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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
49/315

18

 結局、ポットみっつをカラにするくらい牛乳をおかわりして、新しいメイド服に着替えたのち夕食とあいなった。

 例によって夕食は食べさせっこして、長かった一日もようやく終わりを迎えようとしていた。


 就寝ということで、私はティアちゃんと寝室にやって来た。専属メイドたるもの、一緒に寝るのも務めらしい。


 彼女からまた要求されて、アーマーとドレスを脱がせ、さらにはネグリジェを着せてあげた。相変わらずの敏感っぷりだったので多少時間がかかってしまった。

 その後、彼女が私のメイド服を脱がせて、お揃いのネグリジェを着せてくれた。


 この「脱がしっこ」「着せっこ」は本来脱衣所でやりたかったことらしい。

 さらには「洗いっこ」も予定していたそうだが、疲労困憊でそれどころではなかったそうだ。


 お互いの髪をブラッシングする「梳かしっこ」をしたあと、香水をつけてくれた。

 桃の香りの香水だった。「ニオイもお揃いだね」と言うと、彼女は顔を赤くした。


 そのあと天蓋のついた豪華なベッドに横になった。

 目の前にはティアちゃん。


 専属メイドっていうのは本当におはようからおやすみまで一緒に過ごすのか。

 でも一方的にするだけじゃなくて、ティアちゃんもおかえししてくれるからなんだか主従関係というより仲のいい友達みたいだ。


 なんにしてもティアちゃんと仲良くなりたかったので嬉しい。彼女も同じ気持ちなのか、なんだか機嫌が良さそうだ。

 いまも同じ枕に頭をのせて吐息がかかるくらいの距離で、微笑みながらこっちを見ている。


「ねぇティアちゃん」


 私は寝る前のおしゃべりがしたくなって、話しかけてみた。


「なんですの?」


「今日みたいな作物被害って、いっぱいあるの?」


「ええ、今月に入ってからは特に酷いですわね。早急にレインボーハミングバード討伐隊を結成するつもりですわ」


「え……討伐隊?」


 思わず聞き返してしまった。


「ええ。これ以上、村の被害を許すわけにはまいりませんもの」


 決意に満ちた表情。どうやら事態は相当深刻なようだ。


 無理もないか。果物が特産の村で、頻繁に果樹を折られてはたまったもんじゃないだろう。

 部外者である私が「討伐なんてやめて」とは言いづらい。


 ならば……。


「それ、私たちが立候補してもいい?」


 ダメ元で提案してみると、ティアちゃんはいぶかしげな顔になった。


「……なぜですの?」


 そういえば……私たちの本来の目的を彼女は知らないんだっけ。

 私は、ママから教えてもらったリップを作るためにレインボーハミングバードの蜜蝋(みつろう)を探していることをティアちゃんに話した。


 その話に納得してくれたのか、彼女の顔からいぶかしさが消えた。


「……そういうことでしたの。でも、それならアタクシが蜜蝋をプレゼントしてさしあげてもよくってよ?」


 いつもの余裕たっぷりの表情に戻ったお嬢様から、予想外の提案が飛び出した。


「え、ホントに!?」


 びっくりして大きな声を出してしまったけど、


「もちろんですわっ!!」


 ティアちゃんはそれ以上の声量で即答した。


 ……ええっ、本当に本当?

 で、でも……本当なら……すっごく助かる!


 今日一日いろいろあったけど、ここにきて一気に目的達成できそうだ!

 よぉし、これでママのリップが作れる! ママが使っているのと同じ! ママと同じの……!!


 ……心の中で何回か繰り返して、はたと思い直す。


「あー……ありがとう。……でも、気持ちだけもらっておくね」


 そう言うとティアちゃんの顔は、最初のひと口にかぶりつこうとした瞬間おあずけをくらった犬みたいな悲しい顔になった。

 まさかそんな顔をされるとは思わなかったので、


「て、手紙に書いてあったんだ」


 私は慌ててフォローした。


「ママは私と同じくらいの頃にリップを作ったんだって。たぶん、自分の力でレインボーハミングバードの蜜蝋を集めたんだと思う」


 ……ママも12歳のころ、あのレインボーハミングバードをなんとかして蜜蝋を手に入れたんだ。


「だから私も、ママと同じようにチャレンジしてみたいんだ」


 ……ママみたいな勇者になりたくてツヴィ女に入学した私にとって、これは憧れに一歩近づける大チャンスじゃないか!


