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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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 目のくらむような断崖絶壁。ツヴィ女の寮の屋上からの眺めより、ずっとずっと高い。

 淵ギリギリに立って覗き込んでいると、足にアリが這ってるみたいにムズムズする。


 私はミントちゃんとともに抱き合い「ヒェ~高い~」とふざけあう。

 おそるおそる下を覗き込んでは震え上がり、またチラッとしてはブルブルする。


 なんてことを繰り返していると、岩にロープを結び終えたイヴちゃんがやってきた。


「できたわよ、リリー。で、どうすんの?」


「あっ、ありがとうイヴちゃん。じゃあ次はここで、一緒にヒェ~ってしようよ」


「しないわよ。それよりも降りるんじゃないの? さっさとなさい」


 イヴちゃんから急かされて、私は降りるためのプランをみんなに発表した。


「みんなで一度に降りると、ロープが重さで切れちゃうかもしれないし、もし上にモンスターが現れたらロープを切られちゃうかもしれない。だからまず、私とイヴちゃんが降りよう。私たちが先に降りて、下の安全を確認したら合図をするから、シロちゃん、クロちゃん、ミントちゃんの順で降りてきて」


 みんな特に異論がなかったようなので、さっそく私とイヴちゃんがロープを使った降下に挑戦する。


 ロープを使った高所からの降下は初めてじゃない。学校でも体育の時間に何度かやったことがある。


 そのときは学院の屋上からだったんだけど、ここまで高くはなかった。

 それにこんなに風は強くなかったし、下には誤って落下したときのためにマットが敷いてあった。


 だけど、今は訓練じゃなくて実践……! 失敗は大ケガ、最悪は死を意味する……!

 少しでも手を離すだけで真っ逆さまだから、なんだか緊張する……!


