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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
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12

 もうひとつの理由ってのが気になったけど、イヴちゃんの機嫌がよくなったからいいか。

 立ち上がって伸びをひとつして、改めて池のまわりを見渡す。


 ……さっきまでイヴちゃんに気を取られてよく見てなかったけど……ここもいい場所だ。庭園と違う趣があるね。


 人がほどんと来ない場所なのか草がちょっと多いけど、池のほとりは風が涼しくて気持ちいい。

 こんなところでハンモックかなにか吊るしてお昼寝できたらいいだろうなぁ。


 池の対岸の茂みに、古びた犬小屋みたいなのがチラリと見えた。

 表面はところどころ腐りおちてボロくなっていて、だいぶ長いことそこに置かれているのがわかる。


 それだけなら打ち捨てられた犬小屋ということで気にもとめないんだけど、ひとつだけひっかかるところがあった。

 犬小屋といえば犬が出入りするために正面がアーチ状にくり抜かれているものだけど、遠くに見えるアレはコインくらいの小さな穴がいっぱい開いている。


 草が邪魔でよく見えなかったので、さっきまで座っていた岩に登り、手をひさしにして目を凝らす。


「なにやってんのよ」


 隣に寄り添うようにして岩に飛び乗ったイヴちゃんは、私と同じ方角を見た。

 くすぐったがりの彼女がこんなにくっついてくるのは珍しい。夏休み豪華客船で踊ったとき以来かな。

 あのときと同じ、バラのイイ香りがほわりと漂ってくる。


「……あれ、なにかしら?」


 彼女の言葉に再び意識を犬小屋に戻す。

 同じタイミングで、あいた穴から小さな鳥たちがひょっこり顔を出した。


 鮮やかな体色の小鳥たち。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……バリエーションも豊富だ。


 ……まさか、


「「レインボー……ハミングバード!?」」


 イヴちゃんとハモりながら、顔を見合わせた。


「アンタ、双眼鏡持ってないの!?」


 興奮した様子でまくしたてるイヴちゃんに対して、


「持ってない!」


 私も興奮気味に即答する。


 そりゃ、冒険してるときは持ってるけど、今の私はメイド見習い。

 双眼鏡を持ち歩いているメイドなんてなかなかいないと思う。


「もぅ、しょうがないわねぇ」


 じれったそうなイヴちゃんはしばらくあたりを見回していたが、周囲に使えるモノがないとわかったのか再び犬小屋……いや、あれは鳥の巣箱か。

 巣箱の方角を向いて、両手を輪っかの形にして目に当てた。双眼鏡のつもりらしい。


「それ、意味あるの?」


「ないよりはマシでしょ」


 そうかなぁ、と半信半疑でマネしてみたが……手のおかげで視界が絞られて、ほんのちょっとだけよく見える気がした。

 ふたりして手製の望遠鏡を覗き込みながら、バードウォッチングに興じる。


 レインボーハミングバードたちは動き回っており、外に飛び立ったかと思うと入れ替わりで戻ってきたりしてせわしなかった。

 中にはかなりの数がいるようで、それらがちょこまか動いているせいで箱の中は万華鏡みたいにカラフルだ。


 巣内の中央には、ダイヤ原石の塊みたいなのが見える。

 屋根の隙間から差し込む陽光を受けて、虹色にキラキラ輝いていた。


「あれがもしかして、七色蜜?」


 私は注視したままイヴちゃんに尋ねてみた。もしそうなんだったらあんまり蜜っぽくなくて……想像とだいぶ違う。


「なんか蜜っていうより、石みたいね」


 と思ったら、イヴちゃんも私と似たような感想を述べた。


「え、イヴちゃん、見るの初めて?」


 思わず彼女のほうを向く。七色蜜のことを聞いて急にやる気を出してたから、てっきり知ってるもんだと思っていた。


「そういうアンタこそ、見たことなかったんでしょ?」


 双眼鏡を外してずいとこっちを向くイヴちゃん。だいぶ顔が近い。


「う、うん」


 吐息がかかって、ちょっとドキッとしてしまった。


「アンタ小さい頃、山で木の実を主食にしてたんじゃないの?」


「よ、よく食べてたけど、主食にはしてないよ」


「ならなんでレインボーハミングバードのこと知らないのよ」


「……生き物のほうはあんまり詳しくないんだよね……」


 たしかに子供の頃は野山を駆け回っていた。もしかしたらレインボーハミングバードにも出会ってたかもしれない。

 でも、覚えてるのが木の実のコトだけだなんて……今更ながらに恥ずかしい気持ちになってしまった。


 さっさと岩から飛び降りたイヴちゃんは私を見ながら、


「とにかく、アレを取りにいくわよ!」


 勇ましく宣言した。こういうときの彼女は頼りになる……さすが姫騎士を目指してるだけあるね。


「うん! イヴちゃん!」


 私も岩から飛び降り、姫騎士に従う民衆のような気持ちで続く。


「サッと行ってパッと取っちゃいましょ!」


 勢いで「おー!」と同意しそうになったけど、


「……ほんとに大丈夫かな?」


 頼もしさと反比例するようなアバウト作戦が出てきたので、ちょっと我に返ってしまった。

 

