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シロちゃんが失神しちゃったのと、日も沈んでしまったので、この日の撮影はお開きとなる。
残すはワンシーンのみらしいんだけど、そのシーンは昼間に撮りたいとスタッフさんから言われ、明日続きをすることとなった。
結局、イヴちゃんとクルミちゃんへの『愛の告白』はナシになってしまって、私は少しだけ残念な気持ちになる。
クルミちゃんは途中からずっと寝てたから、気にする様子もなかったけど……イヴちゃんはどうだろうか。
なんて考えていたら、いつの間にかイヴちゃんが戻ってきていることに気づいた。
彼女は「しょ……しょうがないわねぇ、死ぬほど気が進まないけど、どうしてもって言うなら……あ、アンタのロクでもない『愛の告白』とやらを右から左に流すように聞いてあげなくもないわ」なんて言っていた。
「もう撮影終わっちゃったよ?」と私が言うと、イヴちゃんは一瞬、買ったばかりのソフトクリームを落とした子供みたいな顔になる。
でもそのあと急に怒り出して、「そんなのわかってるわよっ!」といかり肩でさっさと帰ってしまった。
私たちもイヴちゃんの後を追うようにして宿へと戻る。
私の背中にはシロちゃん。
気絶している彼女には悪いけど、シロちゃんをおんぶできて嬉しい。特に背中が。
私たちの少し前には、大股でのっしのっしと歩くイヴちゃん。
怖い顔をしているのか、道行く人がみんな避けている。
その背中を眺めながら、私は心の中で溜息をつく。
はぁ……まったく……私と絡むような事になると、イヴちゃんはなんであんなに突っかかってくるんだろう?
最終的にはいつも嫌々ながらも、付き合ってくれるからいいんだけど……。
イヴちゃんは最初は「嫌!」ってキッパリ断ってくるんだけど、いつも最後は「しょうがないわねぇ」って言ってくれるんだ。
もしかしたら無理してくれてるのかなぁと思って、一度誘わなかったことがあったんだけど……その時は、それはそれはもう不機嫌になったんだ。
ちょうど今、前に歩いているイヴちゃんみたいに。
だからそれからは必ず、イヴちゃんも巻き込むようにしたんだ。
まったく……誘っても嫌そうにするし、誘わないともっと嫌そうにするなんて……。
イヴちゃんのそういうところだけは、私はいまだによくわからない。
でも……そんなイヴちゃんも好きだったりするんだよね。
つれないと構いたくなっちゃう……みたいな?
それよりも……もっと問題なのは、背中にいるシロちゃんのほうだ。
彼女は自分のことを過小評価しすぎていて、自分以外はみんな神様みたいに思ってるところがある。
まぁ、他の人に対しては別にそれでもいいんだけど……私だけはもっと打ち解けてくれないかなぁ。
嫌なことがあったらイヴちゃんみたいにハッキリ言ってほしいし、なんだったら引っぱたいてくれたってかまわない。
……あ、イヴちゃんみたいにしょっちゅう殴りかかってくるのは嫌だから、イヴちゃんの半分……いや、3分の1……いやいや、5分の1くらいの頻度だったらオーケーだ。
恥ずかしがり屋な彼女だけど、私と一緒にいること自体は嫌じゃないみたい。
でも距離感がまだ遠いというか……私は今おんぶしているくらいの感じで一緒にいたいんだけどなぁ……。
でもでも、他の人に比べるとだいぶマシなんだよね。
男の人とかはいまだにニガテみたい。店員さんとか怪我してる人とか、必要最低限のことはやりとりできるようになったらしいんだけど、すっごく緊張してるのがわかる。
男の人と話すシロちゃんって、チワワみたいに震えてるんだよね。
本当は逃げだしたい気持ちでいっぱいなんだけど、それだと失礼にあたるから、必死にガマンしてるって言ってた。
女の人相手では少しはマシになるらしい。それでもかなりの緊張が伝わってくる。
やっぱりいちばんリラックスしてるのは私たちといる時かな。
育ての親である聖堂主様の前でも緊張するらしいから、私たちは肉親以上の関係になれてるのかもしれない。
そう考えると……少しずつ距離は縮まってきてるのかなぁ……。
なんてことを考えているうちに宿に着いたので、私はシロちゃんをベッドに寝かせて介抱した。
気がついたシロちゃんは「あっ、おはようございます。みなさん、もう起きられたんですね……えっ!? もう夜なんですか!? すみません、寝過ごしてしまって……!」となんだか様子がおかしかった。
よくよく話しを聞いてみると、今日一日の出来事は夢だと思ってたらしい。
「私がリリーさんから『愛の告白』をされたので、てっきり夢だと思っておりました。大それた夢だと思っていたのですが……まさか、現実だったなんて……!」
そしてまたしても茹でダコのようになる。
シロちゃんはそれからずっとモジモジしてて、イヴちゃんはイヴちゃんでずっと不機嫌なまま。
仲間ふたりがこんな調子だったので、明日の撮影は大丈夫かなぁ……と私は不安になってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日。
