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「じゃっ……じゃあ次はイヴちゃんっ!」
私は四つ足で床に這いつくばったまま、次のモノマネ対象としてイヴちゃんを指名する。
するとイヴちゃんは、すでに心の準備をしてあったのか……すぐさま別人になった。
「ウェェ~……アー……ホットケーキだぁ……こんなにでっかいの……食べられるかにゃ~?」
彼女は椅子に座ったまま、酔っ払っているかのように身体をぐにゃんぐにゃんと揺らす。
手にしたペンをノールックで走らせ、のたうつミミズのような線を紙の上に描く。
隣に座っていたシロちゃんにもたれかかると、吸血鬼のように彼女のうなじに食らいつくマネをした。
「いたらきまぁ~す。ふっくらひてて、甘くて……おいひい~」
イヴちゃんが何をやっているのか……クロちゃんからのモノマネのつながりで、私はなんとなくわかったような気がした。
「……もしかして、授業中に居眠りしてる私? 私って……授業中にもそんな自由奔放な寝方をしてるの?」
私は四つん這いになったまま、顔だけあげてテーブルの仲間たちに尋ねる。
仲間たちは椅子の上から私を見下ろしながら、当然のような表情で頷き返してきた。
私はなんだか、仲良し一家の室内犬になったような気分だった。
そして激しく後悔する。
大きなホットケーキを食べる夢なら、授業中に嫌というほど見てきた。
それこそ、食べ飽きるほどに……!
授業中に食べるホットケーキは、あったかくて、やわらかくて……口の中にいれると、とろけるようで……ひと口で幸せな気持ちになれるんだ……!
そりゃそうだ……! そりゃそうだよ……!
だって、その正体はシロちゃんのうなじだったんだから……!
でも……なんで……? なんでなんで……ホットケーキになるの……!?
ホットケーキは大好きだけど、シロちゃんのうなじとは比べるまでもないよ……!
どうせだったらシロちゃんのうなじを食べる夢として見たかったよ……!!
授業が終わって目覚めたときに、たまにシロちゃんの首のあたりが赤くなってることがあるなぁ、なんて呑気に思ってたけど……アレは私の仕業だったのか……!!
私は床から立ち上がり、シロちゃんを拝んだ。
「ごっ……ごめんシロちゃんっ! 寝ぼけてうなじを食べてるなんて知らなくて……!」
するとシロちゃんは、驚いた様子で顔をぶんぶんと左右に振った。
「いっ……いえ! 滅相もありません! こちらこそ粗末なうなじで、ずっと申し訳なくて……! 本当に、すみませんでした……!」
しかし変な理由で、逆に謝られてしまった。
私たちの間でなおもモノマネを続けていたイヴちゃんは急に素に戻り、不満そうに鼻をならす。
「フン……! シロ、謝る必要なんてこれっぽっちもないわよ。むしろリリーには、アタシたち全員に謝ってもらわなきゃ」
「え……? もしかしてシロちゃんだけじゃなくて……私ってば、みんなのうなじを食べてた?」
「そうよ。居眠りしてるときのアンタは首筋を狙ってくんのよ。まるで猟犬みたいに。その都度ぶん殴って追い返すのに大変だったわ」
その時のことを思い出してるのか、苦い顔をするイヴちゃん。
授業が終わったときにタンコブができてることがあるんだけど、そういうことだったのか……。
「くすぐったくて、おえかきができて、たのしかったー!」
私の寝ぼけ様すら、遊びの一環にしていたミントちゃん。
タンコブと同じく、授業後に顔に落書きされてることがあるんだけど、その理由を理解した。
「……」
クロちゃんは何も申し立てようとしない。
ちなみに私たちの席順は、私を中心として、左隣にシロちゃんとミントちゃん、右隣にイヴちゃんとクロちゃんという横並びになっている。
クロちゃんにチョッカイを出すためには、イヴちゃんという強敵を経由しないといけないから、もしかして……。
「も……もしかして、私……クロちゃんのうなじは食べなかった?」
無言のまま首を左右に動かすクロちゃん。
私の一縷の望みをかけた問いかけは、あっさりと否定されてしまった。
「それどころかクロのヤツ、リリーが来たらローブのフードを外してたのよ。まるで食べられやすくするみたいに」
イヴちゃんから言われて、私は新たなるクロちゃんの一面を知る。
「……そうなんだ……でも……それならそうと言ってくれればいいのに……」
「最初のうちは言ってたでしょうが。でもアンタは全然治そうとしないから、もうあきらめちゃったのよ」
「……そうだっけ……みんな、ゴメン……」
全然記憶にない。まぁ、たとえ言われたとしても寝相なんて直しようがないけど……。
私は落ち込んでしまった。
ドッペルゲンガーの時もそうだったけど、寝相でこんなに迷惑をかけてただなんて……。
「……みんな……私なんて、本当にお荷物だよね……漬物石のほうがまだ役に立つレベルだよ……」
ふと、悲しいつぶやきが聞こえてくる。
声のほうを見ると……部屋の片隅で肩を落とす精霊のクルミちゃんの姿があった。
「生きててゴメン……誰にも迷惑かけないように、山奥で霞を食べて生きるよ……」
そしてどっと沸き起こる爆笑。
「あっはっはっはっはっ! パン食い競争のあとのリリーのモノマネね!」
「きゃははははは! にてるー! どんどこどんどんみたいー!」
『どんどこどんどん』とは、『ドッペルゲンガー』のことだろう。
