07
ベルちゃんにティアちゃんの部屋に行くよう伝えたあと、残りのふたり……ノワセットさんとフランフランさんの居そうな場所を尋ねた。
「んー、たぶんだけど、ノワセットは庭園の奥じゃない? あの子、森好きだし。フランフランはいつも書庫にいるらしいよ。自分は本キライだから行ったことないけど」
ベルちゃんはスポーティな格好をしてるけど、その見た目どおりのアウトドア派で本は読まないタイプなのか。
私もキライという程じゃないけど、そんなに好きでもない……というか、本を読むと眠くなる。
昨晩もクロちゃんから借りた本を読んでいるうちに寝てしまったのだ。
それはさておき、残りふたりの居場所はだいたいわかった。
ミントちゃんに手分けして探すことを提案すると「いいよー」と言ったので、彼女にはフランフランさんを探してもらうことにした。
スキップしながら屋敷に戻ろうとするミントちゃんに「じゃあ競争だ!」と一方的に宣言して追い越していくベルちゃん。
ミントちゃんは「あ、ずる~い!」と言いながら追いかけていく。
瞬足二人組の背中を見送ったあと……私はノワセットさんを探すため、庭園へと向かう。
果樹のアーチをくぐると、森のニオイと甘い果物の香りに包まれる。
……うーん、木の実好きとしてはこの森はときめくね。
顔を上げると、いろんな果物がなっているのが見えた。
リンゴ、ミカン、ナシにブドウ……あっ、チェリモアの実もある。
陽の光を受けて、鈴なりの果物たちはキラキラ輝いていた。
どれも美味しそう……こんなにあるんだから、一個くらい食べてもバレな……いやいや、ダメか。
じゃ、せめてニオイだけでもと深呼吸してみると……甘い香りが胸いっぱいに広がった。
なんだか身体がホンワカしてきて、頬が緩む。まさに夢見心地でふらふら歩いていると、
「アンタなにサボってんのよ」
鼓膜に突き刺さるような厳しい声がして、一瞬で現実に引き戻される。
低木の陰からイヴちゃんが姿を現し、行く手を遮るように立ちはだかった。
……この屋敷に来てから、イヴちゃんはずっと虫の居所が悪い。
いまもこんな素敵な庭園の中だというのに、彼女はまるで下水道に落ちたかのようなしかめっ面をしている。
「サボってるわけじゃないよ。ノワセットさんがこの中にいるからって探しに来たの」
「フン、どーだか」
フン、のところの鼻息もいつもより荒い。
「そういうイヴちゃんはどうしてここにいるの?」
「庭師を探してんのよ、アンタどこにいるか知らない?」
そう言いながら、ふたつにへし折られたハタキを出してきた。
イヴちゃんもお使いだったのか……でも彼女の場合は自業自得。
でもそれを言ってさらに不機嫌になられても困るので、
「知らない」
必要最低限の内容で答えると、「まったく、どこにいるのかしら」とそっぽを向いてしまった。
「……庭師なら、ここよ」
どこからともなく声がする。
「なんだ、知ってんじゃないのよ」
ツインテールをムチのようにしならせ、キッとこちらを向くイヴちゃん。
逆八の字の眉が、より一層キツい角度になっている。
「今の、私じゃないよ?」
「え?」
私とイヴちゃんの間に流れる、妙な沈黙。
お互い、何が起こったのか理解できてない。
次の瞬間、
「ばぁーっ!!」
隣にあった低木が突如、大声をあげながら動き出した!
「「ぎゃあああああっ!?」」
私とイヴちゃんは驚きのあまり、絶叫してひっくり返ってしまった。
ずっとただの木だと思っていたそれは、まるで海の生き物のようにウネウネと動いている。
しかも……幹にはふたつの小さな穴があって、そこから覗く大きな瞳が私たちを見下ろしていた。
「なっ、なにコイツ!? きっ、木のモンスター!?」
しりもち状態にもかかわらず、器用に後ずさりするイヴちゃん。
「たーべーちゃーうーぞー」
低いうなり声をあげながら、じりじりと迫ってくる木のモンスター。
木のくせに、移動できるなんて!? これは……ヤバい!!
