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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
48/315

17

 汗まみれ土まみれの私を見かねたのか、ティアちゃんは入浴を提案してくれた。

 正直ドロドロで気持ち悪かったので、その申し出は大変ありがたい。


 イヴちゃんクロちゃんノワセットさんが庭園から戻ってくるのを待って、私たちはお風呂に向かった。

 もしかしたらイヴちゃんは拒否するかなと思ったんだけど、汗びっしょりになっていたので彼女も入浴したかったんだろう。黙ってついてきてくれた。


 この屋敷は2階建てだとばかり思ってたんだけど、お風呂場はさらにその上にあった。

 2階の屋根をくり抜くような形で浴室があり、壁がガラス張りになっているので村と庭園を一望できるという豪華なものだった。


「「「おおおー!」」」


 素晴らしい眺望に、私とミントちゃんとシロちゃんは歓声をあげる。

 まだ脱衣所だというのにこんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。


「中はもっとすごいよ! さぁー、入ろう入ろう!」


 私たちの期待を煽りつつ、ベルちゃんはさっそく服を脱ぎはじめた。


 よぉし、私も……と思ったら、ティアちゃんから呼ばれた。

 見ると、彼女はカカシみたいに両手を広げたまま、こちらを見ている。


「ぬ、脱がせてくださいませんこと?」


 そっか、私は専属メイドだった。ごはんを食べさせるだけじゃなく、服も脱がせてあげなきゃいけないのか。


「あ、うん」


 私は返事をしてティアちゃんの前に立ち、身体に手を伸ばしたが彼女はまるで反発する磁石のように後ずさった。


「……ティアちゃん?」


「ななな、な、なんでもありませんわっ! さ、さあっ! 脱がせてくださいませんこと?」


 しどろもどろに言うティアちゃんは、少し離れた場所でまたカカシポーズをとった。

 その身体は木の人形みたいにカチコチに強張っている。


 再び手を伸ばしてみると、今度は逃げられなかったけど身体がビクッと震えた。


 緊張してる? それとも怖がってるのかな?


 ……どう考えても、そんな感情が湧き上がってくるような状況じゃないよね。でもこれじゃ嫌がるティアちゃんを私が無理矢理脱がそうとしてるみたいじゃないか。


「ははは早くしてくださいませんこと?」


 裏返った声で急かされ、私はあらためて彼女と対峙する。


 ティアちゃんが身に着けているのは純白のドレスと、その上にキラキラと輝く白銀のアーマー。

 身分の高い騎士のひとがよく身に着けている騎士(ナイト)ドレスというやつだ。


 守備力の高さもさることながら、見た目もキレイ。

 無意識に、いくらくらいするんだろう? なんて思ってしまう自分が少しイヤになる。


 まずは……腰にある白い革ベルトに手をかけて外す。ベルトにはポーチと武器がついていた。

 見た目は違えどツヴィ女の生徒なら誰でも持っているウエストポーチ。よく使う小物などを入れるためのヤツだ。


 ちなみに私はいつもポーチに財布、ブラシ、手鏡、伸縮式の望遠鏡を入れている。


 ティアちゃんの武器はレイピアとマンゴーシュだった。

 レイピアってのは針みたいな刺突用の剣。フェンシングとかでよく見るやつだ。

 マンゴーシュは白兵戦用の短剣。大きなハンドガードが特徴で、それで相手の攻撃を受け流したりできる。たぶんレイピアの補助用だろう。


 レイピアかぁ……イヴちゃんの大剣とは正反対なカンジの武器だなぁ……そういえば、イヴちゃんはレイピアを使って戦うフェンシングのことを罵ってたけど、それはティアちゃんとの関係が由来してるんだろうか。


