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ティアちゃんは村をひとつプレゼントされるくらいのお金持ちのお嬢様。
性格も品があって優雅で、落ち着いている……なんてイメージがあった。
だけど実際は喜怒哀楽が激しいタイプみたいだ。
それは別にいいんだけど、感情変化のきっかけがつかめない。
急に喜んだり、落ち込んだり、かと思うと狼狽したり恥ずかしがったりする。
でもまぁ……仲良くなれそうだし、少しづつわかっていけばいいか。
彼女の顔の赤みがだいぶおさまったころ、「お嬢様、お食事のお時間です」とメイドさんが呼びに来た。
そういえばお昼どきか。お腹がペコペコだったことを思い出す。
イヴちゃんが「決着はまだついてないわよ!」と遮ったが、同時に彼女のお腹も鳴った。
「まずはお食事にしませんこと?」
さっきまでの紅潮っぷりがウソみたいなくらい余裕を取り戻したティアちゃんが、魅力的な提案をする。私はすぐにでも賛同したい気分だった。
「アンタの施しなんか、受けてたまるもんですかっ!」
しかしイヴちゃんはそれを跳ね除けるようにゲンコツを突き出した。彼女の胃は対照的で、責めるかのようにギュウギュウと合唱している。
だがいくら挑発されてもティアちゃんは冷静だった。
「あら、施しではありませんわ。働いた分の、正当な見返りですわよ?」
なるほど、それならイヴちゃんも納得するかも。
実に大人な対応だ……もしかしたら彼女はイヴちゃんの扱い方を心得ているのかもしれない。
空腹音のみが響きわたる、無言の対峙がしばらく続いたあと、
「アタシの働きと、アンタんとこの貧乏飯じゃ……食い尽くしても見合わないわね」
最後の捨て台詞を吐きながら、イヴちゃんは振り上げた拳をついにおろした。
……それから私たち一行はティアちゃんに連れられ、ぞろぞろと部屋を出た。
食堂は1階にあって、入口はひときわ大きい両開きの扉だった。
中も広々としてて、奥に長い部屋の形をしていた。中央にある純白のクロスのがかったテーブルは50人くらい座れそうなほど長い。
一番奥にある短い辺のところ、偉い人が座るところには横長の椅子がひとつ置いてあって、あとは左右の長い辺のところに等間隔で椅子が並べてあった。
ティアちゃんから両側にある席に適当に座るよう促され、みんなはテーブルセッティングのすんでいる奥から詰めるように着席した。
シロちゃんは食事の準備をするメイドさんたちを手伝おうとしていたが当人たちから着席するよう言われて、やたらと恐縮しながらかなり遠慮がちに着席した。
イヴちゃんはみんなから少し離れたところに着席して、そこからさらに離れたところにはいつの間にか合流したフランフランさんが座っていた。
フランフランさんの姿を見て、思わず「あっ」と言いそうになったが直前で堪えた。
みんなのアドバイスを思い出して、なるべく意識を向けないように努力する。
私も他のみんなと同じように着席しようと思ったら、テーブル奥にある主賓席に座ったティアちゃんから「こちらですわ」と呼ばれた。
彼女は長椅子に座って、空いている隣のスペースを手のひらで示していた。
「……えーっと、そこに座ればいいの?」
念のため確認すると、彼女は「もちろんですわ」と言う。
もちろんなの……? とちょっと疑問に思いつつも口には出さず、ティアちゃんの隣に座った。
ふたり掛けのソファだったけどちょっと小さめで、肩を並べて座るという表現がぴったりくる。
食事をとるために手を動かしたらヒジがぶつかっちゃうんじゃないかと思うくらい近い。
イヴちゃんだったら身もだえしながら嫌がる距離だ。
でもティアちゃんは「もっと深くおかけになって、それがマナーですわ」と言ってきた。
それに従って深く腰掛けなおすと、彼女との距離はさらに縮まった。
私が居住まいを正した瞬間メイドさんたちが動きだし、みんなにナプキンを着けさせてくれる。
お昼ごはんを食べるのにこんな準備をするなんて……出てくるのはどんなごちそうなんだろうと期待が高まる。
ナプキンを着け終えると、今度は料理の乗った皿が運ばれてきた。目の前に置かれた白皿にはひと口サイズの前菜がキレイに盛り付けられていた。
なんて料理だかよくわかんないけど、なんだか手が込んでておいしそう!
