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フランフランさん。
装飾のついた短いワンドを触媒とする魔法使い。
対象を追尾する魔法『マジックアロー』を得意とし、模擬パーティ戦闘ではその魔法で私たちを苦しめた。
見た目は大人しそうな感じの人だったけど、ミントちゃんとはすごく盛り上がっておしゃべりしていた。
でも私が声をかけた瞬間、なにかに憑りつかれたようにどこかへ行ってしまった。
いったい……どうしちゃったんだろう?
ティアちゃんのところに行くよう伝えたかミントちゃんに確認すると「忘れてた」と一言。
じゃ、探し出して伝えなきゃ……でも一体どうすればいいんだろう?
探すアテもないし、たとえ見つけたとしてもこの調子じゃまた逃げられちゃいそうだし……。
なにかいい手はないものかとあたりを見回すと……本棚の間の壁にかけられた額縁が目に入った。
普段なら気にもとめないものだけど、額の中身になんだか見覚えがあった。
「あれ? これ、もしかして……」
私は額に近づく。中に入っているのは写真だ。
写真っていうのは、見ている風景を魔法によって描き出した紙のことをいう。
専用の眼鏡型の触媒と映し出す紙が必要。
準備が大変なうえに難しい呪文を唱える必要があり、この魔法を使う人のことは『真写師』と呼ばれひとつの職業になっている。
写真は絵より正確で出来上がるの早い。だけど専門の術師が必要なので一枚とるのも高価だったりする。
身分の高い人やお金持ちじゃないとそうそうとれない。
いま目の前に飾られている写真も女王様と貴族の人たち……いずれも偉い人が写っている。一部を除いて。
その一部を、指で触れてみた。
「やっぱり……ママと私だ」
女王様の隣にいるママと、その前にいる私。まだちっちゃい頃だ。
懐かしい……。
子供のころ、ママに連れられて王都ミルヴァランスに行ったことがあった。
私が女王様に挨拶すると「だいぶ大きくなりましたね」と言ってくれた。
ママが教えてくれたんだけど、ママはこのお城で私を出産したそうだ。
そして産まれたばかりの私を、女王様が抱っこしてくれたらしい。
私は赤ん坊の頃から女王様と何度か会っているそうなんだけど、私にとって記憶があるのはその日以降だったりする。
それにその日はママと私だけじゃなく、貴族の人たちもいっぱい女王様に会いに来てた。
なにかみんなで大事な話があるとかで、そのときは1ヶ月くらいお城に泊まったんだ。
それで……最終日は記念の写真を撮ったんだ。
ママと私のところを切り出したやつを、ママからもらった。
それは今でも私の部屋に飾ってある。
たしか同い年の子がもうひとりいたんだよね。子供は私とその子だけだったからよく覚えてる。
写真の位置的には女王様の前……私の隣だったはず。
「えっ……!?」
すまし顔のその子を見た瞬間、雷に打たれたような感覚が、身体中に走った。
「この子……もしかして……」
次の瞬間、私はいてもたってもいられなくなって、その場から走り出していた。
「あっ、リリーちゃん、どこいくのー?」
ミントちゃんから呼び止められたけど、
「ごめんちょっと大事なコト思い出しちゃった!」
私は速度を緩めずに、書庫から飛び出した。
来た廊下を全力で駆け戻る。
玄関ロビーのあたりにさしかかったところで、横から出てきたメイド長さんとぶつかりそうになってしまった。
「わわっ!? ごめんなさいっ!」
転びそうになりながらもなんとか衝突をさける。
「んまぁ」というびっくり顔のメイド長さん。
「リリームさんっ!? 廊下を走っては……!」
「ほ、ほんとにごめんなさーいっ!!」
私は諸手をあげながら、その場から逃げるように走り去った。
あとでちゃんと謝るつもりだけど、いまはそれよりも大事なことがある。
メイド長さんが追いかけてきたらどうしようかと思ったが、それはなかった。
屋敷を飛び出し、人とぶつかる心配もなくなったのでさらにスピードをあげて走る。
緑のアーチを再びくぐって庭園の中に入る。
しばらく石畳が続いたあと、土の地面に変わる。
庭師の小屋まで戻ってみたが、いなかった。
ノワセットさんが目撃してるかもしれないと思い、小屋を尋ねてみたが誰もいなかった。
……ううん、しょうがない。
もっと奥まで行ったのかと思い、あてずっぽうに走り出す。
しばらく闇雲に駆け回っていると、やがて庭園の部分が終わったのか手入れされていない伸び放題の草木が邪魔するようになり、足場もどんどん悪くなってくる。
足元に雑草が絡みついて何度も転びそうになった。
アテがはずれたかな……? なんてちょっと後悔しかけたころ、草がなぎ倒されていて人が通ったような跡を見つけた。
そのあとを追いかけるように進んでいくと、大きな池のある開けた場所に出た。
池のほとりには木が一本生えていて……木陰の下にある岩に腰掛ける人影を見つけた。
その人物はうつむいたまま、水面を眺めている。
金色に輝くロングヘアを風にそよがせながらたたずむその姿を見て、私は懐かしい気持ちになった。
「ヒーメちゃん」
背中から呼びかけると、うつむいた顔があがった。
しかし、こっちを向いてくれない。
「こんなところにいたんだ」
私はゆっくりと、ヒメちゃんの背中に近づく。
足元の草の上に赤いリボンがふたつひっかかっていたので、拾った。
「ヒメちゃんの髪の毛、キレイだねー」
しゃがみこんで、金糸みたいなそれに触れる。サラサラの感触。
持ち上げると、リンスのいい香りがふわりと漂った。
「でもこうしたほうが、もっとキレイだよ」
私は半分の髪の毛を束にして、拾ったリボンを使ってこめかみくらいの高さで側頭部に結った。
同じように残りの半分も束ねて、左右対称になるように反対側に結う。
いつもの髪型……ツインテール。
それが完成した時点で、彼女はようやくこっち向いてくれた。
「イヴちゃんって……この島のお姫様だったんだね」
写真の女の子と、イヴちゃん。
時をこえて、ふたりの顔が重なった。




