28
五人揃ってハンドルの前に立ち、手をかける。顔を見合わせあったあと、力を込めて回……すはずだったけど、さび付いているせいか、回らない。
両手をかけてみて、全身でひっぱってみたが、びくともしない。
「みんなもっと、力をこめて!」
「もうとっくに、やってるわよ!」
「むぎゅうぅ~!」
「うう……っ!」
「……ん」
みんなでハンドルにとりついてようやく、ギギギギと軋みつつもゆっくりと回りはじめた。力を緩めないようにして一回転させると、そこで止まった。
いったん手を離し、肩で息をしていると……頭上で地響きのような音がした。
その音はこちらに近づいてくるようにだんだん大きくなっていき、あわせて部屋が揺れはじめる。
「え……なに?」
「なにこれ、地震?」
「ゆれてる~!」
「な、何事でしょうか?」
「……」
ゴゴゴゴゴという音と振動がいっそう激しくなった次の瞬間、リザードマンたちが寝ていた部屋に壁のようなものが降ってきた。
隕石が落ちてきたような爆音と激震に、思わずギャアと絶叫してしまった。自然とみんなと抱き合い、ひとかたまりになる。
よく見るとそれは壁などでなく、超巨大な岩だった。降ってきた岩はリザードマンたちが寝ていた部屋を丸ごと押しつぶすと、外に転がっていった。
まわりの壁ごともっていったせいで視界が開け、一気に見晴らしが良くなった。外はすでに陽がのぼりはじめている。
飛び出した岩は地響きのような音をたて、木をバキバキなぎ倒して転がる勢いをさらに増していた。
まるで、山が怒りに任せて暴走しているような光景だった。
暴走巨大岩は集落のほうまで転がっていき、山沿いに建っていた家たちをあっという間に破壊し、蹴散らし、ぺしゃんこにする。
火がたくさん焚かれていた集落は爆発音と共に四方八方に火花を散らし、さらには岩すらも火だるまにした。
炎をまとった岩はさらにパワーアップし、まさしく隕石のような外見であたりに爆音を轟かせ、もはや敵なしの様相となる。
とどまるところを知らない暴走火炎巨大岩は、地面がへこむほどの力強さで強引に道を切り開き、あたりを火の海に変えながらさらに激進する。
ついには正面に待ち構えた大きな山をジャンプ台にして、轟音と共に天高く舞い上がった!
空を翔ぶ巨大な炎の塊……それは太陽がもうひとつ増えたかような、神々しささえ感じさせる光景だった。
あたりを殲滅しつくした破壊神のようなそれは、空中でその姿をひときわアピールしたあと……山を飛び越えて、海のほうへと消えていった。
「……まさか、あれが……」
「神々の、宝玉……」
「ひゃぁ~」
「……」
しばらく頭の中が真っ白で、呆然と立ち尽くしていた。私の肩に飛び移ってきた藁人形から、頬を叩かれるまでそれは続いた。
藁ビンタによってようやく我に返った私は、
「じゃ、じゃあ……逃げよっか……」
なんとかそれだけ言うと、みんなは呆然としたまま頷いた。
荷物は見るまでもなく神々の宝玉によって部屋ごと滅ぼされていたので、私たちは洞窟から逃げ出した。
洞窟も半壊、集落は全壊させられており、まるで戦争の直後のようだった。そんな有様なのでリザードマンの追手はないかと思ったが、捕まるのもイヤなので必死になって走った。
靴があるので足は楽だったけど、水着姿で藪の中を通っていたので身体には生傷が増えていった。あとでまとめてシロちゃんに治してもらおうということで、ガマンしながら走った。
ここがどこだかわからないし、地図もなかったので遠くに見えた丘を目指すことにした。見晴らしのいいところで、目印になるようなものを見つけられればと思ったからだ。
太陽が上りきるより早く、私たちは目標の丘のてっぺんに着いた。走りづめだったせいで、その場にへたりこんでしまう。ここまでくれば、リザードマンの残党も追ってこないだろう。
下は砂浜じゃなくて地面だったけど、もう気にする気力もない私はあお向けになってバッタリと倒れた。青空を見上げながら、ハァハァと呼吸を整える。
お腹はペコペコだし、身体はクタクタ。このまま眠ることができたらどんなに幸せだろうか……目を閉じたまま、誘惑と戦う。
……ほんのちょっと、ほんのちょっとだけでいいんだ。十分、いや、五分だけ眠って……いやいやいやダメだ。今は寝てる場合じゃないよ……でも三分くらいならいいよね? ……ってダメだって言ってるでしょ! 今寝たら死ぬよ? いや、死なないって、そのくらいじゃ……。でもさ、ちょっと前まではセレブそのもので、ベッドどころか床に寝ころんでもココよりずっとふかふかだったよね? なのにいいの? こんなところで寝て。人間が死ぬまでに寝れる回数って決まってるんだよ? その貴重な一回をこんな土まみれなところで消費しちゃっていいの? ……いいや……ないっ……よくないっ……もったいないっ!
しばらくの戦いの後、なんとか振り払った私はよっこらせと立ち上がる。休むのはこのくらいにして、あたりの様子を見なきゃ。
走っているときは必死で気づかなかったけど……このあたりは低木ばかりで見通しが良く、花が多い地域のようだった。あたりにはいろんな種類の花畑が見える。どれもポピュラーな花ばかりで珍しくはなかったが、昨日の夜からずっと殺伐としていたのでなんだか逆にホッとする。
モンスターの手から逃れ、なんとか生き延びることができたけど……これから、どうしよう?
