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私はマルシェさん、そして撮影スタッフさんたちに向かって、堂々と宣言する。
「イヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん、クルミちゃん……みんなと結婚したいです!!」
迷った時は、選ばずにぜんぶ取れ……!
食べ損ねて後悔するよりも、ぜんぶ食べてお腹を壊せ……!
私がケーキバイキングで見出した、究極の人生哲学。
みんなはケーキとは違う。けど私にとってはケーキくらい魅力的な存在なんだ……!
そんなの選べっこないから……私はみんなと結婚することに決めたんだ……!
静かだった聖堂に、驚きと歓声がこだました。
「さんせーいっ!」
両手とポニーテールをめいっぱい挙げ、それでも足りずに飛び跳ねるミントちゃん。
全身で賛同の意を示してくれている。
「異論はない」
片手を小さく挙げて、それに続くクロちゃん。
「私にとって、リリーム様からのご命令は何ものにも代えがたい喜び……断ることは天地天命に誓ってもございません……! 命を捧げろとおっしゃるのなら、私は笑顔で地獄へもまいります……!」
まるでミルヴァちゃんの像にするみたいに、跪くシロちゃん。
「んあ~、ボクは別に……なんでも……」
ヨダレを垂らしながら、夢うつつで答えるクルミちゃん。
「ちょっ、なに勝手に決めてんのよっ!? アタシはアンタと結婚なんて……!」
掴みかかってきたイヴちゃんを、私はがばっと抱きしめた。
「私はイヴちゃんと結婚したい……! いいでしょ!?」
「!?!?!?」
するとイヴちゃんは鼻血を垂らしたまま、金魚みたいに口をぱくぱくさせている。
私はそれを肯定と取り、マルシェさんに向き直った。
「みんなもオッケーみたいなので、みんなと結婚でお願いします!」
「お願いしますっ!!」
背後から、みんなの声が後押しする。
私たちは知らぬ間にどんどん高揚していて、マルシェさんにじりじりと迫っていた。
しかしマルシェさんは戸惑い、潮が引くように後ずさっている。
「え、えーっと……せっかくやる気になってるところ、悪いんだけど……結婚式の撮影で予定してた衣装代は、ふたり分しかなくってさ……」
「そこをなんとか、お願いしますっ!!」
結婚に反対する親を説得するみたいに、訴えかける私たち。
「でも、もうだいぶ予算オーバーしてて……」
「どうしてもダメなんですか!? なんでもしますから……お願いしますっ!!」
壁際まで追い詰められたマルシェさんは、私たちの気迫についに折れてくれた。
「……わ、わかった、わかったよ。追加の予算がもらえるか、ちょっと町長に聞いてみるよ。でも……あんまり期待しないでおくれよ」
それからマルシェさんは撮影開始を少し遅らせてくれて、聖堂から出ていった。
おそらく村長さんの家に行ってくれたんだろう。しばらくしてから戻ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……人数分のウエディングドレスは高すぎるから、無理だって……でも、リリーたちへの報酬を減額してもいいなら、半額は出してくれるって……!」
それは熱にうなされていたような私を、正気に戻すのにじゅうぶんな回答だった。
「さ……さすがにそれは……」「それでいいですっ、お願いしますっ!!」
しかし私の言葉は、仲間たちによって遮られてしまう。
ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん……そしてなぜかイヴちゃんまでも、私に詰め寄ってくる。
「いやあん! ミント、リリーちゃんとけっこんしたーい! したいしたーい!」
私のシャツをぐいぐい引っ張りながら、駄々っ子のように暴れるミントちゃん。
「結婚結婚結婚結婚結婚」
うわごとにようにつぶやき続けるクロちゃん。
「リリーム様、どうせ叶わぬ恋ならば、せめて、せめて夢の中だけでも叶えさせていただけませんか……!?」
ヨヨヨ……と半泣きですがってくるシロちゃん。
「ちょっとアンタ!? アンタが結婚したいって言ったんでしょうが!? さんざん弄んで捨てるなんて、絶対に許さないわよっ!?」
熱した巌みたいな顔で私の襟首を掴み、ガクガクゆさぶってくるイヴちゃん。
私はかつてないほど鬼気迫るみんなに、完全にたじろいでいた。
……私たちパーティは、今まで何度も命がけの危機に瀕したことがある。
その時はパニックになって大騒ぎするんだけど……ここまで必死だったことはなかった。
み……みんな、怖い……! い……いまのこの状態は、命よりも重いっていうの……!?
