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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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『さあ、ツヴィートーク港ベッドークションもいよいよ大詰めを迎えました。ついに100万ゴールドの大台に乗った、女神の聖剣。争うのは、ふたりの淑女……。今宵、女神が微笑むのはどちらなのでしょうか? まずは武器商人として有名な、ウェルト様にお話を伺いましょう。やはり武器を扱う者として、この聖剣は見逃せないものですか?』


 オークショニアさんはイヴちゃんの真正面に座っている、胸の大きくあいたドレスに身を包むお姉さんに拡声棒を向ける。

 ウェルトと呼ばれたお姉さんは、紅潮させた胸の谷間を、ドキドキを抑えるようにして答えた。


『ええ。ツヴィートークは通りがかりだったのですが、まさかこんな掘り出し物に巡り会えるなんて……100万ゴールドは予想外の出費ですが、惜しくはありません』


『ウェルト様は、この聖剣をかなりの値打ちモノだと判断されているんですね?』


『ええ。オークションをたしなむ者にとって大事なのは、真贋を見極める目と、それに賭けるかの度胸があるかどうかです。本来、100万ゴールドというのは我々にとっては右から左への金額ではありますが、ニセモノに払っては笑い者になってしまいますからね。多くの方々はニセモノかと恐れてドロップされたようですが……私はあの聖剣がホンモノだと信じています』


 私はウェルトさんの豊かな胸を凝視しながら、ぼんやりと思っていた。


 それにしても……1本の剣に100万ゴールドかぁ……。

 クルミちゃんのことを知ってる私にとっては、それ以上の価値があるってわかっているけど……。


 あの人は初めてクルミちゃんを見たはずなのに、よくそんなお金を払う気になるなぁ……。

 私なんて、2千ゴールドくらいのナイフを買い替えるのも悩むのに……。


 キッカラの村で地域貨幣をたくさんもらったから、何の躊躇もなくカエルナイフに買い替えられたけど……。

 ああ……キッカラの村の地域貨幣が、このオークションでも使えたらなぁ……。


 なんて思っているうちに、拡声棒はイヴちゃんのほうに回ってきた。


『今回オークション初参加のお嬢様です。差し支えなければ、お名前をいただけませんか?』


『アタシはイヴォンヌ・ラヴィエ。王都に家を構える、名門ラヴィエ家の長女よ』


『おお、王都からのご参加なのですね』


 観客席から「おおーっ」と感嘆の声がおこる。


 イヴちゃんは名家のお嬢様なんかじゃなくて、ホントはこのバスティド島のお姫様だ。

 でもその事実はほとんどの人が知らない。私もある事件がきっかけで知ったんだけど、それまではずっといいとこのお嬢様だと思っていた。


 この国では、お姫様は生まれたときだけ国民の前にお披露目され、あとは戴冠式まで素性は明かされない。

 命や身柄を狙う不届き者から身を守るためなんだそうだ。


 まあそのせいで、私はいちど彼女と間違われてさらわれたことがあるんだけどね……。


 名前ももちろん誰も知らない。

 イヴちゃんのフルネームは『イヴォンヌ・ラヴィエ・ミルヴァランス』っていうんだけど、王都の名前を冠した『ミルヴァランス』まで名乗っちゃうと、お姫様ってことがバレちゃうので……普段は『イヴォンヌ・ラヴィエ』と名乗っている。


 オークショニアさんは、私たちのほうまで話題を振ってきた。


『実に愛らしいお嬢様たちですね。召使いとおっしゃられましたが、とても仲が良さそうですね』


 私たちはイヴちゃんの隣に並ぶようにして、空いた席に座っているんだけど、オークショニアさんは観客席に紹介するように手で示したんだ。


 ふふふ、と微笑ましそうに笑う観客席の人たち。こんな時ミントちゃんがいれば、元気いっぱいに手を振り返してるんだろうけど……いま彼女はいない。

 なので私がかわりに手を振る。シロちゃんは恥ずかしそうにずっとうつむいたままで、クロちゃんはまっすぐ前を向いたままだ。


『礼儀も常識も知らない召使いで困ってんのよ。ほらほら、もっと愛想よくなさい』


 イヴちゃんは両隣にいる私とクロちゃんのほっぺたをつまんで、ムニーと伸ばしてきた。

 変顔になった私とクロちゃんに、観客席からくすくすと笑い声がおこる。


『わたひたひはかりやなくて、イヴひんもあひそよく……クロひん、そひおねはい』


『ひようはい』


 私がクロちゃんといっしょになって、イヴちゃんの頬をひっぱる。

 変顔がみっつになって、観客席がどっと沸いた。


『ふふふ、さっきからひょうきんな子たちね。これは楽しいオークションになりそう』


 対面のウェルトさんも、上品に口を抑えて笑っている。


『ああ、そうでした。お美しいお嬢様方に見とれてしまい、すっかり忘れておりました。名残惜しくはありますが、オークションの再開といきましょう! ここからはおふたりですので、交互の入札となります。イヴお嬢様が100万ゴールドの入札をされましたので、ウェルト様、どうぞ!』


