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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
42/315

11

 子供のころ王都ミルヴァランスに行ったのは、ママや女王様、貴族の人たちが大事な話をするためだった。


 大人たちの会議に子供の私が入れるわけもなく、待ってて退屈だった私は円卓場を抜け出してお城の中を散歩していた。

 そこで……中庭にいる女の子を見つけた。


 赤いドレスと、金色の髪。キラキラ輝くロングヘアを風にそよがせながら池の前にたたずむその姿は、まるで一枚の絵みたいだった。

 キレイなキレイな女の子……そのうえ同い年くらいに見える。私はすぐさまその子の元に駆けてった。


 私の気配を察したその子はキッとこちらを向いて、


「なによアンタ」


 ツンツンした第一声を発した。


「リリー! あなたは?」


「フン、アタシはこの城の姫よ!」


 鼻息も荒く腕組みする女の子。


「ヒメ? じゃあヒメちゃんだね!」


 今もそうなんだけど、私は仲良くなりたい子は愛称で呼ぶことにしている。

 でも……お姫様にアダ名をつけるなんて、この頃の私はミントちゃん並の怖いもの知らずだ。


「そうじゃないわよ! アタシは偉いんだから、姫様って呼びなさい!」


 その子はこちらにズカズカと詰め寄ってくる。


「えーっ、ヒメちゃんはヒメちゃんでしょ?」


 それが私とヒメちゃんの、初めての会話だった。


 ……大事な会議は長くつづいて、それから1ヶ月ほどお城に泊まったけど、私の遊び相手はもっぱらヒメちゃんだった。


 中庭で花を摘んだり、書庫で絵本を読んだり、ヒメちゃんの部屋でお人形遊びをしたり……そしてなぜか勉強にも付き合わされた。


 一度だけヒメちゃんをそそのかして城下町に連れ出したことがあるんだけど、そのときは城じゅうが大騒ぎになって……戻ったあと教育係の人にメチャクチャ怒られた。

 女王様にも怒られるかなと思ったけど、やさしい笑顔で「子供の頃の私たちを見ているようです」と言った。そのときママはなぜか照れていた。


 ある日のこと、お城を探検していた私はドレッサールームでヒメちゃんを見つけた。

 彼女は鏡台の前に座ってブラシで髪をとかしていた。


「こんなところにいたんだ」


 私は覗き込むようにしてヒメちゃんに近づいていく。

 ブラシをかけると引っかかりまくる私のくせっ毛とは違い、まるで髪の上を滑るように動くブラシを見て、


「ヒメちゃんの髪の毛、きれいだねー」


 初めて出会ったときからずっと思っていたことを口にしてみた。


「フフン、当然よ。毎日こうしてお手入れしてるからね」


 鏡ごしに得意気な顔をしてみせるヒメちゃん。


「でもこうしたほうが、もっとキレイだよ」


 私は後ろから近づいて、彼女の髪を束ねておさげ髪……いわゆるツインテールにした。


「そおぉ?」


 立ち上がった彼女は鏡の前で何度も回りながら、髪型を確認している。


「ま、動きやすくはあるわね」


 ヒメちゃんはお姫様ではあるけどおしとやかな感じではなく、活発なタイプ。

 活動的なその髪型が気に入ったのか……それから彼女はずっとツインテールにしていた。



「フン、やっと思い出したのね」


 いつものちょっとトゲのある言葉で、回想を遮られてしまった。

 ふと我にかえると、成長したヒメちゃんと目が合う。


 私は彼女の隣に腰かけた。


「ヒメちゃんのことは忘れてたわけじゃないよ。イヴちゃんとは別人だと思ってただけ」


 お姫様にはピッタリの名門校が王都の側にはいくらでもあるのに、わざわざ遥か遠くにあるツヴィートークの学校に入学してくるだなんて夢にも思わなかった。


 でもそうなると……気になる点がひとつある。


「でもどうして、ツヴィ女に入学したの?」


 イヴちゃんはしばらく考えるような仕草をしたあと、


「ふたつ……理由があってね」


 落ち着きない様子で髪をかきあげながら切り出した。

 ……言いにくいことなのかな?