ここからタラッタの入り江が見つかれば、いったんそこに行って、ムイースに戻ることも可能なのだが……どうやら逆方向に逃げてしまったようで、見つからなかった。
となると……海から反対方向にある運河を見つけて、それに沿って南に移動しながらムイースの街を目指す……というのがいいだろうか。
ひとまず街に戻って……休んで……装備を整えて……それから課題に再チャレンジするのがいいだろう。カバンが潰されたせいで、お金はいちゴールドも持ってないけど……なんとかなるだろう。
課題といえば、最後の手がかりはタラッタの入り江で見た、あの石碑だけだ。
「ねえ」
みんなのほうを見ると、ぐったりしていた。
「タラッタの入り江で見た石碑って……なんて書いてあったんだっけ」
ちょっと大きめの声で言うと、
「日出づる国において、もっとも美しき薄紅の花、よ!」
天を仰ぐイヴちゃんがそれ以上の大声で返してきた。
「ひいづるくに、って……なあに?」
シロちゃんに寄りかかって休むミントちゃんが問うと、
「お日様が昇ってくる方角にある国、という意味だと思います」
疲労の極地でも、丁寧な言葉づかいで答えてあげるシロちゃん。
ってことは……東にある大陸ってことだよね……。私は頭の中でつぶやいた。
東の大陸でもっとも美しいといわれている花って、たしか……『ハナカイドウ』だったと思う。東の大陸からの船を迎え入れる港街に連れていってもらったとき、ママから教えてもらった。
ハナカイドウはピンクみたいな薄い赤色をしてて、とってもキレイなんだよね……木の実も生る花だったから、よく覚えている。
その木の実を見て私が、食べたい! って言ったらママが買ってくれたんだ……。味は……たしかリンゴの仲間だって聞いてたから期待してたんだけど、あんまりおいしくなかったような……。
そんなことをぼんやり考えながら、あたりを眺めていると……海沿いの岩山の切れ目に、ピンク色の木が密集する小島みたいなのが浮かんでいるのが見えた。
「……なんだあれ?」
額に手をかざして陽よけにして、注視する。目を細めてみると……しだれ柳のように垂れた枝から花を咲かせる木が見えた。
あれは、たしか……。
「ハナカイードウ!」
興奮のあまり、変なアクセントで叫んでしまった。
「ねえ! ねえ! みんな! 起きて! ねえ! 起きてってば!」
地団駄を踏むように連続ジャンプしながら、みんなの元へ向かう。
「見つけた! ハナカイードウ! 見つけたの!」
なおもしつこくジャンプしていると、みんなは疲れた顔を向けてきた。
「うるさいわねぇ……なによ、急に」
「石碑に書いてた花を見つけたんだよ! ハナカイードウ!」
たかぁーくジャンプして、拳を突き上げたポーズを決めつつ着地すると、みんなは引き気味の顔をしていた。
「あ……い、いや、別におかしくなったわけじゃないよ? ちょっとテンションあがっちゃっただけ」
ちょっと落ち着いた私は、咳払いをひとつして、
「日出づる国において、もっとも美しき薄紅の花……」
石碑の文章を改めて読み上げる。
「日出づる国……お日様が昇ってくる国、それって、東の大陸のことだよね」
みんなは座ったまま、私を見上げていた。
「東の大陸でもっとも美しい花って、ハナカイドウって言われてるんだけど、いま、その花を見つけたんだよ」
話しているうちにまたテンションがあがってきた。
「ね、クロちゃん、石碑の文章って、まだ続きがあるんだよね? 教えてくれない?」
クロちゃんを見ると、
「日出づる国において、もっとも美しき薄紅の花、そこに集まる木々の下に、石版は眠る」
疲れた様子を感じさせない、淡々とした口調で教えてくれた。
「ってことは、ハナカイードウの下に、課題達成の石版があるってことだ!」
私は揉み手をしながら再び大ジャンプした。着地した私はすぐに、
「それだけじゃないよ! ハナカイードウはりんごの仲間で、実は食べられるんだよ! みんなお腹すいてるでしょ? 行ってみようよ! 今すぐ!」
両手を広げて喧伝した。
一瞬の沈黙のあと、最初に賛同してくれたのは、
「よぉーし、いこー!」
ヘッドスプリングで勢いよく立ち上がったミントちゃんだった。
「かしこまりました……あ、す、すみません……ありがとうございます」
ミントちゃんに手をひっぱられて立ち上がるシロちゃん。
「……」
言葉も音もなく立ち上がるクロちゃん。
最後に残ったイヴちゃんは立ち上がったみんなを見上げたあと、しぶしぶと立ち上がり、
「石版とリンゴ、どっちもなかったデコピンだからね! アタシだけじゃなく、みんなから!」
私をビシッと指さした。
「え……四人分も?」
自信がないわけじゃないけど……と思っていたら、
「よにんじゃないよ! ストローちゃんもいれてごにんだよ!」
ミントちゃんに訂正された。彼女は手の指をめいっぱい広げて五を表している。
「ストローちゃん?」
初めて聞く名前だ。
「このこ!」
ミントちゃんの掌に載って差し出されたのは、藁人形だった。
「ああ……名前をつけてあげたのね」
ミントちゃんにとってはすっかりパーティの一員のようだった。
「うん! ストローちゃんのデコピンはいたいよぉ~」
脅かすように言うと、掌の『ストローちゃん』は針を構えてシュッシュッとフェンシングみたいに突く仕草をはじめた。
「いやいやいや、それデコピン違うし! 針だし!」
慌てて言うと、みんなはどっと沸いた。