 ふと、バサバサという音が聞こえた。

 見ると……茶色い羽根の鳥がやってきて、巣箱をのうえで羽ばたきながら滞空していた。


「うわ……でかっ」


 イヴちゃんもびっくりする位、大きな鳥。人間の子供……ミントちゃんくらいの大きさがある。

 鳥はしばらく羽ばたいたあと、巣箱の屋根の先端にとまった。


 古びた屋根木が、重さでミシリと軋んだ瞬間……巣箱の穴という穴から、虹が噴き出した。


 虹に見えたのはものすごい数のレインボーハミングバードだった。

 おびただしい数の小鳥たちは、まるで南国の毒蛇のような色彩でうねりをあげ、自分より十倍以上ある体格の鳥を威嚇する。


 まるで蜂の群のような羽音をたてながら、渦を巻くハチドリたち。巨鳥のほうはびっくりして、ピギャーと叫んで逃げていった。


 あまりの光景に、口を開けたまま茫然としてしまう。

 図書館で調べてある程度は知っていた。巣に近づく者には襲いかかるって書いてあったけど……あそこまでとは思わなかった。


「……ちゃんと作戦たてよっか」


 巣箱の方角を向いたまま固まるメイド姿の姫騎士候補に声をかけると、


「……そうね」


 同じく茫然としたまま同意してくれた。


 私とイヴちゃんはそそくさと池のそばを離れ、庭園を歩いて屋敷へと戻った。


 とりあえずミントちゃんシロちゃんクロちゃんと合流して、レインボーハミングバードのことを話さなきゃ。

 なんて思っていると、屋敷の裏口で腕組みをするメイド長さんが遠目に見えた。


「あっ!?」


 つい大声を出してしまう。私の声でこちらに気付くメイド長さん。

 目があった瞬間、私は駆け出した。


「ごごごごごごめんなさいっ!」


 走り寄りながら、土下座せんばかりの勢いで謝る。

 怒ってるだろうな、と思いながらおそるおそる顔をあげると、


「謝罪はもう結構です。それよりもお嬢様がお呼びです。ふたりとも2階にあるお嬢様の部屋に行きなさい」


 メイド長さん事務的な口調で、無表情を向けきた。

 クロちゃんも無表情だけど、彼女の場合はなにを考えてるのかおおよそわかる。でも、メイド長さんのはとりつくシマがあるんだかないんだか、わからない。


「は、はぁい」


 わかんないので私は返事だけして、逃げるようにその場を離れた。背後から「アンタ、何しでかしたの?」と声がする。

 半分くらいはイヴちゃんのせいだよと言いたくなったけどこらえて「ちょっとね」と答えた。


 その足でティアちゃんの部屋に向かう。

 2階へあがり、ひと部屋づつ確認していくと……金細工の施されたひときわ豪華なネームプレートがあって、そこがティアちゃんの部屋だとわかった。


 果物の形を模したノッカーをコンコンと動かすと「入って結構ですわ」と中から声がした。


 おそるおそる扉を開ける。室内は廊下以上に豪華な内装だった。

 部屋じゅうにティアちゃんをモデルにした絵画がそこら中に掛けてある。


 なんだか彼女に囲まれているみたいで落ち着かない。

 隣にいたイヴちゃんが「悪趣味な部屋ね」とつぶやいた。


 陰口をたたかれた部屋の主はというと……奥にある大きな書斎机に腰かけている。


 手前の応接スペースみたいなところにある長いソファではミントちゃんとベルちゃんが気持ち良さそうに寝ていて、ふたりの頭にひざ枕を提供するシロちゃんがいた。


 幸せそうな顔で寝ている瞬足コンビを見て、シロちゃんのひざ枕ってどんだけ気持ちいいんだろうなんて思ってしまった。


 その隣ではチェスに興じるクロちゃんとノワセットさん。

 チェスのルールを知らないので、どっちが勝ってるかはよくわからない。


 私とイヴちゃんだけじゃなくて、他のみんなも呼ばれてたのか。

 なんにしても、結構みんなくつろいでいるようだった。


 ……もしかして、イヴちゃんと私をずっと待ってたんだろうか。


「来ましたわね」


 部屋に入った私たちを見たティアちゃんは、ニヤリと笑った。

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