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ユリイカグッズである水鉄砲の登場に、みんなは大いに盛り上がってたんだけど……その輪の外で、所在なくポツンと佇むクルミちゃんがいることに、私は気づいたんだ。
「あの、マルシェさん、紙とペンありますか?」
「あるけど何するんだい? もう撮影だよ」
「ちょっとだけ、待ってほしいんです……!」
私は撮影スタッフさんから紙とペンを借り、浜辺にあるテーブルの上でデッサンを始めた。
「リリー、急に取り憑かれたみたいになって……アンタなに描いてんのよ?」
どやどやと仲間たちが集まってくる。
「クルミちゃんのお面を作ろうと思って……!」
「えっ、ボクの?」
キョトンとしているクルミちゃんの顔をじっと見つめながら、私は頷き返す。
そして紙に視線を落として、ガリガリとインクを刻む。
私は一心不乱に、クルミちゃんの顔を紙に描き写した。
いま精霊のクルミちゃんが立っているところは、みんなから見れば何もない空間。
そこを凝視している私は、頭がおかしくなったようにしか見えないだろう。
でも、かまうもんか……!
みんなの仲間に入れないクルミちゃんの寂しさに比べたら、そんなのたいしたことない……!
私は、クルミちゃんに人形用の服をプレゼントして、みんなとお揃いになったときの彼女の笑顔を思い出していた。
「アンタどこ見てんのよ……? それにクルミって聖剣じゃないの? お面なんて……」
「うん、クルミちゃんは聖剣なんだけど、宿っている精霊は女の子なんだよ! 私にはそれが見えるんだ!」
ちょっと引いているイヴちゃんに、私は熱っぽく言い返す。
「はぁ……なんかよくわかんないけど……女の子なの? それ……」
さらに指摘されて、私は現実に引き戻される。
私の情熱とは裏腹に、いやむしろ反比例するかのように、できあがったクルミちゃんの似顔絵はひどいものだった。
「ソレ、女の子っていうより化け物じゃない」
「こわーい! たべられちゃう!」
「クルミさんって、モンスターさんだったのですね……」
「沼とかに棲んでそう」
仲間たちの評価もさんざんだ。
「ひどいよリリー! ボク、こんなヘチャムクレじゃないよ!?」
まぁ、クルミちゃんが怒るのも無理はないデキだな……と我ながら思ってしまう。
もし私が似顔絵屋さんだったら、お客さんから袋叩きにあうレベルだ。
私はクルミちゃんに謝ってから、仲間たちにすがる。
「あの……みんなお願い! クルミちゃんのお面を作るの、手伝ってぇ!」
なんとか泣きついて、みんなに手伝ってもらうことになった。
テーブルに向かい、私の説明を元にペンを走らせるイヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん。
それをややあきれ気味ながらも、黙って見守ってくれている撮影スタッフさんたち。
「えーっと、髪は水色のストレートで長くて、すっごく綺麗なの! 眉は細くてすっごく綺麗で……瞳も水色ですっごく綺麗で……鼻はちっちゃくてすっごく綺麗で……唇も水色のリップですっごく綺麗で……とにかく全部すっごく綺麗なの!」
私の語彙に乏しい説明にも、みんなは自分なりに解釈して絵として仕上げてくれた。
できあがった四つの似顔絵……どれも可愛かったり、綺麗だったり、魅力的な女の子だ。
女性にすら……いや、人間にすら見られなかった私のと比べると、雲泥の差……!