「がんばれー! リリーちゃん、イヴちゃーん!」


「おふたりとも、お気をつけて……!」


「ふぁいと」


 淵にしゃがみこんで、声援を送ってくれる仲間たち。


 見上げると、ワクワクしているミントちゃん、ハラハラしているシロちゃん、変わらない様子のクロちゃんの顔がひょっこりと出ている。


 手を振り返そうとして、片手を挙げようとしたんだけど……それよりも早くイヴちゃんの大きなお尻が迫ってきて、私の顔にめりこんだ。


「むぎゅっ」


「あっ、アンタ、なに止まってんのよ! さっさと降りなさい!」


「もうひょっと、こうひてていい?」


「……押しつぶすわよ?」


 私は慌ててロープを降りた。


 といっても、あんまり速度は出せない。


 時折強い風が吹いて、煽られるからだ。

 ふたりして亀のようなノロさで、慎重にロープを伝っていく。


 あとすこしで中腹……といったところで、私の腰のあたりから声がした。


「ねぇ、リリー」


「ん? どうしたの、クルミちゃん、なにかあった? ちょっと止まって、イヴちゃん!」


 私は降りる手を休め、イヴちゃんにも止まるよう呼びかけた。

 こんな状況で話しかけてきたということは、なにか変なものでも見つけたのかもと思ったからだ。


 しかし……次に彼女から発せられた言葉は、想像だにしないものだった。


「戻ろうよ」


「へっ?」


 私は虚を突かれ、変な声を出してしまう。


「ムイースまで戻ろうよ」


「え……ええっ? どうしたの急に? ツヴィートークまであと少しなんだよ?」


「いいから戻ろう! えーっと……ボク、船に乗りたい! ムイースに戻ってアルバイトして、船でツヴィートークに戻ろうよ!」


 見かねた様子で、イヴちゃんが口を挟んできた。


「ちょっとクルミ! バカなこと言ってんじゃないわよ! ここまで来て、しかもこんな場所でワガママ言うんじゃないわよっ!」


「でもボクは戻りたいのっ! 見習い三流冒険者のクセに、聖剣のボクに意見するつもり!? 生意気だって女神様に言いつけてやるんだから!」


「生意気なのはどっちよっ!? もうアッタマきた! バカにするのもいい加減にしなさいっ!」


「うるさいうるさいうるさいっ! 戻る戻るの戻るのっ! 戻るったら戻るのぉーっ!」


 駄々っ子のように、私の腰で暴れだすクルミちゃん。

 怒ってクルミちゃんに手を出そうと迫ってくるイヴちゃん。


 私はショートパンツがずり落ちそうになる恐怖と、イヴちゃんの尻に敷かれる恐怖にさいなまれる。

 ふたつの恐怖にサンドイッチされ、たまらず叫んだ。


「まっ……まぁまぁ! ふたりとも、落ち着いて! とりあえず、降りてから話をしようよ!」


「降りたらもう戻れないじゃん! 今ならまだ間に合うから、ロープをあがろう! それから歩いてムイースまで戻ろうよ、ねっ、リリー!」


「ここまで来て、ふざけたこと言ってんじゃないわよっ! アンタのせいで歩いて戻ってるってのに、なんであと少しのところで戻らなきゃいけないのよっ!」


「歩いて戻ってるのは、キミたちが三流冒険者だからでしょ!? ボクは聖剣だよ!? 聖剣らしく、船で川をつたって優雅に戻りたいんだっ!」


「そんなに川をつたって戻りたいんだったら、今ここで川にたたきこんでやるわよっ! リリー! ソイツをよこしなさいっ!」


「ふ、ふたりともやめてっ! こんなところでケンカしないでっ!」


 手を伸ばしてくるイヴちゃんを、私は懸命に止めた。

 渡しちゃマズいと思い、クルミちゃんを守ろうと腰に手をやる。


 でも……聖剣のクルミちゃんの感触がない。

 視線を落として腰を見ると……私の剣が携えてあるだけで、クルミちゃんの姿がなかった。


 不意に、背中にもぞもぞした感触があり、私はぞわっとなる。


「も、もしかして……クルミちゃん!?」


 そう思ったときにはもう手遅れ。

 私の腰から抜け出したクルミちゃんは、鍔の腕を使って私の背中とイヴちゃんの背中を這い上がっていき、さらにロープを伝って私たちを見下ろしていた。


 ロープを登れるなんて……なんて器用な聖剣なんだ……!


 でも、それはまだかわいいほうだった。

 なんとクルミちゃんの手には、私が腰に差していたカエルナイフが握られていたんだ……!


「ボクが戻るって言ったら……絶対に戻るんだっ! 言うこときかないと、ロープを切っちゃうぞ!」


 ロープにカエルナイフを押し当て、脅しをかけてくるクルミちゃん。


 冒険者を脅してくる聖剣なんて……初めて見た……!

 な、なんて感心してる場合じゃなかった! 切られたら、私もイヴちゃんもまっさかさま……!


 なんとか刺激しないように、説得しないと……!


 しかし、私が言葉を選ぶより早く、イヴちゃんは木の上の果物を狙うハラペコのゴリラのように、ガシガシとロープを揺らしながらクルミちゃんに迫っていた。


 そうだった……!

 イヴちゃんには脅しなんて通用しない……! むしろ挑発されてると思うタイプなんだ……!


「ま、まってイヴちゃん! クルミちゃんに乱暴しないで!」


 私は手を伸ばして、イヴちゃんの足を掴もうとする。

 しかしそれより早く、イヴちゃんの手はクルミちゃんの鞘を掴んでいた。


「さあっ、捕まえたわよ!」


「いやあああっ! 離せっ! 離せっ! 三流冒険者のクセに、ボクを掴むだなんて……!」


「アタシ、言ったわよね? アンタをツヴィートークまで連れていく条件として、アタシたちをバカにした態度を取らないこと、って……! いままでは我慢してたけど、もう限界よっ! 川にブン投げてやるから、あとはひとりで好きにしなさいっ!」


 いたずらっ子を突き放す親のような、イヴちゃんの厳しい一言。

 それはクルミちゃんの鞘だけでなく、心の琴線までもを掴んでしまったのか……クルミちゃんは火だるまになったように暴れだした。


「いやあああああっ! ひとりはいやっ! もうひとりでいるのはいやなのっ! いやったらいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」


「お、落ち着いてっ! 落ち着いて、クルミちゃ……!」


 風なりを打ち破るように山間に響きわたる、いくつもの絶叫。


 その喧騒の中で、私はたしかに聴いたんだ。

 切る時に発する、カエルナイフの鳴き声を……!


 ……ゲコォッ……!


 それは、死の囁きのように……私の脳裏にへばりつく。


 そして、いくつもの悲鳴が折り重なった。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」


 絡み合うようにして宙に投げ出される……私、イヴちゃん、そしてクルミちゃん。


 急速に遠ざかっていく、頂上にいる仲間たちの顔。


 ミントちゃんの驚き顔、シロちゃんの青ざめた顔……そして私はあることに気づいていた。


 クロちゃんって……あんなに目を見開くことがあるんだ……。


 直後、私の意識はブラインドが降りるように……ガシャンッ! と闇に閉ざされた。

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