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私はテーブルに伏していた顔をあげ、スーフさんを見上げる。
私だけじゃない……イヴちゃん、シロちゃん、クロちゃん……ウェルトさん、オークショニアさん……観客の人たち……会場じゅうの視線が、スーフさんに集中していた。
中には責めるような視線を向ける人もいる。
観客のほとんどは、私たちの味方のようだった。
たじろぐスーフさんは拡声棒を振り回し、場の空気を払うようにしながら叫ぶ。
『う……ううっ! だっ……騙されるなっ! あのガキどもの言っていることはぜんぶウソだっ! もっともらしく話しているが、よく考えてみろっ! ズェントークからこのツヴィートークまで歩いてきたって!? バカバカしい! そんな狂ったことをするヤツが、この世にいてたまるかよっ!』
私はすかさず言い返す。
『ほ……本当なんです! クルミちゃんが転送装置に乗るのを嫌がったのと、お金がなかったから……歩いてここまで来たんです!』
すると、スーフさんは邪悪な笑みを浮かべながら、私を指さしてきたんだ。
『ほうら、そこだ! お前の言っていることは、おかしなとこだらけ……! まず、嫌がってるからって何だ!? 縛りつけてでも転送装置に乗せりゃいいだろう! ガキの注射と同じ……いくら嫌がってても、ほんの一瞬だ! それをお前は、何倍……いや、何千倍ともいえる時間をかけてまで、歩いて運んで来たというのか!? それがいかに不自然で、バカげた行為なのか……ちょっと考えればわかることだろう!』
「……うるっさいわねぇ!!」
拳に爪を食い込ませるようにしていたイヴちゃんが、いきなり叫んだ。
地声なのに、拡声棒よりもずっと大きな声で。
「たしかに不自然で、バカげてるわよっ!! でもねぇ、それをやるのがコイツ……リリーなのよっ!! クルミが嫌がっていたから、転送装置は使わずに……何日も何日もかけて、運んであげたのよっ!! アンタみたいに、クルミをただの物としか思ってないヤツとは違うわ!! 友達だと……仲間だと思っているのよっ!!」
今にも殴りかかっていきそうな勢いで、食ってかかるイヴちゃん。
しかし、懸命にこらえているようだ。
スーフさんはそんな彼女を挑発するように、フフンと鼻で笑った。
『フッ、聖剣が友達……仲間だって? 聖剣はただの物でしかないのは明白なのに、なにを寝言を言ってるんだ……? どれだけおかしなことを言っているか、気づいていないなんて……やはりこのガキどもは狂っている! 憤りを通り越して、哀れになってくるよ!』
こめかみにひとさし指をあてて、クルクル回すスーフさん。
「なぁぁんですってぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
頭上から降ってくるカミナリのような声。私はとっさにイヴちゃんの足首を掴んだ。
ちょうど飛び出そうとしていた彼女は、びったーんとテーブルに叩きつけられる。
「い……イヴちゃん! 暴力はダメだって言ってるでしょ!」
「じゃ、邪魔すんじゃないわよっ!! リリーっ!! 顔の形が変わるまで殴ってやるんだから!! 離しなさい!! うがあああーーーーーーーーっ!!」
鼻をトナカイみたいに腫らしたイヴちゃんが、ガスガスと私を足蹴にしてくる。
スーフさんより先に、私の顔の形が変わっちゃうかと思ったけど……掴んだ足首は離さない。
私とイヴちゃんがテーブルの上で揉み合っていると、見かねた様子でオークショニアさんが止めに入ってくれた。
『落ち着いてください、お嬢様方。私も伺ったことがあります。キッカラの村で黄金のカエルを捕まえ、アルトスの街のパン食い競争で準優勝し、カラーマリーの街で観光ピーアール用のキャラクターになった、少女たちの噂を……その少女のひとりが、腹話術でしゃべる剣を持っていたと……』
それは、絶好の助け舟だった。
観客の人たちからも「そういえば、聞いたことある……!」というような声が、そこかしこから漏れる。
