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掲示板の文字を読んだ私は、ここにクルミちゃんがいると確信する。
さっそく会場に乗り込もうとしたんだけど、建物の途中にある大きな庭のところで、門番の人たちに止められてしまった。
ここはかなり警備が厳重のようで、私の倍以上ある大柄な門番さんたちに取り囲まれてしまったんだ。
門番さんだけでもじゅうぶんに強そうなのに、私の身体より大きい獰猛そうな犬まで従えて武装は完璧。
私たちだと門番さんどころか、犬にもやられちゃうんじゃないだろうか。
「おい! キミたち、まだ入っちゃダメだ! オークションは日没からだぞ! それにキミたちみたいな子供たちだけで、入れるわけにはいかない! 大人と一緒に来るんだ!」
門番のリーダーらしき人が、私たちを大声で制止してくる。
怒った岩石みたいな怖い顔で睨みおろされて、私はヒッとなってしまう。
隣にいるイヴちゃんは、ケンカを売られたみたいな顔で睨み返していた。
黙ってると掴みかかっていきそうな勢いだったので、私は勇気を振り絞って門番さんと話す。
「あっ、あの……! 私たち、オークションに来たわけじゃないんです! クルミちゃ……目玉商品の聖剣を返してもらいにきたんです!」
私が訴えかけると、門番さんの顔はさらに険しくなった。
「んん? 何を言ってるんだ? 聖剣がキミの持ち物だとでもいうのか?」
「はい! ミルヴァちゃ……女神様に頼まれて、届けに行く途中でなくしちゃって……それで探してたら、このオークションに出品されるっていうのがわかったんです! このまま売られたら大変なことになっちゃうんです!」
私は必死に説明したんだけど、門番さんの心には届かなかったようで……やれやれ、といった感じで肩をすくめられてしまった。
「はぁ……帰りなさい。ここは子供の遊び場じゃないんだ」
「そ……そんな! 本当なんです! クルミちゃ……聖剣にひと目会わせてもらえれば、証明できます! だからお願いです! 聖剣に会わせてください!」
「……帰りなさいと言っているのが、わからないのか! いいか、キミたちが女の子じゃなかったら、痛い目にあわせて、二度とそんな口からでまかせを言えなくしているところだぞ!」
威圧的に怒鳴りつけてくる門番さん。
まるでカミナリが落ちたみたいな声に、私は身体がすくんでしまう。
こ……怖っ……! と思ったんだけんだけど、イヴちゃんが野生のサルみたいに飛びかかっていったので、私は固まるのもそこそこに、慌てて彼女を抑えた。
「やれるもんならやって……! ちょ、リリー!? 離しなさいよっ!」
「お、落ち着いてイヴちゃん! こんな所で暴れちゃダメだよっ!」
もみ合っている私とイヴちゃんを、苦い顔で見下ろす門番さん。
そこに、部下らしき人がやって来た。
「た……隊長!」
「なんだなんだ? またトラブルか?」
「はい! あの、女の子たちが、番犬に……!」
「なにっ!? この子たちの仲間が、番犬にやられたというのか!? きっと普通の犬だと思って手を出したんだろう……!? 食い殺されたのかっ……!?」
「い、いえ……食い殺されたというか、何というか……」
部下の人が指さす先を、厳しい表情で見る隊長さん。
食い殺されたなんて物騒な言葉が飛び出したので、私も急いで目で追ってみると……、
「あっ、み、みなさん、落ち着いてくださいっ、ちゃんと、撫でさせていただきますから……!」
犬たちに押し倒され、こぞって顔を舐められまくっているシロちゃんがいた。
「きゃはははははは! くすぐったーい!」
「右に同じ」
彼女の側にいたクロちゃんも、いっしょになって舐められまくっている。
ミントちゃんは声だけは聞こえるんだけど、姿は見えない。たぶん犬の群れに隠れちゃってるんだろう。
何がなんだかよくわからなかったけど、私は咄嗟に、み……みんなを助けなきゃ……! と思ってしまった。
イヴちゃんを引きずって助けに向かったんだけど、「新しい子が来た!」とばかりに犬たちに飛びかかられ、あっという間にふたりして押し倒されてしまう。
「ひゃあーっ!? くすぐったぁい!」
「ぎゃひーっ!? や、やめなさい! この犬っころ! ひぃぃーっ!?」
門番さんたちに助け出されるまで、私たちは顔をこれでもかと舐められてしまった。