私は昨日からの流れで、ついうっかりクロちゃんの服を着そうになる。
改めて自分の勇者服に袖を通すと、ミントちゃんのニオイがして……思わず生地に頬ずりしてしまった。
その後、宿まで迎えに来てくれたマルシェさんに連れられ、私たちが向かったのは……街の聖堂だった。
このカラーマリーでは聖堂までイカっぽい。
聖堂主様の白いローブにもイカっぽい意匠が取り入れられていた。
さすがにミルヴァちゃんの像は普通だったけど、ミルヴァちゃんだったら喜んでこのユリイカの格好をするんじゃないか、なんて思ってしまう。
マルシェさんから呼び集められ、私たちはここで撮影する内容の説明を受けた。
「さて、いよいよ最後のシーンだよ。愛の告白を終えたユリイカのリリーは、ここで結婚式をあげるんだ」
「「「「「けっ……結婚式っ!?」」」」」
女の子だったら誰もがときめくワードの登場に、色めきたつ私たち。
「今から結婚式を挙げてるシーンを撮影するんだけど……さぁてリリー、お相手は誰にする?」
急にマルシェさんから問いかけられ、私は言葉に詰まってしまった。
「えっ!? お……お相手、って……みんなの中からひとり選ぶんですか?」
「そう。リリーが選んだ相手とふたりでウエディングドレスを着てもらって、結婚式をやってほしいんだ」
ま……まさか、結婚式をすることになるなんて……! と私はパニックになる。
「み、みんな、どうしようっ!?」
私は仲間にすがる。真っ先に目が合ったのはイヴちゃん。
「私は絶っっっ対に嫌よっ! 例えごっことはいえ、大切な思い出になる結婚式を、アンタとだなんて……想像するだけで……!」
顔を真っ赤にして叫ぶ彼女の鼻から、何やら赤い液体が垂れ出している。
「イヴちゃん、はなぢでてるー!」
ミントちゃんから指さされ、ハッと鼻を押さえて背を向けるイヴちゃん。
ミントちゃんは抱っこをせがむようにぴょんぴょん跳ねていた。
「ねーねー! 『うどんどれす』って、キラキラしてるー? ならきたい、きたいきたーい!」
私はウエディングドレス姿のミントちゃんを思い浮かべる。
小さいけど元気いっぱいの花嫁さんは、きっと想像を絶する愛らしさに違いない。
そのまま連れ去りたくなっちゃうくらいに……!
次にアピールしてきたのは、意外にもシロちゃんだった。
引っ込み思案な彼女にしては珍しい……と思っていたら、
「リリーム様、あなた様に一生お尽くしいたします。ぜひ私を花嫁としてお選びください……!」
情熱的な眼差しで、私の手をぎゅっと握りしめてくるシロちゃん。
なんだか目が怖い。
「り、リリーム様って……シロちゃんどうしたの急に?」
するとシロちゃんは芝居がかった動きで、自らの身体をきゅっと抱きしめる。
「私は思ったのです。夢なのでしたら、自分にウソをつくのはやめようと……!」
どうやら彼女は、まだ夢の中にいると思いこんでるらしい。
「ゆ、夢じゃないんだけどな」
「ふふっ、夢の住人さんは、みなさんそうおっしゃるのです」
シロちゃん史上初であろう、いたずらっぽい笑顔……私は心臓をわし掴みにされてしまった。
かっ……かわいい! こんなシロちゃん、初めて見た……!
それに白いローブが似合うシロちゃんだ。ウエディングドレスはきっともっと似合うに違いない……!
想像するまでもないことを想像していると、ちょんちょんと肩をつつかれる。
見ると、クロちゃんが誓いのキスを待つ花嫁のような顔をしていた。
「く、クロちゃん……。クロちゃんもウエディングドレス着たいんだね?」
「……リリーは着たい?」
「私? 私は別に、どうでもいいかなぁ……」
実をいうと私はドレスとかそういうオシャレにはあんまり……というか、全然興味がない。
オシャレにお金を使うくらいだったら、装備を買っちゃうほうなんだ。
クロちゃんもオシャレなほうじゃないけど、キス顔を作っていたから着たいのかなぁと思ってたんだけど……、
「なら、自分も着たくない」
そうでもないようだ。
「そうなんだ……私は自分が着るのには興味ないけど、みんなが着ている姿はすっごく見てみたいんだよね」
「……自分のウエディングドレスも見たい?」
「クロちゃんのウエディングドレス? もっちろん! クロちゃんっていつも黒いローブだから、白いウエディングドレスとかイイと思うんだ!」
「なら、自分も着たい」
私の一言で、コロリと意見を変えるクロちゃん。
うーん。よくわからないけど、クロちゃんも花嫁希望だというのがわかった。
残るはクルミちゃんなんだけど……彼女は寝ていた。
私の腰にいる聖剣のクルミちゃんはいつものようにグースカと、精霊のクルミちゃんのほうは立ったままスヤスヤと寝息をたてている。
昨日はいろいろあったから、疲れてるのかな……と思い、そっとしておくことにした。
「さぁて、リリー、そろそろお相手は決まったかい?」
マルシェさんから尋ねられ、私は「はいっ!」と返事をした。
仲間たちがハッと顔をあげ、一斉に私に注目してくる。
満を持して、私が告げた名前は……もはや、言うまでもないだろう。




