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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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120

 私たちは姫亭へと向かう。

 看板犬ジョンの熱烈歓迎を受け、再び顔を唾液まみれにしたあと、いつもの席へと座った。


 店のいちばん奥にある5人がけの丸テーブルが、私たちの専用席。

 たまにゲストがある場合は、椅子をいっこ借りてきて6人がけにするんだ。


 今回は6人目の椅子に、クルミちゃんを……と思ってたんだけど、それはまだ叶っていない。

 絶対に彼女をここに座らせるぞ、と私は決意を新たにする。


 それにしても……ジョンも、店内も、テーブルも、この椅子も……なにもかもが懐かしい……!

 そんなに長いこと離れてたわけじゃないのに、まるで何年かぶりの我が家に帰ってきたみたいだ……!


「あら、みんな、ひさしぶり~! 修学旅行が終わっても姿が見えなかったから、どうしちゃったのかと思ったわ!」


 注文を取りに来たお姉さんも、久しぶりに会えて嬉しそうだ。


 久しぶりの、姫亭での注文……私はアイスティー、イヴちゃんはホイップショコラドリンク、ミントちゃんはオレンジジュース、シロちゃんはホットミルク、クロちゃんはコーラ。


 そしてお昼ゴハンと晩ゴハンをかねて、パーティサンドとパーティサラダ、野菜チップスを大盛りで頼んだ。


 運ばれてきたサンドイッチを、競争するみたいにガツガツと頬張る。

 大きなサンドイッチをひとつ、飲み物で流し込み……みんなでぷはぁ~っ! と一息つく。


 ひと心地ついたところで、私はみんなを見回しながら切り出した。


「じゃあ、クルミちゃん救出作戦だけど……いいアイデアはある?」


 最初に応じてくれたのは、控えめに手をあげたシロちゃんだった。


「あの……聖堂主様にご相談するというのは、いかがでしょうか……?」


 しかしそれに異を唱えたのは、腕組みしながら唸るイヴちゃんだった。


「うーん、確実ではあるけど……ここまで自力で来たのに、最後の最後で誰かの手を借りるなんてイヤだわ。それは最終手段にしましょ」


 それには私も賛成だった。

 聖堂主様に相談すれば、きっとミルヴァちゃんの耳にも届いて大きな力が動くことになるだろう。


 ツヴィートークじゅうの衛兵さんが総動員されて、港が大捜索されるはず。

 保護されたクルミちゃんはそのまま、ミルヴァちゃんの元へと運ばれて……めでたしめでたし。


 それは確実にクルミちゃんを取り戻せる手段ではあるんだけど……同時にこの件は、私たちの手からも離れてしまうことになる。


 ここまで来たからには、なんとしても自分たちがクルミちゃんを届けてあげたい。


 それにクルミちゃんと約束したんだ。

 私たちの冒険に、たまにクルミちゃんを同行させてもらえるよう、ミルヴァちゃんに頼んであげる、って……!


 だから、大人たちに任せちゃうわけにはいかないんだ。

 いままでの道中、さんざん借りてきたような気もするけど……それはまぁおいといて、なんとかして私たちの力だけで、ミルヴァちゃんを取り戻すんだ……!


