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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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101

 私たちはいったん宿に戻り、念願のシャワーを浴びた。

 汗とイカスミを落とし、すっかりキレイになったところで、宿に備え付けのガウンを羽織る。


 そこまでは実に和やかで、平和な時間だったんだけど……問題はそのあとだった。

 私たちは、まるでお互いがライバルになったかのような……かつてないほどの緊迫した状況に置かれる。


 私たちの前には……壁のように立ちはだかる、私たちの衣服があった。


 まぁ、壁のようにっていうか……ハンガーで壁に掛けてあるから、そう見えるだけなんだけど。


 みんなは無言のまま、壁の服を凝視している。

 見慣れたはずの仲間たちの服なのに、これから自分が着るとなるとなんだか別モノに見えた。


 しばらくして……ごくっ、と喉を鳴らしたイヴちゃんが、沈黙を破る。


「さて……誰がどの服を着るか、決めましょうか」


 決意に満ちた彼女の言葉に、揃って頷き返す私たち。


 こういうときは、本当にイヴちゃんは頼もしい……! と、キリっとした横顔に惚れそうになっていると、彼女はキッとこっちを向いた。


「ただし! リリーが選ぶのは最後! アンタが言い出しっぺなんだから!」


 出た……! イヴちゃんの「言い出しっぺは最後」……!

 それこそが彼女なりの、公平を保つためのこだわりなんだ……!


 でも、今回は特に異論はなかった。

 誰の服を着ることになっても、私は狂喜乱舞する自信があるからだ。


「わ……わかった! 私が最後ね!」


 私たち一行は、かつて夏休みに豪華客船に乗ったことがある。

 そのとき、パーティに参加するためのドレス選びをしたことがあるんだけど……みんながどのドレスにするか悩むなか、私はあっという間に選び終えた。


 その時は、即決だったんだけど……今回のように、イヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん……彼女らが普段着ている服のどれかひとつを選べといわれたら、私は何時間も悩むだろう。


 だって……みんなの普段着は、私にとっては何よりも素敵なドレスだから……!


 私ははやる気持ちをおさえ、イヴちゃんに尋ねる。


「じゃあイヴちゃん、さっそく誰が誰の服を着るか選ぼうよ! あ、でも……どうやって選ぼっか?」


 すると、イヴちゃんはまるでクロちゃんのように……思慮深い様子で、静かに頷き返してきた。


「それは……入札方式にしましょう……!」


 入札方式……自分が着たい服を紙に書いて、一斉に掲げる。

 そして選んだのがひとりだった場合、その選んだ人が服を獲得。


 希望が重複した場合は、重複した服の持ち主が、選んだ人の中から着る人を指定できる。


 以上のルールで、『誰の服を着るか入札』をすることになった。

 ちなみに私は一番最後なので、この入札には参加しない。


 私達は最初の入札をするべく、会場をテーブルへと移す。

 入札に参加しない私が、司会進行をやることになった。


 緊張した面持ちで着席したみんなに、私がメモの切れ端とペンを配る。

 メモもペンも、宿に備えつけのやつだ。


「じゃあみんな……自分が着たいと思う服の持ち主の名前を、メモに書いて」


 私の合図とともにガッとペンを握り、紙の上をカリカリと走らせる仲間たち。


 まるでテストを受けてるみたいに、真剣な表情。

 しかも特に悩む様子もない。どうやらお目当ての服があるみたいだ。


 それにしても、みんなすごいなぁ……私だったら椅子から転げ落ちるくらいに悶絶して悩むのに……。

 なんて感心しているうちに、全員書き終えたようだ。


「み、みんな早いね……じゃあオープンするよ、頭の上に掲げてね。せぇーの!」


 私のかけ声とともに、白日の元に晒される、仲間たちの心の奥……!


「リリーのバカの服」「リリーム・ルベルム様」「リリー」


 イヴちゃん、シロちゃん、クロちゃん……3人が私に入札……!?

 しかもイヴちゃんはわざわざ悪口を、シロちゃんにいたっては様づけで、フルネームで書いてるし……!


 ミントちゃんは文字ではなく、似顔絵だった。

 そうだ、彼女は字が書けないんだった。


「えーっと、ミントちゃん、これは誰かな?」


 髪型でなんとなくわかったんだけど、念のため尋ねてみると。


「リリーちゃーん!」


 ミントちゃんはポニーテールを猫のしっぽみたいにピーンと立てて、元気よく答えてくれた。


 みんなの答えを見回していたイヴちゃんは、なぜか急にうろたえだす。


「なっ、なによぉ!? リリーのが一番不人気だと思って、かわいそうだから選んだのに……!? みんなもリリーを哀れんだのね!? まったく、アンタってなんでこんな時までみんなに迷惑かけんのよっ!?」