……って手が込んでるってのも変な感想か。
変、といえば……さっきからなにか違和感があるんだよね。
待ちきれない様子のミントちゃん。まっすぐ前を見たまま微動だにしないクロちゃん。ちょっとふてくされた様子でそっぽを向くイヴちゃん。
そして……メイドさんたちに何度も頭を下げるシロちゃん。
あ、そうか。ティアちゃんのパーティメンバーはともかく、私たちはいまはメイドの立場じゃないか。
ごちそうが食べれるのは嬉しいけど、なんだか気になったので隣のティアちゃんに尋ねてみた。
「使用人って別のところで食べるんじゃないの?」
この屋敷にメイドとしてやって来たとき、メイド長さんから控室みたいなところに案内された。
そこには使用人用のベッドルームがあったり、食堂があったりした。
食事とかはそこに集まって、使用人たちだけで食べるものだと思っていた。
すまし顔をしていたティアちゃんはちらりとこちらを見て、「並のメイドはそうですわね」と前置きしてから、
「でも専属メイドはいついかなるときにも仕える者の側にいなければならない決まりがありますの。喜びも、悲しみも、すべての感情を主と共有する……それが務めだからです。従って、食事も同じ場所で、同じものを、同じようにとる必要があるのですわ」
「そうなんだ……」
説明されてもよくわからなかったけど、ちょっと後悔してしまった。安請け合いしちゃったけど……専属メイドって、なんだか大変そう。
「お、おわかりになったかしら? では、料理をアタクシの口に運ぶのです」
やや緊張した面持ちになったティアちゃんは、あーんと口を開けて私のほうを向いた。
「はへっ?」
いきなりだったので、変な声が出た。……食べさせろってことなんだろうか。
食べさせてあげるなんて、赤ちゃんか病人かカップルくらいのものだと思ってたけど……すごいお金持ちになると、食事も人の手によってさせてもらうのか。
彼女は瞼を閉じ、口を開けたまま顔を近づけてきた。
私は慌ててナイフとフォークを取り、ひと口サイズの前菜が並べられた皿から水菜を生ハムで巻いたやつを突き刺す。
餌をまつ雛鳥のようなティアちゃんの舌にのせると、ぱくっとフォークごと咥えられた。
ピンクの唇からフォークをゆっくり引き抜く。
閉じたまま上品に口を動かすティアちゃん。歯ごたえの良さそうな水菜のシャクシャクという音がする。
その間に次の前菜、エビとアスパラガスをゼリーで固めたやつをフォークで刺して準備する。
こくりと喉を動かしたティアちゃんは、なんだかそれだけで満足そうだった。……そんなに美味しかったのかな。
ちょっと緊張していたようだが、リラックスしたようにも見える。
「次はリリーさん、あなたの番です」
彼女は前の皿から水菜の生ハム巻きをフォークで刺して、私の顔に近づけてきた。
「ふへっ?」
また素っ頓狂な声が出た。
「口をお開きなさい。アタクシが食べさせてあげますわ」
「ええっ?」
「それが専属メイドの務めです」
言いながらどんどん口に生ハムが迫ってくるので、思わず食べてしまった。
ティアちゃんは私が噛む様をじっと見つめている。
私とティアちゃんのやりとりを観察していたミントちゃんは、
「ねぇねぇ、ミントもー」
隣にいるシロちゃんのメイド服の袖を引っ張っていた。
「あっ、はい。かしこまりました」
シロちゃんはトマトとモッツァレラチーズをフォークで刺して、丁寧に片手を添えつつミントちゃんの口元に差し出した。
釣り針についた餌に食らいつく魚みたいに、パクッと食べるミントちゃん。
「あーっ、いいないいな! あたしにも!」
今度はベルちゃんが反対側からシロちゃんの袖を引っ張った。
「えっ? は、はいっ。かっ……かしこまりました」
人見知りなシロちゃんは一瞬戸惑ったが、すぐに皿からフォアグラを刺して、ベルちゃんに差し出していた。
食べている両隣のふたりを見て戸惑いながらも嬉しそうなシロちゃん。
同時に飲み込んだミントちゃんとベルちゃんは同じタイミングで、シロちゃんに前菜のおかえしをする。
「えっ? あっ、わっ、むぐぐ」
いきなり前菜をふたつ口に突っ込まれて、目を白黒させるシロちゃん。あんなに大口を開けている彼女を見るのは初めてだ。
対面にいるクロちゃんノワセットさんコンビは淡々と食べさせあっている。
……なんか、妙な空間だ。
お金持ちの食事マナーって変わってるなぁ……。
だけど、なんかおかしい。まわりにいる給仕のメイドさんたちも不思議そうな顔をしている。
もしかして、普段はこんな食べ方してないんじゃないだろうか?
