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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
39/315

08

 ノワセットさん。

 木でできた長い弓と矢を使うアーチャー。


 模擬パーティ戦闘では正確な狙撃でシロちゃん、クロちゃん、ミントちゃんを倒した。

 そのときは糸目だったけど、今は緊張感のない視線でこちらを見ている。妙な格好で。


 私はそのトロンとした瞳に向かって問いかけた。


「それは、木の着ぐるみ?」


 着ぐるみにしてはだいぶリアルだけど……コックリと頷くノワセットさん。

 そして当然のごとく浮かび上がってくる疑問。


「……どうしてそんなカッコしてるの?」


「ひとつになれるの」


「え?」


「この格好で森の中にいると……なんだか自然の一部になったような気分になるの」


「そ、そうなんだ……」


 まぁ、ずっと側にいたのに気付かなかったから……たしかに自然と一体化してたような気がする。

 なんて思っていたら、ヒュンと風切音。前髪がなびくほどの勢いで目の前に拳が飛んできたかと思うと、額のあたりが爆発した。


「あいったぁぁぁ!?」


 イヴちゃんのゲンコツみたいなデコピンだった。

 頭がい骨が破壊されたかと思うほどの痛みに、たまらずオデコを抑えてうずくまる。


 そんな気の毒な私に向かって「これでおあいこよっ」と言い捨てるイヴちゃん。

 うつぶせ状態から再び立ち上がった彼女は口の中の土をぺっぺっと吐き出してから、木の着ぐるみに詰め寄っていった。


「まったく、びっくりさせんじゃないわよっ!」


 噛みつかんばかりの勢いのイヴちゃんに対し、


「どのくらいびっくりしてくれたの?」


 いたって真顔のノワセットさんは、妙なことを尋ねてきた。


 どのくらいって……ひっくり返ったくらいだから、人生でも指折りのびっくり体験だった。

 冒険してるわけでもないのにこんなに驚いたのはなかなかないかも。


「ど、どのくらいって……」


 イヴちゃんはというと、言葉を詰まらせている。彼女はどのくらいの驚き具合だったのか注目していると、


「ぜ、全然よ! 全然! これっぽっちも!」


 あからさまに強がりだした。

 「ウソぉ」と横槍を入れたけど、黙殺されてしまった。


「それよりも! 庭師って、アンタのことなの!?」


 イヴちゃんは強引に話題を変えた。


「週末だけ庭師としてここにいるの」


 着ぐるみがこくりと頷く。その枝先がかすかに揺れる。


「このハタキ、修理してほしいんだけど!」


 さっきまで武器にしていたハタキの片方を差し出すイヴちゃん。もう片方は私が持っている。


 ぴょんと前に跳ね、ハタキに近づくノワセットさん。

 着ぐるみの可動領域が狭いせいか、すり足以外では飛び跳ねるしか移動方法がないようだ。


「……アンタにできんの?」


 落ち着きを取り戻したイヴちゃんは、さらりと失礼な言葉を投げつける。

 ハタキの断面に顔を近づけてまじまじと見つめていたノワセットさんは、


「ああ……かわいそう……痛かったろうに、すぐ治してあげるの」


 イヴちゃんへの返答のかわりに、まるで自分が傷つけられたかのような悲痛な声をあげた。



 ぴょんぴょん跳ねるノワセットさんに案内され、私たちは庭園のさらに奥にある庭師の小屋に招かれた。

 正確には小屋というより丸太を組んで作られたログハウスみたいな立派な家。


 通されたリビングには木を削っただけのテーブルとイス。

 シンプルなそれらはともかくとして、壁にはいろんな着ぐるみが掛けてあり、それがやたらと目を引いた。

 ノワセットさんが着用していた木のやつだけでも何種類かあり、さらには鳥とかリスとかウサギとかの動物のものまであった。


「どれも本物ソックリだけど、動物は大きさ的にすぐバレるでしょ」


 全く同感な突っ込みを入れるイヴちゃん。


「人間にはね。でも動物には同じ仲間だと通じるの」


 そんなもんなんだろうか。

 すぐ側に掛けられた野ウサギの着ぐるみを見ると……鼻だけでも握り拳くらいの大きさがある。


 夏休みに乗った豪華客船でクロちゃんから聞いた、バスメ草のことを思い出した。

 火にくべると巨大ウサギの尿のニオイを発するという草らしい。


 その話を聞いたときは巨大ウサギがどんなものか想像もつかなかったけど……このくらいの大きさがあったりするんだろうか。


「フン、まぁいいわ。それよりさっさと修理してよ」


 使用人とは思えない態度で言うイヴちゃん。マイペースだね。

 しかしノワセットさんはそれ以上に我が道を行くタイプのようだ。


「その前に……脱ぐの手伝ってほしいの」


