表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
280/315

110 険しい道のり

 私は、暗い闇の中を漕いでいた。

 まわりにいた仲間たちは、いつの間にかいなくなっている。


 ここがどこかもわからない。いまがいつかもわからない。

 どこか遠くで、ごうごうと風が鳴るような音が聴こえてくるのみ。


 それでも私はペダルを踏んだ。踏んで踏んで踏みまくった。

 しかしペダルは重くて……いや、違う、私の足は石化したように重くなっていて、思うように動かせないんだ。


 でも、それでも私は足を動かす。

 こんにゃろ、こんにゃろと言いながら、髪を振り乱し、肩をいからせ、腰をひねる……全身を使って足を動かす力に変えた。


 そうしていると不意に、身体の血が凍りついたような、「ヒィッ!?」となる感覚に襲われる。


 心臓なんかはびっくりしすぎて、口から逃げ出しちゃいそうだ。

 私は口を閉じて、心臓が飛び出さないよう必死になって抑える。


 しかし……息ができない……!

 そ……そうだ、鼻だ……! 鼻で息をすればいいんだ……!


 そう思って鼻で息を吸い込んだんだけど、ぜんぜん楽にならない。

 かわりにツーンという鋭い痛みがあるばかり。


 しかし……その痛みのおかげか、私は一気に覚醒した。



「ごぼっ……ごはあっ……!?」


 口から息を吐くと、泡となって逃げていく。


 ゆらぐ視界は、ボートの中のキャビン。

 最初は寝ぼけているのかと思ったんだけど、いつまでたってもなんだかハッキリしない。


 そして、さらなる違和感に気づく。


 すべての音がくぐもっている。

 身体がフワフワ浮いているし、それに凍えるくらいに冷たい……!


 こんなに冷たいというのに、そばにいる仲間たちは動かない。

 まるで水中花のように浮かんで、ゆらゆらと漂うばかり。


 水中花……?


 そ……そうか……!

 水の中だ……! 私たちはいま、水の中にいるんだ……!


 でも、なんで……!?

 ボートに乗って、海の上を進んでいたはずなのに……!?


 でも、考えるのはあとだ!

 みんなは意識を失ってるようだから、助けなきゃ……!


 このままじゃ、みんな溺れ死んじゃう……!


 私は半泣きになりながら、仲間たちの身体を掴んで外に連れ出そうとする。

 しかし、キャビンの外に出ようとした途端、突風のような水流に煽られた。


 かなり流れが急のようだ。

 このまま連れ出したら、みんなどっかに飛ばされちゃうかも……!?


 焦って外に出ちゃダメだ……なにか考えないと……!


 なにかいいものはないかと、私はマルシェさんの張り紙が貼ってある棚を開いてみた。

 すると……棚の下のほうに、6つの浮き輪があるのが見えたんだ……!


 これだ……!

 ありがとう、マルシェさんっ……!


 私は心の中でマルシェさんに感謝しながら、浮き輪の固定を外す。

 巨大な人形遊びでもするかのように、仲間たちの身体を浮き輪に通していく。


 念のため、浮き輪についていたロープでお互いを結びつけておいた。


 よし……できた……! じゃあいくよ、みんなっ!


 私は物言わぬ仲間たちに目で合図。

 腰には聖剣のクルミちゃんがいることをしっかり確認してから、キャビンから飛び出す。


 数珠繋ぎになった私たちは、台風を受けた芋づるのように流されつつも……浮き上がっていく。

 私は手足をバタつかせて、一刻も早く水面に出れるよう足掻いた。


「……ぷはああああーーーっ!!」


 水から顔を出した瞬間、待ちに待っていた感覚が肺を満たす。


 久しぶりの空気……!

 いつも当たり前に吸っていたものが、こんなにありがたいとは……!


 いや、ありがたがってる場合じゃなかった!

 みんなを助けないと……!


 私たちは海にいたはずなのに、いつの間にか川にいた。

 なぜかはわからないけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 流されていく中、私は途中にあった岩にしがみついた。

 大きな岩は川岸まで繋がっていたので、私は命綱なしのロッククライミングをしているかのように、死ぬ気で岩を伝っていく。


 流されようとする仲間たちが、私の身体を引っ張ってくる。

 まるで地獄に引きずりこもうとする、天使たちのように。


 そのうえ岩が滑るので、気を抜くと一気にもってかれそうだ。


 でも手を離したら、私だけじゃない……みんなが死んじゃうんだ……!


 そう言い聞かせながら岩に爪立て、時には歯で喰らうようにして、なんとか岸まで辿り着く。


 亡者のように河原に這い上がった私の身体はボロボロで、あちこちが血だらけになっていた。


 でも……疲れている場合じゃない。痛がってる場合じゃない。

 私は最後の力を振り絞って、みんなの浮き輪を引っ張った。


 手が縄に食い込み、血で滑って大変だったけど、肩に背負っておぎゃあおぎゃあと絶叫しながら、全員を引き上げる。


 仲間たちの身体から浮き輪を外し、河原に寝かせると……私にはもう何の力も残っていなかった。

 このままいっしょに寝ちゃいたい気分だったけど……まだやることが残っている。


 私は命を削るようにして、仲間たちに心肺蘇生を施した。

 まずはシロちゃんだ。彼女がいれば気つけの呪文が使える。


 血まみれの手で心肺マッサージをすると、彼女の純白のローブにどす赤い血が染み込んだ。

 ごめん、シロちゃん……! でも助けるためだから、許して……!