 なんてことを考えながらアーマーに手をかける。たしか、背中にあるベルトを外すんだよね。

 ティアちゃんの背後に回り込んで、ベルトのバックルを外す。


 再び前に戻って、緩んだアーマーに手をかけ、引っ張って脱がす。

 その瞬間ティアちゃんは「んっふぅん」と色っぽい吐息を漏らして身体をよじった。


 彼女はそんな声を発したのが恥ずかしかったのか、慌てて口をつぐんだ。また顔が赤くなってきている。

 なんだか気まずそうにしていたので、私は気付かないフリをして外したアーマーを置いた。


 さて、次はドレスか。

 ドレスは夏休みの豪華客船で着たことがある。たしか背中にファスナーがあるんだよね。


 再びティアちゃんの背後に回り込み、首筋のところにあるファスナーを下げる。

 「前にもホックがありますわよ」とティアちゃんに言われ、また前のほうに回り込んで、喉のあたりにあるホックをはずした。


 でも外したはいいけど手が水平のままじゃ脱がせられないので、手をいったんおろしてもらった。

 膨らんだデザインの肩パットがわずかにずり落ち、鎖骨が見えた。


 その肩パットに手をかけて下に引っ張るとドレスがおへそのあたりまで脱げ、水色のスリーインワン下着が露わになった。

 このまま一気に脱がそうと腰に手をかけると、


「んほっ!? ほほぅぅん!?」


 ティアちゃんはお嬢様とは思えないような変な声をあげ、私の手から逃れた。


 ……なんだか変だなと思ってたけど、ようやくわかった。

 身体に触れたときのリアクションが誰かさんに似てる。


「えーっと、もしかして……ティアちゃんって、くすぐったがり?」


「そっ、そんなことはありませんことよ! ちょっと人より敏感なだけで……それよりも、早く脱がして……」


 自分の肩を抱いたまま、顔をブンブン振るティアちゃん。

 その背中ごしにいるイヴちゃんはいままで興味なさそうだったが、急にこちらを向いた。

 獲物を見るような彼女の瞳が、ギラリと輝いたような気がした……次の瞬間、


「そんなに脱ぎたきゃ、アタシがやってやるわよっ!」


 ティアちゃんの背後めがけて、まるで弱った草食動物を見つけた豹みたいに襲いかかってきた!


「あっ!? イヴォンヌさんっ!?」


 振り向くより早く、ティアちゃんの両脇をガッチリと捉えるイヴちゃん。

 そのまま手をせわしなく動かして、脇を揉みはじめた。


「んっひぃーっ!?」


 絶叫しながら、捕まったウナギのように暴れるティアちゃん。

 大暴れした後なんとかイヴちゃんの手から逃れたあと、


「おかえしですわっ!!」


 身を翻しつつ、フェンシングの突きを放つような素早い踏み込みでイヴちゃんの腰をがしっと掴んだ。

 そのまま手を上下に動かして、激しく擦りあげる。


「あっ、ひゃあぁぁぁんっ!?」


 電撃を受けたように痙攣するイヴちゃん。


 ……ふたりとも下着姿で大騒ぎしながら交互にマッサージを繰り返し、悶絶している。

 もしかして、仲良いのかな?


 しかし、ティアちゃんもイヴちゃんと同じくすぐったがり屋だとは知らなかった。

 でも……食事のときあんなに身体をくっつけてたのになんともなかったのはなんでだろ?


