」
私が指さした方角を見たミントちゃんは穴を軽快にまたいだ後、越えた先にあるヤマボウシの実をツタごと引っこ抜く。
そして「はぁい」というかけ声とともにこちらに投げ落としてくれた。
「ありがとー!」
降ってきた木の実。天の恵みのごとくそれを受け取った。
実をいうと少し空腹を感じていたので、助けがくるまでこの実でしのごうと考えたのだ。
「じゃあねー!」
元気に飛び出していくミントちゃんを見送ったあと、私はひと息ついた。これでもう安心だ。
ふとフランフランさんのほうを見ると、起き上がっている彼女と目が合った。
いや、瞳は前髪で覆われているから目が合ったわけじゃない。正確には視線が合ったというべきか。
だけど彼女はすぐに俯いたので、私は目が合ったんだなと確信する。
あんなことをしたあとだけど……反応的にはだいぶマシになってきたかな?
私は思い切って巨大レインボーハミングバードに近づく。一瞬肩を震わせたけど、逃げだす気配はない。
「これ、ヤマボウシの実っていって、甘くておいしいんだよ。はい!」
しゃがみこんで、ツタからもいだ実をいくつか差し出してみたけど……彼女は下を向いたままだ。
「……おなか、すいてない?」
問いかけてみたけどノーリアクション。いずれ何か反応があるかもと気長に待ってみる。
しばらくして、フランフランさんのかわりに返事をするように……彼女のお腹がムギューと鳴った。