「クルミちゃん、この中ならどれがいい?」
私はトランプのババ抜きのように、五枚のイラストを扇状にして見せる。
クルミちゃんは「んーとねぇ」と唇の下に指をあてて、少し考えたあと、
「髪はコレで、眉はコレ、目はコレで、鼻はコレ……口はコレで、輪郭はコレかなぁ」
するとどれかひとつを選ぶわけではなく、顔のパーツを選んで指さした。
それに待ったをかけたのは、他ならぬイヴちゃん。
「ちょっとアンタ、人相書きじゃないんだから、パーツじゃなくていちばん近いやつを選びなさいよ。もうそれでいいじゃない」
「いーや! どれもこれもイマイチなんだもん!」
クルミちゃんの態度にイヴちゃんはカチンときたのか、イスを蹴っ飛ばすようにして立ち上がった。
「……アンタねぇ、いい加減に……!」
「や……やめてイヴちゃん!」
私が慌てて止めに入ると、その怒りの矛先は私に向けられる。
「リリー、前から思ってたんだけど……アンタ、なんだってそんなにクルミのヤツをかばうのよ?」
イヴちゃんは私の襟首を掴もうとした。
でもタンクトップだったことに気づき、かわりに肩紐を掴むと、ぐいと引き寄せる。
「……アイツは助けてやっても何をしてやっても、アタシたちに感謝するどころかバカにする……恩知らずなヤツなのよ!?」
肩紐を伸ばされながら、私は懸命に言い返す。
「だ……だって……クルミちゃんは私たちの仲間なんだから、当たり前じゃない!」
「アイツはアタシたちのことを仲間だなんて、これっぽっちも思ってないわよっ!!」
「そっ、そんなのわからないじゃない! それに、今はそうだったとしても……ずっと一緒にいれば……いつかは仲間に……友達になれるよ!」
これは、私の幼いころからの持論だ。
私は子供の頃から、友達になりたいと思った女の子に対しては、どんなに邪険にされてもつきまとっていた。
イヴちゃんなんかはその最たるもの。
お姫様である彼女は、庶民である私なんかは最初は見向きもしてくれなかった。
シロちゃんは私に怯え、ずっと逃げ回っていた。
聖堂でみなし子として育てられた彼女は、異様なまでに人見知りだったんだ。
ミントちゃんとクロちゃんは……そんなに苦労はなかったかな。
ミントちゃんは最初、欲しいものはなんでも盗むという悪童だった。
でも、彼女は悪意から盗んでいるわけじゃなくて、世の中の仕組みを知らなかっただけ……シロちゃんとふたりがかりでわかりやすく教えてあげたら、今はとってもいい子になった。
クロちゃんはあまりの素っ気なさにビックリしたけど、それが普通だと知ってからは平気になった。
それに最初から、妙に私に懐いてくれてたんだよね。
私の訴えに、イヴちゃんもその時のことを思い出していたのか……「クッ!」と呻いて掴んでいた肩紐を離してくれた。
この想い、クルミちゃんにも通じたかなぁ……と思って彼女をチラ見したんだけど、ふてくされたようにブスッとしている。
まぁいっか、いつかは彼女も、わかってくれる日がくるだろう。
なんたって長いこと洞窟の中でひとりぼっちだったんだ。気難しくもなるだろうから、気長につきあっていこう。
……なんて決意を新たにしていると、いつの間にか見知らぬ女の人が、テーブルの上で絵を描いていた。
もじゃもじゃの髪の毛で、分厚い眼鏡をかけたお姉さん。
どうやらみんなが描いた似顔絵のパーツを元に、新たに絵を描き起こしてくれているようだ。
「せっかくだから、イラストレーターを呼んできたよ。彼女はユリイカプロジェクトのイラストを一手に引き受けてくれてるんだ」
とマルシェさんが教えてくれる。
イラストレーターのお姉さんは、いきなり呼び出されて不機嫌そうだったんだけど、腕前は見事の一言だった。
クルミちゃんの指定したパーツを的確に描き写すだけでなく、さらに特徴を捉えた仕上げを施し……見えてないはずなのに、クルミちゃんソックリの似顔絵に仕上げてくれたんだ。
「あ……ありがとうございますっ! すごいすごい! ソックリだよ、クルミちゃん!」
「うん! まるで鏡を見てるみたい!」
これにはクルミちゃんも大喜びだったんだけど、みんなは驚いていた。
「ホントにこんなに美人なの? ちょっと美化しすぎなんじゃない?」
「わぁーっ! クルミちゃん、きれーい! つやつやー!」
「お美しいです……精霊の王女さまみたいです……!」
「……」
マルシェさんをはじめとする、撮影スタッフさんたちにも好評だった。
「目の覚めるような美人さんだねぇ……! でも、いいイメージだよ! 精霊役の女の子のオーディションも、このイメージに合わせたほうが良さそうだね!」
はじめは私の似顔絵で、クルミちゃんの寂しさを紛らわせてあげようとしただけなんだけど……それがあれよあれよという間に立派になっていき、ついには正式採用されてしまった。
モンスターの女の子が、みんなに親しまれるお姫様になるという、童話みたいな成長ストーリーだ……!
新しいユリイカグッズということで、聖剣のクルミちゃんでも持てるミニサイズの水鉄砲に、お面をつけたものが誕生する。
「アハハハハッ! ボクの水鉄砲だー! 聖剣のボクがついに、水鉄砲になったんだ! わぁいわぁい!!」
私が服をプレゼントした時と同じような、まばゆい笑顔を見せるクルミちゃん。
「わーいわーい! よかったねぇ、うれしいねぇ、クルミちゃん!」
負けないほどに、さんさん笑顔のミントちゃん。
見えないはずなのに、精霊のクルミちゃんと手を取り合って喜んでいる。
それはまるで、太陽の姉妹がはしゃいでいるような……見ていて心がポカポカするような、とっても素敵な光景だった。




