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悪魔ヴォーパルとのナゾナゾ勝負は続きます。
いまだヴォーパル側は、余裕たっぷり……対する少女たちのほうは、三者三様でした。
リリーは最初のほうの問題はわかっていたのですが、ナゾナゾのレベルがあがってからは答えにたどり着けなくなりました。イヴは最初から一問もわかっていません。
そして、肝心のクロはというと……相変わらず乾いた表情のままでした。
リリーはクロのことを気にして、ときおり顔を覗き込んでみるのですが……まるで時が止まってるみたいに、表情も姿勢も変わりません。
見終えたとみせかけてフェイントをかけ、油断してそうな瞬間をサッと覗いてみたりしたのですが、ちっとも変わりませんでした。
クロは別に、リリーが見ている間だけ無表情を装っているわけではないのですが……それにしても凄い、とリリーは感心しきりです。
この無表情は、リリーたちとやるトランプのババ抜きでも活躍します。
ババを持っていても表情が変わらないので、どれがババだか全くわからないのです。
ちなみにいちばん弱いのはシロ。
ババを持っているときに相手に引かせようとしても、ババに指を置かれただけで震えだすので、すぐにバレてしまうのです。
ババ抜き最強のクロは、ナゾナゾでも最強でした。
ポーカーフェイスを保ったまま、淡々と次の問題を出します。
「……白いのに見えず、白いのに触れない、白いのに暗い……さて、なーんだ?」
「なんだろう?」とリリーとイヴは同時に首を捻ります。
クロが出す問題を、リリーとイヴはつい考えてしまうので、それがまた良質の「悩み」となっていることも知らずに……。
それは、ヴォーパルにとっては嬉しい誤算でした。若い娘の「悩み」の味は格別です。
「グフフ……!」と嫌らしい笑みを浮かべながら、答えを口にしました。
「そっちもレベルをあげてきたようだな……! だが、まだまだ……! 答えは、霧だ!」
「正解」
「よぉしっ! 乗ってきた……! 乗ってきたぞぉぉぉ!!」
ナゾナゾが進むにつれ、ヴォーパルのテンションはどんどんあがっていきます。
強いヤツと戦えるのが嬉しいようで、身体をうち震わせていました。
ヴォーパルはすでに椅子を蹴飛ばして、立ち上がったまま問答をしています。
対するクロはちょこんと椅子に座ったまま、口だけを動かすのみ。
……かなりの温度差のあるふたりの、ナゾナゾ勝負……いったいどちらが勝つのでしょうか?
「よぉし、次はこっちの番だな……! そろそろ、とっておきのヤツを出してやるぞっ! ……どんなものか教えようとすると必ず現れ、しかし姿は見えない……さて、なーんだ!?」
ヴォーパルにとって必殺の問題なのか、ナイフみたいな長い爪先をビシイッ! とクロに突きつけました。
クロは目の前にある鋭い先端を、じっと見つめています。
リリーとイヴは、「そんなのあるのっ!?」と顔を見合わせました。
この問題はふたりの理解の範疇をこえる難問で、答えは想像もつかなかったのですが……クロはあっさりと、
「声」
と回答したのです。
「あ……そっかぁ!」と頷き合うリリーとイヴ。もうすっかり戦力外になっていました。
「せっ……正解っ! これを当てるとは……やるな……!」
ここにきてヴォーパルは、初めて焦りを感じていました。
彼女にとって虎の子の問題だったのですが、正解されるのは覚悟のうえでした。
予想外だったのは……この難問にも、クロはまるで悩む様子がなかったことです。
この問題であれば、少しくらいの「悩み」は得られると思っていたのに……!
とヴォーパルは人知れず歯噛みをしました。
そんな様子もどこ吹く風で、クロは淡々と自分の番をこなします。
まるでひとり遊びでもしているかのように。
「『め』『はな』『は』はあるが、『くち』や『みみ』はない……さて、なーんだ?」
クロの出題に、ヴォーパルは明らかなレベルアップを感じていました。
どうやら相手は、先攻である自分の問題のレベルに合わせた問題を出してきている……こしゃくな……!
