表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
294/315

124

 今年の夏休みの最後、みんなで花火を買ってきて……ツヴィ女の校庭でプチ花火大会をやったんだ。


 その時イヴちゃんはのっけから、どう見てもそれは大トリでしょ、っていうでっかい打ち上げ花火に……何のためらいもなく火をつけたんだ。


 いきなり30万ゴールドの入札を叫んだ彼女を見る私は、きっとその時と同じ表情をしていたに違いない。


 イヴちゃんは私の視線に気づいて、肩を拳で小突いてくる。


「なんて顔してんのよ。いいこと? オークションってのはタイミングを見計らって、ガツンとでかい金額をぶつけてやるのがコツなの。その証拠に……ほら、ご覧なさい。二流のヤツらはみんな黙っちゃったでしょ」


 イヴちゃんが二流呼ばわりしたのは、私たちがいるシルバー席の人たちだった。

 でもたしかに、彼女の狙いは当たりだったのかもしれない。


 20万ゴールドだったところを、いきなり10万ゴールドアップの30万ゴールドになったので、誰もが怖気づいて札を降ろしてしまったようだ。


 シルバー席の人たちはそれであきらめてくれたようなんだけど……しかしゴールド席の人たちはまだみんな札を掲げている。


「31万!」「31万5千!」「32万!」「33万!」「34万っ!」


 そうこうしている間にも、どんどんクルミちゃんの値段はつり上がっている。


 イヴちゃんは悔しそうにギリッ、と歯噛みをしたが、もちろん札はおろさない。

 次の入札タイミングを伺っている。


「……うぅーん……35万っ!」


 悩むような入札の直後、彼女の瞳が、獲物を狙う獣のようにキラリンと輝いた。


「よぉしっ、ここで……! 50万よぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 天を衝くように札を掲げ、15万ゴールドアップを叫ぶイヴちゃん。


『早くも50万ゴールドまで到達しました! これはかつてないオークションの気配がします……! さあっ、いかがですか? このまま入札がなければ、聖剣はあのお嬢さんのものです!』


 囃し立てるオークショニアさん。


 ついにゴールド席の人たちにも、札を降ろす人たちが現れはじめた。

 私は心の中で祈った。シロちゃんなんかは跪いて祈っている。


 ……このまま、誰も入札しませんように……!


 しかし、私たちの想いはあっさりと崩されてしまう。


「それじゃあ……51万だっ!」


 ゴールド席の札はまばらに残り、再び入札の勢いを取り戻したんだ。


「51万1千!」「51万5千!」「52万!」「52万5千!」「52万……8千!」


 ああ……まだ続くのかぁ……。

 私はがっくりと肩を落としたんだけど、イヴちゃんはまだまだといった様子で不敵に笑っている。


「よし……! だいぶ入札幅が小さくなったわね……!」


 どうやら想定の範囲内のようだ。

 よくわからないけど、彼女なりのオークションテクニックがあるらしい。


 よくわかんないけど、さすが『お姫様』ってカンジ……!

 私は感心しながらイヴちゃんの横顔を見つめる。


 戦場にいる姫騎士のような勇ましい彼女に惚れ直していると、さらに吠えた。


「ここでっ……! 55まぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 魔物を薙ぎ払うように、札をビュンと振りかざすイヴちゃん。


『このオークションは、嵐の予感をひしひしと感じさせます! あのお嬢さんがキャスティングボートとなって、海の女神のように荒波を起こし……! 他の入札者に試練を与えているかのようです! ついに55万ゴールドの値がつきました!』


