03
「……でも、これからどうしよう?」
みんなの手を握ったまま、私は尋ねた。
蜜蝋は今すぐにでも欲しいけど、どうやって手に入れたらいいんだろう。
「鳥なんだったら森とかにいるでしょ。手分けして探して、見つけたら巣から追っ払っちゃえばいいのよ」
そう言われるとなんだかすごく簡単そうに思えたが、それに異を唱えたのはクロちゃんだった。
「レインボーハミングバードは保守的な鳥。だけど巣を狙う者に対しては攻撃的になる……そのクチバシは魔法の鎧をも貫通する」
「えっ、魔法の鎧を!?」
クロちゃん以外が一斉にハモる。
そのリアクションに対し、なぜか満足そうに頷くクロちゃん。
魔法の鎧っていえば、高嶺の花の防具。
これさえあればどんなモンスターでもどんと来いってくらい高い防御力で、しかも軽いときてる。
私もいまは革の胸当てを愛用してるけど、いつかはお金をためて魔法の胸当てを……と思ってる。
でも……それを貫通するクチバシの鳥なんて、もうモンスターなんじゃ……。
「あの……レインボーハミングバードさんのこと、調べてみてもよろしいですか?」とシロちゃんが言ったので、みんなで図書館に行ってみようということになった。
クロちゃん以外はレインボーハミングバードのことをそもそも知らなかった。
聞いた感じ一筋縄ではいかなそうな感じがしたので、一度ちゃんと調べてみるのが良さそうだ。
図書館は寮の近くにあるウチの学校……ツヴィートーク女学院の別棟にある。
私たちは揃って寮を出て、学院へと向かった。
夏休みは終わったけど、外の日差しはまだまだ強い。
だけど道中にあるキャンパスは緑が多く、気持ちのよい木陰でいっぱい。
私たちは目的地までの間、森林浴を楽しむような感じで歩いていった。
茶色いレンガが積まれた門塀をくぐると、総レンガづくりの時計台と校舎が現れる。
休みの日に学校に来ることはあまりないので、なんだか変な気分だ。
中庭では部活の練習に来た生徒たちが行き来している。
私はスポーツはキライじゃないので、つい目で追ってしまう。
視界の隅にちょうどイヴちゃんが入ったので、なんとなく話を振ってみる。
「……ねぇ、イヴちゃん」
「なによ」
「イヴちゃんって、部活やってたりする?」
「いっつもアンタたちと一緒にいるのに、できるわけないでしょ」
「あ、それもそうか」
「でも、たまぁーにだけど、拳闘部に顔を出すことはあるわね」
「け、拳闘部?」
「そうよ。貴族令嬢のスポーツといえば拳闘でしょ」
「そうなんだ……フェンシングとかじゃないんだ」
「何言ってんの。あんなヒョロヒョロの剣でチマチマ突き合うなんて、バカのすることよ」
「ば、バカって……あ、なら乗馬とかは?」
「馬は乗れて当たり前なの!」
「え? イヴちゃんって暴れ馬のとき……わわっ」
図書館の入口にある段差につまづきそうになって、話は強制中断させられた。
シロちゃんとか真っ先に心配してくるだろうなと思って振り向いたら、後ろにいたシロちゃんは「大丈夫ですキャッ!?」と叫びながら私がつまづきかけたのと同じ段差ですっ転んでいた。
みんなでシロちゃんを介抱したあと、それぞれ図書館内に散って調査を開始した。
我が学院の図書館は結構立派で、一般への貸し出しも行っている。
私の身長の3倍くらいある高い高い本棚が等間隔にならび、それがずっと奥まで続いている。
本の森みたいなところに一歩足を踏み入れると……カビくさいような、甘いような、そんな匂いがかすかにした。
古い本の香り……本はそんなに読むほうじゃないんだけど、この匂いはわりと好きだったりする。
棚の側面につけられた分類プレートを確認しつつ、私は何を調べようか思案していると……『図鑑』という文字が目に入った。
図鑑……か、いいかもしんない。