 そう言うやいなや、こちらに向かって前かがみになる着ぐるみの彼女。

 私とイヴちゃんめがけて葉ぶりのいい枝がもさっと降ってきた。


「わぷっ!? 一体どうすればいいの?」


 葉っぱまみれで何も見えない。


「引っ張ってほしいの」


 放射状にのびる枝の向こうからのんきな声が聞こえた。

 私はその声に従い、枝をわし掴みにする。そして畑に植わった大きな株でも引っこ抜くかのごとく力を込める。


 しかし……びくともしない。

 葉っぱまみれの視界のなかイヴちゃんを呼ぶと、ブツブツ言いながらも収穫に参加してくれた。


「うう~ん!」


 綱引きするように、ふたりで引っ張る。


「ひとりで脱げないんだったら、着るんじゃ……ないわよぉぉぉっ!」


 イヴちゃんのかけ声にあわせてさらに引くと、すっぽ抜けるような感覚があった。

 脱げた勢いのあまり、吹っ飛ぶ私とイヴちゃん。


「「わあっ!?」」


 ふたりして同じような叫びをあげつつ壁にたたきつけられ、後頭部をゴチンと打ったあと、床にずり落ちる。


 ……メイドっていうのはイメージしてたよりもだいぶハードな仕事なんだね。

 手にした着ぐるみが覆いかぶさって掛布団みたいになっていたので、思わずこのまま寝てしまいたい衝動にかられる。


 だけど隣で倒れてたイヴちゃんが着ぐるみごと跳ねのけて起き上がったので、やむなく私も起床する。


 起き上がるとそこには……樹皮みたいな模様のハンタージャケットに身を包むノワセットさんが立っていた。

 色彩的には着ぐるみと大差なかったが、ひと皮むけたカンジのスラリとした長身。


 先に立ち上がったイヴちゃんはノワセットさんに詰め寄っていて、何を言い出すのか見守っていたら、


「玉ねぎかよっ!?」


 小気味いい突っ込みが炸裂した。



 いろいろあったけど、ようやくハタキの修理をはじめてくれたノワセットさん。

 テーブルに着いた彼女は折れたハタキを手にしたまま、占い師みたいに顔を伏せている。


 対面に座った私とイヴちゃんは黙ってソレを見つめていた。

 イヴちゃんは無言に耐えられないのか、テーブルを爪先でコンコンと弾いている。

 しばらくそうしていたが、私もガマンできなくなったので口を開こうとしたその直前、


「木はね、抜かれたり切られたりして土から離れると……宿っている精霊がいなくなって、死んじゃうの」


 ノワセットさんはボソリとつぶやいた。


 その口調は先ほどまでのノンビリしたものではなく、なんだか神秘的なカンジだった。

 ……それと同じ雰囲気を、私は思い出した。模擬パーティ戦闘のときの彼女がこんなだった。


「だけどね、精霊さえ存在していれば、このテーブルみたいに加工されたあとでも……木は生きつづけるの」


 うつむいたまま、テーブル木目を指でなぞっている。


 その台詞に、なんだかちょっと衝撃を受けてしまった。

 精霊というのは万物に宿っていて、その力を借りることにより精霊魔法が行使される……ってのは学院で習って知っていた。


 けどそれは火とか水とかだけで、木にも精霊がいるなんて意識したことがなかった。

 ノワセットさんの言うとおりなら、テーブルはもちろんだけど、椅子にも精霊がいるってことになる。


 いま私は生きているものに座ってるってことか……そんなことは考えたこともなかったので、わりと新鮮だ。

 隣に着席するイヴちゃんはどう感じているのか横目で様子を伺うと、特に新たな感情が芽生えた様子はなく、


「そのハタキも、折れたままほっとけば精霊がいなくなって死ぬってことね」


 いつものあっさりした口調で確認をとっていた。

 ハタキを見つめたままのノワセットさんは「そうなの」と応じる。


「でも、これをつかえば……精霊がいなくならなくなるの」


 彼女はテーブルの引き出しから小さな瓶を取り出した。


「精霊を引き止める……魔法薬なの」


 その手の中で揺れる透明な薬瓶。しかしその中は何も入ってないように見えた。


「カラッポじゃないのよ」


 すかさず突っ込むイヴちゃん。彼女は戦闘だけでなく、会話でも速攻体質だ。


「精霊と同じ。目には見えないけど、確実に存在しているの……」


 しかしそれが正解であると、ささやく声量で答えたノワセットさんは……カラにしか見えない瓶のフタをあけた。

 ハタキの折れたところめがけて瓶を傾けて、ふりかけるように動かす。

 その後ハタキの断面どうしをくっつけて、さらに引き出しから取り出した包帯でグルグル巻きにする。


「これで大丈夫。あとは、この木の自然治癒能力で元どおりにくっつくの」


 ここでようやく顔をあげたノワセットさんは、いつものゆったりとした口調に戻っていた。

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