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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
40/315

09

 イヴちゃんは修理のすんだハタキを受け取り、私はメイド長さんの伝言を伝えたあと……ふたり揃って小屋を出た。


「なんだか不思議な人だったね」


 隣を歩くイヴちゃんに声をかけると、包帯の巻かれたハタキに視線を落としたまま、


「そうね」


 うわの空な返事をかえしてきた。


 ノワセットさんの話に感じ入るところでもあったのだろうか……心なしかハタキの扱いが丁寧になったように見える。


 彼女はしばらくそうしていたけど、ふとした様子で顔をあげてじっと私を凝視してきた。


「な、なに?」


「アンタ、よく正体がわかったわね。木のモンスターと戦ったことあるの?」


「へ?」


 何のことか一瞬わからなくて、間抜けな声をあげてしまった。

 木のオバケをノワセットさんだと見破ったことについて聞かれているのだと理解するまで少しの時間を要した。


「あ、えっと……ううん、見たこともないよ。ただのカン」


 見破るにいたった過程はともかく、モンスターじゃないと気付いたきっかけは自分自身がドキドキしてなかったという理由だけ。つまりはカンだ。

 あの木のオバケが本当にモンスターだったら、今ごろ私とイヴちゃんはツヴィートークの聖堂で目覚めてたかもしれない。


「あとは言葉のわかるモンスターって初めてだったから、ちょっとお話ししてみたいのもあったかな」


「なによそれ」


 私は怪訝そうなイヴちゃんに、子供の頃の思い出を話す。


 ……ママはモンスターと戦うとき、言葉の通じる相手だったらいつも話をしていた。

 幼心に疑問に思ったからなんで話をするのか尋ねてみたら、「モンスターでも話してわかってもらえるなら、そのほうがいいでしょ」って言われた。


 モンスターといえば命を奪いにくる相手で、問答無用で戦うものだと思っていたけど、ママは違ったんだ。

 以来、私もモンスターとお話してみたいと強く思うようになった。


「それで話してみたら、モンスターっぽくない反応だったから、もしかしたらと思って」


 黙って聞いていたイヴちゃんは、面白くなそさそうにフンッと鼻を鳴らしたあと、


「ママ、ママ、ママって……母親のことだけは物覚えがいいのね。他はからっきしのクセに」


 なぜか責めるような視線を向けてきた。

 予想外の反応に、ちょっと気おくれしてしまう。


「えっ、そうかな……他にもちゃんと覚えてるよ?」


 そりゃ優等生のイヴちゃんに比べたら記憶力は悪いだろうけど……からっきしってことはないと思う。

 それ以前に、なぜ私の記憶力の悪さについて怒ってるんだろう。


「……じゃあ、アンタとアタシが初めて会ったときのこと、言ってみなさいよ」


 私は「どうしたの急に?」と尋ねようとしたけどその言葉の途中で、


「いいから言ってみなさい」


 強い語気で遮られてしまった。


「もちろん忘れてなんかないよ。ツヴィ女に入った日の……」


 ママが旅立った次の日、私はツヴィートーク女学院に入学した。シロちゃんも一緒に。

 同じ日に入学したなかで、ひときわ目立つツインテールのキレイな子がいた。それがイヴちゃんだった。

 それで例の暴れ馬事件があって……。


「……もういい」


 私の説明はまたしても途中で遮られた。


「え?」


「もういいって言ってんのよ!! バカっ!!!」


 急に大声を出されたのでビクッってなってしまった。

 私を一喝したイヴちゃんはスカートを翻す勢いで踵をかえし、メイド服に似合わない大股で来た道を逆戻りしだした。


「あっ、どこ行くのイヴちゃん?」


 怒り肩をさらに怒らせずかずか歩いて行く背中を呼び止めたが、無視された。


 ここに来てからイヴちゃんはずっと不機嫌だけど、なんだか私の答えを聞いてさらに虫の居所が悪くなったみたい。

 だけど彼女がなんでそんなに怒っているのか、さっぱりわからない。


 わかんないけど……まぁ、いっか。彼女のわがままに付き合うコトないよね。


 イヴちゃんのほうは今はほっておこう。

 それよりもフランフランさんを探しにいったミントちゃんの方が気になるから……いったん屋敷に戻って書庫に行ってみようかな。


 緑のアーチをくぐりぬけて庭園を出る。

 空を見上げると、陽もだいぶ高くなっていた。ハイキングに行きたくなるような青空。


 朝の食堂でクロちゃんは山登りに行きたがっていたけど、意外と名案だったかもしれない。

 シロちゃんにお弁当作ってもらって……って、お弁当といえば、もうじきお昼かな。


 その連想を裏付けるかのように、お腹のあたりがキューンと鳴った。


 うん。腹時計もお昼の到来を告げている。

 今は子犬の鳴き声みたいなかわいい音だけど、ほっとくと猛獣の唸り声みたいな音になるのがたまにキズ。


 もう少し大人しくしてて、私の胃袋。メイド長さんのお使いを終えるまで。


 私はお腹をなだめるようにさすりながら、駆け足で屋敷に戻る。

 ベルちゃんが殴る蹴るしていたカカシを横目に通り過ぎ、私たちが馬車をおりたあたりにさしかかる。


 ちょうどそこにホウキで掃き掃除をするメイドさんがいたので書庫の場所を尋ねると、一階の隅のほうにあると教えてくれた。