私とイヴちゃんは、砂漠でオアシスを発見したかのように、オークショニアさんのほうを見た。
『そ……それです! それが私たちなんです! クルミちゃんがしゃべる剣だって信じてもらえなくて……みんなからは、私がやってる腹話術だと思われてたんです!』
しかし、すかさずスーフさんが異を唱えてくる。
『それがなんだってんだ! その噂なら、俺でも知っている! このガキどもは、その噂を利用して……持ち主であることを主張しているだけだ! そんなの、証拠になるかっ!』
私は食い下がった。
『クルミちゃんのオークションが始まる前、ロープをほどいた時……クルミちゃんは私の名前を叫びました! リリーって……! それがもうひとつの証拠になります!』
『それは偶然、リリーって聞こえただけだろう!』
『じゃ、じゃあ……! クルミちゃんのロープをほどいてください! クルミちゃんの口から証言してもらえれば、ハッキリします……!』
『そ……それはダメだっ! ダメに決まってるだろう!』
『どうしてですかっ!?』
『ガキのクセに、これだけ大勢の人間をそそのかした、邪悪なお前らなんかを……穢れなき聖剣と言葉を交わさせるわけにはいかないっ! きっとまた口からでまかせを並べたてて、聖剣をそそのかすに違いないからな!』
『そ、そんな……! だったら……』
しかし、私の反論は途中で遮られる。
スーフさんはたて続けにまくしたててきたんだ。
『それに、このガキどもがしようとしているのは、聖剣を騙し取ることだけじゃない……! もっと重大な犯罪をやらかしているんだ……! 巧妙に隠していて、気づかせないようにしているようだが……俺は騙されんぞっ……!』
クルミちゃんの証言についての話が続くのはマズいと思ったのか、スーフさんは強引に話題をかえてきた。
『このガキどもは……オークション荒らしだっ! 金もないのに入札しているんだっ……!!』
衝撃の事実を知らされたかのように、会場がざわめきはじめる。
スーフさんから告発するように指さされ、私は痛いツボを突かれたみたいに「ううっ!」と唸ってしまった。
私がすっかり言葉を失ってしまったので、かわりにイヴちゃんが言い返してくれた。
「ど……どこに、どこにそんな証拠があるのよっ!? 口からでまかせを言ってるのはアンタじゃない! 勝手なこと言うと承知しないわよっ!?」
するとスーフさんは、大げさに肩をすくめてみせた。
『そっちのリリーとかいうガキが、声高らかに演説してただろうが……! 金がなかったから、船にも乗らずに徒歩で聖剣を運んだことを……! いま聖剣は1千万以上の値で入札されている……! 1千万の入札ができるガキが、船に乗る金もないなんて……おかしくねぇかぁ? あぁん!?』
私に続いて「ううっ!」と指圧されてしまうイヴちゃん。
スーフさんの口撃は止まらない。
『それに、こうも言ったよなぁ? ありったけの小遣いをもって、ここに来た、って……! ガキの小遣いが、1千万もあるわけねぇよなぁ! その袋の中にあるのは……多く見積もっても、せいぜい100万……いや、50万ゴールドちょっとなんじゃねぇのかぁ!?』
私たちの軍資金が入った麻袋。それは空いている椅子の上に置かれていたんだけど、スーフさんはそれを指さしていた。
お金がないのに入札していたという、私たちの肝いりの作戦がバレちゃった……!
それどころか……額までほぼ当てられちゃうなんて……!
私はなんとか言い返そうとして、言葉を探していたんだけど……何も思いつかなかった。
イヴちゃんも悩んでいるのか、猟犬のようにウーウー唸っている。
『おやおや……反論がないということは、どうやらピタリ賞のようだなぁ……!』
『そっ……そんなこと……!』「そんなこと、ないわよっ!!」
私とイヴちゃんは、苦し紛れの声を絞り出す。
『そうかい……? じゃあ、俺はここで……出品者として、所持金のチェックを要請するっ……!!』
スーフさんは、私たちにトドメを刺すように……手をバッとかざしてきたんだ……!




