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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
レインボーリップ・アドベンチャー
37/315

06

 メイド長さんからお使いを頼まれた私とミントちゃん。

 ひとまず窓から見えたシトロンベルさんのところに行ってみることにした。


 メイドとしての初仕事はこの屋敷の廊下掃除だった。

 みんなで掃除してキレイにした廊下を歩いて戻りながら、階段を目指す。


 ココに来たときも掃除してたときも思ったけど……この屋敷、ホントに大きいなぁ。

 特に天井が高いよ。こんなに高くする意味ってあるのかなぁ?


 見上げると吹き抜けかと思うほどの無駄な空間が広がっていて、遥か上方の天井には星空をイメージしたようなステンドグラスから、光が差し込んでいるのが見えた。

 ……あの窓まで拭けって言われたらどうしよう。


 視線を落とすと壁にはシカのはく製、白銀の甲冑などが飾ってある。

 うう~ん、こっちは別の意味で高そうだ。


 ……。

 なんだろうこの既視感。

 そうだ、港の商館と夏休みに乗った豪華客船と同じカンジだ。

 

 唯一違うのは床がフカフカのじゅうたんじゃなくて、ここはカチカチの大理石という点。

 黒い床面はシロちゃんが磨いてくれたおかげて鏡みたいにピッカピカだ。


 私はブーツじゃなくて、メイド服とともに支給された黒いエナメル靴を履いている。

 床と同じくらいツヤのあるソレは歩くたびにカツカツ鳴る。

 私の前を行くミントちゃんはスキップしているので、足音もリズミカルだ。

 跳ねるのにあわせてポニーテールやスカートの裾がフリフリ揺れている。


「ねーねー」


 不意にその上半身が振り向いた。


「なんでおてつだいなのかなぁ?」


「え?」


「なんでもいうこときいてもらえるんだったら、ミントならもっといいこときいてもらうのになー」


「たぶん、イヴちゃんを悔しがらせたかったんだと思うけど」


 イヴちゃんはティアちゃんに、負けたら専属メイドになるよう言った。

 勝ったティアちゃんはイヴちゃんにメイドになるよう言った。

 ……お嬢様である彼女たちにとって、メイドになるというのは屈辱的なことなんだろう。


「なんでくやしがらせたいの?」


「ティアちゃんとイヴちゃんはライバルだからじゃない?」


 ティアちゃんって口に出しちゃったけど……もういいか。


「らいばる?」


 えーっと、なんて言えばいいんだろ。


「……楽しくケンカできる相手って意味かな」


 シロちゃんだったらもっとうまく説明できるんだろうけど私のアタマだとこれが精いっぱい。

 イヴちゃんは即座に否定しそうだけど、


「ふぅん、へんなの」


 その前にミントちゃんからバッサリいかれた。


「……ミントちゃんだったら、なにを聞いてもらうの?」


「パパママにあわせてもらう!」


 まるで問われるのを待っているかのような即答だった。


「ミントちゃんのパパとママって、遠いところにいるの?」


 私のママも遠いところにいる。パパは生まれたときからいなかった。


「わかんない……でもいいこにしてたらきっとあえるって、シロちゃんがいってた!」


 いい子の盗賊ってどんなだろう……義賊ってことかな?