 オークショニアさんはまくしたてながら、同時に目測で、残った札の数を数えていた。


『おっと! ここで、入札希望者がちょうど10名様になりました! いよいよ決戦入札となります! 入札希望者の方々は、前の決戦席までお越しください!』


 巻き起こる拍手。

 イヴちゃんはシルバー席における希望の星のように、羨望の眼差しを受けながら歩きだす。


 私はシロちゃんとクロちゃん、そして観客と一緒になって、拍手とともに彼女を見送る。

 しかしイヴちゃんはふと振り返ると、ドスドスと駆け戻ってきた。


「ちょ、なにやってんのよ!? アンタたちも一緒に来るのよ!」


「ええっ!? 私たちも!? なんでっ!?」


「なんでって、当たり前でしょうが! 入札で負けるようなことがあったら、クルミをかっさらうために決まってるでしょ!」


「あっ!? そ……そっか……!」


 どうやらイヴちゃんは、最終手段のことまで考えていたようだ。


 私はシロちゃんとクロちゃんを見る。

 ふたりとも、決意をしたように頷き返してくれた。


 あとは、ミントちゃんなんだけど……ミントちゃんの姿はいつの間にか消えていた。

 あたりを見回してみても、ぜんぜん見当たらない。


 でも……最終手段を取るとなると、ミントちゃんの身軽さは欠かせないんじゃ……。


「ど……どうしようイヴちゃん!? ミントちゃんがいないよ!?」


「うぅん……こんな大事な時にどこ行っちゃったのよ、あのバカ……! しょうがない、今は決戦席のほうに行くわよ!」


 イヴちゃんはステージのほうに向かって再び歩きだす。

 私たちは慌てて彼女の後を追った。


 クルミちゃんが飾られているステージ、決戦席はその手前にある。

 重厚な金色の長テーブルで、その前には王様が座りそうな豪華な席が並べられている。


 落札者として残ったVIP席の人たちは、給仕の人たちから席を引いてもらって、次々と腰掛けていた。

 イヴちゃんには給仕さんはいないんだけど、シロちゃんが率先して席を引いてあげている。


 キラキラの刺繍が入ったタキシードやら、鳥みたいな羽根のついたドレスを身にまとうライバルたち。


 その中で革鎧という、ひとり場違いな格好をしているイヴちゃん。

 しかし席に座っているVIPの誰よりも態度が大きい。


 私とシロちゃんとクロちゃんは、彼女の応援団のように後ろに控える。

 普通、決戦席に来るのはひとりだけなのに、私たちは4人がかりだったので、かなり目立っていた。


 それがあまりにも珍しいことだったのか、わざわざオークショニアさんがステージを降りてくる。


『おやおや、お嬢さんたちは4人がかりでの参加かな?』


 インタビューをするように、イヴちゃんに拡声棒を向けてきた。


『正確には、参加するのはアタシだけね。後ろのは召使いよ』


 親指で席の後ろを示しながら、当たり前のように言ってのけるイヴちゃん。


 私は「うぐっ」となったが、ここは黙って従うことにする。


 シロちゃんは「イヴさんが、わたくしを召使いとおっしゃってくださるなんて……!」と目を輝かせている。

 どこに感激する要素があるんだろう。


 クロちゃんは召使いというよりも、お嬢様をそそのかす悪い魔法使いのように無言で佇んでいた。

 いつもの彼女ではあるんだけど、こうしてると影の黒幕っぽい。


『おお! 3人も召使いを同行させるとは……きっと名家のお嬢さんのようです!』


 そして、なぜか巻き起こる拍手。

 イヴちゃんは手を挙げて、有名人のように振り返していた。


『このオークションではおそらく初めての、かわいらしい入札希望者をご紹介したところで……改めて確認しましょう。聖剣の現在価格は55万ゴールドで、入札希望者が10名様となりましたので、決戦入札となりました。ここでの入札は55万ゴールドからスタートとなりますが、一度でも入札された場合、最後に入札した額を、落札できなくても支払っていただきます』


 渋い声で、ゆっくりと区切りながら、噛んで含めるように説明するオークショニアさん。


 おそらく『落札できなくても入札額を支払う』という点を強調したいんだろう。

 すでに55万ゴールドの値段がついてるから、ここで一度でも入札した場合……最低でも55万ゴールドを払わなくちゃいけないってことだ。


 モノは手に入らないかもしれないのに、お金だけは払わなくちゃいけないなんて……考えれば考えるほど異常なルールだと思う。

 でも……この着飾った大人たちの前だと、55万ゴールドという大金が550ゴールドくらいに思えてくるから不思議だ。


『……ご納得いただけましたね? それでは……女神ミルヴァルメルシルソルドが創りし聖剣を、手にするのはどなた様か……? まさに女神の審判ともいえる、この最後のオークション……いよいよ再開となります……! 55万ゴールドから、スタートですっ!!』


 オークショニアさんがバッ! と手をかざした瞬間、部屋の明かりが全て落ちた。


 スポットライトが焚かれ、決戦席と、クルミちゃんが照らし出される。


 天井からふりそそぐ光を浴びるクルミちゃんは、まるで洞窟の中で初めて出会った時のように、神秘的な輝きを放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★クリックして、この小説を応援していただけると助かります!
小説家になろう 勝手にランキング
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=680037364&s script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