「どんな理由?」


 でも聞かずにはおれなかった。

 イヴちゃんはまたしても考えるよう仕草をしたあと、


「……笑わない? 笑わないっていうなら教えてあげる」


 私の目を見据えて言った。なんだか真剣な表情だ。

 笑う理由ってどんなのだろう……でもここで「笑う」なんて言ったら話が進まないので、


「うん、笑わない。約束する」


 得意の祈るような眼差しを向けながら頷いてみせた。

 ふっと目をそらしたイヴちゃんは、


「……姫騎士」


 彼女にしてはめずらしく、ボソッとつぶやくような声量で答えた。


「え?」


 思わず目をぱちくりさせてしまった。


「姫騎士になるのが夢だったのよ」


 『姫騎士』……って、どこかで聞いたことがあるような……?


「戦いともなれば、誰よりも先頭に立って敵に立ち向かい、誰よりも敵の攻撃を集め、誰よりも多く敵を倒す。一歩も退かず、決して臆さず……その口から発せられる一喝はレッド・ドラゴンをも怯ませ、身の丈ほどもある大剣は、どんなモンスターをも一刀両断する」


 何かの一節を述べはじめるイヴちゃん。


「人々の上に立つ高貴な身分であるにも関わらず先陣をきり、兵を導く。圧倒的な強さで悪を滅ぼし、勝利をつかむ。誇り高く美しい戦女神……それが姫騎士」


 そこまで聞いてようやく思い出した。


 『姫騎士』とは、お城の書庫でヒメちゃんが読んでくれた絵本に出てくる女傑のことだ。

 当時、彼女はその絵本が大好きなようで毎日読んでいたから、内容はもう頭の中に入っているんだろう。 


「姫騎士は今じゃおとぎ話だって思われてるけど、戦争時代には実際にいたの。アタシの先祖ってことになるわね」


 そうなんだ……私はてっきり作り話だと思っていた。

 イヴちゃんの装備やら戦い方は独特だなぁと思っていたが、それは姫騎士を意識したものだったのか。


「平和な世の中じゃあまり意味のない存在だけど……モンスターが多くなっている今、姫騎士は必要だと思っているの」


 いつも声の大きい彼女が、つぶやいている。

 逆にそれだけ本気だということだろう。


「アタシは母……女王に姫騎士になりたいって言ったの。最初は反対されたけど、条件つきで許してくれたわ」


「その条件って?」


「王女という立場に頼らず、自分だけの力で武勲をたてることができたら認めてくれるって」


 そこまで聞いて、ようやく理解できた。


「なるほど、それで身分を隠してたわけか」


「そうよ。この育ちの良さだけは隠せないと思ったから、貴族の娘ってことにしたの」


 その一言には思わず吹きそうになったが、こらえる。


 ……ツヴィ女で出会ったときから、イヴちゃんは私のこと気付いてたんだ。

 でも私は気付いてあげられなかった……それなのに彼女はガマンしてくれてたんだね。


 私は思い出といえばママのことばかりで、もしかしてイヴちゃんにとってはストレスになってたのかな。

 それは反省しなきゃだけど……ずっと会いたいと思ってたヒメちゃんにこうして会えたかと思うと、


「そっかぁ……」


 つい頬が緩んでしまった。


「なに笑ってんのよ、笑わないっていったじゃない」


 私の表情の変化に気付いたイヴちゃんはいじけるようなジト目を向けてきた。


「笑ったんじゃないよ。嬉しいんだよ」


「嬉しいって……なにが?」


「お城でヒメちゃんを初めてみたとき、この子とお友達になりたいっ! って思ったの。ツヴィ女でイヴちゃんと会ったときも同じことを思ったんだ。ってことは、私はやっぱり本当にイヴちゃんと友達になりたかったんだなぁって。そう考えるとなんだか嬉しくなっちゃって」


 言いながら微笑みかけると、イヴちゃんはプイと視線をそらして反対側を向いた。


「な、なによ、それ」


 後頭部しか見えないし、なんだかそっけない反応だったけど……イヤそうな感じはなかった。


「あ、そうだ。ツヴィ女に入ったもうひとつの理由ってのは?」


 たしか理由はふたつあるっていってた。

 ひとつめは姫騎士になりたいっていう、イヴちゃんの夢。


 もしかしたら、二つ目が笑える理由なのかな?

 なんて思っていたら、


「……教えてあげない」


 まるで独り言みたいに、イヴちゃんはむこうを向いたまま答えた。


「ええっ、そんなぁ!?」


 私はすぐさま抗議したけど、彼女はそれを跳ねのけるような勢いで立ち上がった。


「さ、休憩はオシマイ! サボってないでいくわよ!」


 なぜかスッキリした表情で私を見下ろすイヴちゃんは、いつもの大声に戻っていた。

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