 言葉にしてみるとますますそんな気がしてきて、寝る前だというのにどんどん意欲が湧いてきた。


「……わかりましたわ。ではこの件につきましてはリリーさん、あなたにお任せいたしますわ」


 やる気が顔にまで溢れていたのかもしれない。ティアちゃんは私を見つめたまま、深く頷いてくれた。


「あ……ありがとうティアちゃん!」


 感情の赴くままにティアちゃんの手をとり、ギュッと握りしめるとまた顔が赤くなった。

 ちょっとやりすぎたかな? と思ったけど彼女も握りかえしてくれた。


 ティアちゃんの柔らかい指に私の指を絡めあわせると、自然と笑みがこぼれた。彼女もはにかみながら、微笑みをくれた。そして私はますます笑顔になった。

 彼女の、ティアちゃんの年相応の表情が見れて、さらに仲良くなれたような気がしたから。


「……では、そろそろ休みませんこと?」


「うん!」


 彼女は手を離さなかったので、手をつないだまま寝るのかな、と思っていたら、


「ほ、頬を寄せ合って休むのです」


 緊張気味に切り出された。


 頬を寄せ合う、って……ほっぺたをくっつけて寝よう、ってことかな?

 クロちゃんも私に抱きついて寝るから、似たような習慣なのかもしれない。でもそれでよく眠れるんだったらお安い御用だ。


 まるでキスでもねだるかのようにティアちゃんの顔が迫ってきたので、応じるように頬をくっつける。つるつるスベスベのほっぺたの感触。

 香りも相まって、まるで桃に頬ずりしているみたいな気分になる。


 私の耳元にあるティアちゃんの唇が、吐息とともに動くのがわかった。


「……蜜蝋はさしあげられませんでしたけど、かわりに受け取ってほしいものがありますの」


 こんなに近くで囁かれると、ちょっとくすぐったい。


「なに?」


 慣れないムズ痒さに私は肩をすくめながら尋ねる。


「……わ、ワタクシの作った……ラブ・ソングです」


「らぶそんぐ?」


「ええ……リリーさんに捧げますわ」


 ティアちゃんの顔は見えなかったが、声は妙に艶っぽかった。


 ……ラブソングって、恋とか愛とかいうあのラブソングのことだろうか?

 もしかして、子守唄のことをお金持ちの人たちはそう呼ぶのかな?


 でも寝る前に歌を唄ってもらうなんて、久しぶりだ。

 子供の頃はママが歌ってくれることもあったけど、それがあまりに音痴だったのでママが歌いそうになったらおしゃべりに誘導するようになったんだ。


 ややかすれた調子で、ティアちゃんは自作だという歌を口ずさみはじめた。


 ティアちゃんの気持ちが嬉しかった。私のために、歌を唄ってくれるなんて。

 でも歌唱力のほうは…………正直なところ…………ママより…………ママより…………下手だ。


 でもでもせっかくティアちゃんが私のために歌ってくれてるんだ。と何度も言い聞かせて、気を確かに持つ。


 ティアちゃんは歌っているうちにノッってきたのか声にも熱が入り、声量もじょじょに大きくなってきた。

 触れている頬が熱くなっているのがわかる。


 彼女はそれまでしっかり繋いでいた手を離し、その手を私の腰にまわしてきた。

 ティアちゃん的には最高の盛り上がりらしい。同時にオリジナルソングはサビの部分に入った。


 バーン!!