最初のターゲットを決めた私は、図鑑コーナーに整然と並べられた分厚い本たちと対峙する。
じゃあ、本棚の上からチェックしてみよう。
背伸びして、顔を限界まで上に向けて、目を細めながら……遥か上方にある棚の背表紙を見つめる。
すると……上から三段目くらいのところで『バスティド野鳥図鑑』というタイトルが目に入った。
バスティドは、この島の名前。ちょっと範囲が広いような気もするけど……まずはあれを見てみよう。
ジャンプしても全く届かない高さにあるので、本棚につけられたハシゴをガラガラと押してきてそれに登って本を取り出した。
こんな感じで本を探してると……なんだか頭が良くなった気分になるよね。
ハシゴの上でこの本を読んでたらもっと知的なカンジに見えるかなぁと思って開こうとしたけど、バランスを崩して落ちそうになったので大人しく下におりて読むことにした。
適当にページめくっていくと……ハチドリコーナーがあったので、そこに載っている鳥をひとつひとつ確認していく。
そして……私は見つけた。
レインボーハミングバード。
ハチドリ亜科、ナナイロハチドリ系統に属するハチドリの一種。
体長8~10センチメートル、体重5~8グラムほどの小さな鳥で、アイントークからツヴィートークまでの中部に生息する。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫のいずれかの体色をしており、群をつくって飛ぶその見た目が虹のようだったのでこの名がついた。
ミツバチに似た習性を持っており、唾液を用いてミツバチの巣に似た形状の巣を作り、そこで集団生活を送る。
花の蜜を主食としており、花の蜜を吸うためにクチバシは細長い形状をしている。
このクチバシは非常に強固で、巣を作る前にクチバシで木をつついて樹洞を作ることなどにも使われる。
弱った個体に対しては皆で羽根で覆って保温し、回復を促すなど仲間意識が非常に強い。
文章の横には……花と同じくらいの大きさの、色とりどりの小鳥たちが長いクチバシで花の蜜を吸っているイラストが入っていた。
こうして見ると、カワイイ鳥なんだけど……。
……ここで考えててもしょうがないか。
いったん本を小脇に抱え、みんなの所に行ってみることにした。
棚の間をキョロキョロ見まわしながら歩いていると……ハシゴに腰かけ熱心に本を見るイヴちゃんの姿が見えた。
やっぱりいいとこのお嬢様だけあって読書姿もサマになってるね。
ロングスカートの切れ目から、組んだ脚線がチラリ見え……ってイヴちゃん脚キレイだなぁ……。
たまにツインテールをかきあげる仕草もカッコ可愛いし。
「イヴちゃん、何見てるの?」
そんな彼女が何を読んでいるのか気になって、声をかけた。
「クロの言うとおり、魔法の鎧もブッ壊すような鳥だったらモンスターかと思ってね。鳥モンスターについて調べてたのよ」
顔をあげたイヴちゃんは読んでいたページをぶっきらぼうに突き付けてきたので、受け取って読んでみる。
レインボーハミングバード。
大人しい性格の小鳥。人に危害を加えることはないが巣に手を出す者には10匹以上の群れとなり攻撃してくる。
人さし指くらいの体長で非常に小型。また馬の疾走と同じくらいの速度で飛ぶため物理攻撃で捉えることは困難。
攻撃する場合は誘導性のある魔法や効果範囲の広い魔法などを用い、遠距離から行うこと。
また特徴的なクチバシは高い貫通力があり、魔法装備でも穴をあけられてしまう。そのため目的なく相手にするのは得策ではない。
巣に手出しをしなければ近寄っても襲われることはないが、誤って触れてしまった場合はいちはやく巣から離れること。
「……なんか、強そうだね」
読み終えた私は、素直な感想を述べてみる。
