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「ねーねー、つぎはどっちにいくー?」
ミントちゃんが上目遣いで聞いてきた。残るは真ん中と、右の扉……私は少し考えてから、
「右のはたぶん、ハズレだと思う……だから、真ん中でお願い」
今しがた閉じ込めたリザードマンの巡回ルートを推理して、答えを導き出した。
「わかったー」
すぐに駆け出したのでその背中に、
「あ、真ん中からはリザードマンが出てきたから、気をつけてね」
大事なことを付け加えていおいた。
扉の上から潜り込むミントちゃんを見送りながら、この場で待ってようか隠れていようか迷っていると、すぐに顔が出てきて、
「にもつあったよ!」
朗報が降ってきた。
「なかにいっぱいリザードマンがいるけど、みんなねてるみたい」
飛びおりてきたミントちゃんはクルリと一回転して着地した。
「ひょっとしてさっきのリザードマン以外、全員寝てんじゃないの?」
イヴちゃんは呆れ気味だった。あながちウソでもないかもしれない。
寝てるなら中に入ってみようということになり、重い石扉を私とイヴちゃんとミントちゃんの三人がかりで開けた。
中には小部屋のような空間があり、その先にはさらに広い部屋があった。奥の広い部屋はつきあたりに木の壁があり、その先は外のようだった。
奥の部屋に足を踏み入れてみると……長テーブルがあった。テーブルの上にはコウモリやネズミの死骸が散乱しており、まわりでは地面に倒れたリザードマンたちがいびきをかいて眠っていた。
「……なに、コレ」
ひどい有様と匂いに、思わず顔をしかめてしまう。
「おなかいっぱいになって、ねちゃったのかなぁ?」
ミントちゃんの一言で、状況が理解できた気がした。コウモリやらネズミやらは彼らの夕食で、それらを食い散らかしたあと眠ってしまった、というわけか。……なんという奔放な生活スタイルだろうか。
「そんなことよりも、取り返すのが先でしょ」
部屋の隅のゴミだめみたいなところに立てかけられた大剣を抜くイヴちゃん。
「ああん、もう、何コレ、べっとべとじゃない」
柄のところに付着したねばねばの液体を払いながら、一気に不機嫌そうになった。
そうだ、「勇者のティアラ」を探さないと! と思ったが、わりとすぐに見つかった。テーブルに突っ伏して寝ているリザードマンが、気に入ってくれたのか頭にちょこんと乗せていた。
そっとつまんで取り返すと……よかった、傷もついてなくて、ねばねばの液でべっとべと、なんてこともなかった。ひと安心してティアラを頭にかぶって、次は剣と盾を探すことにした。
愛用の片手剣と盾はゴミだめの近くで見つかった。どちらもねばねばの液体にまみれていて思わず泣きそうになってしまった。
テーブルの上にはみんなの靴がなぜか並べておいてあったので、自分のを取って履こうとすると、中に何か入っていた……それは、ミントちゃんの髪留めだった。
手にとって見てみると、金属でできたそれは精巧な猫の彫刻が施されていた。瞳のところに小さな宝石がはめこんであるスマートな猫は、長い尻尾をたらしつつ肉球をこちらに突き出したポーズを決めていた。
思わず見とれてしまったが探し回るミントちゃんが目に入ったので、「はい、あったよ」と手渡すと「わーい、ありがとー!」と早速いつものポニーテールにしていた。
髪留めによって作られたポニーテールは、いままでの鬱憤を晴らすかのようにブンブン動き出す。
次は服、なんだけど……見つけても着替えているヒマはないだろうと思い、みんなに声をかけて水着に最低限の装備だけをつけて、最後にカバン取り返して脱出しよう、ということになった。
「なんか妙だね」
私だと青いタンキニをベースに髪は三つ編み、勇者のティアラ、腰ベルト、片手剣、盾、靴……これが、最低装備。
「ビキニアーマーってのがあるけど、これはただのビキニね」
イヴちゃんは赤いビキニにツインテール、大きな肩当て、背中に大剣、靴。……水着だと肩当てのアンバランスさがさらに強調される。
「うごきやすいかもー」
ミントちゃんは黄色いワンピース水着に髪留めによるポニーテール、爪の仕込まれた篭手、スリングショット、スニーカー……そして肩には針を装備した藁人形。
「あの……できましたらローブを羽織らせていただけませんでしょうか……」
シロちゃんは白いワンピースパレオにおだんご頭、眼鏡、首にはタリスマン、靴。……太ももをぴったり閉じた内股でもじもじしている。
「……」
