29
五人分のデコピンを賭けて、私たちは丘から見えた小島へと向かった。
小島は少し離れていたが木が倒されて天然の橋かかっており、簡単に渡ることができた。
島に上陸するとハナカイドウによるピンク色のゲートが迎えてくれて、思わず疲れも空腹もデコピンも忘れて見とれてしまう。
みごとな満開を見上げながら更に進もうとすると、クロちゃんにツンツンされた。視線をやると彼女は奥のほうで蠢いている人影を指さしていた。
慌ててそばにあった茂みに隠れ、まだ気づかずに進もうとする三人を後ろから引っ張り込んだ。
折り重なる木々の間からこっそりと様子を伺ってみると……思わず息を呑んでしまった。
……その人影は、ゴブリンだった。
少し離れた切株の上に腰掛け、ハナカイドウの実を貪るようにかじっている。
軽いデジャヴを覚えていると……隣ですぅ~っ、と息を吸い込んだイヴちゃんが、
「どんだけえぇえぇーっ!」
突如、天に向かって吼えた。
「リンゴがあぁー好きなのよおぉぉーっ!」
ブロンドのツインテールに似合わぬエキセントリックなツッコミを叫んだかと思うと、木々を蹴散らすようにして茂みの中から飛び出していった。彼女愛用の身の丈ほどもある大剣を引きずり、真っ赤なビキニに包まれた胸をゆさゆさ揺らしながら、ゴブリンめがけて突撃をはじめる。
突然の出来事に呆気にとられるゴブリン。その手からハナカイドウの実がぽろりとこぼれ落ちる。
無理もない、静かなところで実を食べていたら大剣を持った女の子が、しかもビキニ姿でツッコミを入れながら襲いかかってきたのだ。
今しがたまで一緒にいた私たちですら若干引き気味……だったけど、今回はちょっと違う。
私は残ったみんなのほうを向いて、
「クロちゃん! エンチャントのあとファイヤーボールお願い! 遠慮せずに撃っていいからね!」
「シロちゃん! 回復をお願い! 特にイヴちゃんを重点的に!」
「ミントちゃん! この前みたいに後ろからよろしく!」
みんなに指示を終えると茂みから出る。マントがないので引っかかることもなく颯爽と踊りだせたのでその勢いで走り出した。
スピードがのってきたところで剣の先っちょにポッと火が灯る。早速エンチャント呪文をかけてくれたようだ。
イヴちゃんを見るとすでに上段斬りの構えをとっており、
「どぉぉおーぉーりゃあぁぁぁっ!」
奇声……じゃなくって、『闘気術』を放ちながら全体重を乗せた渾身の一撃を振り下ろした!
しかし二回目ともなる我に返る時間も早く、ゴブリンは多少の余裕をもってその一撃をかわす。
ドガッという鈍い音とともにあたりに木片を撒き散らし、大剣は切株にめりこんだ。
次はゴブリンのターン! 短剣を構えたゴブリンがイヴちゃんに斬りかかろうとした瞬間、
「ええいっ!」
私がシールドチャージでその間に割り込んだ。
水着姿の私たちは極限の無防備ともいえる状態だ。ここは盾のある私がなるべく攻撃をひきつけて、ダメージを減らさないと。
そんな守備力ほぼゼロの私たちとは対照的に、ゴブリンは自作したと思われる鎧を身に着けていた。ブリキ板を鎖でつなぎあわせた簡単なもので守備力はそれほど高くはなさそうで……リンゴを入れるブリキ箱を使ったらしく、ところどころにリンゴのマークがついている。
まるでリンゴの広告塔みたいになっているゴブリンは、狙い通りターゲットを私に変更してきた。
「ギャア! ギャアッ!」
怒りにまかせた突きの連打。私は落ち着いてそれらを盾で受け止める。畑で戦ったときと違って今回は仲間がいる……あせって攻撃せず、防御に専念して味方の援護を待てばいい。
気をひいてるこのスキに、切株に刺さった大剣を抜いてくれれば……と思いながらチラリ見る。イヴちゃんは腰を落として大剣の間に肩当てをもぐりこませたかと思うと、
「おぉいさぁー!」
テコの原理を利用して、一気に引き抜いた。
なるほど、そのための肩当てだったのか……! と思っていると、ゴブリンの背後にミントちゃんがソロリソロリと近寄ってきていた。頭には藁人形……じゃなくてストローを乗せており、ふたりがかりで様子を伺っている。
そのふたりの瞳……藁人形に目はないけど、キラリと輝いたように見えた次の瞬間、ストローが勢いよくジャンプして、ゴブリンの短剣を持つほうの手首にしがみついた。それに続いて、ミントちゃんも跳ぶ。
手に違和感を感じたゴブリンは払うように短剣を動かしながら振り向こうとする。そこには最悪のタイミングで飛び込んでくるミントちゃんが……!
ゴブリンの腰袋に手をかけ、かすめ取ろうとしたその肩口に、短剣が刺さる。空中のミントちゃんはよけることもできず、そのまま肩から肘にかけて、二の腕に線を引くようにスッパリと切り裂かれた。鮮血が飛沫のように噴出する。
受身も取れずに変な体勢で地面に叩きつけられたミントちゃんは、
「いったあぁーい!」
血が噴出する腕を押さえて悶絶した。
やばい、回復しないと! と、シロちゃんのほうを見ると……ちょうどすっ転んだばかりのような体勢で、地に伏していた。 ……あっちも最悪のタイミングみたいで、一気に大ピンチに陥る。
ゴブリンは倒れたミントちゃんに追撃しようと、飛びかかる寸前だった。
「させるかぁーっ!」
私はふたりの間に割り込むべく、無我夢中でダッシュする。
「ギャアーッ!」
ミントちゃんめがけて跳ぶゴブリン。その間にすべりこむ私。空中での斬りかかり途中を盾で受け止める。
ガキン! という金属どうしの衝突音と、強い衝撃。思わずよろめいてしまったが、なんとか追撃を阻止できた。
私の足元に倒れているミントちゃんに目をやると、柔らかい光に包まれていた……これは、回復呪文!
