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夕焼けの『ひみつの森』で、悪魔ヴォーパルとナゾナゾ勝負をすることになったリリーたち。
「あのオバさん悪魔……どーせ弱いから、ナゾナゾでしか勝つ自信がないんでしょ」
「ちょ……イヴちゃんっ!?」
余計な一言が止まらないイヴに、リリーは肝を冷やしました。
挑発されたヴォーパルはというと、仕返すように長い耳をクネクネと、蛇みたいに動かしています。
「……その軽口……これを見ても、まだ叩けるかなぁ……?」
そう言うなりヴォーパルは、人形みたいに首を捻って一回転させ、長剣のような前歯でひと薙ぎしました。
「はあっ!!」
……ビシュンッ!!
風切音とともに三人の少女の前に、見えない壁のようなプレッシャーが襲いかかりました。
リリーは思わず直立不動になってしまいます。
……ズドォンッ!!
直後、何かが爆発したような轟音が、背後から襲いかかってきました。
前からの鋭音と、後ろからの轟音に挟み撃ちされ、リリーはビクッとなって振り向きます。
イヴはキッと勇ましく、クロは微動だにしません。
するとリリーたちからかなり離れたところにあった、森の木々がスッパリと切れていて……メキメキとドミノ倒しになっていたのです。
「す……すごい剣圧……!?」
リリーは神業を前にしたかのように、口をあんぐりさせていました。
剣圧というのは、剣を振ったときに出る圧力のことで、剣術の達人のみが出すことができるものです。
それはかまいたちのように鋭い風となって飛び、振った剣に触れていない相手も斬ることができるのです。
リリーは剣術の授業で、先生が剣圧を出すのを見たことがあります。
でもほんの少し離れた剣術練習用の人形に、傷をつけるくらいの威力でした。
それでもリリーは手品を見たみたいにビックリして、自分もいつか剣圧を出せるようになりたい! と思ったのですが……ヴォーパルの剣圧は、それとは比較にならないほど強大だったのです。
しかも、間にいるリリーたちには傷ひとつつけず、背後の樹木だけを斬ってみせたのです……!
「あっ……あんなバカみたいな威力の剣圧、ありえない……! トリックに決まってるわ……!」
イヴは認めようとしていませんでしたが、明らかに動揺していました。
額から汗をタラリとさせています。
クロだけは、なおもヴォーパルを静かに見つめていました。
「……ナゾナゾ勝負」
木々の倒れる音にかき消されそうなほどの声で、ボソリとつぶやきます。
「よぉし、ウォーミングアップもすんだことだし……やろうかぁ……!」
ヴォーパルは、ニヤリと応じました。
……それからクロとヴォーパルは、ナゾナゾ勝負をするべく、あずまやの椅子に向かい合って座りました。
リリーとイヴは、クロの背後について応援します。
「さぁ、やるのよクロ! こんなネズミ女、噛み殺しちゃいなさい!」
イヴはけしかけるように言いながら、クロの背後から手を回し、目尻を吊り上げました。
おそらく猫のつもりなのでしょう。クロはされるがままになっていましたが、
「相手はネズミではなく、ウサギ」
突っ込むことだけは忘れませんでした。
「がんばってクロちゃん! ナゾナゾチャンピオンのクロちゃんなら勝てるよ!」
リリーはクロの背後から、肩に手を置いて揉みほぐします。
緊張して肩が張ってるかなと思ったのですが、全く凝っていませんでした。
さらにリリーは応援しながら、頭のなかで考えを巡らせていたのです。
フタを捕まえるまでは作戦のとおりだったのですが、ヴォーパルの乱入は予想外でした。
リリーはいままで貴婦人のことを信用していたのですが、悪魔とわかれば話は別。
ナゾナゾ勝負を受けてくれたものの、負けたとたんに襲いかかってくることも考えられるのです。
そうなった場合、なんとかスキを突く方法はないか、得意の搦め手を挟む余地はないか……必死に考えていました。
「……ナゾナゾ勝負のルールについて説明する」
クロは目を吊り上げられ、肩を揉まれながら、淡々と口を動かします。
「ナゾナゾ勝負は、こちらの三名と、そちらの一名のみで行うものとする。出題者側と回答者側に分かれ、交互に一問づつ問題を出し合って進めていく。回答者側はひとつの問題に対し、一度しか答えることができない。正解となる回答をした場合、出題権は回答者側に移る。不正解となる回答を出した場合で、出題者側の勝利とする。問題は回答者側に理解できる言語で出題せねばならず、回答者側は何度でも聞き返すことができる」