「大丈夫。寝てるところに忍び寄って、アタシの大剣で巣ごとぶった斬ってやればカンタンよ」
しかし自信満々に返されてしまった。
「そんなことしたら巣、粉々になっちゃわない?」
「うぅ~ん、まあ少しくらいガマンしなさいよ」
「……少しだったらいいけど……」
私の想像する「少し」とイヴちゃんの「少し」が同じ分量なのかが気になる。
以前、夏休みの課題で海に行き、スイカ割りをしたときにイヴちゃんの大剣でスイカを粉々にされたのを思い出した。
今回アレだけは阻止しないと。
イヴちゃんを仲間に加えた私は他の面子を探してまた館内をぶらついた。
すると……本棚にくっついた閲覧用の椅子に腰かけ、膝の上で本を広げるシロちゃんが見えた。
笛吹いてたときもそうだったけど……こんな人目がなさそうなトコでも足をきちんと閉じて座ってる。
白くて細い指先で眼鏡を直し、その流れでページをめくる仕草は知的さと可憐さを醸し出していた。
「……シロちゃん?」
朝のときみたいに驚かせちゃ悪いと思い、そっと近づいたけど、
「あっ、リリーさん、イヴさんっ!」
びっくりさせてしまった。
慌てて椅子から立ち上がったシロちゃんは、
「すみません……七色蜜のことが気になってしまって……」
サボってるのが見つかったみたいに申し訳なさそうに肩をすくめていた。
別にそんなこと気にしなくても……と思ったけど、開いていたページをおずおずと差し出してきたので見てみる。
それは高級食材のみを集めた料理本だった。
キャビア、フォアグラ、トリュフなどに並び七色蜜が載っている。
七色蜜とは、レインボーハミングバードと呼ばれる種類の鳥が花の蜜を採取し、果実とともに巣のなかで貯蔵した蜜のことをいう。
7種類の果物と花の蜜をブレンドし、熟成したといわれる七色蜜はフルーティーかつ芳醇な甘さで大変美味。
養殖の成功例はなく、また採取が難しいため幻の珍味とされている。
……果物と花の蜜を混ぜたのって、なんだかすっごくおいしそう……。
同じページには七色蜜を使ったお菓子のレシピなどが載っていた。
どれも高級そうなお菓子ばかりで……そういうのにあまり縁のない私は正直なところ、味の想像がつかなかった。
「シロちゃんは、七色蜜たべてみたい?」
「はい。それを使ってお料理させていただけるなら、嬉しいです」
食べてみたいというより、食材として興味があるのか。
「そして……皆さんに召し上がっていただけたら……幸せです……」
上気しはじめた頬に手を添え、ウットリしだした。
……一体なにを想像してるんだろう。
私の隣で、レシピをまるで喰らうように見ていたイヴちゃんは不意に顔をあげ、
「よぉし、なんとしても手にいれるわよ! シロ!」
ページが波打つほどの荒い鼻息で宣言した。
その熱気にあてられたのか、
「はいっ!」
シロちゃんの返事もいつもより元気だった。
その後、イヴちゃんシロちゃんと一緒に図書館を練り歩く。
すると……テーブルがいっぱい並べられた閲覧席コーナーの真ん中あたりで、同じ椅子に座って読書するミントちゃんとクロちゃんが見えた。
椅子の上に座るクロちゃん。その膝上に座るミントちゃんは届かない足をバタバタさせながら絵本を読んでいた。
いや、クロちゃんから読んでもらっているようだ。
時折、ミントちゃんは絵本の中を指さしてなにか聞いている。
質問されたクロちゃんは指先をじっと見つめたあと、短くボソリと呟く。
コミュニケーションが成り立っているのか心配になるやりとりに見えたが、それはそれでなかなか微笑ましい光景だった。
もう少しの間だけ見てたい気もしたけど……それよりも早くふたりのほうがコチラに気付いた。
私たちはクロちゃんとミントちゃんと合流し、集まった情報を元に改めて作戦会議をすることにした。