本来は不審者を追い返す役割の番犬から、熱烈歓迎されてしまった私たち。
それがあまりに珍騒動だったのか、門番さんたちはすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
「……この番犬たちは、悪いヤツの喉笛を食いちぎることを生きがいとするような獰猛なヤツらなのに……まさか人を舐めるとはな……」
隊長さんは逆に感心してくれたようで、いかつい顔がいくぶん緩んでいた。
どうやら、私たちが不審者じゃないとわかってくれたらしい。
私は、シロちゃんに借りたハンカチで顔を拭きながら答えた。
「なぜか私たちって、動物に好かれるんですよね……特にシロちゃん。あとはミントちゃんやクロちゃんも」
「なに? ミントちゃんがいるのか?」
驚いた様子の隊長さん。
まるで愛しい孫が遊びに来ると知ったおじいちゃんのように、顔をパッと明るくする。
シロちゃんのローブの裾が、ガバッとめくれて「はぁーい!」ミントちゃんが顔を出した。
どうやらシロちゃんのローブの中に入って遊んでいたらしい。
シロちゃんは恥ずかしそうに、めくれたあがったローブの裾を押さえている。
ミントちゃんは、「おじさーん!」と隊長さんに向って飛びかかっていった。
「おお、ミントちゃん……! 久しぶりだなぁ! 元気だったかぁ!?」
隊長さんは顔をほころばせながら、大きな胸と太い腕でミントちゃんを抱きとめる。
私は今さらながらに思い出していた。
そっか……! ミントちゃんってこの港のアイドルだったんだ……!
この港でいちばん偉いとされる商館長さんもミントちゃんにメロメロで、かつて豪華客船にタダで乗せてくれたこともあったんだ。
「なんだ……キミたちはミントちゃんの友達だったのか……だったらそう言ってくれればよかったのに……!」
怒鳴りつけていた頃の面影はなく、人のいいおじさんみたいになっちゃった隊長さん。
私は、このチャンスを見逃さなかった。
「じゃ、じゃあ、クルミちゃ……聖剣に会わせてもらえますか!?」
「うぅん……ミントちゃんの友達の願いなら、叶えてあげたいところなんだが……」
隊長さんは困ったような顔になる。
「オークションの品物は特殊な宝箱に入れられて、どこかに保管されているんだ。不正がされぬよう、我々とは別の部隊が警備している。どこにあるかも教えられていないし、宝箱は出品者以外は開けられないようになってるんだ」
出品者……たぶん、グリフォンに襲われていたオジサンだろう。
クルミちゃんを盗んだんだったら、お願いしたところで見せてくれそうもない相手だ。
私は少し考えてから、隊長さんにお願いをする。
「……じゃあ、私たちをオークション会場に入れてもらえませんか?」
「うーん、さっきは大人を連れてこいとは言ったが……いいだろう。特別にキミらだけでオークション会場に入れてやろう。だが、会場時間になってからだ。それと……」
ここで、隊長さんは言葉を区切った。
次の言葉が重要だ、といわんばかりに間を置いてから、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「それと、オークション会場では大人しくしてくれよ? 中で騒ぎを起こす人間を、会場に入れたと知られたら……ここにいる全員がクビになっちまう。俺は部下たちの生活を守る義務があるから、これだけは約束してくれ」
噛んで含めるように、私に言う隊長さん。
その言葉の重さと、最大限の配慮を感じた私は……頭を下げるように深く頷き返した。
「……わかりました、大人しくしてます……!」
「よし……じゃあ、コイツをやろう。これを見せれば、俺がいなくても会場に入れるはずだ」
隊長さんが差し出してくれたのは、『ツヴィートーク港ベットオークション シルバー入場券』と箔押しされた銀色のチケットだった。
「できればゴールド入場券をあげたい所なんだが、俺は持ってない。ゴールド入場券は王族か一流貴族だけに送られるものなんだ」
「いえ……! これでじゅうぶんです……! ありがとうございます……!」
私はチケットを受け取ったあと、何度もお礼を言ってオークション会場をあとにした。
そして港を出て、姫亭へと向かう。
オークション開催まで、クルミちゃん奪還の作戦会議をすることにしたんだ……!




