125
暗いステージに、スポットライトで浮かびあがった聖剣のクルミちゃん。
いままではステージが明るかったから、気がつかなかったんだけど……聖剣の後ろのほうには精霊のクルミちゃんが立っていた。
身体は鎖でグルグル巻きにされ、顔はロープによって目隠しと猿ぐつわをされている。
「むー! むー!」とくぐもった悲鳴をあげながら、身体をよじらせていた。
その痛々しい姿に、私はまた我を忘れそうになったけど……イヴちゃんから肘で脇腹をドスッと突かれて正気に戻る。
「ヴッ!?」
「なにが、『ヴッ!?』よ! ボーッとしてじゃないわよ召使いA! またひとりで熱くなってたんでしょう? まったく……アタシの肩でも揉んで、落ち着きなさい!」
厳しく言われた私は、猛省しながらお嬢様の肩に手をかけた。
軽くひと揉みした瞬間、
「んひっーーーっ!?!? なに触ってんのよっ、このバカっ!」
うなぎのようにのたうつお嬢様から、思いっきりゲンコツをくらってしまった。
「い……痛ったいイヴちゃん!? 揉めって言ったのイヴちゃんじゃない!?」
「うるっさいわねぇ! アタシが身体を触られるのが苦手だって、知ってるでしょうが! 気を利かせて揉むフリだけしなさいよ!」
「ううっ……そ、そんなムチャなぁ~!」
いつになく横暴なイヴちゃん。
気がつくと、会場中の視線が私たちに集まっていた。
『あの……お嬢さんたち、オークションはもう始まっていますよ』
「あっ、す、すいません、どうぞ、続けてください……」
オークショニアさんから注意されて、私はペコペコ頭を下げる。
ちょっとした騒動を起こしちゃったけど、おかげでカッカしてた頭が冷めた。
きっとイヴちゃんは、私を落ち着かせるためにわざと理不尽な振る舞いをしたんだ。
そしてそれが意味するものは、
「もし落札できなかった場合のことを考えて、今のうちにクルミを強奪する作戦を考えておきなさい……!」
に違いない。
私は心を落ち着けて、あたりを見回した。
非常口の場所や、警備員さんのいる位置を確認する。
この位置からなら、ミントちゃんの身軽さがあればクルミちゃんを取り戻すのは簡単なはず……。
でも、問題はそのあと……どうやって逃げるかだ。
……あっ、そうだ!
横暴なお嬢様に嫌気がさした使用人のフリをして、私がイヴちゃんを人質に取るってのはどうだろう?
それで会場じゅうの人たちの気をそらしている間、ミントちゃんにこっそりクルミちゃんを取ってもらって、そのまま逃げてもらう……!
……うーん、我ながらグッドアイデアだと思うけど……例によってこすい絡め手だ。
イヴちゃんからは「アンタは悪巧みばっかりして」って呆れられてるけど……私は知らず知らずのうちに、本当の悪人になっちゃったんだろうか。
それはさておき……この作戦を成功させるためには、ミントちゃんの存在が不可欠。
でも、彼女の姿はぜんぜん見当たらない。
私はずっと、会場じゅうに視線をさまよわせて探してたんだけど……猫の尻尾みたいにぴょこぴょこしているあのポニーテールは、どこにもなかった。
ああ……ミントちゃんってば、いったいどこに行っちゃったんだろう……!
私が焦れているうちに、決戦オークションはかなりの所まで進んでいた。
「よぉし、アタシはここで、70万ゴールドよっ!」
ダァンとテーブルを叩いて叫ぶお嬢様の声に、私は我が耳を疑う。
「えっ!? イヴちゃん、そんなお金……! ヴッ!?」
脇腹を押さえてうずくまる私を、お嬢様はヘッドロックするように抱き込んできた。
「バカッ! 大声出すんじゃないわよっ! 予算オーバーだってことくらい、わかってるわよっ!」
「だ……だったらどうして……!?」
「ここまで来たら、後に引けるわけないじゃない! ウソでもなんでも、こんなヤツらに負けるわけにはいかないのよっ!」
……出た、イヴちゃんの負けず嫌い。
彼女はどんな勝負でも負けるのを嫌うんだ。
例えば、それ自体が勝敗を決めない先攻後攻を決めるジャンケンとかでも、負けると喉をかきむしって悔しがる。
こんな大勢が見ている勝負なら、なおのことだ。
それにポーカーとかで遊んでいる時でも、イヴちゃんは「降りる」ということを絶対にしない。
彼女のなかでは「降りる」イコール「負け」なんだ。
でも……それも踏まえて私は彼女に任せたんだから、信じてあげないと……!
