91 カラーマリーの街
明け方、私たちはカラーマリーの街へとたどりついた。
夜通し歩いていた森は、クロッサード山道を抜け、さらに東に進んだところにある森だった。
私たちは現在地を確認するべく、街の入り口にある案内板を確認する。
本来はクロッサード山道のふもとにある村、モンテの村を目的地としてたんだけど……水たまりに映る村から出た時点で、通り過ぎてしまっていた。
モンテの村で、さらに南東に進んでカラーマリーの街を目指すか、南に進んでハスレイの村に向かうか……考えようかと思っていた。
でも、今はもうスカート湾が目の前にあるから、このまま湾をこえちゃおう、ということになった。
湾をこえればムイースの街がある。
かつて夏休みの課題で冒険をしたときに、立ち寄ったことがある街だ。
あそこまで行ければ、ツヴィートークまで目と鼻の先……とまではいかないけど、帰るのがだいぶ現実的になる。
なんとかこのカラーマリーで、湾をこえる方法を考えるんだ……!
私たちは街の入り口で簡単な作戦会議をしたあと、いよいよ街の中に入ってみることにした。
ひと休みすることも考えたんだけど、みんなあまり疲れていないようだった。時間の感覚もおかしくなっていたのか、眠くもない。
それと……なぜかはわからないけど、クルミちゃんはずっと精霊の姿のままだった。
カラーマリーの街は、かなり大きな港町だ。
建物はどれも真っ白で、三角のとんがり帽子みたいなのをかぶった円筒状。
足元は黒い石畳なので、白と黒のコントラストになっている。
太陽の光が強いと、壁の反射がすごくて……徹夜明けの目にはちょっとまぶしい。
それにしても、ずいぶん独特なデザインの街並みだ。
ミントちゃんが「イカみたーい!」と言っていたので、ああ、なるほど、イカをモチーフにしてるのか……と納得した。
スカート湾は昔、イカが良く獲れた。
いまは他の海で獲ってきているが、かつての名残りとしてイカの街として知られている。
と、クロちゃんが教えてくれた。
大通りの市場のほうに向かうと、さらにイカだらけになる。
イカを模したバルーンがあがっており、所狭しとイカの屋台が並んでいた。
イカ焼き、イカフライ、イカそうめん……踊り食いやら、イカのなかにご飯を詰めたものなんてのもある。
そこで、私たちは猛烈な空腹に襲われた。
疲れてなくても、眠くなくても……お腹はペッコペコだったんだ……!
こんなに美味しそうなイカたちを前に、我慢できるはずもない。
「……たべたーい!」
網焼きのいい匂いを、これでもかと漂わせている屋台に向かって、駆けていくミントちゃん。
「ああっ、ダメだよミントちゃん、お金がないから買えないよ」
私はミントちゃんを後ろから抱きすくめる。
しかし……タレの香ばしい匂いにつられ、私もつい見とれてしまった。
「ふたりとも何やってんのよ、みっともない……」
「あの、すみません、お店の方のご迷惑になりますから……」
「……」
後からやってきたみんなも、ミイラ取りにかかったみたいに固まる。
じゅうじゅうと焦げ目のついたイカの姿を、みんなして凝視していると、
「……ちょっと! お嬢ちゃんたち! 買わないんだったらあっち行っとくれよ! 商売の邪魔だ!」
屋台のお姉さんから、うちわで追い払われてしまった。
イカみたいな三角頭巾をした、ポニーテールのお姉さん。
威勢よく私たちを睨んでいる。
「……ご……ごめんなさい……」
私はいちおう返事をしたんだけど、身体が動かない。
「アハハハハハ! みんな、おあずけをくらったあと、そのまま忘れられちゃった犬みたいな顔してる! ヨダレがダラダラだよ!」
食事をとらないクルミちゃんだけはひとり元気で、私たちを指さして笑っていた。
「……ああっ、もう、しょがないねぇ! 1本やるよ! やるからどっか行っとくれ!」
お姉さんは、焼きあがったばかりのイカ焼きを1本くれた。
「あっ、いえ……もらうわけには……!」
「おねえちゃん、ありがとー!」
私が断る間もなく、差し出されたイカ焼きに直接かぶりつくミントちゃん。
でも焼きたてで熱かったのか「アヒュッ!?」とのけぞっていた。
「いやぁ、あついのいやぁ! フーフーしてぇ!」
ミントちゃんの悲鳴を聞いて、すかさず私とシロちゃんがイカ焼きに向かって息を吹きかける。
よく考えたら受け取ってからやれば良かったんだけど……お姉さんはお姉さんで律儀に持ってくれていた。
改めてイカの頭にかぶりつくミントちゃん。
「おいひいーっ!!」
とほっぺたを押さえて飛び上がっている。
「どれどれ、私もひと口……」とお姉さんの手から食べさせてもらう。
オフッ!? と変な息が漏れた。
「おっ……おいひいいいーーーーーっ!?」
私も思わず悶絶してしまう。
イカのクニュッとした食感。噛みしめると海の恵みのような、深い味わいがじゅわっと広がる。
それが、香ばしくて甘辛いソースと混ざり合うと……絶妙なハーモニーを奏でるんだ……!