 まるで合いの手を入れるかのようなタイミングで、寝室の扉が蹴破られたような勢いで開いた。

 びっくりして顔を起こすと、開いた扉のところにはイヴちゃんが立っていた。


 ……驚いたのと同時に、歌が中断されて内心ホッとしてしまう。


 イヴちゃんはズカズカと室内に踏み込んできてベッドの側までやってくると、私の隣に入り込んできた。

 ティアちゃんとイヴちゃん、ふたりの間に挟まれる形になる。


「トイレに行ったけど、部屋まで戻るのが面倒だからここで寝ることにするわ。なによ、アタシも専属メイドなんだからここで寝る権利はあるでしょ!」


 聞いてもいないことをまくしたてながら、まるでぬいぐるみでも奪う子供みたいに私をティアちゃんから引きはがした。


「……ってあんまりこっちに来ないの!」


 自分で抱き寄せておきながら、一方的に押し返される。


「ど、どうしたのイヴちゃん? 寝ぼけてるの?」


「……ち、違っ! 寝ぼけてなんか……! い、いや、そうよ! 寝ぼけてるわよ! 悪い?」


 かつてないほどに取り乱しているイヴちゃん。

 じれったそうにウーウー唸ったあと、結局どうしていいのかわからないのか、ごまかすように背中を向けてしまった。


 ……一体どうしちゃったんだろう。


 今日は大変だったみたいだったから、疲れてるのかな?

 そう結論づけた私はこれ以上イヴちゃんを刺激しないよう、そっとしておくことにする。


 ふと人の気配を感じたので顔をあげると、音もなくクロちゃんとノワセットさんが部屋に入ってきていた。

 ふたりとも無言のままベッドの柵を乗り越えて、私の隣にむぎゅむぎゅと割り込んできた。


「ちょ、クロ! 何すんのよ!?」


「お、おやめなさい! ノワセットさん!」


 いきなりのことにイヴちゃんティアちゃんは抗議するも、それもむなしく私の両隣はクロちゃんとノワセットさんに取って代わった。

 広いベッドだけど、五人も横になるとさすがに満員だ。


 ……狭い。狭いけど、こんな狭さなら楽しいからいいか。

 クロちゃんのスリムさとノワセットさんのグラマーさを肌で感じながら窮屈さを堪能していると、今度は視線を感じた。


 再び顔をあげてみると、ミントちゃんの手をまるで親子みたいに繋いだシロちゃんとベルちゃんがいた。

 通りすがりに騒ぎを聞いたのか、部屋の外から三人そろって何事かとこちらを見ている。


「あーっ! ミントも一緒にねるー!」


「あたしもーっ!」


 新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせ、ミントちゃんとベルちゃんがこちらに駆け寄ってくる。

 その勢いのままベッドめがけてダイブしてきた。


 飛び込んできたふたりに抱きつかれて、私の隣はミントちゃんとベルちゃんに代わった。

 定員オーバーのベッド。一番外側にいたイヴちゃんとティアちゃんは押し出され「ギャア」という悲鳴とともに床に転がり落ちた。


「もう、なんなんですの!? せっかくいいところでしたのに……!」

「フン! 何言ってんのよ、あんな下手クソな歌で!」

「んまぁ? イヴォンヌさん、まさか立ち聞きを……」

「あ、あの、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「へへー! リリーをぎゅーって押しつぶしちゃうぞぉ~!」

「ミント、お日様のニオイがするの」

「きゃはははは! くすぐったいよぉ」

「…………」


 静かだった寝室はあっという間に賑やかになった。

 もう完全に目覚めてしまった私はベッドから跳ね起きると、


「よぉーし、じゃあ、アレやろっか!」


 拳を高らかにあげて宣言する。ミントちゃんシロちゃんクロちゃんは私の意図を察して賛同してくれた。

 イヴちゃんは床にあぐらをかいたまま「好きにすれば」とそっぽを向いた。


 私は寝室から飛び出し、リネン室にいってシーツを何枚か借りてきた。そしてそれを寝室の床に敷いた。

 ティアちゃんパーティーは不思議そうな顔で私の行為を見ている。


 4枚ほどのシーツを組み合わせ正方形になるように敷いたあと、私はその真ん中に陣取った。


「眠くなるまで……おしゃべりしよっ!」


 シーツの外にいたみんなに呼びかけると、みんなはわぁっとまわりに集まってくれた。

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