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カラーマリーの街で、観光ピーアールを手伝うことになった私たち。
その日は、町長さんが手配してくれた宿に泊まった。
夜になると今までの疲れがドッと出たのか、私たちは気を失ったように朝まで眠った。
そして次の日の朝、私たちは再び町長さん家を訪ねる。
町長さんの執務室にあるソファに座って、今回の依頼の説明を受けた。
「こちらが観光ポスターのイメージイラストになります!」
タンとテーブルの上に立てられたのは、手配書のタッチと同じイラストボードだった。
私たち五人が楽しそうに、カラーマリーの街の大通りを歩いている。
それは別にいいんだけど……ポスターって?
いや、それはまだいい。
もっと気になったのは、イラストの私たちはイカのかぶりものをしていたんだ。
「あの……これは一体?」
聞きたいことがありすぎて、何から手をつけていいのかわからない。
町長さんは、胸をはって教えてくれた。
「これは、リリーさんたちをモチーフにした、この街のイメージキャラクター……『ユリイカ』です!」
「ゆ……ゆりいか?」
「メリーデイズ地方の言葉で、喜びを表す言葉」
オウム返しする私に、隣にいた猫背のクロちゃんが教えてくれた。
まるで町長さんが胸を張っている分だけ、身体を丸めてるみたいだ。
町長さんは、ビシッ! とクロちゃんを指さす。
「その通りです! この街では、メリーデイズからの観光客を集めたい! ですから、メリーデイズで親しまれている言葉と、この街の名物をあわせたキャクターを考えたのです!」
「は、はぁ……」
「『ユリイカ』のリリーは、イカの剣しか友達がいないイカの女の子! 剣と腹話術をして、ひとり寂しく遊んでいたところ……イヴ、ミント、シロ、クロ……四人のイカの女の子と知り合って、カラーマリーの街で親睦を深めていく……! という設定です!」
聞けば聞くほど頭が混乱する。
「ようは、アタシたちがイカのキャラになって、街で遊んでいるところを写真にとって、ポスターにするって言いたいんでしょ」
「その通りですっ!」
ビシッ! とイヴちゃんを指す町長さん。
「「え……ええーーーっ!?!?」」
これに驚きの声をあげたのは、私とシロちゃん。
ミントちゃんはわかってなさそうだし、クロちゃんはわかっているようだけど無反応だ。
「ぽ……ポスターになるということは、貼り出されて、多くの方々がご覧になるということですよね……?」
「その通りですっ! メリーデイズの港町に貼り出されたこのポスターを見て、何万何千という観光客がこのカラーマリーへと足を運ぶのですっ!」
シロちゃんは町長さんの指で貫かれてしまったかのように、ビクッ! と肩を強張らせていた。
そして、みるみるうちに真っ赤になる。
茹でイカならぬ、茹でダコみたいに。
たぶん、イカの格好をすることを嫌がってるわけじゃない。
シロちゃんは肌を露出するのは異様に恥ずかしがるけど、誰かの役に立てるなら扮装は喜んでするほうなんだ。
きっと、ポスターになって貼り出される、という点が気になってるんだろう。
シロちゃんは背中に翼が生えてからというもの、学院の美術部とかのモデルに、引っ張りイカならぬ引っ張りダコになってるんだ。
それだけ美しいってことなんだけど……シロちゃんはヌードデッサンを頼まれたみたいな反応をするんだ。
でも、シロちゃんは嫌とは言わない。
彼女は頼まれたことは断らないタチなんだ。
でもでも、ここまで恥ずかしがってるということは……きっと嫌なんだろう。
なんとかして、断れないかなぁ……。
「あ、あの~、町長さん。昨日は私たち、街で遊ぶだけでいいって聞いてたから、そのつもりだったんですが……まさか観光キャラクターになるだなんて、知らなくて……」
すると、町長さんはぐっと身を乗り出して、
「いいではありませんか! リリーさんたちも、観光仕掛け人としてさらに名を挙げるチャンスですよ!?」
「い、いえ……私たちは別に、観光仕掛け人じゃなくて、冒険者なので……」
「観光仕掛け人と、冒険者……そのふたつにどれほどの差がありますかっ!? あつまった人を幸せにするという点では、まったく同じといってもいいではないですかっ!?」
「う……うぅ~ん……同じかなぁ?」
煮え切らない私に、町長さんは苛立ったようにソファから立ち上がる。
「後ろをごらんになってください! 観光客低迷にあえぐ、この街で商売する人間たちです! リリーさんたちに見捨てられたら……この数倍の数の人間が、路頭に迷うんですよっ!?」
私がハッと振り向くと、執務室の両開きの扉は大きく開け放たれていた。
廊下には、大勢の屋台の店員さんがいて……まるで難民の子供みたいにこちらを見ている。
私たちに焼きイカをくれた、あのお姉さんもいた。
「ううっ……!」
私の身体に、罪悪感が重石のようにのしかかってくる。
もう断ることはできそうになかったので、すぐさま代替案を出した。
「……な、なら町長さん、やるのは私とイヴちゃんとミントちゃんとクロちゃんの四人でいいですか? シロちゃんはこういうの苦手なので……」
ふと花びらみたいな感触が、そっと私の手に降ってきた。
シロちゃんが、控えめに手を重ねてきたんだ。
「あ……あの……リリーさん、私のことなのでしたら、お気になさらないでください。私も、みなさんのお役に立ちたいです……」
「え……? シロちゃん、本当に大丈夫?」
「はっ……はい……ご迷惑をおかけすることも、あるかもしれませんが……一生懸命、やらせていただきます……いいえ、やらせてくださいっ」
