126
『さあ、ツヴィートーク港ベッドークションもいよいよ大詰めを迎えました。ついに100万ゴールドの大台に乗った、女神の聖剣。争うのは、ふたりの淑女……。今宵、女神が微笑むのはどちらなのでしょうか? まずは武器商人として有名な、ウェルト様にお話を伺いましょう。やはり武器を扱う者として、この聖剣は見逃せないものですか?』
オークショニアさんはイヴちゃんの真正面に座っている、胸の大きくあいたドレスに身を包むお姉さんに拡声棒を向ける。
ウェルトと呼ばれたお姉さんは、紅潮させた胸の谷間を、ドキドキを抑えるようにして答えた。
『ええ。ツヴィートークは通りがかりだったのですが、まさかこんな掘り出し物に巡り会えるなんて……100万ゴールドは予想外の出費ですが、惜しくはありません』
『ウェルト様は、この聖剣をかなりの値打ちモノだと判断されているんですね?』
『ええ。オークションをたしなむ者にとって大事なのは、真贋を見極める目と、それに賭けるかの度胸があるかどうかです。本来、100万ゴールドというのは我々にとっては右から左への金額ではありますが、ニセモノに払っては笑い者になってしまいますからね。多くの方々はニセモノかと恐れてドロップされたようですが……私はあの聖剣がホンモノだと信じています』
私はウェルトさんの豊かな胸を凝視しながら、ぼんやりと思っていた。
それにしても……1本の剣に100万ゴールドかぁ……。
クルミちゃんのことを知ってる私にとっては、それ以上の価値があるってわかっているけど……。
あの人は初めてクルミちゃんを見たはずなのに、よくそんなお金を払う気になるなぁ……。
私なんて、2千ゴールドくらいのナイフを買い替えるのも悩むのに……。
キッカラの村で地域貨幣をたくさんもらったから、何の躊躇もなくカエルナイフに買い替えられたけど……。
ああ……キッカラの村の地域貨幣が、このオークションでも使えたらなぁ……。
なんて思っているうちに、拡声棒はイヴちゃんのほうに回ってきた。
『今回オークション初参加のお嬢様です。差し支えなければ、お名前をいただけませんか?』
『アタシはイヴォンヌ・ラヴィエ。王都に家を構える、名門ラヴィエ家の長女よ』
『おお、王都からのご参加なのですね』
観客席から「おおーっ」と感嘆の声がおこる。
イヴちゃんは名家のお嬢様なんかじゃなくて、ホントはこのバスティド島のお姫様だ。
でもその事実はほとんどの人が知らない。私もある事件がきっかけで知ったんだけど、それまではずっといいとこのお嬢様だと思っていた。
この国では、お姫様は生まれたときだけ国民の前にお披露目され、あとは戴冠式まで素性は明かされない。
命や身柄を狙う不届き者から身を守るためなんだそうだ。
まあそのせいで、私はいちど彼女と間違われてさらわれたことがあるんだけどね……。
名前ももちろん誰も知らない。
イヴちゃんのフルネームは『イヴォンヌ・ラヴィエ・ミルヴァランス』っていうんだけど、王都の名前を冠した『ミルヴァランス』まで名乗っちゃうと、お姫様ってことがバレちゃうので……普段は『イヴォンヌ・ラヴィエ』と名乗っている。
オークショニアさんは、私たちのほうまで話題を振ってきた。
『実に愛らしいお嬢様たちですね。召使いとおっしゃられましたが、とても仲が良さそうですね』
私たちはイヴちゃんの隣に並ぶようにして、空いた席に座っているんだけど、オークショニアさんは観客席に紹介するように手で示したんだ。
ふふふ、と微笑ましそうに笑う観客席の人たち。こんな時ミントちゃんがいれば、元気いっぱいに手を振り返してるんだろうけど……いま彼女はいない。
なので私がかわりに手を振る。シロちゃんは恥ずかしそうにずっとうつむいたままで、クロちゃんはまっすぐ前を向いたままだ。
『礼儀も常識も知らない召使いで困ってんのよ。ほらほら、もっと愛想よくなさい』
イヴちゃんは両隣にいる私とクロちゃんのほっぺたをつまんで、ムニーと伸ばしてきた。
変顔になった私とクロちゃんに、観客席からくすくすと笑い声がおこる。
『わたひたひはかりやなくて、イヴひんもあひそよく……クロひん、そひおねはい』
『ひようはい』
私がクロちゃんといっしょになって、イヴちゃんの頬をひっぱる。
変顔がみっつになって、観客席がどっと沸いた。
『ふふふ、さっきからひょうきんな子たちね。これは楽しいオークションになりそう』
対面のウェルトさんも、上品に口を抑えて笑っている。
『ああ、そうでした。お美しいお嬢様方に見とれてしまい、すっかり忘れておりました。名残惜しくはありますが、オークションの再開といきましょう! ここからはおふたりですので、交互の入札となります。イヴお嬢様が100万ゴールドの入札をされましたので、ウェルト様、どうぞ!』
オークショニアさんが仕切り直すと、ウェルトさんはほころばせていた顔をすぐに引き締めた。
男装の麗人のような、まさに武器商人といった厳しい顔で、
『……150万ゴールド』
一気に50万ゴールドも吊り上げてきたんだ……!