シロちゃんのほうを見ると、倒れた状態で顔だけこちらに向けて、必死に呪文を唱えている。いつもなら、転んだ拍子になくした眼鏡を探すだけで終わっていた彼女だったが、新たにつけたチェーンのおかげて、すぐに眼鏡を回収できたようだ。
「いったくなぁーい!」
回復呪文によっていつもの元気を取り戻した彼女は素早く起き上がり、離れていった。その手には奪った腰袋をちゃっかりと持っている。
私が立ちふさがっているせいで、ミントちゃんを追うことができないゴブリンは、
「ギャアァ!」
目と牙をこれ以上ないくらい剥いて私を威嚇した。そんな顔をされても、怖くない。だって、私には、みんなが……、
「アンタの相手は……こっちよぉぉーっ!」
そのうちのひとりのイヴちゃんが、ゴブリンの背後からいどみかかる。
横振りの構えを見た私は、あわてて伏せると、
「そぉぉーりゃあああーっ!」
イヴちゃんのかけ声とともに頭のてっぺんを、大剣がギリギリかすめていった。
「グギャア!」
ゴブリンも寸前でかわしたようだったが、切っ先が触れたようだった。
……バカーンッ! 大剣がかすめた衝撃で、ブリキの鎧はバラバラになり、派手に飛び散った。
イヴちゃんはこの一撃で決めるつもりだったのか、後先を無視したカッ飛ばし斬りを放っていたようで、
「あららららら……っ!」
振りぬいた大剣の重さに翻弄されるように、その場でぐるん、ぐるんと回っている。
ゴブリンの注意は、回転するイヴちゃんに向けられている……チャンス!
この瞬間を逃す手はない。ここまでは防御メインだったが、攻撃に転じようと片手剣を持つ手に力を込める。……ここは『フライング兜割り』で……!
チリーン!
不意に、鈴の音のような音が響いた。跳ぶ寸前だった身体を止める。……戦いの場には不釣合いなその音……だけど、私はそれを聞いたことがある。
イヴちゃんの肩当て……シロちゃんの眼鏡のチェーン……そして……アレだ!
イヴちゃんに気をとられていたゴブリンは、もうこちらに向き直っていた。大剣の攻撃をことごとくかわしてきたこのゴブリンは……かなり動きがすばしっこい。ならば……ギリギリまで……!
数秒の対峙の後、
「ええいっ!」
私は身体を傾け、横っ飛びする。
「グギャアアアアアアアアッ!」
直後に響く、悲鳴。
顔だけあげて見ると、そこには炎に包まれたゴブリンと……遠くに、ファイヤーボールを浮かべるクロちゃん。掲げられた杖にぶらさがる金色のベルが、キラリと光った。
やっぱり……! あのベルは、ファイヤーボールの発動を知らせるためのものだったんだ!
飛んでくるファイヤーボールを私が見えないように遮り、直前まで隠していたせいで……すばしっこいゴブリンもよけられなかったようだ。
「グ…ギ…ギ…」
全身を炎に包まれたゴブリンは、よろめきながらもイヴちゃんに近づこうとしている。立ち上がった私は急いでイヴちゃんの元に向かった。
「イヴちゃんっ!」
目を回してクラクラしているイヴちゃんの背中を、抱きついて支える。
「いくよっ!」
耳元で叫ぶと、彼女の意識はハッキリしたようだった。引きずっていた大剣の柄をいっしょに掴んで、ふたりで構えた。
「「せぇーのっ!」」
かけ声とともに、ふたりで大剣を持ち上げる。示し合わせたつもりはなかったのに、自然とハモった。
燃え盛るゴブリンが、最後の力を振り絞って私たちに飛び掛ろうとした瞬間、
「これでぇ……婚約解消よぉおおおおおおおおおおぉー-ーーっ!」
あたりの木々を揺らすようなイヴちゃんの大絶叫と共に、ありったけの力をこめて振り下ろした。
グシャアアアアアアッ!
叩き潰すような音とともに……ゴブリンは一刀両断される。
まっぷたつになったそれは、断末魔の声もなく、崩れ落ち、倒れた。
やがて……どこからともなく発生した黒色の霧に包まれたかと思うと、その霧は煙のように立ち上り、天に昇っていった。
ゴブリンの死体は黒い霧とともに消え、かわりに死体のあったあたりの空間から、チャリーンと音をたてて、ゴールドが落ちた。
……はじめてだった。モンスターが死ぬ瞬間を見るのは。
「や……や……」
「ややや………」
「や~っ」
「やっ……」
「や……」
やややや……とうわごとのように言いながら、私たちは誰からともなく集まる。そして、
「「「「「やぁぁっったあぁあぁあぁーーーっ!」」」」」
歓声とともに、抱き合った。
私、イヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん……五人でパーティを結成して、はじめての勝利。
幸福の絶頂にいるような感覚だった。でもそれは一瞬で、
「あぁぁ~ぁ……ぁ……っ……」
抱き合ったまま、一斉にグニャリとへたり込む。
もう、体力も、精神力も、限界。
アタマも、ココロも、オナカも、なにもかも、カラッポ。
瞬きもできないくらい、クタクタ。
意識が強制的に遮断させられるように……私はそのまま気を失ってしまった。




