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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
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16

 私はお祭りが好きだ。まぁ、キライって人も少ないと思うけど……お祭りという空間においては暗い顔をしている人があんまりいないし、目的自体も豊作や大漁を願ったりとポジティブなものが多い。

 だからなんだか前向きな気持ちになれて好きなのだ。


 ベルちゃんのいうお祭りというのも興味があるのだが、彼女の故郷はこの島の南東の果てにあるそうなので行くとなると一大旅行になりそうだ。

 とりあえず連れて行ってもらう約束だけして、回復呪文の練習に戻ることになった。


 シロちゃんからいくつかアドバイスがあって、私のケガを教材としたベルちゃんの再挑戦がはじまった。

 正直不安はあったが、ベルちゃんのためならば……と覚悟を決める。


 その決意に水を差すように、村のほうから鐘の音が響いた。

 甲高くて短い間隔で打ち鳴らされるその音は、ちょっと耳障りだ。


 最初は時報かなと思っていたが、ベルちゃんが怖い顔で村の方角を見たのでそれがただならぬことを知らせる鐘だとわかった。


「ティア!」


 ベルちゃんの鋭い呼びかけに、頷くティアちゃん。ふたりとも真剣な表情だ。


「えーっと、なにがあったの?」


「村からの非常警報ですわ。さぁ、まいりましょう!」


 そう言うなりティアちゃんとベルちゃんは屋敷の馬車道に向って足早に移動をはじめる。

 村からの警報ってことは……たぶん村に向かうんだろう。


 慌てて私はその後を追う。少し遅れてミントちゃんとシロちゃんもついてくる。


 村の中心にある鐘台までやってきたティアちゃん。

 鐘のまわりには守衛さんらしきお姉さんたちがいて、何やら話しあっていた。

 彼女たちはティアちゃんに気付くと背筋をビシッと伸ばして、


「作物被害です、お嬢様。またオレンジ農園がやられました」


 ハキハキとした口調で報告した。

 それを聞いて頷いたティアちゃんは、再び足早に歩きだした。


 次の行先は村のはずれにある、オレンジ色した丘。

 このツルーフの村は小高い丘に囲まれており、その丘ひとつひとつが果物農園になっているようだった。


 「オレンジ農園がやられた」って守衛さんが言ってたから、様子を見に来たのかな?


 ゆるやかな丘に沿うように生えるオレンジの木々、その中に足を踏み入れると……柑橘系のさわやかな香りに包まれた。


「うわぁ、いいニオイ~」


 背後からミントちゃんの嬉しそうな声が聞こえる。


「この村のオレンジは味はもちろんのこと、香り高いことでも有名ですのよ。香水の原料にもなっておりますの」


 先頭を進むティアちゃんが得意気な顔で振り向いた。

 たしかに香りは強いけど、全然イヤなカンジじゃない。なんだか心まで洗われるような瑞々しい香りだ。


 深呼吸して素敵な香りを体内に取り込むと、傾斜を登る足取りがなんだか軽くなったような気がする。


 丘の中腹くらいのところに、人だかりが出来ていた。

 人々が囲むオレンジの木は幹の半分くらいのところでぽっきりと折れており、そのうえ実はすべてもぎ取られている。

 丸々とした実をたくさんつけているまわりの木に比べると、見るも無残な姿だ。


 倒木の前にいたおばあさんはティアちゃんを見るなり、


「またやられた! レインボーハミングバードの仕業じゃ!」


 怒鳴りながらこちらに駆け寄ってきた。

 

「レインボーハミングバード?」


 黙ってなりゆきを見守るつもりだったが、私にとってタイムリーな存在が出てきたのでつい口を挟んでしまった。


「最近この村の作物をレインボーハミングバードという鳥が荒らしておりますの」


「えっ、それは本当なの?」


 私とティアちゃんの間におばあさんが割り込んできて、


「見てみい! これがなによりの証拠じゃ!」


 叫びながら地面を指さした。

 見ると、切り倒された木のまわりに色とりどりの羽根が散らばっている。


 たしかに……こんなにいろんな種類の羽根をもってる鳥といえば……そうかもしれない。


「鳥が何個か食うのはしょうがねぇと思っとる。鳥も食わねぇオレンジは人も食わねぇからな。だけどアイツらは根こそぎもっていったうえに木まで倒していきよる!」


 さらにまくしたてるおばあさん。過去も同じことが何度かあって、腹に据えかねたような感じだ。

 しかしその怒り顔は、後ろにいるミントちゃんの姿を見てあっという間にほころんだ。


「おお、ミントちゃん。久しぶりじゃのぉ、どうしたんじゃ?」


「ミント、メイドさんになったの!」


 ミントちゃんは両手を水平にしながら、おばあさんに見せるようにその場でクルクルと回った。


「そうかそうか、えらいのぉ~」


 久々に会いに来た孫に接するかのように、ミントちゃんの頭を撫でるおばあさん。


 ここでもミントちゃんは有名人か。

 彼女がオレンジをねだると、おばあさんは快くふるまってくれた。


 もらったオレンジを早速むいて食べてみると……うん、おいしい。

 小袋の皮が薄くて果肉の味がよくわかる。噛みしめるとジューシーな甘みが広がり、すっきりとした酸味があとに続く。


 芳醇な味わいにたまらず天を仰ぐと、青い空に映える鈴なりのオレンジたちが見えた。


 晴天のもと、眺めのいい丘でもぎたてのオレンジを食べれるなんて……なんだかすごい贅沢。

 ふもとから吹き上げる風も気持ちいいし……なんて思いながら村のほうに目をやった私は、


「ええっ!?」


 思わずぎょっとしてしまった。


 丘のふもとから、3匹のウサギが二足歩行でこっちに向かって駆け上がってきていた。

 それだけでもビックリなのに、ウサギは人と同じくらいの異常な大きさだった。


 アレ、何!?

