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『……私は聖剣に導かれ、森を出ました。そこで行き倒れとなっていたクンストゥーを助けたのです。感激したクンストゥーは私にできあがったばかりの絵をくれました。それが先に出品していた、はばたく女神の絵なのです……!』
ステージ上のオジサンの雄弁は続く。
私とイヴちゃんは、ふたりしてギリギリ歯ぎしりをしていた。
『聖剣と絵画を持って、私はこのツヴィートークの街を目指しました。街が見えたとたん、安堵が私を包みました。……しかしっ! 困難続きの私の旅は、これで終わりではなかったのです! なんとなんと、街の前に普段はいないグリフォンがいて……今にも街に襲いかかろうとしていたのです!』
んまぁ……!? という上品な驚きが、VIP席から沸き起こる。
『コイツをこのまま行かせては、街に大変な被害が出てしまう……! でも相手は、村ひとつをも簡単に滅ぼしてしまうという魔獣グリフォン! しかし幾多の困難を乗り越えてきた私に、もはや迷いはありませんでした……! その場から逃げだすことは容易でしたが、私の正義の心がそれを許さなかったのです!』
握りこぶしを固め、決意に満ちた瞳で天を仰ぐオジサン。
たぶん、グリフォンに立ち向かっている勇敢な自分を表現しているんだろう。
『するとどうでしょう、私の腰に携えていた聖剣が語りかけてきたのです! 「あなたは真の勇者……いまこそあなたの想いに応えましょう、さぁ、私を抜くのです」と……! 私は聖剣に導かれるように、剣を引き抜きました。襲いかかってくるグリフォンをひと薙ぎすると、夕暮れの空を切り裂くような光を放ち……手強い魔獣をまっぷたつに葬り去ったのです!』
するとここで、オークショニアの人が合いの手を入れてきた。
『おお……! 今日の夕方、天を突くような光が伸びたあと、扇状の軌跡を描いたという号外が街をにぎわせましたが……! それはあなたの正義の一撃だったのですね……!』
おおーっ!? という驚きの声と、拍手が巻き起こる。
『現場に衛兵が駆けつけた頃には誰もいなかったそうですが、グリフォンから街を救った勇者となれば英雄の扱いを受けるのに……なぜ、あなたは姿を隠されたのですか?』
オークショニアさんに尋ねられ、オジサンは照れたように頭を掻いた。
『いや……お恥ずかしい。本当は黙っていようかと思ったのですが、つい、興が乗って話してしまいました。姿を隠したのは、私は地位や名誉に興味がないからです。街が魔獣から救われたのであれば、それだけでじゅうぶんだと思っています』
さらに大きな拍手が、オジサンを包み込む。
『さすが聖剣から認められたお方……! いやはや、なんとも素晴らしいお考えをお持ちのようですね……! ところで、先程から参加者の方々から質問があがっているのですが……本当に言葉を話す聖剣なのですか?』
『ええ、もちろんです。私は決してウソをつきません。じゃあ……声をお聞かせしましょうか。本来は落札者の方だけの特権なのですが……特別に少しだけ』
オジサンがそう言ったとたん、会場じゅうが静まり返った。
聖剣の声が聞ける、と誰もが耳をすましている。
私とイヴちゃんの歯ぎしりの音だけが、ノコギリが囁いているように響く。
まわりの大人たちは迷惑そうな顔をしていたが、イヴちゃんがよっぽど怖い顔をしていたのか、誰からも文句を言われなかった。
『では、一瞬だけですよ、よぉーく聞いてくださいね』
クルミちゃんに歩み寄ったオジサンは、柄に巻きつけているロープに手をかける。
ロープがしゅるりと緩んだ途端、
「り……リリぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
クルミちゃんの絶叫が、会場じゅうに響きわたったんだ……!
「ボクは、ここにっ……! むがぐぐぐっ!?!?」
オジサンは慌ててロープを巻き、クルミちゃんを再び口封じしようとする。
私の身体の中で、火山が爆発していた。
噴火するように頭に血がのぼり、自分が自分でなくなったような感覚にとらわれる。
次の瞬間、我が子の鳴き声を聞いた母ライオンのように、猛然と飛び出していた。
ステージに殴り込んで、いますぐにクルミちゃんをかっさらってやる……!