 お礼を言って使用人用の勝手口から屋敷に入ると、眼前に長い廊下が広がった。

 遠くにかすんでみえる突き当りに、おそらく目的地の書庫があるはず。


 距離的に……100メートルくらいかな。

 ミントちゃんとベルちゃんが競争する姿を思い出し、なんだか私も走りたくなった。


「よしっ」


 半袖のメイド服、その短い袖をさらにまくって気合いを入れた私は、短距離走をするみたいに走り出した。


 なんでも人並み……かそれより少し劣る私だけど、走るのは得意だったりする。

 だけどこの床は硬い大理石のうえに、靴がストラップローファーみたいなやつなので思うようにスピードがでない。


 両手を大きく振り、足をさらに踏み出すとメイド服のスカートがまとわりついてくる。

 だけどそれを跳ね上げるように太ももをあげると、さらに速度が増した。


 脚がなんだかスースーする。

 髪も服も振り乱して、ハタから見たら相当すごいことになってるかもしれない。


 でも走る。新記録を出すつもりの本気で。


 ちなみに我がパーティいちばんの瞬足はミントちゃん。

 授業で計測したら100メートル7秒という人間離れしたタイムを叩きだしたことがある。


 なお一番遅いのはシロちゃん。彼女は運動が苦手なうえに途中で転んで外れた眼鏡を探したりしてるので、1分以上かかる。

 眼鏡にチェーンをつけたおかげで探す手間が省け、この前はじめて1分を切ったと喜んでいた。


 一歩ごとにカツンカツンと大きな足音して、廊下じゅうに響きわたる。

 風景が流れていく。いくつもの扉、大きな階段、高そうな置物、すべて追い抜いて、私は走った。


 つきあたりの壁が迫ってくる。半円状に出っ張った、出窓つきの壁。


「ゴール!」


 かけ声とともに、出窓のふちにダンと両手をつく。


 ゼイゼイと息をしながら、窓にもたれる。そのまま崩れ落ち、床にへたり込む。

 さらにずり落ちて大の字に寝そべると、ひんやりした大理石の床が気持ちよかった。


 呼吸を整えながら、天を仰ぐ。


 ……なんで私、こんなトコでひとりで全力疾走してるんだろう。


 でも……走ってスッキリしたから、いいか。

 イヴちゃんから理不尽な怒りをぶつけられてちょっとモヤモヤしてたから、ちょうどよかった。


 さて、床で寝てるところをメイド長さんに見つかったらヤバいから、そろそろ起きなきゃ。


 出窓のでっぱりを掴んでよっこらしょと起き上がる。

 窓の向こうでは庭園をバックに洗濯物を干すシロちゃんとクロちゃんの姿があった。


 カゴに山盛りになった洗濯物のなかから一枚とり、パタパタ振ってシワを伸ばすクロちゃん。

 差し出されたソレをいちいち頭を下げてから受け取るシロちゃん。丁寧な手つきで、張られたヒモの上に洗濯物を干している。


 ふたりとも、ちゃんと仕事してる……私もがんばらなきゃ。

 走った勢いでずりおちていた袖を再びまくりあげて気合いを入れなおす。


 廊下を振り返ってみると、大きな木扉が目に入った。


 細工のほどこされた両開きの木扉には『書庫』と彫り込まれていた。ノワセットさんが言ってたみたいに、この扉も生きてるのかな。

 飾りのついたドアノブに手をかけようと近づくと、中から賑やかな声が聞こえてきた。


 二人の女の子の声で、ひとりはミントちゃんだとわかった。

 もうひとりの声は……フランフランさんかな?


 話してる内容はわからなかったけど、キャーキャー言っててすごく楽しそうだ。私もまぜてもらおっと。


 扉を押し開け書庫に入ると、黄色い声はいちだんと大きくなる。

 どの窓もカーテンがおりているせいか室内は薄暗かったけど……すみっこの窓際はカーテンが開いていて、差し込む光でそこだけ明るかった。


 本棚のスキマから見える光の下には座り込んで談笑するミントちゃんと……とんがり帽子にワンピース、紫でコーディネートされた女の子がいた。

 あの格好は間違いない。フランフランさんだ。


「ミントちゃん!」


 近づいてふたりに声をかけると、


「あ、リリーちゃん!」


 ひまわりみたいな笑顔でミントちゃんが振り向いた。


 側のフランフランさんは私が声をかけた瞬間ビクッと肩を震わせたかと思うと、急に黙り込んだ。

 両手で帽子のつばを引っ張って、顔を隠すように深くかぶりなおしている。


 あれっ? どうしちゃったんだろう?

 さっきまで大盛り上がりだったのに、別人みたいに静かになっちゃって。


「えーっと、フランフランさん?」


 殻に閉じこもる貝みたいにうつむくとんがり帽子に声をかけると、突如その帽子が弾けるように起立した。

 フランフランさんは勢いよく立ち上がったかと思うと脱兎のごとく窓に向かって駆け出す。


「ええっ!? ちょっ、待って!!」


 呼び止めるだけで精一杯。

 彼女は窓が破れるかと思うほどの勢いで、バーンと外に飛び出していった。


 全く予想だにしなかった彼女の行動。

 談笑の輪に入れるかと思ってたのに、まさか逃げ出されるなんて夢にも思わなかった。


「ねぇねぇ、どこいっちゃったのー?」


 座ったままのミントちゃんから尋ねられても、


「さ、さぁ……?」


 あっけにとられていて、そう返事するので精いっぱいだった。

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