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今年の夏休みの最後、みんなで花火を買ってきて……ツヴィ女の校庭でプチ花火大会をやったんだ。
その時イヴちゃんはのっけから、どう見てもそれは大トリでしょ、っていうでっかい打ち上げ花火に……何のためらいもなく火をつけたんだ。
いきなり30万ゴールドの入札を叫んだ彼女を見る私は、きっとその時と同じ表情をしていたに違いない。
イヴちゃんは私の視線に気づいて、肩を拳で小突いてくる。
「なんて顔してんのよ。いいこと? オークションってのはタイミングを見計らって、ガツンとでかい金額をぶつけてやるのがコツなの。その証拠に……ほら、ご覧なさい。二流のヤツらはみんな黙っちゃったでしょ」
イヴちゃんが二流呼ばわりしたのは、私たちがいるシルバー席の人たちだった。
でもたしかに、彼女の狙いは当たりだったのかもしれない。
20万ゴールドだったところを、いきなり10万ゴールドアップの30万ゴールドになったので、誰もが怖気づいて札を降ろしてしまったようだ。
シルバー席の人たちはそれであきらめてくれたようなんだけど……しかしゴールド席の人たちはまだみんな札を掲げている。
「31万!」「31万5千!」「32万!」「33万!」「34万っ!」
そうこうしている間にも、どんどんクルミちゃんの値段はつり上がっている。
イヴちゃんは悔しそうにギリッ、と歯噛みをしたが、もちろん札はおろさない。
次の入札タイミングを伺っている。
「……うぅーん……35万っ!」
悩むような入札の直後、彼女の瞳が、獲物を狙う獣のようにキラリンと輝いた。
「よぉしっ、ここで……! 50万よぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
天を衝くように札を掲げ、15万ゴールドアップを叫ぶイヴちゃん。
『早くも50万ゴールドまで到達しました! これはかつてないオークションの気配がします……! さあっ、いかがですか? このまま入札がなければ、聖剣はあのお嬢さんのものです!』
囃し立てるオークショニアさん。
ついにゴールド席の人たちにも、札を降ろす人たちが現れはじめた。
私は心の中で祈った。シロちゃんなんかは跪いて祈っている。
……このまま、誰も入札しませんように……!
しかし、私たちの想いはあっさりと崩されてしまう。
「それじゃあ……51万だっ!」
ゴールド席の札はまばらに残り、再び入札の勢いを取り戻したんだ。
「51万1千!」「51万5千!」「52万!」「52万5千!」「52万……8千!」
ああ……まだ続くのかぁ……。
私はがっくりと肩を落としたんだけど、イヴちゃんはまだまだといった様子で不敵に笑っている。
「よし……! だいぶ入札幅が小さくなったわね……!」
どうやら想定の範囲内のようだ。
よくわからないけど、彼女なりのオークションテクニックがあるらしい。
よくわかんないけど、さすが『お姫様』ってカンジ……!
私は感心しながらイヴちゃんの横顔を見つめる。
戦場にいる姫騎士のような勇ましい彼女に惚れ直していると、さらに吠えた。
「ここでっ……! 55まぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
魔物を薙ぎ払うように、札をビュンと振りかざすイヴちゃん。
『このオークションは、嵐の予感をひしひしと感じさせます! あのお嬢さんがキャスティングボートとなって、海の女神のように荒波を起こし……! 他の入札者に試練を与えているかのようです! ついに55万ゴールドの値がつきました!』
オークショニアさんはまくしたてながら、同時に目測で、残った札の数を数えていた。
『おっと! ここで、入札希望者がちょうど10名様になりました! いよいよ決戦入札となります! 入札希望者の方々は、前の決戦席までお越しください!』
巻き起こる拍手。
イヴちゃんはシルバー席における希望の星のように、羨望の眼差しを受けながら歩きだす。
私はシロちゃんとクロちゃん、そして観客と一緒になって、拍手とともに彼女を見送る。
しかしイヴちゃんはふと振り返ると、ドスドスと駆け戻ってきた。
「ちょ、なにやってんのよ!? アンタたちも一緒に来るのよ!」
「ええっ!? 私たちも!? なんでっ!?」