一も二もなく、そう思っていた。
だけど最初の一歩あたりで、ストッキングを被せられて引っ張られたような抵抗感が、私の顔を襲う。
私の顔を背後からガッと掴んで、指をめりこませていたのは……イヴちゃんだった。
「ふんぎゅっ!? い……イヴひゃん!? は、はなひて! はなひてよぉ!?」
彼女の指で口がビロンと広げられていたので、変な声になってしまう。
「いいや、離さないわよ! アンタみたいなのが殴り込んでいっても、あっさり警護に取り押さえられるのがオチよ! そうなったら全部台無しだってのがわからないの!?」
「う……ううっ!」
イヴちゃんに咎められ、私は身体の力を抜いた。
ずっと冷静なつもりだったのに……クルミちゃんの助けを求める声を聞いたとたん、いてもたってもいられなくなっちゃった……。
私はたまにそういうところがある。
友達が嫌な目にあっていると、どんな相手でも掴みかかっていっちゃうことがあるんだ。
本当に前後の見境がつかなくなって、すごく偉い相手……たとえば聖堂主様とかでもおかまいなし。
かつて聖堂主様がシロちゃんを「忌み子」扱いをしたとき、首を締めたことがある。
聖堂主様の首を締めるなんて、絶対に許されないこと……本当だったら牢屋に入れられて、処刑されてもおかしくないほどの重罪。
でも……聖堂主様は私を叱るくらいで許してくれた。
うう……これじゃ、イヴちゃんのことをケンカっ早い女の子なんて言えないよぉ……。
きっかけがわかりにくい分、イヴちゃんよりタチが悪いかもしれない……。
私は深い自己嫌悪に陥りそうになったけど、途中あることに気づき「あれ?」となった。
「あの、イヴちゃん……抑えてくれてありがとう。でもなんで、私が飛びかかっていくのがわかったの?」
シロちゃんに借りたハンカチで、指を拭いているイヴちゃん。
私が尋ねると、彼女はなぜか面白くなさそうに鼻息を吐いた。
「フン、単純バカのアンタの行動なんてお見通しよ。アンタって、アンタ自身はどんなに目にあってもノホホンとしてるくせに、仲間がバカにされたり、痛い目にあってると怒るでしょ」
「えっ……? そ……そうかなぁ……?」
そう言われても、あまり実感が沸かなかった。
しかしイヴちゃんは本当にどうでもよさそうに、溜息をつく。
「まぁ、アンタが何で怒ろうとアタシはどうでもいいけどね。それよりも、そろそろ入札が始まるわよ」
そう言われて、私は当面の問題を思い出す。
そうだ、私の怒りのきっかけが何かなんて、今はどうでもいいんだ……!
それよりも、クルミちゃんを助けなきゃ……!
『聖剣の美声も確認できたところで、そろそろ入札とまいりましょうか。では、女神ミルヴァルメルシルソルドが創ったとされ、人語を話し、そして魔獣グリフォンをもまっぷたつにするという聖剣……! この見目麗しい、武器というよりも芸術品のような剣を、手にするのはいったいどなたなのか……!? では、1万ゴールドよりスタートです!』
オークショニアさんのスタートの合図とともに、そこかしこから声があがる。
「1万5千!」「2万!」「3万!」「6万!」「こっちは10万だ!」
あっという間に10万ゴールドの値がついた。
その流れの速さに、私とシロちゃんは「えっ、えっ!?」とキョロキョロするばかり。
「12万!」「15万だ!」「うぅん……20万!」
息つく間もなく、20万ゴールドになる。
ここで、イヴちゃんが動いた。
「アタシは……30万よぉーーーーーーーーーっ!!」
闘気術を彷彿とさせる声量に、あたりは水を打ったように静まり返る。
い……いきなり予算の半分をつぎ込んじゃうなんて……大丈夫? イヴちゃん……。
なんて他人事みたいに、私は思っていた。