メガネごしに、真摯な瞳を向けてくるシロちゃん。
店員さんたちの姿を見て、心を動かされたようだ。
本人にやる気があるなら、私はもう言うことはない。
こういった依頼を通じて、彼女の恥ずかしがり屋なところが少しでもマシになるなら、むしろいいことだと思っている。
私は、他のメンバーの意志も確認してみた。
「アタシは別にいーわよ。もともとモデル映えすると思ってたのよね」
すでに一流モデルになったかのように、美脚を組み直しながら言うイヴちゃん。
「構わない」
深くフードを被り、猫背のままボソリと答えるクロちゃん。
「よくわかんなーい! でも、イカがたべられるなら、いいー!」
両手とポニーテールをこれでもかと挙げ、弾けるように立ち上がるミントちゃん。
授業中に、先生に当ててもらいたくてたまらない子供みたいだ。
でも、彼女はわかっててもわかってなくても元気いっぱい。
テンションが一定なので、ある意味クロちゃんと同じかもしれない。
私は改めて町長さんに向き直り、昨日に続けて宣言した。
「お話は、わかりました……やります! ユリイカ……それがこの街の人たちのためになるんだったら……!」
「おおおおっ!! ありがとうございますっ!! ……では、決まりですな!! さっそく撮影へとまいりましょうっ!! さぁさぁ、こちらへっ!!」
執務室を出た私たちは、屋台の人たちの花道を抜け……別室に案内される。
そこには六人分の、ユリイカの衣装があった。
六人分……? と思ったけど、ひとつはやけにちっちゃい。
ミントちゃん用よりもちっちゃい。まるで人形用みたいだ。
衣装についている名札を確認したら「クルミ」と書かれていた。
「あ……これ、クルミちゃん用なんだ」
「ええっ!? なんでボクまでっ!?」
人間の姿で詰め寄ってくるクルミちゃん。
理由はわからないけど、彼女はずっと人の姿のままなんだ。
「そういえば町長が言ってたわね、ユリイカのリリーはイカの剣しか友達がいないって……だからアンタも出るんでしょ」
あっさりと言ってのけるイヴちゃん。
しかしクルミちゃんは、髪の毛を振り乱すほどにブンブン頭を振っていた。
青い光がキラキラとあたりに飛び散る。
「イヤイヤイヤっ! イヤだよそんなのっ!? なんでそんなことしなくちゃいけないのさっ!?」
「まぁまぁクルミちゃん、旅費がもらえるんだから手伝ってよ」
「イヤなものはイヤだよっ! ボクは聖剣だよっ!? 女神様とともにモンスターを倒すためにいるんだ! 客寄せパンダになることじゃない! リリーたちだけですればいいじゃん!」
すると、イヴちゃんのこめかみがピクッと震えた。稲妻みたいな青筋が走っている。
「なぁに言ってんのよっ!? 元はといえば、ぜんぶアンタが……!」
「なにさっ!? 三流冒険者のくせに! 聖剣のボクに文句だなんて……!」
ガッ! とクルミちゃんに挑みかかるイヴちゃん。
負けじとイヴちゃんを睨みおろすクルミちゃん。
イヴちゃんからはクルミちゃんは見えてないはずなのに、うまいことぶつかりあっている。
「ま……まぁまぁ、イヴちゃん、クルミちゃん、ふたりとも落ち着いて……」
私は間に割って入る。
しかしふたりとも、散歩中に遭遇した猛犬どうしのようにウーウー唸りあって離れようとしない。
どうしようか迷っていると、意外な人物が口を開いた。
「……聖剣は、ものによって展示される場所が変わる」
クロちゃんだ。
すでにユリイカの衣装である、イカのかぶりものをしている。
「最も有名な聖剣は、ミルヴァランスの王城に展示される。そこから大聖堂、美術館、博物館、大手の武器屋とランクが落ちていき……最も無名な聖剣は、本の片隅に掲載される程度にとどまる」
なんだかイカの秀才みたいな格好で、淡々と述べるクロちゃん。
それにいちばん食いついていたのは、聖剣のクルミちゃんだ。
「……その展示される場所が変わる理由は、なんなのさ」
「話題性。それは数多くのモンスターを打ち倒しただけではない。まつわるエピソードや、いかに知られているかが重要となる。……強さだけでは、ただの魔剣か、兵器としてしか扱われない。聖剣が、聖剣と呼ばれるゆえん……それは人々に愛され、親しまれ、敬われることにある」
「そういえば……アルトスの街のパン作りで、『ブレイドガーリックトースト』が出展されていましたが……あちらはたしか、伝説のオリハルコンの剣をイメージされたとか……それだけオリハルコンさんは、みなさんに親しまれていたということでしょうか?」
ひとさし指を唇に当て、思い出すようなシロちゃん。
イカの頭をこくりと前に傾げるクロちゃん。
「そう。オリハルコンの剣には、剣というプライドを捨ててパン焼き棒になったという逸話がある。そうして飢えた人々を救った剣は、多くの人々から尊敬と賞賛を受け、聖剣となった。そして今なお語り継がれ、パンにまでなるようになった……」
「や……やるっ! ボク、やるよ……! パンになれるなら、イカにだって、タコにだってなってやるっ!!」
青い髪とドレスを翻し、てきぱきとイカのかぶりものをするクルミちゃん。
その瞳はなぜか、興奮と感動に潤んでいる。
聖剣のクルミちゃんがイカのかぶりものをすると、精霊のクルミちゃんのほうにも同じかぶりものが現れた。
「ハァ……まったく……単純ねぇ……」
あまりの変わり身の早さに、イヴちゃんもすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
もしかして、聖剣ってパンになるのが憧れだったりするのかなぁ……?
まぁ、なんにしても、クロちゃんのおかげで助かった……と私は胸をなでおろしていた。




