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「じゃあそろそろ、射ちあいのほうをやってみようか。水鉄砲に入っているイカスミは、料理用のおいしいヤツだから、飲んでも安全だよ」
マルシェさんからイカスミが入っているであろうタルを渡され、背負わされる私たち。
タルの底から伸びている管みたいなのを使って、水鉄砲にイカスミを補充できるようだ。
『おいしい』と聞いて、私はさっそく自分の口に向かって水鉄砲を射ってみた。
……ビチャッ!!
水鉄砲は思ったより勢いがあって、私の顔はイカスミまみれになってしまう。
「ど……どうしたのよリリー、精霊の女の子が見えるとか言いだしたり、水鉄砲で自分の顔を射ちだしたり……とうとう狂ったの?」
隣にいたイヴちゃんは、私の奇行を本気で心配しているようだ。
「い……いや、イカスミがおいしいって聞いたから、ちょっと飲んでみたくなって……」
「なんだ、いつもの食い意地からのドジだったのね。アンタらしいわ」
それっきりイヴちゃんは私の心配をやめた。
「ちょっとリリー、気が早いよ。セットがあるから、こっちで射ちあいをしとくれよ。その様子を撮影するから」
マルシェさんから促され、私たちはセットのほうに移動する。
砂浜を広々と使い、そこらじゅうにイカの看板が立てられていた。
なるほど、これに隠れて射ちあいをすればいいのか。
「用意はいいかい? じゃあ、スタート!」
マルシェさんの合図とともに適当に配置につき、イカスミシューティングを始める私たち。
ここでもやはり、みんなの個性が現れる。
ドドドドドと砂埃をあげながら突進してきて、相手の身体に銃を押し当てるようにしてビュービュー射ちまくるイヴちゃん。
飛び道具なのに、まるで石斧かなにかみたいな使い方だ。
飛び交う黒い射線をヒラリヒラリとかいくぐり、射ち返しているミントちゃん。
しぶきを少し浴びているくらいで、直撃はぜんぜん受けていない。しかし射つのは下手なようで、あまり当っていない。
射つのがいちばんうまいのはクロちゃんだった。岩のように身体を丸めて物陰に潜み、音もなく顔を出して狙撃する。
どこからともなく顔を射たれることがあるんだけど、そういう場合はたいていクロちゃんだ。
シロちゃんは例によって、あたふたしているうちにみんなから射たれまくり、しかも途中ですっ転んでタルの中のイカスミを全部浴びてしまい、影みたいに真っ黒になっていた。
聖剣のクルミちゃんは鞘を器用に曲げてバネのようにビヨンビヨン跳ねながら移動し、小さな子供のように大はしゃぎで水鉄砲を射っていた。
そばにはいつも、輝く笑顔の精霊のクルミちゃん。
その組み合わせはなんだか、浜辺で遊んでいる愛犬とお姉さんみたいだった。
「……アハハハハハハ! このーっ! あっ、リリーがいた! やっちゃえー!」
豊かすぎる胸をこれでもかと揺らしながら、やんちゃな妖精のように迫ってくるクルミちゃん。
谷間にイカスミが溜まっていて、胸が揺れるのにあわせてチャプチャプと波打っている。
大きいと、そんな芸当ができるんだ……!? と私は思わず目を奪われてしまい、おもいっきり顔面を射たれてしまった。
なんとか逃げおおせた私は、あるイカの看板が、観光地とかによくある顔出しパネルになっていることに気づく。
いいことを思いついたので、タンクのイカスミを口に含み、パネルの裏から顔を出した。
しばらく待っていると、息を切らしながらイヴちゃんがやってきて、顔出しパネルの表に貼り付いた。
隠れているつもりなんだろうが、顔を出している私からは丸見えだ。しかも、こっちには気づいていない。
私はイヴちゃんの髪の分け目めがけて、口からダラーっとイカスミを吐き落とす。
「……? あ、雨? いや、イカスミ!?」
金髪のツインテールから、シャワーを浴びているように大量のイカスミを垂らしているイヴちゃん。
ハッと上を向いて、パネルから出ている私の顔に気づいた。
「り、リリーっ!?」
ニヤリとする私の顔。その口元から溢れている黒い液体で、自分の浴びたものの正体を知るイヴちゃん。
まるでゴキブリにでも遭遇したかのような悲鳴をあげる。
「ギャアアアアアッ!? アンタ、このイカスミ、口から吐いたものなのっ!? なんてことすんのよっ!?」
そう叫ぶなりイヴちゃんは、自分の背中にあるタンクの管に吸い付き、イカスミを口に含んでいた。
プクーと膨らんでいく頬に、ヤバいと思った私はパネルから顔を外して逃げようとしたんだけど……それより早くガッと鼻を掴まれてしまった。
「いっ……!? 痛い痛いイヴひゃん!?」
「うふはいはへっ! あんはがはきにはったんへしょう!?」
口いっぱいにイカスミを含んでいるので、何を言ってるのかわからない。
いまにも破裂しそうな水風船が目の前にあるようで、私は気が気じゃなかった。
「お……落ちついてイヴちゃん、なに言ってるのかわからないよ」
……ブバーッ!!