「ううっ……わ、わかった……。でもイヴちゃん、ほどほどにしてね……?」
「そんな泣きそうな顔するんじゃないわ、わかってるわよ! よぉし、ここで80万ゴールドっ!」
ぜ……全然わかってない……!
もしお金がないのがバレちゃったら、どうなるんだろう……!?
もしかして、詐欺師とかの罪に問われちゃったりするんだろうか……!?
うううっ……!
ええい! もうどうにでもなれっ……!
もうアレコレ悩んでもしょうがないと思い、私は腹をくくった。
あんまりキョドキョドしてると怪しまれると思い、毅然とした態度を装う。
しかし……私がいくらそうしたところで無駄だった。
隣にいるシロちゃんが、凍死しそうなくらいにガタガタ震えていたからだ。
私はまわりにバレないように、そっとシロちゃんを抱き寄せる。
「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だい、じょぶ、しょ、か」
シロちゃんというより、アオちゃんて呼んだほうがしっくりくる……真っ青な顔のシロちゃん。
歯の根がぜんぜん合っていない。
彼女はウソがつけない性格だから、今の状況が怖くてたまらないんだろう。
「大丈夫、落ち着いてアオ……いや、シロちゃん。私とイヴちゃんを信じて」
「は、は、は、は、は、は、はひぃ」
こんな時こそ『とくんと君』なんだけど……今はダメだ。
だって私の心臓も高鳴ってるんだもん……こんなにバクバクしてるのを聴かせたら、シロちゃんは失神しちゃうよ……!
なんて思っていると、クロちゃんも私に寄り添ってきた。
「クロちゃんも、ドキドキしてる?」
私はドキドキを抑えながら尋ねると、クロちゃんは「特には」といつもの声で答えてくれた。
どうやら単純に、私のそばに来たかっただけのようだ。
一世一代の大勝負の最中だというのに、彼女だけはいつもの調子と変わりない。
そう……これは、私たちパーティにとって、世紀の大勝負……!
しかも……勝っても負けても、犯罪者になるのは免れない……!
進むも地獄、戻るも地獄の大一番……!
だったら……だったら……せめて……せめて勝ちたい……!
私は背後から、イヴちゃんの手を握りしめた。
そして大声で叫んだ。
「ここで、100万ゴールドっ!!」
『おおっと! ここで召使いさんからの入札で、100万ゴールドの大台に乗りましたっ! 10名の入札者が、ここで一気に減り……残りふたりになりましたぁっ!』
これ以上の入札をあきらめた大人たちが、決戦席から立ち上がり……すごすごとVIP席へと戻っていく。
私の入札で、金色のテーブルは一気にガラガラになった。
のこったひとりの相手は対面側に座っている。
こっち側の席はぜんぶ空いていたので、私はイヴちゃんの隣に腰掛けた。
イヴちゃんは唖然とした様子で、私を瞳に映している。
「イヴちゃんだけに大変なことをさせるわけにはいかないから……私にもやらせて! ……ねっ!?」
私は微笑むかわりにウインクを返した。
ちゃんとできていたかはわからないけど……かつて彼女にやり方を教えてもらったウインクを、今ここで……ここぞとばかりにお返ししたんだ……!
イヴちゃんは、ポッと頬を染めたかと思うと、
「めっ……召使いのクセにでしゃばるなんて、しょうがないわねぇ……!」
フンっとそっぽを向いて、渋々といった様子で許してくれた。