クロはスッと息継ぎをして、説明を続けます。
「回答者側は出題者側に対し、問題に対してのヒントは求めてはならないが、問題のなかに含まれる単語の意味などは質問可能とする。問題についての回答期限はないが、勝負中は出題者側も回答者側も、この森から出てはならない。勝負中は、お互いの要求である『相手をウサギに変える』『村を出る』行為をしてはならない。勝負中は、相手を脅迫、恫喝、誘導をしてはならず、相手の身体を傷つける行為をしてはならない……」
クロは条文のような口調で読み上げると、改めてヴォーパルを見据えました。
「以上が、こちら側が提唱するルールの全文。異議があれば受け付ける」
「ほほう……こっちは一人なのに、そちらは三人がかりというわけか……!」
長い前歯の下にあるアゴをさすりながら、ヴォーパルはさっそく異を申し立てます。
「人間の悩む姿を糧とする悪魔にとって、悩む人間が多いほうが良いはず。しかし人数的に不利だと考えるのであれば、一対一でもこちらはかまわない」
冷静なクロの一言に、ヴォーパルは「チッ!」と舌打ちをしました。
悩む人間が、多いほうがいい……彼女にとって、全くもってその通りだったのが気に入らなかったのです。
「まぁ……人数のほうは、それでいいだろう……! で、どっちが先攻なんだい?」
「そちらが出題者」
クロから目で示されて、ヴォーパルは待ってましたとばかりに立ち上がりました。
「よぉし……! じゃあいくぞぉ……! 覚悟はいいかぁ……!」
まるで相手を食い殺さんばかりの、おどろおどろしい口調で最初の問題が出されます。
「……冒険の必需品で、伸ばすと食べられるもの、それはなーんだ!?」
イヴは「なによそれ!?」と顔をしかめました。リリーはすぐにわかったようで、顔を明るくしています。
クロはというと、真顔のまま、
「地図」
とだけ口にしました。
「地図」は伸ばすと「チーズ」になります。
「グフフフフ……! 正解! 最初は小手調べで、簡単なのにしてやった……! さぁ、次はそっちの番だ……!」
ナゾナゾをするのが嬉しいのか、子供みたいに顔をほころばせるヴォーパル。
でも悪魔なので、不気味でしかありません。
「……道端で拾っても、衛兵に届けなくていいもの、それはなーんだ?」
クロは流れるような口調で、人間側の最初となる問題を出しました。
イヴは「ゴミとか?」と首をかしげています。リリーは「あ、わかった!」と手をポンと叩きました。
「グフフ……簡単だ……! そちらも小手調べというわけか……! 答えは流しの馬車だ……!」
『流しの馬車』……道端で手をあげると止めることができ、目的地まで乗せてくれる馬車のことです。
決まったルートを走る『乗り合い馬車』と違い、目的地まで貸し切りとなるので割高なのですが、どんな場所でも行ってくれるので便利な乗り物なのです。
流しの馬車に乗ることを、『馬車を拾う』ともいいます。
もちろんそれで馬車を拾っても、衛兵に届ける必要はありません。
クロは頷いて、「正解」とだけつぶやきました。
「よぉし、またこっちの番だな……! レベルをあげてやるから、覚悟しろぉ……! ……耳は長いがエルフじゃない、毛むくじゃらだがドワーフじゃない、身軽に跳ねるがホビットじゃない……! さて、なーんだ!?」
この問題はさすがに難しかったのか、イヴは「そんな種族、いるわけないじゃない!?」と即座に考えるのをやめました。リリーは考え込んでいます。
「ウサギ」
クロは特に悩む様子もなく、答えを口にしました。
「あ……そっかぁ! ぜんぶ種族を例にしてたから、てっきりそういう種族がいるのかと思ったけど……! なるほどぉ、引っかけだったのかぁ~!」
リリーは思わず唸っていました。ヴォーパルの言うとおり、たしかにナゾナゾのレベルが上がっています。
そしてその引っかけを、平然といなしてみせたクロに、心の底から感心していました。
「グフッ……! 正解! こうでなくては面白くない……!」
しかしヴォーパルはまだまだ余裕があるのか、不敵な笑みを崩しません。
そのうえ彼女にとっては、リリーとイヴの悩む姿はたまらない快感でした。
授業と違って命がかかっているので、その苦悩は別格のようです。
まるで力を吸い取ったかのように、身体をゾクゾクと震わせているヴォーパル。
しかし、クロだけはいまだに悩んでいないようです。
この悩みを知らない少女が頭を抱えたとき、はたしてどんな味がするのか……。
ナゾナゾ好きの悪魔は想像しながら、舌なめずりをしました。