私の目の前にあった唇から、黒い液体が放射状に放たれた。
「『うるさいわねっ! アンタが先にやったんでしょう!?』 ……これでわかった!?」
顔面濡れネズミになった私にそう言い捨てて、いかり肩で去っていくイヴちゃん。
垂れてきたイカスミをペロリと舐めてみると、イヴちゃんの味がした。
そしてイカスミシューティングはさらに混乱する。
私から始めたことなんだけど、水鉄砲よりも口からイカスミを吐く攻撃がメインとなってしまったからだ。
しかも口だとあんまり飛ばないので、みんなはどんどん近づいて吐きあいをするようになっちゃったんだ。
唇を寄せ合ってブーブーやっている私たちを見て、
「なんか争ってるっていうより、求愛しあってるみたいだねぇ! いいよいいよー!」
とマルシェさんがヤジを飛ばしてきた。
私たちがあまりに楽しそうにイカスミをぶっかけあっているので、そう見えたのかもしれない。
きれいなみんなの顔に、黒いイカスミを吐きかけるなんて、なんだか天罰が下りそうな気もしたけど……。
でも浴びてる私はなんだか気持ちよかったし、みんなも気持ちいいだろうと思い、まぁいいかと思うことにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからしばらくして、私たちは暗黒世界からやってきた泥人形みたいに真っ黒になった。
髪はシロちゃんみたいな黒髪になっていて、タンクトップもショートパンツもクロちゃんが好みそうな黒一色。
聖剣のクルミちゃんにいたっては、邪剣みたいに黒いオーラを放つ始末。
でもみんな楽しかったようで、墨だらけの顔にやりきったような笑顔を浮かべていた。
「おつかれさん、いい絵がいっぱい撮れたよ! これでレジャーのピーアールは終わり!」
マルシェさんにオッケーをもらって、はふぅ……とひと息つく私たち。
「じゃあ次は、求愛を終えた証として、着ている服を交換して!」
続けざまに、さらっととんでもないことを言うマルシェさん。
「ええっ!?」と我が耳を疑うようなみんな。
すぐにイヴちゃんがくってかかった。
「ちょっ!? この汗とイカスミまみれの服を交換しあえっての!? 冗談じゃないわよっ!」
「そのほうがユリイカどうしが仲良くなったように見えるって、急遽話し合いで決まったんだ……だから頼むよ」
「イ・ヤ・よ・っ!! 他のものならともかく、唾液までついてるのよ!? そんなの、着るのも着られるのもイヤよっ!! 死んだほうがずっとマシだわ!!」
駄々っ子みたいに全身を振り回し、イヤイヤをするイヴちゃん。
黒い雫があたりに飛び散る。
イヴちゃんはキレイ好きだ。しかも神経質なほうのキレイ好き。
戦っている最中とかはそれほどでもないんだけど、日常生活ではちょっと汚れただけで大騒ぎする。
シロちゃんも同じくらいキレイ好きなんだけど、彼女のほうは汚されたりすることに抵抗がない。
むしろ元気の証みたいに、汚されることを喜んでいるようなところがある。
ミントちゃんはその元気の証をいちばん残すタイプなので、いつもどこかしら汚れている。
泥んこ遊びが大好きで、さらに猫みたいに天井裏を遊び場にしているので、ほおっておくと大掃除もしてないのにホコリまみれになって帰ってくるんだ。
クロちゃんはキレイ好きというわけではないんだろうけど、動かないからあまり汚れないみたいだ。
汚れたところでまったく気にしてないようで、汚れを落とすこともせず……道端の像のようにただただじっと佇んでいる。
そして、私はというと……キレイ好きではないほうだ。
どちらかといえばミントちゃんに近いかもしれない。
さらに言えば、服を交換してとマルシェさんから言われたときは、驚いたけど……もうノリノリになっている。
みんなの汗や唾液にまみれた服を着る……!?
それってなんだか、もっと仲良くなれそうじゃない……!?
見たカンジ、この提案の反対派はイヴちゃんだけのようだ。
私はマルシェさんの手助けをするべく、イヴちゃんの説得を始めた。