 それから私たちは、ふたつめのサンドイッチをパクつきながら、多くのアイデアを出し合った。


「……オークションが始まる前に、クルミちゃんがいる場所を突き止めて、こっそり助け出すっていうのは?」


「簡単に言うけど、どっちも大変じゃない。オークションが始まるまでに間に合うの?」


「じゃあさ、オークション会場で助けるってのは? クルミちゃんが出てきた瞬間に、サッ! って!」


「それはオークション強盗にあたる」


「そうね。アタシたちからすると『助け出す』だけど、まわりから見れば『強奪』ってことになるわね」


「はい、そうなると、門番の方たちにもご迷惑がかかってしまいます」


「こっそりもらっちゃえばー?」


「そっか、おおっぴらに助けるのは無理だけど、ミントちゃんにオークション会場に忍び込んでもらって、出品前のクルミちゃんを助けてもらえば……」


「そ、それは……ミントさんに、盗みをしていただくわけには……」


「あ……そうかぁ……!」


 私は顔を抑え、「あちゃあ」と天を仰いだ。


 ミントちゃんなら多分……オークション会場に忍び込んで、こっそりとクルミちゃんを盗ってくることができるだろう。

 でも……彼女には『人のものを盗っちゃいけない』ってシロちゃんと一緒に教えたんだった。


 出会ったばかりの頃のミントちゃんには善悪の区別がなくて、「なんでミントがほしいものをもらっちゃだめなのー?」となかなか理解してくれなかった。


 私はシロちゃんとふたりでいろいろ手を尽くし、彼女に「人のものは盗っちゃダメ」というのを教えてあげたんだ。

 以降、ミントちゃんは人のものを黙って持ってくることはなくなった。


 必ず、「これ、もらっていーい?」と聞いてくれるようになったんだ。


 そんなミントちゃんに再び盗みをさせたら、彼女の価値観はまた崩壊してしまうかもしれない。

 それだけは、絶対に避けないと……!


 ついにデザートまでつつきながら、私たちはさらに多くのアイデアを出し合ったんだけど……これは! というのは出てこなかった。


「うーん、やっぱり……オークションで落札するしかないのかなぁ……」


「落札できれば、クルミさん自身に私たちのことを証明していただけるかもしれませんね」


「盗品だと証明できれば、盗んだオッサンもとっ捕まえられるし、落札にかかったお金も返してもらえるでしょうね……でも、どうやって落札すんのよ」


「うーん、みんなのおこづかいを集めれば、なんとかできないかなぁ?」


「そういうアンタはお金あんの?」


「いまは一文無しだけど、寮に帰れば『魔法の胸当て貯金』があるよ」


 ちなみに姫亭ではツケがきくので、一文無しでも無銭飲食にはならない。


「いくらあんのよ?」


「えーっと、2万ゴールドくらいはあるかなぁ?」


 ちなみに私が狙っている魔法の胸当ては、36万ゴールドもする。


「たったそれっぽっちで、くらい、なんて言うんじゃないわよ」


「イヴちゃんはいくらもってる?」


「うーん、10万くらいなら……」


「わたくしも、そのくらいあります」


「右に同じ」


「なんだ、じゃああわせて32万ゴールドもあるじゃない! お願い! みんなのお金をちょっと貸して! 落札できたら盗難証明で戻ってくるし、落札できなくても戻ってくるからいいでしょ!?」


「……戻ってこないわよ」


「えっ、なんで? イヴちゃん」


「会場の掲示板に『ベットオークション』って書いてあったでしょ。アレは落札できなくても、入札に使ったお金を払わなくちゃいけないの」


「ええっ!? そうなのぉ!?」


「そうよ。『ベットオークション』って、金があまってしょうがないヤツらのギャンブルみたいなものなのよ」


「ううっ……それでもいいっ! みんな、貸して! もしお金が無駄になっちゃっても、私がコツコツ返すから!」


「わたくしは、差し上げてもかまいませんが……」


「右に同じ」


「甘やかすんじゃないわよシロクロ。アタシは返してもらうわよ。ふたりの分までまとめてキッチリ取り立てるからね?」


「ううっ……最悪、身体で返すよ……」


「バカっ! アンタの身体なんていらないわよっ!」


「ミントもあげるー!」


「ミントちゃんのおこずかいも? ううん、別にいいよ」


「やだぁ! ミントもあげたーい!」


 私は、わずかであろうミントちゃんのおこずかいまで借りるつもりはなかった。

 でもミントちゃんは「みんなといっしょがいいー!」と聞かなかったので、なだめる意味で貸してもらうことにする。


 サンドイッチの付け合せのパセリまですっかり平らげた私たちは、姫亭をあとにして寮に戻った。


 各々の部屋で貯金を持ってきてもらったんだけど、ミントちゃんは「おもいからきてー」と部屋に呼び出してくる。


 みんなしてミントちゃんの部屋に向かうと、おもちゃ箱に混ざって大きな宝箱がデンと置いてあった。


 ミントちゃんがピッキングの練習に使っている宝箱で、上に小さな穴が空いている。

 どうやら貯金箱としても使っているらしい。


 ミントちゃんは二本のピンを使って、あっさりと宝箱を解錠すると……よっこらしょ、と重そうにフタを開いていた。


 そして部屋中にあふれ出す、黄金色の光。


 ぎっしりと詰まったゴールド硬貨に、私たちは口をあんぐりさせたまま固まってしまった。

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