「バッカみたい」
吐き捨てるようなイヴちゃんの声が聞こえた。
彼女は食べさせっこはしておらず、ひとりブツブツつぶやきながら前菜をまとめてフォークで刺して頬張っている。
食べ終わるとすぐに側にいたメイドさんにおかわりを要求していた。まるでヤケ食いだ。
離れたところに座るフランフランさんは緩慢な動作で口を動かし、ようやく一つ目の前菜を飲み込んだところのようだった。
ティアちゃんのほうに視線を戻すと、口を開けたままこちらに顔を向けている。
私の次のひと口を待っているようだった。ほっといたら口内がカラカラになっちゃうんじゃないかと思ったので、さっきフォークに刺した前菜を急いで彼女の口に運んだ。
この作法? だとひと口食べるのにもすごく時間がかかる。
でもティアちゃんはなんだかご機嫌で、私に食べさせるたびに「お味はいかが?」と聞いてきた。
正直に「美味しい」と答えると、「なによりですわ。これはこの村の~さんがお作りになった野菜で……」と嬉しそうに説明してくれた。
彼女は料理の素材がどこで採れたものか知っているようだった。さらにどれだけ手間をかけて作られたのかまで把握しているようで、私に教えてくれた。すごいと思うと同時に、それだけ作っている人に感謝してるんだなぁと感じた。
もしかして彼女は、ゆっくり味わってほしいがために今日だけ特別にこの作法を選んだんだろうか。
結局、食後のデザートまでしっかり食べさせあったあと……長い長い昼食は終わった。
颯爽と立ち上がったベルちゃんは「よぉーし、じゃあ専属メイドさん、食後の運動につきあって!」と言ってミントちゃんと共に外に飛び出していった。
ノワセットさんは庭の手入れをするために人手が欲しいと言って、クロちゃんとイヴちゃんを選んだ。イヴちゃんはイヤそうな顔をしていたが、ノワセットさんとクロちゃんふたりがかりで両手を引っ張られ、渋々立ち上がる。
イヴちゃんは恨めしそうな顔で私を見ながら、引っ張られつつ食堂を出ていった。
食堂に残ったのは、私とティアちゃんとシロちゃんの3人。フランフランさんはいつの間にかいなくなっていた。
シロちゃんは俯いたままお腹をさすっている。
「シロちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
彼女にしては珍しい雰囲気だったので、声をかけてみる。
「は、はい……お気遣い……ありがとうございます」
顔をあげた彼女はどこか辛そうだった。
「どうしたの? 気分悪いの?」
「いえ……ちょっと……お食事を頂きすぎてしまいました……少し休めば大丈夫だと思います……すみません」
頂きすぎたっていうか食べさせられてたように見えたけど、要はおなかがいっぱいになっちゃったのか。
ミントちゃんとベルちゃん、ふたりから食べさせられてたから……彼女は倍食べたことになる。
「そろそろお仕事に戻らないと」と言って立ち上がろうとしたのを押しとどめ、壁際のソファに座らせた。
シロちゃんの隣、真ん中あたりに陣取った私はヒザをポンポン叩いて「寝て寝て」と促す。
シロちゃんはずっと遠慮していたので、「いいからいいから」と肩を抱き寄せちょっと強引に私の膝を枕にするように横にさせた。
膝上に頭を乗せている彼女はなんだか強張っているようだったので、
「いっつもみんなに膝枕してたでしょ? だから私、シロちゃんに膝枕してあげたいってずっと思ってたんだ」
やさしく髪を撫でてあげた。
「リ、リリーさん……」
「シロちゃんのほど気持ちよくないかもしれないけど……今だけは膝枕させて、ね?」
イヴちゃんに習ったウインクを織り交ぜてお願いしてみると……彼女の身体から緊張がとけた。
「は、はいっ。で、では……お言葉に甘えさせていただきます」
お辞儀のかわりにコクリと頷くシロちゃん。
私は思わず嬉しくなって、微笑みながらシロちゃんと見つめあっていると……隣から視線を感じた。
ソファの余った空間に腰かけているティアちゃんが、私と私の膝に対して交互に熱視線を送っていた。
「……えーっと、ティアちゃんも膝枕、する?」
もしかして、と思って勧めてみると……彼女は真剣な表情で顔を何度も縦に振った。