ヴォーパルはもう隠すことなく、ギリギリと歯を噛み締めます。
しかもぜんぜん答えを思いつかないのが、悔しさにさらに拍車をかけます。
「うっ……!? うぅ~ん!? 目、鼻、歯はあるが、口や耳はない、だとぉ……!? ううむ……!?」
ひたすら唸っていると、イヴの嘲るような声が割り込んできました。
「あっ、見なさいよリリー! あの馬鹿、悩んでるわよ!」
「ホントだ……! いままですぐに答えてたのに……! きっと、かなり難しい問題なんだよ!」
「ナゾナゾ馬鹿だと思ってたのに、この程度のナゾナゾであんなに悩むだなんて……タダの馬鹿だったのねぇ! バーカバーカ!」
「えっ、イヴちゃんは答えがわかったの?」
「……い、今はアタシのことはどうでもいいでしょ! それよりもアンタも言ってやんなさいよ! バーカ、って!」
「ええっ? ……ば……ばーか」
「って、アタシに言ってどうすんのよ! アイツに向かって言いなさい!」
「そ、そんなの怖いよぉ!」
「まったく、だらしがないわねぇ……それでも勇者なの?」
「じゃ、じゃあ、イヴちゃん、いっしょに言ってよ、それなら言えるかも」
「しょうがないわねぇ……じゃあ、せーのでいくわよ? いい? せぇーの」
「……バーカ!! ってイヴちゃん、なんで言ってくれないのっ!?」
「アハハハハハハハ! ひっかかったひっかかった!」
「もぉーっ! ひどいイヴちゃん!」
リリーとイヴの黄色い声が、ヴォーパルの鼓膜に刺さりました。
少女たちの楽しそうな声は、悪魔にとってはたまらなく不快なのです。
心理的に揺さぶられ、ヴォーパルの焦りはつのっていきます。
「うぐぐぐぐっ……! たかが人間ごときに負けるわけには……! 考えろ、考えるのだ……! 脳を絞り、汁が出るほどに……!」
リリーたちの声が聞こえないように耳を塞ぎながら、ヴォーパルは苦悩するように頭を振ります。
すると……ふと足元に、名前も知らない小さな花が咲いているのを見つけました。
ヴォーパルは何かに気づいたように、バッ! と音がするほどの勢いで顔をあげると、
「……わかった! 答えは……花だっ! 花には『芽』『花』『葉』はあるが、『くち』や『みみ』はない……!」
唾を飛ばす勢いで、答えをまくしたてました。
リリーとイヴは、さも嫌そうに身体を引いています。
クロもいままでの緩慢さがウソのような素早さで、ローブのフードを引き、飛んでくる唾をガードしました。
仲間の唾であれば、いくら浴びても拭きもしない彼女でしたが……悪魔の唾はさすがに嫌だったようです。
クロがフードごしに「正解」と伝えると、
「ウォッシャァァァァァァッ!!」
ヴォーパルはまるで勝利したかのように、高く諸手を掲げました。
長考のすえ正解をつかみ取り、ようやく攻撃権を得たヴォーパル。
彼女にはもう、遊びの問題を出すだけの余裕はありませんでした。
クロとのナゾナゾ勝負はまるで、鏡のなかの幻影と戦っているようだと感じていたのです。
いくら強い攻撃を出してみても、まったく手応えがない。
難しい問題を繰り出しても、こちらの心を読んでいるかのように答えを出してくる……。
そして返しには、同じ強さの反撃……!
同じくらいの難しさの問題をだしてくるのです……!
かつてない強敵を前に、ヴォーパルはついに……最後の武器を出すことに決めました。
押せば押すほど、強く押し返されるのであれば……引くしかない……!
突っ込んでくる相手を、ひらりとかわしてやれば……自爆を誘える……!
それができるのは、「悩ませる」問題ではなく、「悩ませない」問題……!
最終兵器を胸に、ヴォーパルは復活します。
苦悩に歪んでいた顔は、奸計を得てさらに嫌らしく歪んでいました。
「グフフフフフ……! グーッフッフッフッフ……! 次はこっちの番だが……ここらでちょっと、ひと休みといこうか……! レベルをまた落としてやる……最下層まで……!」
そう前置きしてから、ヴォーパルは問題を発表しました。
クロを陥れるための、猛毒の罠を含んだ問題を……!