 紅潮した顔と、引きつった声でまくしたてて、私の身体をバンバンと叩くイヴちゃん。


「い、いたたたたた! あ、ありがとうイヴちゃん、私を心配してくれて……! でも大丈夫だよ、他のみんなも選んでくれたから、嫌だったら外れてくれても……!」


「いーからさっさと誰にするか選びなさいっ!」


 平手だったイヴちゃんの手が、グーになって私をゴツゴツと打ち据える。

 私は彼女がなんでこんなに取り乱し、いつも以上に乱暴になっているのか、ぜんぜん理解できずにいた。


「い、いたいってイヴちゃん! じゃ、じゃあ……私のモノマネをして、一番似てた人が私の服獲得ってことで!」


 入札者たちは「ええっ!?」とざわめく。


「なっ、なんでアンタのモノマネなんかしなきゃいけないのよっ!?」


 さっそくイヴちゃんが異議を申し立ててくる。

 とっさに決めたことだけど、なかなかユニークな決め方なんじゃないかと私は思い始めていた。


「まぁまぁ、イヤならパスしてくれてもいいから。じゃあまず、ミントちゃんから!」


 私はビッ! とミントちゃんを指さす。

 ミントちゃんは何のためらいもなく「はぁーい!」と手を挙げて起立すると、


「わぁーい! シロちゃんっ!」


 がばっ! とシロちゃんに抱きついた。

 「はっ、はひっ!?」と身を固くするシロちゃんに、ほっぺたをついばむようなキスをする。


「わぁーい! クロちゃん!」


 ミントちゃんは飛び移るようにクロちゃんに抱きつく。

 黙ってされるがままになっているクロちゃんの頬に、チュッと唇を当てた。


「わぁーい! イヴちゃ……いったぁぁぁぁぁいっ!?」


 さらにイヴちゃんに飛び移ろうとした時点で、拳によって撃墜されていた。


「どさくさまぎれにキスしようとするんじゃないわよっ!? リリーじゃあるまいしっ!?」


「だって、リリーちゃんのまねだもーん!」


 タンコブを押さえ、唇を尖らせるミントちゃん。


 私はミントちゃんにキスしてもらいたくて、顔を突き出して待ち構えてたんだけど……いつまでたっても来てくれなかった。


「あ……あの……ミントちゃん、私には?」


 「ここにお願い」とばかりに頬をトントン叩いて催促したんだけど、


「リリーちゃんのまねだから、リリーちゃんにはしないよ?」


 いたって冷静に返されてしまった。

 私はちょっと残念だったけど、気を取り直して次のモノマネする人を指定する。


「そ……そっか。じゃ、じゃあ次はクロちゃん!」


 私に指されたクロちゃんは、頷きながら瞼を閉じた。

 そのまま全身から力が抜けたようにぐらりと揺れ、椅子から崩れ落ちる。


 いきなり床に倒れ伏したので、みんなは慌てて立ち上がった。


「く……クロちゃん!?」


 クロちゃんは糸の切れた人形のように、床の上で身体を投げ出したまま動かなくなっている。


「ど、どうされたんですか!? 大丈夫ですか!? ……キャッ!?」


 青い顔でかがみ込んだシロちゃんに、いきなり飛びかかって抱きすくめ、そのまま押し倒すクロちゃん。

 ギューッと細腕に力を込めていたかと思うと、いきなり手を離してドタンバタンと暴れだす。


 その邪神に取り憑かれたみたいな動きに、私は見覚えがあった。

 私よりずっと長いこと、ソレを見続けていたであろうみんなは……私より早く気づいていたようだ。


「ああ……リリーの寝相を真似してるのね。その悪魔の人形みたいな気持ち悪い動き、ソックリだわ」


 呆れと感心が混ざった様子のイヴちゃん。


「きゃははははは! にてるー!」


 指さして大笑いしているミントちゃん。


「あっ……!? は……はい……! この、服を脱がせようとしてくるところ……! 本当に、リリーさんみたいです……! ああっ、おやめになってください……!」


 クロちゃんの手によってガウンを乱されながら、困り顔のシロちゃん。

 その告白に、私は度肝を抜かれる。


「ええっ!? 私って、寝てる間にみんなの服を脱がせようとしたことがあるの!?」


 ひとり驚く私に、「お前は今さらなにを言ってるんだ」みたいな顔で、揃って頷き返してくる仲間たち。


 私は寝ぼけると、寝床の上を転がりまわってみんなに抱きついたり、殴ったり蹴ったりするのは知っていた。

 だってつい先日、私に化けたドッペルゲンガーたちの寝相で、身をもって思い知らされていたから……!


 でも……でも……!

 まさか、脱がすまでやってたなんて、知らなかった……!


 私は火事で全財産を失った人みたいに、がっくりと膝をついてうなだれる。


 なんで……なんでその時の私って、無意識なんだろう……!

 なんで……脱がしたときに自動的に目が覚めてくれないんだろうっ……!?


 いやっ……!

 せめて……せめてその光景が夢の中にでも出てくれれば、最高なのに……!


「どーしたのー? リリーちゃん?」


「あの、どこか、お身体の具合でも……?」


 一部の仲間たちは心配してくれたんだけど、


「ほっときなさいよ。どーせ、脱がしたときに目が覚めればいいのに、とかロクでもないこと考えてるんでしょ」


 ある仲間に心の中を見透かされて、私は「うぐっ」と呻いてしまった。

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