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リリー、イヴ、ミント、シロ、クロ……その五人でヤリ投げをして遊びました。
いちばん飛ばずにビリになったのは……どいつだっ!?
リリーの問題を、ヴォーパルは何度も頭の中で反芻します。
身体的に考えれば、小さなミントか、後衛で力のなさそうなシロですが……これはナゾナゾ。
そんな当たり前の答えであるわけがありません。
しばらく考えを巡らせていたヴォーパルは、スパァンと両手を打ち鳴らしました。
「わ……わかったぞっ! 答えはクロだっ! なぜならば、黒星……つまり敗北を意味するからだっ!」
「ああ、なるほどねぇ」
敵ながら、イヴは感心してしまいます。
でも、リリーはというと……ウククククと肩を震わせ、いたずらが成功した子供みたいな含み笑いをしていました。
「ざんねーん! はずれでーっす! 正解はシロちゃんでしたー!」
からかうように両手をヒラヒラさせています。
「まあ、シロなら妥当なところねぇ。前に授業でヤリ投げやったとき、アイツは前にすら飛ばせてなかったし」
イヴはうんうんと納得しています。
ですが、ヴォーパルは噛みつかんばかりにリリーに詰め寄りました。
「なんだとぉっ!? そんな理由がまかり通るかっ!! これはナゾナゾだぞっ!?」
唾のシャワーを浴びせかけられたリリーは、無理矢理抱っこされた猫みたいに、両手を突っ張って悪魔の顔を押し返します。
「ち、違うよ! たしかに実際やったらシロちゃんがビリかもしれないけど、理由は違うの!」
「じゃあなんだ!? シロがビリである理由を言ってみろっ!!」
「それは……五人のなかで、いちばん思いやり(重い槍)を持ってたから……!」
……リリーが放った問題。
それは……普通のナゾナゾの考え方に加え、仲間の性格という要素を加えた高度なものでした。
誰よりも搦め手を得意とする、少女ならではの問題……!
しかもナゾナゾとしても成立していたので、悪魔はグウの音も出ませんでした……!
「しっ……しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!? ぐわあああああああああーーーーーーーーーっ!!!」
突如として、悪魔は苦しみはじめます。まるで銀の武器で、心臓を貫かれたかのように……!
頭をグルグルと回転させ、ブリッジのようにのけぞり、不協和音の悲鳴を腹から絞り出しています。
あまりに不気味な光景だったので、リリーはクロに抱きついてしまいました。イヴですらグッと身構えています。
クロだけは動じていません。目の前の出来事を線香花火でも眺めるかのように、悪魔の苦しむ姿を瞳に映しています。
しばらくして……悪魔はUの字をさかさまにしたような体勢で、動かなくなりました。
「や……やった!! やったわ! あの鼻持ちならない悪魔に、ついに勝ったのよっ!!」
しかし……イヴの喜びはつかの間でした。
死んだかと思われた悪魔は、投石器のようにぐいんと勢いをつけて起き上がり、
「そんな内輪みたいな問題は……ナシだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! だから、問題は無効でぇぇぇぇぇぇぇぇっす!!」
しゃあしゃあと言ってのけたのです。
「ええっ、そんなぁーっ!?」
「なによっ!? いまさらナシだなんて、そんなのズルいわよっ!?」
「ズルいのはお前らのほうだっ!! お前らの内面なんて、わかるわけがないだろう!! 知らない要素を使った問題は、ナシでぇぇぇぇっす!!」
リリーとイヴの抗議は、もっともらしい言い分で封じ込められてしまいました。
ずっと前を向いたままのクロが、ゆっくりと見上げます。
瞳はフードに隠れていましたが、明らかに悪魔に向かって口を動かしました。
「……一時的ではあるものの、『わだかまり』を取ると称して自分たちの教師をやっていた。個別面談も行い、その内容は自分たちの内面に踏み込んだものだった。したがって、自分たちの性格を知らないというのは不自然」
すかさず仲間たちも乗ってきます。
「そうだ! 先生をやってたんだったら、私たちのこと知ってるはずだよね! シロちゃんが思いやりがあるのも知ってたはずだ!」
