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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
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 牢屋から外に出た私たちは、控え室のリザードマンを起こさないように忍び足で移動した。血まみれの部屋に行くと、昇降機は上にあがっていた。下からは操作できないようで、使いたい場合は下から声をかける仕組みのようだった。上の階には昇降機を降ろす役割のリザードマンが、これまた椅子に座ったままウトウトしている姿が見えた。


 この下の階は私たち以外には控え室のリザードマンが一匹だけで、思ったよりも手薄な警備だった。しかも上の階にいるリザードマンまで居眠りとは、揃って緊張感がなさすぎだろうと思った。……まぁ、そのおかげで牢屋から出られたんだけど。


「どうやって上にあがればいいかな……?」

 昇降機のある壁を見上げながらつぶやくと、

「あそこにみちがあるよ」

 藁人形を肩に乗せたミントちゃんが、部屋の隅の暗がりを指差した。


 そこはただの暗闇にしか見えなかったけど……近づいてみると吹きこんでくる冷たい風を感じた。たしかに、この先には空間がある。


「どこに通じてるんだろう」

 空間に首を突っ込んでみても、何も見えない……水着なので、ひんやり感がすごかった。


「上の階に繋がる通路と思われる」

 背後から起伏のない声で言われて思いだした。上の階からおりてくるときにあった、暗がりの通路の存在を。ここを進んでいけば、あそこに出られるのだろうか。


「でも、なんでこんなに暗いの?」

 どこも明るく照らされている洞窟において、この暗闇は異質ともいえる存在だった。


「脱出防止のためと思われる。視界の悪く特に気温の低いこの通路は、リザードマンでは通過できない」

 吹きこんだ冷たい風におかっぱを揺らしたあと、

「彼らは自分たちが苦手なものは、他の生き物も同じように苦手だと思っている」

 そう付け加えた。


 なるほど、リザードマンたちにとっては難攻不落の通路というわけか。……でもそれなら、なんでこんな通路があるんだろう。自分たちが通れないようなものを造る意味がわからない。


 その理由についてはここを脱出してからゆっくり考えることにして、改めて通路を覗きこんでみたが、

「うーん、全然先が見えない」

 目を細めてみたりとムダなことをしていると、

「ミント、みえるけど」

 隣にいたミントちゃんが言った。


「えっ、ホントに?」

「うん、じめんにあなみたいなのがあいてるよ」

 この黒い壁みたいな暗黒が見通せているのだろうか。夜でも昼間と同じように見える種族やモンスターがいると聞くが、彼女にはその能力があるのだろうか。


 こうしてもしょうがないので、協議の結果ミントちゃんの視力を頼りにこの通路を進んでみることになった。


 その決定がなされた瞬間、いつも無表情のクロちゃんの顔が、なんだか強張ったように見えた気がして、

「明かりが絶対に必要」

 さらに「絶対」なんていう表現をするのを初めて聞いた。


「杖あるんだから、魔法でなんとかしなさいよ」

 イヴちゃんがもっともな突っ込みをした。


「この杖では……使えない」

 手にした片手杖に視線を落とすクロちゃんは、なんだか恨めしそうだった。再び顔をあげた彼女は、

「明かりが絶対に必要」

 よほど大事なことなのか、念を押すように言った。でもまあ確かにその通りなのであたりを探してみると、控え室のテーブルに松明が一本だけあった。見張りのリザードマンはテーブルに突っ伏して熟睡モードに入っており、その邪魔をしないように松明を頂戴した。


 さらに念のため、手を繋いで進むことにした。先頭はミントちゃんで、あとはイヴちゃん、シロちゃん、私、クロちゃんの順番。

 点火した松明は先頭のミントちゃんが持つべきかと考えたが「なくてもへいきだよ」と言うのと、クロちゃんの希望でなぜか私が持つことになった。


 一列になった私たちを確認したミントちゃんは、「いくよー」と言ってためらう様子もなく進みだした。


 通路に足を踏み入れると、松明の光が吸い込まれるほどの暗闇に包まれる。これじゃ、黒ヒョウが襲ってきても全然わからないよ……なんて思っていたら、私の手首を掴んでいたクロちゃんが腰に抱きついてきた。


「え、ちょ、どうしたのクロちゃん、歩きにくいよ」

 クロちゃんはよく腰に抱きついてくるが、歩きながらされたのは初めてだ。引きはがすわけにもいかないので、私はクロちゃんを引きずるようにして歩いた。


 聴こえるのは私たちの足音と松明が燃える音のほかには、風の音のみ。通路は直線でわずかに傾斜しており、ゆるやかな坂道をいつもの半分以下のスピードで、ゆっくり、ゆっくりと進んでいた。


 そうしてしばらく歩いたあと、手にしていた松明が風にあおられ、フッと消えた。

「あ……」

 あたりは完全な暗闇となる。その瞬間、腰にまわされた手の力が尋常じゃないほど強くなる。


「なっ、なに? 痛いよ、クロちゃん」

 腰を絞めつけられる……というか、必死になってしがみつかれているような感じがした私は彼女の肩に手をまわしてみると、ガタガタ震えていた。


「クロちゃん……!」

 ようやくわかった。クロちゃんは、暗いのが苦手なんだ。いままでもそれを匂わせる言動はいくらでもあったけど、気づかなかった。


「大丈夫? クロちゃん!」

 肩をゆさぶってみたが彼女は歩く気力も失ったようで、ぐったりと身体を預けてきた。やばい……早くなんとかしないと!