ミントちゃんは複雑な単語の場合、音のリズムだけを覚えるところがある。
それを自分が言いやすいように勝手に変えちゃうから、頭文字以外の原型がなくなっちゃうことがよくあるんだ。
「……驚きました。お声だけ伺っていますと、リリーさんがどうかされたのかと、心配になってしまいます……!」
「瓜二つ」
仲間たちの評価も上々だ。
そして私もつい吹き出していて、落ち込みかけていた気持ちが吹っ飛んでいたことに気づく。
「ゆ……優勝っ! モノマネ大会、クルミちゃんのゆーしょーっ!!」
私に指さされたクルミちゃんは、精霊と聖剣のふたりして「ヤッター!」とバンザイして喜んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そうして優勝者は決まったんだけど……せっかくだから、とシロちゃんのモノマネも見せてもらうことにした。
みんなに注目され、のぼせたみたいに顔を赤くしてしどろもどろのシロちゃんは、私のモノマネというより彼女そのもの。
優勝の可能性もないのにモノマネだけやらされて、シロちゃんは頭から湯気が出るほどに恥ずかしがっていた。
そして新たな問題に気づく。
優勝者はクルミちゃんなんだけど……彼女の身体では私の服を着ることができない。
そこでシロちゃんに頼んで、人形用のタンクトップとショートパンツをベースに、私の服として繕い直してもらった。
シロちゃんは料理だけでなく、裁縫の腕前もプロ級。
あっという間に私の服そっくりの、人形用の服を作ってくれたんだ。
そして、本物の私の服は誰が着ることになったかというと……みんなの服も含めて、あみだくじで一気に決めた。
時間がかかり過ぎたのか、しびれを切らしたマルシェさんが「早くしとくれよ!」と部屋に押しかけて来ちゃったんだ。
それで結局……誰が誰の服を着たかというと、
私の服はミントちゃん。
イヴちゃんの服はシロちゃん。
ミントちゃんの服はクロちゃん。
シロちゃんの服はイヴちゃん。
クロちゃんの服は私。
ということになった。
お揃いの勇者服で、満面の笑顔を浮かべるミントちゃんとクルミちゃん。
まるで幼い頃の私とママを見ているみたいで、思わず懐かしい気持ちになる。
イヴちゃんの服を着るシロちゃん。
律儀な彼女はわざわざ黒髪をツインテールにして、騎士らしい赤い革鎧とロングスカートをぎこちなく身につけている。
でもそれがまた、初々しい見習い騎士さんみたいで……超カワイイ。
ロングスカートには大胆な切れ込みが入っているので、彼女のレアなふとももがチラ見えするのがまた最高だ。
シロちゃんもそれが気になっているのか、いつも以上に内股になっている。
もともとの持ち主はガニ股なんだけど、真逆の反応が新鮮。
ミントちゃんの服を着るクロちゃん。
クロちゃんはスリムではあるんだけど、さすがに子供用のハンタードレスはキツそうだ。
丈も足りずにおへそが丸出しになっている。
ミニスカートも超ミニになっちゃってるんだけど、スパッツがあるおかげで下着が見えるということはない。
いつも黒いローブを身体に巻いているクロちゃんにしては、かなりの露出度。
一時もじっとしていなさそうな活発な服装なんだけど、クロちゃんはすべてを悟りきった仙人のような表情でじっとしている。
シロちゃんの服を着るイヴちゃん。
静謐で清廉とした雰囲気の白のローブは、ゴージャスな雰囲気のイヴちゃんが着ると若き聖堂主みたいだ。
いつもはツインテールなんだけど、おろした金髪が純白に映える映える。
やっぱり金髪はいいなぁ……彼女はプロポーションもいいので、どんな服を着てもモデルさんみたいにカッコイイ。
しかし態度だけは元の持ち主とは真逆で、「ああ、リリーの服じゃなくてよかったわぁ」と嫌味のように何度も言っている。
そして……クロちゃんの服を着る私。
……たまらない……! クロちゃんの服……!
飾り気のない黒い一枚布なんだけど、私にとっては最高級のドレス……!
いや、そんなよそいきだけに着るなんてもったいない。
普段着として、部屋着として、そしてパジャマとして……いつも着ていたい。
今日、この格好のまま寝ちゃいたいよ……!
鼻の穴をめいっぱい開いて、すぅ~っと息を吸い込むと……何やらの神秘的なニオイがする。
クロちゃんはニオイはしないんだけど、服には彼女の生活臭が染みついているんだ……!
これはもう、クロちゃんのニオイといっても過言ではない……!
ああっ……! これがクロちゃんのニオイ……! クロちゃん……クロちゃん……!
芳香にクラクラしそうになっていると、袖に何か入っていることに気づく。
取り出してみるとそれは、干からびた手首だった。
それは見なかったことにして、私は再びクロちゃんに包まれているような感覚に浸る。
しかし部屋のドアをドンドンと乱暴にノックされて、私は現実に引き戻されてしまった。
「ちょっとー! リリー!? まだなのかい!? 日が暮れちまうよ!」
「……あ、マルシェさん! ちょうど着替え終わったので、今からいきまーす!」
私はそう返事をしてから、仲間たちのほうを見る。
いつもと顔と服装があべこべなので、ちょっと頭の中が混乱しちゃったけど……なんとか気持ちを保ちつつ、みんなに声をかけた。
「よし……みんな、いこっか! 撮影再開だ!」