「ねーねー、ティアちゃんってくすぐったがりなの?」


 いいタイミングで質問したのはミントちゃんだった。ベルちゃんのホットパンツの裾を引っ張っている。


「うん。普段はヨロイを着けてるから平気みたいなんだけど、脱ぐとあのとおりなんだよね」


 やれやれと肩をすくめるベルちゃん。

 なるほど、あのアーマーはくすぐったさから身を守るためのものでもあったのか。


「あのふたりはほっといて、さっさと入ろう。ほら、あっちのふたりは準備オッケーみたいだし」


 ベルちゃんが親指で示す先にはお風呂場の入口があって、すでに服を脱ぎ終えバスタオル一枚となったクロちゃんとノワセットさんがいた。


 まだ専属メイドとしての役割を果たしてないけど、ティアちゃんのドレスはすでに脱げちゃってるみたいだし……もういいよね。


 私は急いでメイド服を脱ぎ、バスタオルを身体に巻く。

 シロちゃんもいつのまにか入浴着に着替え終えており、イヴちゃんティアちゃんの争いをオロオロしながら見ている。


「あ、あ、あの。け、け、ケンカはお止めになったほうが……」


 見ていられなくなったのか止めに入ろうとしているが、声が小さいので争うふたりに全然届いていない。


「シロちゃん、ほっといても大丈夫だと思うよ、別にケンカしてるわけじゃないみたいだし」


 彼女にそう呼びかけると、


「そ、そうなのですか?」


 驚いた様子でこちらを見た。


「うん。ちょっと荒っぽく見えるけど、くすぐりあいをしてるだけでしょ?」


 シロちゃんは眼鏡を何度も直しながら、眼前で展開されている取っ組み合いを凝視したあと、


「……そ、そう言われてみますと……」


 なんとなく納得したようだった。


「おーい! ふたりとも、はやくおいでよ!」

「ねぇ~! はやくいこうよぉ~!」


 お風呂場の入口のほうからベルちゃんとミントちゃんに呼ばれたので、私はシロちゃんの手を引いてみんなに合流した。


 互角の戦いを繰り広げているお嬢様たちを横目に見ながら、お風呂場のガラス扉を押し開く。

 もわっとした熱気と共に、なぜかむせ返るような甘い香りが漂ってくる。


 中には湯船がいくつもあり、それぞれにいろんな果物が浮かんでいた。


「こ、これは一体?」


 中はもっとすごいと聞いていたので広いお風呂を想像していた。広いのは広いんだけど、まさか果物が浮いてるだなんて……。


「フルーツ風呂だよ!」


 ティアちゃんが教えてくれた。


「「「フルーツ風呂!?」」」


 私、ミントちゃん、シロちゃんでハモった。

 なるほど、果物が入ってるからフルーツ風呂か。


「このフルーツ風呂には美肌効果とリラクゼーション効果があるんだって」


「りらくぜーしょん?」


 見上げながら聞くミントちゃんに対し、


「気持ちが落ち着く、という意味です」


 微笑みながら答えるシロちゃん。


 気持ちが落ち着く効果か……私だと果物が勿体なくて逆に落ち着かない気がするんだけど……なんて思うのは貧乏人の思考なんだろうか。


 しかしその考えはすぐに間違いであると気付かされた。

 まずはオレンジのお風呂に入ってみたんだけど、お湯で温められたオレンジが出す香りはまた違った趣があって……嗅いでいるうちになんだか身体がとろけてしまった。


 はぁ……とウットリしたため息をつく。


 窓を見ると、夕暮れの村が見下ろせた。沈む夕日の下には、負けないくらい赤い実をつけるリンゴ農園が見える。

 ……うう~ん、とってもロマンチックな眺め。


 ただでさえ気持ちのよいお風呂だというのに、そのうえ景観まで楽しめるなんて、なんて贅沢なんだろう。


 ふと脱衣所のほうを見ると、イヴちゃんとティアちゃんはまだくすぐり合戦をしていた。ツインテールを振り乱しながら取っ組みあっている。

 ……う、うう~ん、まだやってるのか。


 シロちゃんはまだふたりが気になるらしく、なんだか落ち着かない様子で脱衣所をチラチラと見ている。


 クロちゃんとノワセットさんは並んでイチゴ風呂に浸かっている。


