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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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 みんなで裸で身を寄せ合うという、かつてない幸せなシチュエーション。

 私はもっとイチャイチャしたかったんだけど……まわりからたしなめられ、仕方なく状況整理をすることにした。


 まず昨日の朝、私たちはカラーマリーの街から足漕ぎボートで出発し、夜通しボートを漕いでムイースの街を目指した。


 深夜になると、もうみんなクタクタになって……それでも街の明かりを目印に、がんばって漕いでいたんだ。


 明け方、ついにムイースの街があと一歩、というところまで来たんだけど……そこから私は安心しちゃって、ついウトウトしてしまった。

 私だけじゃなくて、みんなもそうだったみたい。


 でも漕いでいる夢を見たから、きっと寝ながら漕いでいたんだろう。


 で、その間は記憶が曖昧で……気がついたときには水の中にいたんだ。


 みんなからも話を聞いて、断片的に集まった情報を組み合わせてみると……どうやら私たちはムイースの街を通り過ぎ、川をさかのぼっていたらしい。


 そして、流れの急なところでボートが岩にぶつかって、穴があいて……それで沈んじゃった、という結論になった。


「あっ!? そういえば、クルミちゃんは!?」


 たしか水の中にいるときは、腰に携えているのを確認したんだけど……みんなを引き上げることに必死で、途中からすっかり忘れてた。


 慌てる私に、「あそこにいるわよ」とイヴちゃんが頭上を示す。


 私たちの服が干されているなかに混ざって、聖剣のクルミちゃんがぶら下げられていた。

 その隣には精霊のクルミちゃんもぶらさがっていて、安らかな寝顔を見せている。


 よかった……と胸を撫で下ろし、私は状況整理に戻った。


「川をさかのぼったということは、私たちはいまムイースの間と、ツヴィートークの間にいるってことだよね?」

挿絵(By みてみん)

 カラーマリーの街にあった案内板を追い浮かべながら、私は言う。

 「はい。そのようになりますね」とシロちゃん。


「ってことは、このまま川上沿いに進んで、ツヴィートークに向かうか、いったん形勢を立て直すために川下沿いに戻って、ムイースに向かうか……ふたつにひとつってことになるよね」


「単純に言うとそうだけど、どっちを選ぶかってなると距離次第ね……ムイースが近ければ戻るってのもアリだけど、もしど真ん中にいるんだったらツヴィートークを目指したほうがいいかもしれないし……」