おおーっ!? と驚きの声が観客席から届く。
『じゃあこっちは、200万よ!』
すかさずお返しするイヴちゃん。
これには観客席よりも、
「ええーっ!?」
私のほうがビックリしてしまった。
「あんまり騒ぐんじゃないわよ」と睨みつけてくるイヴちゃん。
『た、たった2回の入札で、一気に2倍の額まで跳ね上がってしまいました……! どうやらお二方とも、譲る気はないようです……! この勢いのまま参りましょう! ウェルト様、どうぞ!』
『250万!』
『こっちは300万よっ!』
『350万!』
『負けないわよ……400万っ!』
『450万……!』
『500まーん!』
『ってリリー、なんでアンタが言うのよっ!?』
『なんだか楽しそうだな、と思って……ダメだった?』
『いや、別にいいけど……アタシの見せ場を取るんじゃないわよ!』
『イヴちゃんばっかりズルい、ちょっとくらい私たちにもやらせてよ』
『ふふふ……本当に愉快な子たちね……550万!』
『あ、イヴちゃんちょっと待って、せっかくだから、クロちゃんどうぞ!』
『600万』
『どう? クロちゃん、なんだか気持ちよくない?』
『特に実感はない』
『ふっ……黒いローブの子は、度胸が座っているようね……650万!』
『じゃあ次はシロちゃんね! シロちゃんどうぞ!』
『ひえっ!? わわわわわわわわわわ、わたくしは……!』
『オークションで入札できるなんて、滅多にないんだから、せっかくだからやろうよ! 気持ちいいよ!』
『は……ははははひっ! かっかかかか、かしこまりました……! でっ、ではではでは、650万1ゴールドで……!』
『ちょっとシロ、刻みすぎでしょ!』
『あはは、でもシロちゃんらしいかも!』
『ふふっ、白いローブの子は、慎重派なのね……700万!』
『じゃあ次はイヴちゃんね。イヴちゃんどうぞ!』
『言われるまでもないわ…… 750万ゴールド!』
私たちはまるでしりとりでもするみたいに、入札を続けていった。
もう感覚は完全に麻痺しちゃっていて、50万ゴールドは50ゴールドくらいの感覚だった。
どーせ予算はとっくの昔にオーバーしちゃってるんだから、なるようになるか、と開き直っていた。
私たちのやりとりが面白いのか、観客席からは絶え間なく笑い声がおこっていた。
いままでのオークションは緊張に満ちていたんだけど、すっかり和やかな雰囲気に満ちている。
そして、ついにクルミちゃんの値段が1千万ゴールドに達した。
いままでウェルトさんは余裕たっぷりだったんだけど、さすがに苦悶に顔を歪めはじめる。
『う……ううっ! 1千50万ゴールド……!』
『そろそろトドメといくわよっ! 1千500万ゴールド!』
『い……1千500万……!? く……ううっ! そ、それはさすがに……!』
ウェルトさんには悪いけど、私は心の中で祈っていた。
お願い……このまま降りて……!
私だけじゃない、シロちゃんも祈っていた。
祈るというより、ウェルトさんを拝んでいるようだった。
イヴちゃんは椅子の上で立膝になって、山賊のお頭みたいに不敵に笑っていた。
クロちゃんはぼんやりと虚空を眺めていた。
そしてついに、運命の時がやって来たんだ……!
『ま……まいっ……』
ウェルトさんは、観念したようにテーブルに突っ伏そうとする。
しかし、待望の一言が放たれる前に……思いもよらなかった所から、物言いが入ったんだ……!




