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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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 スーフさんが要請した、所持金のチェック……。

 私は何のことだかわからなかったけど、場内は今までにないくらいにどよめきはじめた。


 私はテーブルの上に腹ばいになっていたんだけど、立ち上がってイヴちゃんに尋ねてみる。

 声が拡声棒を通して丸聞こえだけど、おかまいなしに。


『ねぇイヴちゃん、いったい何がどうなってるの?』


 するとイヴちゃんは、スーフさんに歯を剥いたまま教えてくれた。


『オークションの出品者は、落札者が入札した額のお金を本当に持っているのか、途中でチェックすることができるのよ……!』


 唇の間からこぼれる、イヴちゃんの八重歯。

 こんな時だというのに私は、かわいい八重歯だなぁ……なんて思ってしまった。


 そういえば、生存術の授業で習ったんだけど……喉がかわいたときに八重歯を舐めると、唾液が出やすくなるんだって。


 自分の八重歯で試してみたら、たしかに唾液が出やすくなったような気がした。

 でも……人の八重歯を舐めたら、どうなるんだろう?」


『ねぇ、イヴちゃん』


『なによ?』


『イヴちゃんの歯、舐めてみていい?』


 直後、隕石が降ってきた。


 ……ドガンッ!


『いっ……いっだぁぁぁぁぁ~い! な、なんでぶつの、イヴちゃん!?』


『あっ……アンタっ!? こんな時になななナニ言ってんのよっ!?!? しかも、拡声棒ごしに……!!』


『だ、だってぇ~! イヴちゃんの八重歯がかわいかったから、舐めてみたいと思ったんだよぉ~!』


 噴火しているみたいに顔を真っ赤にして怒るイヴちゃん。

 頭を押さえてうずくまる私。


 会場を支配していた空気が一気にゆるみ、どっと笑いがおこった。


 しかし、厳しい怒鳴り声によって再び引き締められてしまう。


『てめぇら、いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!!』


 声を荒げていたのは、スーフさんだった。

 オークション開始前の紳士の仮面はすっかり剥げ、押し入り強盗みたいな怖い顔をしている。


『さっきから何だっ!? ここはてめぇらみたいなクソガキどもの遊び場じゃねぇんだっ!! それなのに、何度も何度もふざけて、俺の商売の邪魔しやがってぇ!! てめぇらがオークション荒らしなのはわかってるんだっ!! 今すぐこっからたたき出してやるっ!! おいっ!! さっさとこのクソガキどもの所持金チェックをしやがれっ!!』


 あたりかまわず指さしまくって叫ぶスーフさん。

 オークショニアさんが慌てて止めに入った。


『お、落ち着いてくださいスーフ様。所持金のチェックは確かに落札者の権利ですが……それは、落札者様に大変失礼にあたる行為でもあります。ですのでひとまず……』


『うるせぇっ!! 俺とあのクソガキ、失礼なのはどっちだよっ!? いいから所持金チェックをしやがれっ!!』


 言い争うスーフさんとオークショニアさん。

 私はついイヴちゃんの八重歯に気を取られちゃったけど、ようやく事の重要さに気づいた。


 拡声棒を手で覆い隠して、今度はヒソヒソ声でイヴちゃんにささやきかける。


「ねぇ、イヴちゃん、どうしよう……? お金がないことがバレたら、追い出されちゃうよ……!」


「それならまだいいほうでしょうね。普通だったら牢屋に直行よ。そうなったら、クルミを取り戻すことはできなくなるでしょうね」


「ええっ、そんなぁ!? ど、どーしようっ!?」


「アンタ、なにか考えなさいよっ! 絡め手でもなんでもいいから!」


「で、でも……こんな状況、初めてだから……いい手が思いつくかどうか……」


「いーからやりなさいっ! アタシたちが時間を稼いでるから、その間に……! いいわねっ!」


 そう言うなり、イヴちゃんはテーブルから飛び降りる。

 ずっと気が気でない様子のシロちゃんと、ロウ人形のように動かないクロちゃんを小脇に抱え、ステージへと駆け上がっていった。


「ちょっと待ちなさいっ! さっきから聞いてりゃ、好き勝手言ってんじゃないわよっ!」


 スーフさんとオークショニアさんの間に、割って入るイヴちゃん。


『あっ、イヴォンヌお嬢様。ステージにあがられては困ります……!』


『おいっ! 邪魔すんなクソガキっ! これ以上、オークションを荒らすんじゃねぇっ!』


「王都の名門、ラヴィエ家のアタシを捕まえて、オークション荒らしどころか、クソガキ呼ばわりするだなんて……いー度胸してるじゃないっ!」


『なぁにが王都の名門だっ! それもウソっぱちだろう! 俺にはわかってるんだぞっ!』


「ウソじゃないわよっ! 召使いD! アタシがいかに高貴な人間か……アンタからも言ってやりなさい!」


 イヴちゃんに抱えられたまま、召使いDことクロちゃんが口を開く。


「イヴお嬢様は高貴。どのくらい高貴かというと、パンがあってもケーキを食べるほど」


「ほぉらごらんなさい! アタシくらいになると、毎日が誕生日なのよ! ほら、召使いCもアタシの高貴エピソードを言ってやんなさい!」


「あわわわわわわわっ、は、はふぃ!? かかかかかかっ、かしこまりましたっ! イヴォンヌ様は……! あふっ、あうう……あのあのあのっ……きゅぅぅぅんっ!?」


 同じくイヴちゃんに抱えられている、召使いCことシロちゃん。

 彼女はウソをつくことができないので、混乱のあまりノビそうになっていた。


 私は助けに行きたかったけど、ぐっとこらえる。


 みんなは私の名案が出るまで、時間稼ぎをやってくれてるんだ……!

