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クロとヴォーパルの、ナゾナゾ対決……戦いはクロが優勢になりつつありました。
苦境に立たされたヴォーパルはついに、悪魔としての本領を発揮しはじめたのです。
「定規、消しゴム、ハサミ……この中で一番お金を貯めているのはだあれ?」
次にヴォーパルが出した問題。
それはクロの背後で聞いていた、リリーもすぐにわかるほど簡単なものでした。
「ハサミ」
当然、クロは難なく答えます。
しかしヴォーパルは満面の嘲り顔をつくると、蛇のように長い舌を垂らしつつ言ってのけたのです。
「ざあんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!! ハズレぇぇぇぇぇぇっ!!」
これにはリリーもビックリしていました。
「ええっ!? 私もハサミだと思ってたのに……!? ハサミじゃないの!?」
イヴは、目が点になっています。
「……なんでハサミなのよ?」
「ハサミは『チョキン』ってするでしょ? それと『貯金』がかかってるんだよ」
「ハサミは貯金しないでしょ……」
呆れた様子のイヴを、ヴォーパルはビッ! と指さしました。
「その通り! 定規、消しゴム、ハサミ……どれも貯金などしないっ! だから正解は……『誰でもない』……!!」
頬まで裂けた口で、悪魔はニタニタと笑っています。
ヴォーパルが放った、『悪魔のナゾナゾ』……。
それは相手の答えによって、正解が変わるものでした。
クロが『ハサミ』と答えれば正解は『誰でもない』になり、『誰でもない』と答えれば正解は『ハサミ』になるのです……!
「ええーっ!? 選択肢があるのに、どれでもないなんて……そんなのずるっ……!!」
リリーは抗議の声をあげましたが、途中で味方のクロの手によって遮られました。
「んぐっ……!? く……クロちゃん?」
言葉を飲み込みつつ、驚くリリー。
クロは、ヴォーパルを見据えたまま言います。
「……魔界に存在する、悪しき精霊が宿った大バサミ……『ブラッドシザー』が、貯金を趣味にしているのは有名な話。『モンスター名鑑』などにも書かれているが……同じ魔界に棲む悪魔であるならば、知っているはず」
この言い分にはリリーの目が点になり、逆にイヴが乗ってきました。いつもとは逆です。
「あ……! アタシそれ知ってる! じゃあハサミで合ってるんじゃない!」
「ちょ……貯金するハサミなんて、いるんだ……」
「なに言ってんのよリリー、授業でも習ったでしょーが!」
「……そ、そうだっけ……」
クロの反撃は、ヴォーパルにとって予想外でした。
もちろん反論はあるだろうと思っていたのですが、それはリリーみたいに「ずるい!」と叫ぶくらいだと思っていたのです。
その程度であれば、封じ込める自信はありました。
しかしクロは……思いもしなかった実例を出してきて、答えを覆してきたのです。
たしかにヴォーパルは、『ブラッドシザー』のことをよく知っていました。
そして彼が、大の貯金好きであることも……!
学校の授業でも取り上げられるような有名な悪魔なので、ヴォーパルはとぼけることができませんでした。
そうなると、今度はクロの指摘に反論する必要がでてきます。
「ぬうっ!? ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!!」
血みどろのような真紅の唇を震わせ、悪魔がワナワナと苦悩する様を……リリーは不安そうに、イヴは不敵に、クロは変わらぬ様子で見つめていました。
しかし……ヴォーパルはいくら考えても、その言葉が思いつきません。
「せ……正解っ……正解……だ……! 正解は……『ハサミ』……だ……!」
とうとうガックリと膝をついて、答えを変えざるをえませんでした。
「きゃーっ! やったやったクロちゃん! 一時はどうなるかと思ったけど……勝った、勝ったよぉぉぉっ!!」
リリーは大喜びして、クロに頬ずりします。
されるがままのクロは、嬉しそうでも、嫌そうでもありません。
「……まだ、こちらの勝利ではない」と、いたって冷静を保っています。
「そ……その通り……! ちょっとくらい言い負かせたからといって、いい気になるなよぉ……! ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ……!!」
四つん這いのまま、顔だけあげて吠えるヴォーパル。
その姿は地獄の番犬のようで、リリーは「ひいっ!?」とクロの陰にかくれてしまいます。
リリーはただただ怯えているようにしか見えませんでしたが……その実、頭の隅で考えを巡らせていました。
……今回のナゾナゾは、明らかにヴォーパルが不正を仕掛けてきたもの。
正解が『ハサミ』でも、『誰でもない』でも、ナゾナゾとしての筋は通っている。
クロちゃんの搦め手のような反論がなければ、言い負かされていただろう、と……!
きっと次も、同じような卑怯な問題を出してくるはず。
その前に、なんとかして勝たないと……!
そして……リリーは決意します。
「クロちゃん……次の問題、私に出させて……!」
暗い山のようなローブの陰から、日が昇るように、リリーは立ち上がりました。
「構わない」
クロはあっさりと認めてくれます。
「……なんだとぉ!? そんなの許されるわけないだろう!!」
ヴォーパルは、いまにも飛びかからんばかりに唸っています。
「そちらがひとりで、こちらが三人であることは、開始前に確認したはず」
「ぬぐうっ……!? そ……そうだったか……! い、いいだろう……! さぁ……問題を出すがいいっ!!」
悪魔はぐあっと立ち上がり、再びリリーたちを見下ろしました。
リリーは一瞬ひるんでしまいましたが、イヴから「シャンとしなさい!」と背中をバンと叩かれて持ち直します。
「え、えーっと……じゃあ、いくね」
リリーはこほんと咳払いをしたあと、出題をはじめます。
「私……リリーと、イヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん……その五人でヤリ投げをして遊びました。いちばん飛ばずにビリになったのはだーれだ?」
なんと、リリーが出してきたのは……仲間たちが登場するという、奇想天外なものでした。
これには相手だけでなく、チームメイトまでもが目を見開いています。
「なっ……なにいっ……!? 貴様らのナゾナゾだとぉ……!?」
「な……なによそれっ!? アタシたちをナゾナゾにしちゃったのっ!?」
声を荒らげるヴォーパルとイヴ。
クロは何も言いませんでしたが、眠そうな瞼はいつもより持ち上がっています。
「さあっ、みんなが出てくる特製のナゾナゾだよ! 考えて考えて!」
皆の反応にすっかり気をよくしたリリーは、仲間たちにすら考えることを促しました。
「……う……うう~ん」
ヴォーパル、イヴ、クロ……そろってアゴに手を当て、シンキングタイムに入ります。
この問題は……お話を読んでいるあなたも、考えてみてください。
リリー、イヴ、ミント、シロ、クロ……五人の性格を考えれば、すぐにわかるはずです……!