クロちゃんは黒いワンピース水着にいつものおかっぱ頭、両手杖と釣竿、靴。……片手杖は胸にしまい込んだようだった。
改めてみんなの格好を見てみると……もう十歳くらい年をとっていたらセクシー武装集団と呼ばれてもおかしくない出で立ちだなと思った。
さて、残るは衣服などが入ったカバンだが……問題なことに、彼らの寝具として使われていた。
お腹を乗せ、カバンにハグするような体勢で眠っているリザードマンを見下ろしながら、
「ひっこ抜いたら……さすがに起きるよねぇ」
「武器もあるし、寝てるあいだに殺しちゃうってのは?」
「……血の匂いで仲間が起きる可能性がある」
「同じ大きさのものと入れ替えてさしあげるというのはいかがでしょうか?」
あれやこれやと言い合っていると、
「ねーねー、コレ、なにかなあ?」
扉近くの小部屋のほうから、ミントちゃんの声が聞こえた。
行ってみると、小部屋の隅に取り付けられた大きな丸ハンドルの前にいた。船の操舵輪みたいなそれはチェーンで動かないように固定されており、さらに五つの錠前によって施錠されていた。
「回すとなにかが起きるっぽいけど……」
「かなり厳重にロックされてるわね……あ、なにか書いてあるわよ」
ハンドルの側に消えかかった文字を発見したイヴちゃんは、
「神々の……宝玉……宝玉の雨を降らせるには、百人隊長の五人の許可を得ること」
指でなぞりながら読みあげた。
「神々の宝玉?」
なんだかすごく魅惑的な名前だ。
「ねーねー、ほうぎょくってなーに?」
「宝石みたいに珍しい石のことです」
シロちゃんの答えに、無邪気なミントちゃんの瞳が宝石みたいに輝いた。
「コイツをまわせば、お宝の雨が降ってくるってこと?」
ハンドルを指でコンコンとノックしながらイヴちゃんが言う。
その通りになれば想像するに、素晴らしい絵になると思うが……でも、なんのためにそんな仕掛けが?
五つの錠前でロックされているのは、たぶん百人隊長がひとつづつ鍵を持っていて、五人分の承諾を得て五つの鍵を揃えないとハンドルを回せないということだろう。
それだけ重要なモノというのはわかるのだが……どうにも腑に落ちない。
「……ねえ、この錠前って外せる?」
ミントちゃんを見ると、
「できるよー、はずす?」
頷いてみせると、彼女は錠前に近寄って、取り戻したばかりの髪留めに手をやった。髪留めに彫られた猫の肉球のあたりを指でつまんで引き出すと……ピッキング用のピンが出てきた。
なるほど……あの髪留めはツールセットでもあるのか。「かみどめがあれば、ピンあるのになぁ」という牢屋での台詞を思い出した。
百人隊長五人分の威厳を示す錠前は、幼い彼女によってあっさりと破られた。
床に転がる五つの錠前と、チェーン。そして目の前には、拘束を解かれたハンドル。
私たちに考えられる選択肢はふたつ。ハンドルを回すか、回さないか。回さない場合はカバンを取ってとっとと脱出、ということになるだろう。回す場合は……どうなるかわからない。
宝玉の雨がほんとうに降ってきて、魔法の胸あてでも、チェリモアの実でも、一等客室でもなんでもこいの大金持ちになれるかもしれない。ただし、リザードマンを起こしてしまうかもしれない。
最悪の場合、宝玉の雨もナシで、リザードマンだけ起こしてしまうようなことになるかも……。
私個人の考えだけで言えば、回したい気持ちがないわけじゃない。
だけど……このハンドル自体が罠かもしれないし、それでリザードマンを起こしてしまったら……次は牢屋の中に入れられるだけではすまないかもしれない。
あの血まみれの部屋が、頭から離れない。
……ひとりで考えてもしょうがないので、みんなの意見を聞いてみることにした。
「まわしたーい!」
ミントちゃんは諸手をあげて即答。藁人形、ポニーテールもあわせて五本の手が挙がる。
「……回す」
クロちゃんは一瞬の間をおいてからつぶやいた。
「私は、皆様の判断に従います」
一歩引いたところにいたシロちゃんは、胸に手を当てて言った。
残ったイヴちゃんのほうを見ると、
「こんな面白そうなヤツの前から、逃げるなんて冒険者じゃないでしょ」
昨晩寝室でやったようなウインクをかえしてきた。
ばちんと音がしそうな大きなウインクによって、気合を入れられたような気がした。
……そうだ、そうだよね。こんな面白そうなものに出会いたくて、夏休みの課題に挑戦したのに……イザとなったら逃げるなんて、らしくないよね。
「……よぉーし、回そう!」
私の一言に、みんなは力強く頷いてくれた。