 なんとかして、この窮地を脱する方法を、考えなきゃ……!


 頭はイヴちゃんにぶたれたせいで、まだヒリヒリしていたけど……ムリヤリ高速回転させる。


 ……えーっと、私たちはあと少しでクルミちゃんを落札できそうだったのに、スーフさんが乱入してきた。

 そして、私たちをオークション荒らし呼ばわりしてきたんだ。


 理由はおそらく、元々の持ち主である私たちにクルミちゃんが落札されちゃったら、盗んだことがバレてしまうから。


 あ、そうだ、クルミちゃんだ……!

 いまの混乱に乗じて、クルミちゃんのロープをほどけば証言してもらえる……!


 私はクルミちゃんが展示されているステージのほうを見やる。

 しかし、時すでに遅し、だった。


 ステージの騒ぎに駆けつけた警備員さんたちが、クルミちゃんに布をかぶせ、頑丈そうな檻の中に入れてしまったんだ……!


 さ……さすがは多くのVIPが集まる、オークション会場……!

 警備体勢は万全みたいだ……!


 ……なんて、感心してる場合じゃなかった!

 お、檻に入れられちゃったら、ミントちゃんがいても簡単には助け出せないじゃない……!


 ああっ……どうしよう……!?

 なんだかどんどん手詰まりになっていくような気がする……!?


 なにか、なにか、なにかないか……!?

 なにか、いい手は……!?


 私は頭の中のおもちゃ箱をひっくり返して、こぼれたおもちゃの中に飛び込むようにして手立てを探す。


 しかし……ないっ!

 死にかけのピンチは何度もくぐり抜けてきて、いろいろアイデアはあるんだけど……。


 オークション荒らしの疑いをなんとかするだなんて、難しいこと……やったことないから、なんにも思いつかなっ……!!


 ああっ、どーしよう!? どーしようっ!?


 すっかり第二のステージと化したテーブルの上で、私は頭を抱えてうずくまる。


 ふと、警備員さんたちが私たちの全財産が入っている麻袋を、持っていこうとしているのが目に入った。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


 私は飛びかかったんだけど、あっさり取り押さえられてしまう。


 ステージの上では、同じように取り押さえられている、イヴちゃん、シロちゃん、クロちゃん……そして、スーフさんの姿があった。


 オークショニアさんは、これまでずっと柔和な表情だったんだけど……もはやその面影はない。


『出品者様、落札者様、ともにお話し合いではご納得いただけず、お互いに暴力に訴えられました。ですので私の判断として、やむなく双方とも拘束させていただきました』


 重罪人を裁く裁判官のような厳しい表情で……客席に向かって言ったんだ。


『これよりイヴォンヌお嬢様の、所持金をチェックをさせていただきます。大変失礼かとは存じますが、こうするより他に、オークションを続行する術はないと判断いたしました』


「ええっ、そんなあっ!? ……あっ! お金、持ってかないでぇ!」


 私の声が、空虚に響く。

 すると、オークショニアさんは私に噛んで含めるように言った。


『落ち着いてください、リリーお嬢様。所持金を確認させていただくだけです。確認がとれればちゃんとお返しいたします。それに……晴れてお嬢様がたのご身分も保証されます。ほんのわずかな間の失礼をお許しください』


「じゃ、じゃあ……せ、せめて、せめて……! お金を数えている間だけでも、放して! 放してくださいっ!」


 私は最後の悪あがきをする。

 しかし、オークショニアさんは無情にも首を左右に振った。


『申し訳ありませんが、それはできかねます。こちらを使えば、すぐに数え終わりますので……』


 ゴトゴトと、大きな天秤が運ばれてくる。


 あ……あれは、魔法の秤……!

 銀行とかによくあるやつで、乗せただけでお金がいくらあるか数えられるんだ……!


 ば……バレちゃう……!

 それも、一瞬で……!


 手で数えるんだったら、それまで時間稼ぎができるかと思ったのに……!

 それに数え終わっても、「何かの間違いです! もう一回数え直してください!」って言い張れたのに……!


 お……終わりだ……!

 なにもかも、終わりだっ……!


 こ、こうなったら、もう……どうなってもかまうもんかっ!!


 私は拘束を振りほどこうともがいたんだけど、屈強な警備員さんはびくともしない。


 だ……ダメだあっ!

 も、もう……万事休すなのっ……!?


「ちょ……待って……! 待って! 待ってぇっ!! の、乗せないでっ……!! 乗せないでぇぇぇぇぇぇぇ……っ!!」


 私は、子供を連れ去られる親にように、声をかぎりに叫ぶ。


 しかし、その絶叫も虚しく……麻袋は、秤の皿の上に乗せられてしまったんだ……!

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