 オークショニアさんが仕切り直すと、ウェルトさんはほころばせていた顔をすぐに引き締めた。

 男装の麗人のような、まさに武器商人といった厳しい顔で、


『……150万ゴールド』


 一気に50万ゴールドも吊り上げてきたんだ……!

 おおーっ!? と驚きの声が観客席から届く。


『じゃあこっちは、200万よ!』


 すかさずお返しするイヴちゃん。

 これには観客席よりも、


「ええーっ!?」


 私のほうがビックリしてしまった。

 「あんまり騒ぐんじゃないわよ」と睨みつけてくるイヴちゃん。


『た、たった2回の入札で、一気に2倍の額まで跳ね上がってしまいました……! どうやらお二方とも、譲る気はないようです……! この勢いのまま参りましょう! ウェルト様、どうぞ!』


『250万!』


『こっちは300万よっ!』


『350万!』


『負けないわよ……400万っ!』


『450万……!』


『500まーん!』


『ってリリー、なんでアンタが言うのよっ!?』


『なんだか楽しそうだな、と思って……ダメだった?』


『いや、別にいいけど……アタシの見せ場を取るんじゃないわよ!』


『イヴちゃんばっかりズルい、ちょっとくらい私たちにもやらせてよ』


『ふふふ……本当に愉快な子たちね……550万!』


『あ、イヴちゃんちょっと待って、せっかくだから、クロちゃんどうぞ!』


『600万』


『どう? クロちゃん、なんだか気持ちよくない?』


『特に実感はない』


『ふっ……黒いローブの子は、度胸が座っているようね……650万!』


『じゃあ次はシロちゃんね! シロちゃんどうぞ!』


『ひえっ!? わわわわわわわわわわ、わたくしは……!』


『オークションで入札できるなんて、滅多にないんだから、せっかくだからやろうよ! 気持ちいいよ!』


『は……ははははひっ! かっかかかか、かしこまりました……! でっ、ではではでは、650万1ゴールドで……!』


『ちょっとシロ、刻みすぎでしょ!』


『あはは、でもシロちゃんらしいかも!』


『ふふっ、白いローブの子は、慎重派なのね……700万!』


『じゃあ次はイヴちゃんね。イヴちゃんどうぞ!』


『言われるまでもないわ…… 750万ゴールド!』


 私たちはまるでしりとりでもするみたいに、入札を続けていった。


 もう感覚は完全に麻痺しちゃっていて、50万ゴールドは50ゴールドくらいの感覚だった。

 どーせ予算はとっくの昔にオーバーしちゃってるんだから、なるようになるか、と開き直っていた。


 私たちのやりとりが面白いのか、観客席からは絶え間なく笑い声がおこっていた。

 いままでのオークションは緊張に満ちていたんだけど、すっかり和やかな雰囲気に満ちている。


 そして、ついにクルミちゃんの値段が1千万ゴールドに達した。

 いままでウェルトさんは余裕たっぷりだったんだけど、さすがに苦悶に顔を歪めはじめる。


『う……ううっ! 1千50万ゴールド……!』


『そろそろトドメといくわよっ! 1千500万ゴールド!』


『い……1千500万……!? く……ううっ! そ、それはさすがに……!』


 ウェルトさんには悪いけど、私は心の中で祈っていた。


 お願い……このまま降りて……!


 私だけじゃない、シロちゃんも祈っていた。

 祈るというより、ウェルトさんを拝んでいるようだった。


 イヴちゃんは椅子の上で立膝になって、山賊のお頭みたいに不敵に笑っていた。

 クロちゃんはぼんやりと虚空を眺めていた。


 そしてついに、運命の時がやって来たんだ……!


『ま……まいっ……』


 ウェルトさんは、観念したようにテーブルに突っ伏そうとする。


 しかし、待望の一言が放たれる前に……思いもよらなかった所から、物言いが入ったんだ……!

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