「そうよそうよ! リリーがアタシの身体を触りたがってることまで知ってたんだから、シロのことだってよく知ってるでしょうが!」
「し……知っているように見えたのは、すべては貴様らを争わせるための、口からでまかせ……!! 貴様らのことなんて、なにひとつ知らんっ!! 興味すらないわっ!!」
そう跳ね除けるヴォーパルの脳裏には、リリーたちの笑顔が浮かびあがっていました。
どんなに仲間割れを誘っても、少女たちの絆に傷ひとつ入れることができなかったのを、密かに思い出していたのです。
仲間割れもさせられず、しかも自慢のナゾナゾでも敗れてしまっては……魔界での権威失墜は避けられません。
リリーたちを殺してしまうのは簡単なことなのですが、それをするわけにはいきませんでした。
多くの悪魔は肉体的苦痛を低俗とし、精神的苦痛を重んじるのです。
ヴォーパルは人間を傷つけることなく、ウサギに変えて苦しめ続けるという、悪魔にとってはスマートとされるやりかたで、魔界での評価を得ていました。
なので、リリーたちが武力に訴えてこない限りは、ナゾナゾで勝つ必要があるのです。
たとえ、どんな手を使ってでも……負けるなんて、もってのほかだったのです。
ヴォーパルは敗北を避けるために、『問題を認めない』という暴挙に打って出ました。
リリーたちのことは知っていても、知らないと言い張れば、一応の言い分は成立します。
ヴォーパルはリリーたちの反論を押し切って、強引に話を進めました。
「さっきの問題は無効になったから、次はこっちの番だなっ! 問題いくぞっ! ……朝になると叫ぶ花って、なーんだ!?」
リリーとイヴはまだブーブー言っていましたが、クロは勝負に戻っています。
「……あさがお(朝、ガオー)」
「ざんねぇぇぇぇぇぇん! はずれぇぇぇぇぇぇぇ! 答えは『朝に抜いたマンドラゴラ』でしたぁぁぁぁっ!!」
マンドラゴラ……意思があるとされ、引っこ抜くと悲鳴をあげる植物のことです。
その悲鳴をまともに聞いたものは、最悪発狂してしまうと言われています。
それはさておき、問題のほうはまたしても『悪魔のナゾナゾ』……。
『あさがお』と答えたら『朝に抜いたマンドラゴラ』が正解となり、『朝に抜いたマンドラゴラ』と答えたら『あさがお』になるというものでした。
クロはまたしてもピンチに立たされたのですが、特に眉ひとつ動かさず、
「発声する植物は、この地上界だけでなく、地底界や海底界、天空界や魔界までもを含めると千を超える種類がある。正解が多すぎるため、成立しない……したがって、この問題は無効」
つい今しがたヴォーパルがやった、問題の無効をやり返したのです。
しかもヴォーパルのように感情的ではなく、論理的に……!
「……ぬぐうっ!? ぐぐぐぐっ……! またしても、のらりくらりと……!!」
歯噛みを繰り返すあまり、ヴォーパルは口から血を流しはじめていました。
まるで吸血を終えたばかりのドラキュラみたいだったので、リリーはまたクロの陰に隠れてしまいます。
不意にクロの頭が、カラクリ仕掛けのように動いたかと思うと……視線でリリーを捉えました。
ナゾナゾが始まったときと何ら変わりのない、波紋ひとつない湖のような顔でした。
「どうしたの、クロちゃん?」
「……問題」
「あっ、また私が出していいの?」
長い前髪のように垂れているフードが、ゆっくりと上下します。
「じゃ……じゃあ、やるね! えっと……」
リリーオリジナルの、ふたつめの問題……それはまた、大きな波紋を呼ぶものでした。
リリー、イヴ、ミント、シロ、クロ、五人で避難訓練をしました。
いちばん決まりを守れたのはだれ?
「アンタ……またアタシたちを問題にしてっ……!」
「さっき言っただろう! 内輪の問題は無効だとっ!!」
敵からだけでなく、仲間からも責められます。
でもリリーはちっともあわてず、皆をなだめました。
「まぁまぁ、慌てないで……この問題は、みんなのことをあんまり知らなくてもわかるから……」
「本当だなっ!? もしそうじゃなかったら……また無効にするからなっ!!」
「うん、いいよ! さぁ、考えて考えて!」
リリーは自信たっぷりに頷き、考えることを促します。
またしてもヴォーパル、イヴ、クロは、そろってアゴに手を当てて……シンキングタイムに入りました。




