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「イヴちゃんイヴちゃんイヴちゃんイヴちゃん、なんでみんなの服を着るのがイヤなの?」
私はイヴちゃんの前を、反復横飛びするみたいにぴょんぴょん左右にステップしながら尋ねる。
ミントちゃんとクルミちゃんもすぐにまねっこしてきた。
ミントちゃんはともかく、クルミちゃんが真似してくるのは初めてのことだ。どうやらかなりテンションがあがっているらしい。
せっかくなので私は先頭に聖剣のクルミちゃんを置き、ミントちゃん、私、精霊のクルミちゃんの順番で整列し、揃ってイヴちゃんの前を往復した。
楽しそうにしている私たちとは裏腹に、イヴちゃんは大量のハエにまとわりつかれたみたいにブンブンと手で追い払おうとしてくる。
「他人の服を着るなんて、イヤに決まってるでしょうが! しかも唾液まみれなのよ!? アンタらはイヤじゃないの!?」
「べつにー」とハモる私、ミントちゃん、クルミちゃん。
それがシャクにさわったのか、イヴちゃんはフンとそっぽを向いてしまった。
私はカニみたいに平行移動して、またイヴちゃんの前に回り込む。
「だってもうイカスミを吐きあい、浴びあった仲じゃない。いまさらそんなこと気にしなくても」
「あの時はあの時よっ! 落ち着いて考えたら、あんなバカなことするんじゃなかったわ!」
「でも、やってる時は楽しかったでしょ? イヴちゃん、まるで姫亭のショートケーキのイチゴが2個だった時みたいにはしゃいでたよ」
「そ……そりゃまぁ、やってる最中は、多少は……」
「じゃあ、その時の楽しさをまた感じようよ! 服を交換したら、きっとまたその時の感動が蘇ってくるよ!」
「そ……そうかしら?」
イヴちゃんは一瞬、考えるような素振りをみせたけど、
「って、そうやってアタシをその気にさせようったって、そうはいかないわよっ! なんで服を交換して感動すんのよっ!?」
勧誘を振り払うように、またあさっての方を向いてしまうイヴちゃん。
翻ったツインテールが私の顔に当たり、頬から頬にかけて筆みたいな黒い線を残していく。
私はその線に導かれるように、また彼女に回り込みをかける。
「よくスポーツとかでも、終わったあとは健闘をたたえあってユニフォームを交換しあうじゃない? そう思えばなんだかカッコいい気がしない?」
「……あれをやるのは男だけでしょ」
冷静なツッコミが炸裂する。でもめげるもんか。
「だ……だからこそ、だからこそだよ! 私たち女の子がユニフォーム交換を行えば、それこそ歴史的快挙……! 私たちがスポーツ界に新風を巻き起こすことができるんだ!」
「そ……そうかしら?」
「うん! 着替えたあとの姿もポスターになるんですよね!? マルシェさん!?」
するとマルシェさんは「え? あ、ああ……うん……」とちょっと引き気味に返してくる。
そのせいで、煙に巻かれつつあったイヴちゃんがまた正気に戻ってしまった。
「や……やっぱり変よ! なんでアンタが着てた服を着なきゃいけないの!」
「いやいや、よく考えてみてよ、私の服を着るのと、知らないオジサンの服を着るの……どっちがいい?」
「そ、そりゃ……まだ……まだアンタのほうがマシかな……」
「でしょ!? だったらいいじゃない! 私と服を交換しても!」
「そ、そうかしら……?」
まんざらでもなさそうなイヴちゃん。しかしすぐにハッとなって、
「あ……危うく騙されるところだったわ! そうやって変なのと比べるのって、アンタの常套手段じゃない! マシだとは言ったけど、どっちもイヤなのは変わりないわよっ!」
また踵を返して反対側を向かれてしまった。
イヴちゃんに指摘されたように、より悪い対象を引き合いに出して、マシだと思わせるのは私がよくやる説得方法だ。
知らないオジサンには悪いけど、オジサンよりはマシだと思わせて、服の交換に持ち込もうとしたんだけど……見破られてしまった。
しかしいちど火がついてしまった私は、このくらいじゃ諦めない。
なんとしても、服の交換を……! と思ったんだけど、そこで名案がひらめいた。
私は、逃げようとする冒険者に回り込むモンスターのように、シュバッとイヴちゃんの前に立ちふさがると、
「じゃ……じゃあさ、この服じゃなくて、私たちが普段着ている服を交換するってのはどう?」
「な……なんですって?」
この提案には、イヴちゃんも虚を突かれたようだ。
「このイカスミまみれの服だと汚れてるし、イヴちゃんの言うとおり汗とヨダレでベトベトだけど……私たちがいつも着ている服だったらキレイじゃない?」
「う……うぅーん……まぁ、この服よりはマシ……かもしれないわねぇ……」
次に私が繰り出した説得は、「より良い対象を引き合いに出す」だ。
これには引き気味だったマルシェさんも食いついてきた。
「それ、いいね! イカスミまみれの服どうしを交換しても、見た目にぜんぜんわからないけど、リリーたちが着ていた服なら、交換したのもバッチリわかるし、より仲良くなったように見えるよ!」
「でしょ、でしょ! それに私たちが着てた服なら、シャワーを浴びてから着れるから、一石二鳥だよ!」
私は勝手にシャワーのオマケをつける。
一刻も早く身体のイカスミを落としたがっていたイヴちゃんに、これは効果抜群だった。
「……えっ? シャワーを浴びれるの? それいいわね、早く服を交換しましょう!」
私の説得作戦は大成功。
しかもみんなが普段着ている服が着れるという、より良い戦果を残すことができたんだ。
この一度しか着てない服より、みんなが普段着ている服のほうが、よりみんなを感じられて……それを交換するということは、さらに仲良くなれそうじゃない……!?
想像するだけでハイテンションになる私。
頭の中にあるアイデアの泉が、天高く噴出し……さらなる天啓となって降ってきた。
「そっ、そうだ! マルシェさん、もっといいアイデアがあります!」
「おっ、さらに名案がひらめいたのかい? なんだいなんだい、リリー!?」
マルシェさんは「さらに素晴らしい撮影になるぞ」と期待しているのか、ノリノリで聞き返してくる。
「服だけじゃなくて、下着も交換してみたらいいと思います! 見えないところですけど、そういうこだわりがポスターにも現れると思うんです! イヴちゃんも、そう思うよね!? ねぇイヴちゃ……」
そう熱っぽく訴えかけながら、イヴちゃんのほうを見る私。
刹那、背筋が凍りついた。
「………………」
彼女は何も物言わず、怒りとかそういう感情を超越したような表情で……私を瞳に映していたからだ。
こっ……これが……噂に聞く、ブッチャー面……!? と私は直感した。
……『ブッチャー面』というのは、屠殺人という二つ名を持つ、とある悪魔から由来している。
その悪魔がいつも恐ろしい形相をしていることから来た、表情を表す言葉である。
そう……イヴちゃんはまさに、私を屠殺せんばかりの表情で睨んでいたのだ……!
「な……なーんてね、下着なんて交換したって、れ、劣等感にさいなまれるだけだもんね」
私はそう言い繕うだけで精一杯だった。