 とっさに頭に浮かんだのは、巨大ウサギという単語だった。


 巨大ウサギ……夏休みの豪華客船で、釣りをしているクロちゃんから教えてもらった。

 彼女曰く「おおきなウサギ」らしい。


 ……まさにソレじゃないか! いま迫ってきているのは!!


 規格外の大きさのウサギたちは近くまでやって来ると、おもむろに口を大きく開けた。

 襲いかかってくるのかと思って身構えていると、口の中からノワセットさんの顔が出てきた。


 続いて他のウサギからはイヴちゃんとクロちゃんの顔が出てきた。


 一瞬巨大ウサギに食べられちゃったのかと思ったが、すぐに着ぐるみを着ているのだとわかった。

 そういえば庭師の小屋で、同じ着ぐるみを見たような気がする。


 ノワセットさんとイヴちゃんはハァハァと息を荒くしている。

 そんな着ぐるみで丘を疾走すれば無理もない。そうとうキツかっただろうに。 


 クロちゃんは何事もなかったような瞳で私をじっと見ている。

 「この格好はどうか」と問われているような気がしたので「かわいいね」と率直な感想を述べてみと、こっくり頷かれた。


 巨大ウサギの存在に気付いたミントちゃんは、


「わぁ! ウサギさんだ! ウサギさんだー! かわいいー!」


 私と似たような感想を叫びながら、クロちゃんに駆け寄る。

 その勢いのまま抱き付いて、無表情なウサギをよろめかせた。


 クロちゃんウサギの胸に顔を埋めるミントちゃんを見てたらなんだか羨ましくなって、私も横からクロちゃんに抱きついた。

 ウサギの毛はふかふかで、気持ちよさのあまり頬ずりしてしまう。


 本物のウサギもこんな感じなのかな……と想像に浸っていると、隣にいたイヴちゃんウサギと目が合った。

 ダラダラと滝汗を流しながら、恨むような半目でこちらを見ている。


「……い、イヴちゃんもかわいいよ!」


 彼女にも抱きつこうとしたが、もこもこした手で押し戻された。……構ってほしいわけじゃないのか。

 なおもこちらを見ていたので、どうしようか迷った挙句、


「えっと……オレンジたべる?」


 剥いたオレンジをイヴちゃんの鼻先に差し出してみた。すると、一拍おいてから素早い大口でオレンジをかっさらっていった。

 いきなりだったので、ちょっと手を噛まれてしまった。……まるでミミックみたいだ。ホンモノ、見たことないけど。


 もっとよこせ、という顔でこちらを見ていたのでもうひとつ差し出すと、今度はおちょぼ口でするりと吸いこんだ。


 それを繰り返しているうちに結局全部食べられてしまった。

 でもオレンジが美味しかったのか、イヴちゃんの機嫌はいくぶんか良くなったようだ。


 ティアちゃんはみんなの小休止を見守っていて、ウサギたちが落ち着くまで待ったあと、


「治せそうですこと?」


 ノワセットさんウサギに向かって問いかけた。


「大丈夫なの」


 着ぐるみのまま頷いたノワセットさんは、こちらに向かって手招きする。

 「手伝ってほしいの」と呼ばれた私たちは木の治療に協力することになった。


 数人で折れたほうの木を抱えあげて元に戻したあと、幹に添え木と麻布を巻いて、その上からロープで縛りあげる。

 まるで骨折の手当てみたいなのを施したあと、例によってカラッポにみえる瓶をふりかけるノワセットさん。


「これで、明日の朝にはくっついてるの」


 処置を終えた彼女はそう言って、痛々しい姿の木に抱き付いた。


 その後、おばあさんにオレンジのお礼を言って、みんなでそろって屋敷へ戻った。

 道中、私の両隣にはゆさゆさと身体を揺らしながら歩く巨大ウサギがいて、なんだかおとぎ話の主人公にでもなった気分になる。


「アンタ、なんて格好してんのよ」


 ツリ目のほうのウサギが私に話しかけてきた。

 ……その疑問はそっくりそのままお返ししたかったが、土まみれなうえにケガしてる私の姿が気になったようだ。


「ベルちゃんと組手をやったの」


「ふぅん。コテンパンにやられたってわけね」


「こ、コテンパンってほどじゃないけど……」 


「まぁいいわ。今度やるときはアタシが百倍にして返してやるわよ」


 それに反応したのか、前を歩くティアちゃんがこちらを一瞥する。


「狩られてしまわないようにご注意あそばせ、ウサギさん」


「ナメんじゃないわよ、首を跳ねるウサギだっているんだからね」


 ボクシングの構えをとり、着ぐるみながらも軽快なステップを踏むイヴちゃん。

 頭を激しく振り、挑発するように長いウサ耳を揺らしはじめた。


 ……もしかしてその格好、気に入ったんだろうか。


 屋敷に着くころには、もう夕方になっていた。ウサギトリオは連れ立って庭園のほうに歩いていく。

 森に帰る動物のような風情を漂わせる背中を見送ったあと、私のケガを思い出したシロちゃんから平謝りされながら回復呪文を受けた。


 その一部始終を見ていたティアちゃんはなにか思いついたような表情になって、急にそわそわしだした。


「にゅっ、にゅにゅにゅにゅにゅ……」


 そして意味不明の言葉を絞り出しはじめた。


「にゅうっ……浴したほうが……よっ、良さそうですわね」


 そう提案するティアちゃんの顔は、なぜかのぼせたみたいに赤く赤くなっていた。

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