 考え込むようなイヴちゃん。私はみんなに尋ねてみた。


「このあたりがどこか……わかる人いる?」


「わかるわけないでしょ」「わかんなーい!」「すみません、存じ上げません」「不明」


 四方から返ってきた答えに、有益なものはなかった。


「川の流れに逆らってボートを漕いでたから、ムイースからはそんなに離れてないと思うんだよね……」


 「ウギュー」と真っ先に返事をしてくれたのは、私のお腹。


「ああ、そういえばお腹がすいたわねぇ」「はらへったー!」「そうですね……」「空腹」


 仲間たちも同じようだったので、私はいったん考えるのをやめにした。


「じゃあ、そろそろ服も乾いてきたみたいだし……先にゴハンにしよっか、ゴハンを食べながらどうするか決めよう」


「ゴハンって……何食べるつもりよ? ボートにあった食料は全部流されちゃったのよ?」


 私は立ち上がり、イヴちゃんを見下ろしながら言う。


「へへ……こういう時こそ『生存術』だよ!」


 生存術……ツヴィートーク女学院で、私が選択している科目のひとつ。

 火の起こし方や、水の確保のしかた、野山での食料の見つけ方などの、大自然のなかで生きていくための(すべ)だ。


 私たちはかつて夏休みの冒険で、海の上で漂流して飢え死にしそうになったことがある。

 その時は奇跡的に助かったんだけど、その時あまりに無力だったのを反省し、新たに『生存術』を学ぶことにしたんだ。


 私は服を着たあと、あたりをぐるっと見回した。


 まわりにあるのは……流れの急な川と、石の河原、そして森だ。

 対岸には同じような河原と森があって、遠くには険しそうな岩山が見える。


 岩山の間をぬって走る、森と川……それが今、私たちがいる場所。


 次に私は手をひさしのようにして、川上と川下の様子を伺う。

 川上のほうは川幅が広くなっているようだ。


「よし……じゃあイヴちゃんとミントちゃんは私といっしょに来て。シロちゃんとクロちゃんはこの河原で、平べったい石を探しておいて。すぐに戻ってくるから」


 「OK、わかったわ」「はーい!」と私についてきてくれるイヴちゃんとミントちゃん。

 「かしこまりました、いってらっしゃいませ」「了解」と見送ってくれるシロちゃんとクロちゃん。


 私はふたりの仲間を引き連れて、河原沿いに川上のほうに向かう。

 川の流れがかなりゆるやかになったところで、立ち止まって川の様子をしげしげと眺めた。


「うん……だいぶ川幅が広い。手前の浅瀬には魚もいるみたいだし……ここにしよう」


「なにをするつもりなの?」「なにするのー?」


 そろって尋ねてくる仲間たち。かたやいぶかしげに、かたや無邪気に。


「魚を獲ろうと思って」


「どうやって獲るつもりよ? なんの道具もないのよ?」


「手づかみで獲ろうと思って」


「ハァ!? アンタ、バカじゃないの!? 泳いでる魚が手で捕まえられるわけないでしょ!?」


 短気なイヴちゃんはさっそく怒り出す。

 その反応は予想済みだったので、私は立てた人差し指をチッチッと動かした。


「ふっふっふ……それが捕まえられるんだなぁ……!」


 まず、私はミントちゃんに裸足になってもらって、浅瀬の川下のほうに立ってもらった。

 「つめたーい!」と大はしゃぎのミントちゃん。


 イヴちゃんには川上に行ってもらって、なるべく大きめの岩を持ち上げてもらう。

 彼女はツヴィ女に住み着いている、デブ猫くらいある大きな岩を選んでいた。


 たまに人の膝の上を占領して、石抱きの拷問みたいな苦痛を与えてくれる、重い重い猫。

 それをイヴちゃんは難なく抱えていた。


「で、この岩をどうすんのよ? 川に投げて、魚を押しつぶすつもり? そんなの、当たるわけないでしょ」


「川に向かって投げるのはそうなんだけど、めがけるのは魚じゃなくて、あそこの岩に当ててくれない?」


 私は浅瀬から突き出ている、同じくらいの大きさの岩を指さした。まわりには魚が泳いでいる。


「岩どうしをぶつけて、なにするってのよ? まさかアンタ、遊んでんじゃないでしょうね?」


「まぁまぁ、騙されたと思って、あの岩にぶつけてみて。そしたら魚が獲れるから」


 「岩どうしをぶつけて、なんで魚が獲れんのよ……」とイヴちゃんはまだブツクサ言っていたけど、持ち前の怪力で岩をブン投げてくれた。


 ……ガツンッ!!


 狙った岩に見事に命中。

 火花を散らすほどの衝撃が波紋となって、あたりに伝わる。


 少しして、まわりにいた魚が……お腹を上にしてぷかぁと浮かんできた。

 私は川下に向かって叫ぶ。


「……よし、ミントちゃん! 魚が流れていくから手づかみで捕まえて!」


「オッケー!」


 両手をぶんぶん振って答えてくれるミントちゃん。

 流れ来る魚たちを、まるで水かけっこをするみたいにすくいあげ、河原に放ってくれた。


 結果、漁は大成功。一回でたくさんの魚が獲れてしまう。

 今夜のゴハンにするのはじゅうぶんな数の魚を、私たちは見下ろしていた。


「すごいすごい! 大漁だよ! イヴちゃん、ミントちゃん、ありがとー!」


 私はふたりの手をニギニギして感謝する。


 ミントちゃんは「たのしかったー!」と満点の笑顔。

 イヴちゃんはまだ信じられないようで、魂を抜かれたように唖然としていた。


「あんなんで、魚が獲れるのね……」


「うん。『ガチンコ漁』っていって、岩がぶつかった衝撃でまわりにいる魚が気絶しちゃうんだって。生存術の授業で習ったんだ」


「そうなの……。居眠りばっかりしてると思ってたけど……アンタ、ダテに学校に通ってたわけじゃなかったのね……」


 わかりにくいけど、どうやら彼女なりにほめてくれてるらしい。


 私たちは両手に魚を抱えて、シロちゃんとクロちゃんの元に戻った。

 ふたりはひらべったい石をたくさん集めてくれたうえに、細い木の枝と、木の実まで集めてくれていた。


「あ……! ありがとう! 細い枝が必要だって、なんでわかったの!?」


「クロさんが、みなさんはお魚を獲りに行かれたのではないかとお教え下さいました。でしたら焼くための木串が必要なのではないかと思いまして、集めさせていただきました。差し出がましいようでしたら、申し訳ありません」


「ついでに、食べられそうな木の実も集めておいた」


「ありがとー! シロちゃん、クロちゃん、大好き!」


 私は両手を広げてふたりを抱きしめようとしたんだけど、寸前で襟首を掴まれてしまう。


「感謝するのはあとにして、さっさと準備しなさいよ。こっちはハラペコなんだから」


 イヴちゃんから言われて、私はしぶしぶ残りの作業をはじめた。


 平べったい石を打ち付けて、石器のナイフを五つ作りあげる。

 それを使って、シロちゃん指導の元、獲ってきた魚をさばいた。


 今食べるやつは串焼きにして、食べきれそうにないのは干しておくことにしたんだ。


 そうしてできあがった串焼きと、木の実で晩ゴハンにする。


「いただきまーす!」


「あら……おいしい!?」


「はい。獲れたてということもありますが、ほどよい塩味がきいておりますね。なぜ、お塩のお味がするんでしょうか……?」


「ああ、木の実の中にヌスジの実があったから、皮をすり潰してまぶしておいたんだ。ヌスジの実の皮はしょっぱいから、塩のかわりに使えるんだ」


「なんでもご存知なんですね……さすがです、リリーさん!」


「なんでもってことはないでしょ。でも、一日にふたつもリリーから教わるなんて……隕石でも降ってくるんじゃないかしら」


「リリー、大活躍」


「リリーちゃん、えらーい! ハナマルー!」


「花マル!? ありがとう! えへへへへー! 私がいる限り、みんなにひもじい思いはさせないからね!」


 ……そう。私は遭難したときに思ったんだ。


 ひもじい思いをしているみんなは、見たくない! って……。


 イヴちゃんはいつも以上に怒りっぽくなるし、いつも元気なミントちゃんは病人みたいにグッタリする。

 シロちゃんはさらに卑屈になって、自分の身体を犠牲にしようとするし……クロちゃんだけはあんまり変わらないけど、いつも以上に感情が乏しくなるんだ。


 だから……生存術のなかでも食べ物を探す授業については、特に熱心に受けた。

 どんな時でも、みんなとおいしいものをいっぱい食べたかったから……!


 焼き魚を頬張り、笑顔になるみんな。

 私はもうそれだけで、お腹がいっぱいになる思いだった。

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