 私はシロちゃんと繋いでいた手を離し、松明も投げ捨ててクロちゃんを抱き寄せた。まるで酸素が足りないかのように、息を荒くしている。


 ゆっくりとしゃがみつつクロちゃんを横に寝かせて、

「大丈夫。大丈夫だよクロちゃん。私がついてるから、怖くないよ」

 やさしく囁きながら胸に抱き、彼女の耳に胸に押し当てて心臓の音を聴かせる。……私を落ち着かせるときに、ママがよくやっていたこと。


「あの、すみません、ちょっと止まっていただけませんでしょうか?」

「なーにー?」

「どうしたのよ?」

「あっ、はい、リリーさんが急に手を離されましたので、どうされたのかと」

「なんですって? リリー、なんかあったの?」

 闇の向こうから、イヴちゃんが問いかけてきたので、

「ちょっと、クロちゃんの気分が悪くなったみたい」

 なるべく落ち着いて答えた。私が取り乱すと、ドキドキした心臓を聴いたクロちゃんがますますパニックになると思ったから。


「だいじょうぶー?」

「うん。でもちょっとここで休んでくから、先に行ってて」

「こんなとこに置いてけるわけないでしょ」

 私の提案を即座に却下したイヴちゃんは、

「どうせここにはリザードマンは入ってこれないんでしょ? だったら気のすむまで休んでなさい、待っててあげるから」

 言いながら、その場に座りこんだようだった。


「……ありがとう、イヴちゃん」

 方向はあっているかわからないが、闇に向かってお礼を言った。


 さて、どうするか……クロちゃんの様子が悪い状態が続くようであれば一旦戻るか、

「ねえミントちゃん、この通路ってあとどのくらいある?」

 すぐ上の階に出られるなら、クロちゃんを抱えて一気に走り抜けるという手もある。


「んー、はんぶんくらいだとおもうけど」

 どっちも同じくらいなら、進んだほうがよさそうだ。しかしそれも、クロちゃんが落ち着いてからだ。


「う……」

 その彼女が、弱々しく呻いた。


「私がずっと側にいるから、安心して」

 赤ちゃんをあやすような感じでささやきかけると、

「アンタだけじゃないでしょ」

「ミントもいるよー」

「私もおります」

 顔の見えない突っ込みがかえってきた。


 それだけで私は十分嬉しかったが、

「私は、ずっと、って言ったんだよ。みんなも、ずっと、なの?」

 ちょっと意地悪してみた。


 一瞬の沈黙のあと、

「何言ってんの、あたりまえでしょ」

「ずっとずっとずっとだよー」

「お許しいただけるなら、ぜひ」

 ほぼ三人同時に答えが返ってきた。


「聞こえた? クロちゃん……みんな、ずっと側にいるからね」

 クロちゃんからの返事はなかったけど、震えはおさまってきて……やがて、乱れた呼吸も落ち着いてきた。


 もう大丈夫だろうと判断した私は、

「もう少しだけ我慢して、ね」

 クロちゃんを横抱きにして、ゆっくりと立ち上がった。


 立ちあがってもなお、彼女の状態が変わらないことを確認してから、

「よし、行こう、みんな」

 姿は見えないけど、頼もしい仲間たちに向かって声をかけた。


 両手がふさがっているので、シロちゃんに肩に手を当ててもらって先導してもらい、先ほどよりもゆっくりと進んでいく。


 さらに倍以上の時間が経過したあと……遠方上方に、オレンジ色の光が見えた。歩を進めるたびにその光はだんだん大きくなっていき、それは出口のところで焚かれている火だというのがわかった。


 別に外に出るわけじゃなくて洞窟に出るだけなのに、深い暗闇に長くいたせいですごく明るく感じる。


 まぶしさに目を細めながら、私たちはリザードマン的最高難度の通路から抜け出すことに成功した。


 クロちゃんに視線を落とすと、彼女はいつもの感情のない顔で抱かれていた。……なんだか自分の身には何もなかったみたいな顔をしてるけど、それが照れ隠しというのはすぐにわかった。


「大丈夫? クロちゃん?」

 顔を覗きこみながら聞いてみると、

「あかるい……」

 彼女はいつもの口調で、ぼそりとつぶやいた。

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