さっきまで私たちに迫られていたマルシェさんは、こんな気持だったのか……!
「あきらめよう」なんて言ったらこのまま絞め殺される。
シロちゃんに至っては自ら命を断ちかねない。
私は震えるように頷くしかなかった。
「う……うんうん。結婚する結婚する。みんな一生、幸せにするから……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからみんなで貸衣装であるウエディングドレスに着替えた。
いっぱい種類があったんだけど、私は最初に手に取った薄いブルーのヤツにする。
ドレスを選ぶのは生涯で三度目なんだけど、特に迷うこともない。
それからみんなが選び終えるのを待ってたんだけど、かなり待たされた。
なにをそんなに悩むことがあるんだろう……? と不思議に思っていると、ようやくみんながやって来た。
まるで新緑のようにキラキラと輝く、ミニスカートのウエディングドレスのミントちゃん。
背中に薄い羽根みたいなのがついていて、森の妖精みたいだ。
広がりがなく、ストンとしたシルバーのウエディングドレスのクロちゃん。
彼女のクールな表情に抜群にマッチしている。氷の女王様みたいだ。
花柄レースでいっぱいの、純白ウエディングドレスのシロちゃん。
まだ夢だと思っているようだから、大胆なのを期待したんだけど……胸元はしっかりレースで覆われている。
ピンクのゴージャスなウエディングドレスのイヴちゃん。
まるでホンモノのお姫様みたいにサマに……あ、彼女はホンモノのお姫様だったか。
そして最後は……人魚みたいなシルエットの、水色のウエディングドレスのクルミちゃん。
彼女は普段からドレスなので、違和感がないけど……こういうドレスもいいなぁ、なんて思ってしまった。
みんなが揃ったところで、ようやく結婚式の撮影が始まった。
天井まであるミルヴァちゃんの像の前で、聖堂主様のありがたい御言葉を受ける。
その御言葉を受け、誓いの言葉を宣言しなくちゃいけないんだけど、私が代表してやることになった。
「えーっと、私はイヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん、クルミちゃんを、一生愛し続けることを誓います! みんなで泣いたり、笑ったり……時には怒ったりケンカしたりもあるかもしれませんけど、ずっとずっと、みんなで一緒にいたいと思います!」
「……よろしい。その気持を忘れずに、いつまでもお幸せにね。では、次に誓いのキスを……」
と聖堂主様から言われて、私は思わず鼻息を蒸気のように吹き出してしまった。
ち……誓いのキス!? そ……そっか!
結婚式において、いちばん大事なイベントをすっかり忘れてた……!!
み……みんなと愛の口づけをするってことだよね!?
つ、ついに私もファーストキスをする時が、ついにやってきたんだ……!
しかし聖堂主様から言われた次の一言で、私はずっこけてしまった。
「でも、ここで口づけを交わしちゃうと本当に結婚したことになっちゃうから……誓いのキスは省略しましょうね」
……スッテーン!
豪快にすっ転んでしまい、みんなから助け起こされてしまう。
「まったく、何やってんのよアンタ!? ホントにアンタってアタシがいないとマトモに立つこともできないんだから! まったく、しょーがないわねぇ……!」
「キャハハハハ! リリーちゃん、くるんってなった! おもしろーい!」
「ああっ、リリーム様、ご無事ですか? お怪我はありませんか? 何ともありませんか? ああっ、良かったです……!」
「…………」
「まったく、ボクは女神様の剣なんだけどなぁ……でもいいか、友達くらいなら!」
私のまわりに集まってくるみんな。すかさずマルシェさんの指示が飛ぶ。
「あっ……! いい、いいよ! みんないい顔してる! こっち向いて! リリーを中心に、はい、チーズ!!」
……パシャッ!
六人の花嫁の笑顔を捉えたこの写真は、大きく引き伸ばされ……街なかで一番人が集まる広場に飾られることとなった。
それと……これは後になってから知ったんだけど、写真にはちゃんと精霊のクルミちゃんの姿が写ってたんだ。
撮影スタッフさんは不思議に思ったそうなんだけど、あまりに見栄えが良かったからモデルさんを使っての合成をやめ、そのままクルミちゃんの写真を使うことにしたんだって。