イヴちゃんをマネして後ずさりしてみたが、彼女ほどうまくいかなかった。
そんな私に対し、木は追い立てるようににじり寄ってくる。
「くっ、こうなったら……やるわよ! リリー!」
威勢よく立ち上がったイヴちゃんは折れたハタキの片方……パタパタするところがついているほうを投げてよこしてきた。
一瞬何事かと思ったが、彼女は勇ましい顔つきでハタキの柄を構えている。
……あ、武器にしろってことね。
私たちを見下ろす木は、小枝を揺らしながら、ふらふらと踊るように揺れ、
「うふふふふふふふふ」
挑発するような低い笑い声をあげている。
……あれ?
なんでだろう。
最初はびっくりしたけど……今はあんまりドキドキしない。
それに、なんかひっかかる……なんだろうこのモヤモヤ。
逃げることも立ち上がることもやめて、私はその違和感に立ち向かう。
目の前のモンスターをなんとかするには、それが一番だと思ったからだ。
不意に隣で、すうぅ、と大きく息を吸い込む音が聞こえた。
まさか!? と思った私は咄嗟にその人物の足にしがみつく。
「ま、待って! イヴちゃんっ!!」
私は自分なりに精いっぱいの大声で制したが、
「おぎゃぁぁぁぁぁーーーっ!!」
得意の闘気術はそれをかき消すほどの大声だった。
いつものパターンだと彼女はこの後、走り出す。
だけど私が足に抱きついているせいで、それは失敗に終わる。
雄叫びを悲鳴に変えながら、
「あああぁぁぁーーーっ!?!?」
地面に人型の穴が開きそうなくらいの猛烈な勢いで、イヴちゃんは前方にべしゃりと倒れた。
ああっ、ごめんイヴちゃん! 私は心の中で彼女に謝る。土にめりこんだ彼女の顔は、きっと鬼のような形相に違いない。
だけど今はそれよりも、目の前のモンスターだ。
私はイヴちゃんのふくらはぎを抱いたまま、木のオバケみたいなのに問う。
「もしかして、アナタがこの森の庭師さん?」
その一言で、枝を賑わすダンスがピタッと静止した。
そよ風が吹き抜け……私の揺れた前髪が元に戻るくらいの時間、無言が続いたあと、
「そうとも言えるかも」
曖昧な返答がかえってきた。
さっきまで低いうなり声みたいだったのに、急に女の子っぽい声で。
それで私は確信した。目の前にいる木のオバケはモンスターじゃない。
よぉし、それなら……!
「……ノワセットさん?」
私は、カマをかけてみた。
「どうしてわかったの?」
今度は完全に女の子の声だった。
ああ……よかった。
モンスターじゃないとわかったので、ホッとする。
「いや、本当に木のモンスターだったら『庭師ならここよ』なんて言わずに問答無用で襲いかかってくるかなーと思って」
ひと安心した私は、違和感を元に組み立てたあてずっぽう推理を披露する。
「それに、その足元。木だったら地面に根をおろしてるハズなのに、普通に移動してるし」
根っこのところを指で示す。
木が移動したんだったらひっこ抜かれたような穴ができるはずなのに、地面にその形跡がない……ってことは木じゃないんじゃないかと思ったからだ。
私は本物の木のモンスターを見たことがないので、これはハズレかもしれない。
もしかしたら地面に植わってなくて、自由に移動してるのがいるかも。
「あとは……その目かな。なんかモンスターっていうより、人間っぽかったから」
最後の根拠を示したあと、ぱちくりさせるその瞳に向かって微笑みかける。
すると……木の表面の、私の身長より頭ひとつ分くらい高い位置にある樹皮がモゾモゾと蠢いた。
やがてそれは、仮面が脱げるように剥がれおち、地面に落下する。
樹皮があったところには、見覚えのある……ノワセットさんの顔が覗いていた。