 しばらくして、シロちゃんはこほこほとむせながら意識をとりもどした。

 こんな時まで、彼女はなんだかおしとやかだ。


 しかし何が起きているのか事態は飲み込めていないようで、大きな瞳をパチクリさせている。


「シロちゃん! あとで説明するから今は気つけの呪文をかけて!」


「はっ……はひっ!? かしこまりましたっ!」


 私はシロちゃんと協力して、みんなを次々と叩き起こしていく。

 気つけの呪文の効果はてきめんで、仲間たちは尻に火がついたウサギのように飛び起きてくれた。


 直後、私は……緊張の糸に、死神の鎌が振り下ろされるのを感じる。

 今までは気を張っていたから大丈夫だったんだけど、みんなが無事だったことで、


「は……はふぁ……あと……よろし……く」


 言い終わるか終わらないかのうちに、意識がブラックアウトした。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 次に意識を取り戻したときには、あたりは夕暮れに包まれていた。

 そしてなぜか、素っ裸だった。


 私だけじゃない、みんなも生まれたまんまの姿で、私に寄り添っている。


「あっ……リリーちゃん、おきたー!」


 コアラのように私に抱きついていたミントちゃんが、にぱっと笑った。


「もう、起きたんだったらあっち行きなさいよっ!」


 私の右側で、きつく抱きしめていたイヴちゃんの腕が離れ、乱暴に突き飛ばしてきた。

 左側で抱きしめていたクロちゃんが、よろめいた私を受け止めてくれる。


「よかった、気がつかれたんですね。おかげんはいかかですか?」


 肩越しに、やさしい声が耳をくすぐる。

 シロちゃんだ。彼女は背後から私を抱きしめてるんだ。


「あ……ありがとう、もう大丈夫。みんな、なにがあったの?」


 尋ねると、四方にいる仲間たちが同時に、わいわいと教えてくれた。


 私が意識を失ったあと、このままじゃ風邪をひくと思い、手分けして薪を集めて火を焚いてくれたそうなんだ。


 びしょ濡れだった服も脱がせてくれたんだけど、私の身体がどんどん冷たくなっていくので、みんなで集まって温めてくれていたらしい。


 よく見ると、私たちのまわりにはこれでもかと焚き火が設置されていた。

 まるで火に取り囲まれているようで、儀式の生贄にでもなった気分だ。


 頭上には、木に結んだツタが張られていて、みんなの服が掛けられている。

 どうやら、服を乾かす役目も果たしているようだ。


 この過剰なほどの焚き火のおかげで、寒空で裸だというのに全然寒くない。

 みんなの肌のぬくもりと、シロちゃんの羽毛のあたたかさもあるので、まるで天国にいるみたいだ。


「リリーちゃん、くんくんしてるー!」


「なによアンタ、犬みたいにニオイ嗅いで……」


「いや、みんなの肌のニオイを嗅いでたんだ」


「す、すみません、においますか?」


「あ、クサいって意味じゃないよ。むしろいい香り。みんなの肌のニオイ、実は大好きなんだ」


「なによそれ」


「肌のニオイって、お母さんみたいなニオイがしない? やさしい香りで……嗅いでいると、なんだかホッとするんだ」


 するとミントちゃんは、私の鎖骨のあたりにぴたっと鼻をあてて、すぅ~っと息を吸い込みはじめた。

 私はおかえしに、彼女のうなじに鼻をあてて、すぅすぅ息を吸い込む。


「……ほんとだー! いいにおーい!」


 いつの間にかクロちゃんも私の肩に鼻をくっつけて、「芳香」と感想を述べていた。


「でしょ、でしょ? イヴちゃんもシロちゃんも嗅いでみて!」


「よろしいのですか……? 失礼いたします」


 背後から遠慮がちに、シロちゃんの声がする。


「うんうん、どんどん嗅いで! ほら、せっかくなんだから、イヴちゃんも……!」


 しかし、彼女はあからさまに苦い顔をしていた。


「なにがせっかくなのよ。嫌に決まってるでしょ。なんでアンタのニオイなんて嗅がなきゃいけないのよ」


「もう……イヴちゃんってニオイのことになると、ことのほか嫌そうな顔をするよね」


「……気持ちの悪いヤツのことを思い出しちゃうのよ。身の毛がよだつような、おぞましいヤツのことをね」


「ふぅん、そうなんだ……」


 イヴちゃんはしょっちゅう嫌そうな顔をするけど、その『気持ちの悪いヤツ』のことを言うときの顔は今まで見たことがないほど嫌そうだった。


 まるで飛んできたゴキブリが顔に張り付いたときみたい……いやそれ以上かもしれない。


 イヴちゃんにそこまで嫌悪感を抱かせるなんて、いったいどんな人なんだろう……?


 私はなにごともなかった安心感からか、そんなどうでもいいことに思いを巡らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★クリックして、この小説を応援していただけると助かります!
小説家になろう 勝手にランキング
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=680037364&s script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