 でもミントちゃんとシロちゃんのやりとりが目に浮かんで、思わずほのぼのしてしまった。


「うん。私もそう思うよ」


 いい子にしてたら……私もママに会えるかな。


 ようやく廊下の真ん中にある階段に到着する。

 踊場だけでもツヴィ女寮の部屋くらいの広さがある大きな階段。


 ソレで一階に降りようとしたけど、メイド長さんから使用人は使っちゃダメと言われたのを思い出した。

 大階段のすぐ横にある、壁と同じ色の目立たない扉を開けて庶民サイズの木階段を使って一階へ降りる。


 ついいつもみたいに駆け下りたくなっちゃうのをぐっとガマンする。

 ミントちゃんはというと、なんだかウズウズしていた。


 誰よりもアクロバティックな階段昇降で定評のある彼女だから、禁断症状は私よりずっとありそうだ。

 ミントちゃんと顔を見合わせて頷きあったあと、ゆっくり階段をおりた。


 通用口から外に出ると、一階の馬車道についた。

 そよ風にのって、ほんのり甘い香りが漂ってくる。


「いいニオイ~」


 鼻をひくひくさせてその芳香を吸い込むミントちゃん。

 ……来たときは馬のニオイばっかりだったので気付かなかった。


 花の香りに引き寄せられる蝶のように、ふたりして鼻を鳴らしながらフルーティーな香りをたどっていくと裏の庭園に出た。


 いろんな果物がなる木がいっぱいの庭園。

 色とりどりで鮮やかな色彩、そしてほんのり甘くてみずみずしい香り。やさしく吹き抜けていくそよ風。


 五感すべてがとろけそうになる……素敵な空間。

 こんなところでお昼寝とかしたら最高だろうなぁ……なんて半分夢見心地になってしまう。


 いきなり聴覚にビシバシいう打撃音が割り込んできて、びっくりして我にかえる。

 場違いな音源のほうを見ると、リンゴの木の下でカカシ相手に汗を流すシトロンベルさんの姿が。


 ビキニみたいなチェストガードとファイトショーツという露出の高い服装。

 褐色の肌の身体は引き締まっており、そこから繰り出されるパンチやキックは鋭かった。


 それを一身に浴びるカカシ君は打ち込まれるたびにバシンバシン音をたてているが健気に耐えている。

 私は投げとばされちゃったけど、アレも当たったら痛そうだなぁ。


 まるでこっちの身まで引き締まるような、鬼気迫るトレーニング風景だ。


 ……それはともかく、どうしよう?

 真剣に打ち込んでいるようなので邪魔しちゃ悪いかな……とも思ったが、


「あの~」


 背後からおそるおそる声をかけてみる。

 が、打撃の雨は止む様子がない。


 ……もっと大きな声じゃなきゃダメか。

 ミントちゃんに目で合図をして、ふたりでタイミングをあわせて、


「「あのー!!」」


 庭園にいた鳥たちがびっくりして飛び立つくらいの大声で呼びかけた。


 するとシトロンベルさんはキッとこちらを向いた。

 怒られちゃうかな? と思わず肩をすくめてしまう。


 しかし目が合った瞬間、打撃と同じくらい鋭かった顔つきが、ふわっと柔らかくなる。


「あっ! リリー! 早速メイドさんになったんだ! 似合ってるねソレ!」


 先ほどまでの戦闘オーラとは真逆の友好オーラを放ち、首に巻いた布で汗をぬぐいながら近寄ってきた。


 予想外のフレンドリーさだったので、


「えっ、あ、ありがとう」


 ちょっと引いてしまった。

 ……さっきまで怖い顔で殴る蹴るしてた人がズンズンこっちに近づいてくるもんだから無理もないでしょ。


 彼女は私より背が高い。ミントちゃんに至っては見上げるようにして彼女を見ている。

 その視線に気づいたシトロンベルさんは、


「そうそう、キミ、ちっこいのにすごいね~!」


 両手を腰に当て前かがみになり、ミントちゃんの顔を覗き込むようにしている。

 それでもミントちゃんは臆する様子もなく、エヘヘーと笑い返している。


「ねぇ、マジックアローをかわすのって、どうやるの? アタシにも教えてよ!」


「んーとねぇ、あたるまえによけたらいいんだよー」


 溺れたくなければ水に入らなきゃいい、くらいの明快な答え。


「あっはっはっは! その通りだね!」


 シトロンベルさんは両手を腰に当てたまま、豪快に笑い飛ばした。


「あの……シトロンベルさん?」


 またおそるおそる声をかけると、素早くこっちに顔を向けてきて、


「一度拳を交えたら友達でしょ? シトロンベルでいいよ!」


 白い歯を見せながらの爽やかな笑顔をくれた。


 ……戦ったときや訓練してるときは怖い顔だったけど、普段はそうじゃないみたい。

 最初はおっかなびっくりだったけど……彼女の言うとおり、友達になれるかな。


「え、えーっと、じゃあ……ベルちゃんって呼んでいい?」


 仲良くなりたくて、とっさに思い付いた愛称を提案する。

 イヴちゃんミントちゃんシロちゃんクロちゃんをそう呼びはじめたのも実は私だったりする。


「いいね~! ソレ! いただき!」


 シトロンベルさん……いや、ベルちゃんはさらに顔をほころばせ、親指を立てて賛同してくれた。

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