 リンゴ風呂にいるミントちゃんとベルちゃんは手で作った鉄砲でお湯を飛ばしあっている。いつのまにかフランフランさんもいて、一緒になって遊んでいる。


 思い思いに素敵なお風呂を堪能していると、不意に入口のガラス扉が開いた。

 ようやく決着がついたのか、それともつかなかったのか……イヴちゃんとティアちゃんが這うようにして浴室内に入ってきた。


 沼に戻るオオサンショウウオみたいに湯船に浸かったあと、ぐったりしている。

 きっと体力の限界までやってたんだろう。イヴちゃんだけじゃなく、ティアちゃんも負けず嫌いなのかな。


 それにしても……ティアちゃんも胸大きいなぁ。

 湯船では果物に隠れて良く見えないけど、洗い場に行くタイミングなどを見計らってみんなの胸を観察してみる。


 私はほかの子の胸に興味がある。

 もっと言うと同年代の女の子の胸がどのくらいのサイズなのか非常に気になるのだ。


 収集した情報をもとに頭をフル稼働させて、お風呂場バストサイズランキングを脳内で構成する。


 シロちゃん>フランフランさん≧ティアちゃん≧ノワセットさん=イヴちゃん>私>ベルちゃん>クロちゃん>ミントちゃん


 といったカンジか。

 やはり私はまだまだで、シロちゃんの偉大さを改めて痛感する。

 フランフランさんは服の上からはわからなかったけど、以外と大きい。

 ノワセットさんもなかなか……。


 って、なぜそんなにバストサイズについて気にしてるかというと、理由はただひとつ。


 「歴代の勇者はみんな胸が大きかった」


 これに尽きる。


 教科書や伝記、銅像や絵画……はては絵本にいたるまで、そこで紹介されている「伝説の勇者」というのはみんな胸が大きかった。


 これはもちろん私が見出した法則なので、世の中にはあんまり胸が大きくない勇者というのもいるかもしれない。

 たとえそうであっても、私の大きな胸への憧れは変わらないだろう。 


 ……なぜなら、ママの胸も大きかったから。



 お風呂からあがると、身体サッパリ心スッキリした晴れやかな気分になった。

 汗や汚れを洗い流せたのと、フルーツ風呂のリラクゼーション効果が良かったのかもしれない。


 メイドさんからバスローブを渡されたので、それを羽織る。そのあと脱衣所の近くにある休憩スペースに案内された。

 そこは風通しのいいテラスで、背もたれが大きい籐のイスが並べてある。


「お風呂あがりといえば、牛乳ですわね」


 ティアちゃんの一言で、ティーワゴンに乗ったポットとカップが運ばれてきた。

 メイドさんから渡されたカップの中には、一見して普通の牛乳が入っている。


「ツルーフ種という、この村で新たに魔法飼育されている牛のミルクですわ」


 すっかり回復したのか、ティアちゃんはいつもの優雅さを取り戻していた。イヴちゃんもいつもの調子でそっぽを向いている。


 魔法飼育というのは家畜に魔法をかけた飼料を与えたり、家畜自体に魔法をかけて飼育する方法。

 ラカノンでアルバイトしたときのニンジンは魔法栽培だったけど、それの畜産版といった感じだ。

 オベロンさんとチタニアさん元気かなぁ、なんて思いながら……ひと口飲んでみて、驚いた。


「お、おいしいっ!?」


 思わず口に出てしまうほどの美味だった。


 牛乳に果物を混ぜたような味なんだけど、牛乳のコクがフルーツの甘みをまろやかにして、やさしい甘みになっている。


「温めたフルーツを与えて育てていくと、このようなフルーティな味わいのミルクを出すようになるのですわ」


 上品にカップを傾けながらティアちゃんは言う。

 温めたフルーツ? ……あっ、そうか、さっきお風呂で使っていた果物を食べさせているわけか。


 牛乳好きのシロちゃんはあまりの美味しさに衝撃を受けたのか、大きな瞳を何度も瞬かせながら飲んでいる。

 あっという間に飲み干して、空になったカップを寂しそうに見つめている。


「ねぇティアちゃん、おかわりしてもいい?」


 私がシロちゃんの気持ちを代弁してみると、ティアちゃんは「もちろんですわ」と頷いてくれた。

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