「なんでって、当たり前でしょうが! 入札で負けるようなことがあったら、クルミをかっさらうために決まってるでしょ!」
「あっ!? そ……そっか……!」
どうやらイヴちゃんは、最終手段のことまで考えていたようだ。
私はシロちゃんとクロちゃんを見る。
ふたりとも、決意をしたように頷き返してくれた。
あとは、ミントちゃんなんだけど……ミントちゃんの姿はいつの間にか消えていた。
あたりを見回してみても、ぜんぜん見当たらない。
でも……最終手段を取るとなると、ミントちゃんの身軽さは欠かせないんじゃ……。
「ど……どうしようイヴちゃん!? ミントちゃんがいないよ!?」
「うぅん……こんな大事な時にどこ行っちゃったのよ、あのバカ……! しょうがない、今は決戦席のほうに行くわよ!」
イヴちゃんはステージのほうに向かって再び歩きだす。
私たちは慌てて彼女の後を追った。
クルミちゃんが飾られているステージ、決戦席はその手前にある。
重厚な金色の長テーブルで、その前には王様が座りそうな豪華な席が並べられている。
落札者として残ったVIP席の人たちは、給仕の人たちから席を引いてもらって、次々と腰掛けていた。
イヴちゃんには給仕さんはいないんだけど、シロちゃんが率先して席を引いてあげている。
キラキラの刺繍が入ったタキシードやら、鳥みたいな羽根のついたドレスを身にまとうライバルたち。
その中で革鎧という、ひとり場違いな格好をしているイヴちゃん。
しかし席に座っているVIPの誰よりも態度が大きい。
私とシロちゃんとクロちゃんは、彼女の応援団のように後ろに控える。
普通、決戦席に来るのはひとりだけなのに、私たちは4人がかりだったので、かなり目立っていた。
それがあまりにも珍しいことだったのか、わざわざオークショニアさんがステージを降りてくる。
『おやおや、お嬢さんたちは4人がかりでの参加かな?』
インタビューをするように、イヴちゃんに拡声棒を向けてきた。
『正確には、参加するのはアタシだけね。後ろのは召使いよ』
親指で席の後ろを示しながら、当たり前のように言ってのけるイヴちゃん。
私は「うぐっ」となったが、ここは黙って従うことにする。
シロちゃんは「イヴさんが、わたくしを召使いとおっしゃってくださるなんて……!」と目を輝かせている。
どこに感激する要素があるんだろう。
クロちゃんは召使いというよりも、お嬢様をそそのかす悪い魔法使いのように無言で佇んでいた。
いつもの彼女ではあるんだけど、こうしてると影の黒幕っぽい。
『おお! 3人も召使いを同行させるとは……きっと名家のお嬢さんのようです!』
そして、なぜか巻き起こる拍手。
イヴちゃんは手を挙げて、有名人のように振り返していた。
『このオークションではおそらく初めての、かわいらしい入札希望者をご紹介したところで……改めて確認しましょう。聖剣の現在価格は55万ゴールドで、入札希望者が10名様となりましたので、決戦入札となりました。ここでの入札は55万ゴールドからスタートとなりますが、一度でも入札された場合、最後に入札した額を、落札できなくても支払っていただきます』
渋い声で、ゆっくりと区切りながら、噛んで含めるように説明するオークショニアさん。
おそらく『落札できなくても入札額を支払う』という点を強調したいんだろう。
すでに55万ゴールドの値段がついてるから、ここで一度でも入札した場合……最低でも55万ゴールドを払わなくちゃいけないってことだ。
モノは手に入らないかもしれないのに、お金だけは払わなくちゃいけないなんて……考えれば考えるほど異常なルールだと思う。
でも……この着飾った大人たちの前だと、55万ゴールドという大金が550ゴールドくらいに思えてくるから不思議だ。
『……ご納得いただけましたね? それでは……女神ミルヴァルメルシルソルドが創りし聖剣を、手にするのはどなた様か……? まさに女神の審判ともいえる、この最後のオークション……いよいよ再開となります……! 55万ゴールドから、スタートですっ!!』
オークショニアさんがバッ! と手をかざした瞬間、部屋の明かりが全て落ちた。
スポットライトが焚かれ、決戦席と、クルミちゃんが照らし出される。
天井からふりそそぐ光を浴びるクルミちゃんは、まるで洞窟の中で初めて出会った時のように、神秘的な輝きを放っていた。