「ほら、あんたたちもおあがりよ」
お姉さんはまんざらでもなさそうな溜息をつきながら、イヴちゃん、シロちゃん、クロちゃんにもイカを勧める。
飼い主の手から直接ゴハンをもらう猫みたいに、無言でイカをはむっとするクロちゃん。
「リリー……! あんた、こんな物乞いみたいなマネして……! あとでお説教だからね!」
などと言いつつも、イカに噛みつくイヴちゃん。
「あ、ありがとうございます。……すみません、失礼いたします」
お姉さんの手に、そっと手を添え……長い髪の毛がイカに付かないようにかきあげるシロちゃん。
まるで公園の水のみ場で水を飲むみたいに、イカの端っこを控えめに口にする。
「「おっ……おいしいいいいいいいいいいっ!?」」
イヴちゃんは目を見開き、シロちゃんは上品に手を口に当てて叫んだ。
黙々とイカを味わっていたクロちゃんは、ごくりと飲み下したあと、
「……おいしい」
と名残惜しそうにつぶやく。
気がつくとミントちゃんは、お姉さんの手に垂れた、イカのタレまでペロペロ舐めている。
さすがにそれは……と止めようとしたんだけど、お姉さんは笑っていた。
「ふふっ、あんたたち、いい食べっぷりだねぇ!」
いつの間にかお客さんも並んでいる。
「なんか、このお嬢ちゃんたちが食べてるところを見てたら、俺も食べたくなっちまったよ!」
「あたしも! 一本ちょうだい!」
「こっちは二本だ! こんなにうまそうにイカ焼きを食われちゃ……がまんできねぇよ!」
急にお客さんが詰めかけてきたので、私たちはこれ以上商売の邪魔をしないよう、姉さんにお礼を言って屋台から離れようとする。
「いいっていいって! それよりもあんたたちのおかげで大繁盛だよ! お礼にもう一本あげるから、持っていきな!」
さすがに二本ももらうわけにはいかない、と私は断ろうとしたんだけど、
「ありがとー!」
とミントちゃんが受け取ってしまった。
しょうがないのでもらうことにして、私たちは大通りの隅っこにあるベンチに腰かけて、イカを食べた。
「ああ、本当においしい。イカってあんまり食べないけど、こんなにおいしいものだったんだね」
「はい。ここのイカは特においしいと思います。肉厚で、ジューシーで……きっと新鮮なイカを焼いているんだと思います。ソースに隠し味として海水を混ぜてあるのか、まろやかな塩気がありますね」
「ミント、イカすきー! このイカは、もっとすきー!」
「まったく……商売の邪魔して、商品をせびるだなんて……ごろつきの物乞いみたいじゃないの!」
「イヴ、いーじゃん別に。もらえるものはもらっとけば」
「クルミ、あんた聖剣のクセしてぜんぜん聖なるところがないわねぇ……このっ」
「わあっ!? タレをつけないで! 錆びちゃうよっ!」
「あはは、なんかおいしそうだよクルミちゃん……あれ? クロちゃん、どうしたの?」
私はクロちゃんがベンチに腰かけたまま、ある方向を指さしていることに気づいた。
無言の彼女の指先を目で追うと……そこにはなぜか、さっきまで屋台にいた人たちがゾロゾロと私たちに向かってやって来ていたんだ。
イカ焼きの屋台のお姉さんもいる。みんな私たちを探していたようで、あっという間に取り囲まれてしまった。
シロちゃんはとっさに、ミントちゃんを抱いてかばう。
イヴちゃんは先手必勝とばかりに挑みかかろうとしたんだけど、私がなんとか押しとどめる。
クロちゃんは背後霊でも見ているかのように、虚空を凝視していた。
「あ……あの……どうしたんですか?」
私は戸惑いながらも、怖い顔をしている大人たちに尋ねる。
すると……バッ! と一斉に紙を差し出された。
突きつけられた紙面は、どれも同じものだった。
その内容を目にしたとたん、私は「ええーっ!?」と叫んでしまった。
『最重要指名手配』とタイトルのついたその紙には……カエルの格好をした私たちが、パンを頬張る姿が描かれていたんだ……!




