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「んん~っ」
瞳を閉じ、熱い口づけを交わす……イヴとウサギ。
夢中になるあまり、誰かに覗き込まれていることにも、気づきませんでした。
「……あ、あの~」
ヤボな声が割り込んできます。
いいとこなのに、邪魔するんじゃないわよ……! とウサギごしに睨みつけたイヴは、ハッと目を見開きました。
「り……リリーっ!?!?」
天と地がひっくり返ったような声とともに、イヴは飛び起きます。
さっきまで愛を誓いあっていたウサギを、どこか遠くに放り捨てて。
リリーだと思っていたウサギは、別のウサギでした。
まったくの無関係だったウサギとキスをしているところを、よりにもよってリリーに見られてしまったのです。
リリーはドン引きした様子でした。
見てはならぬものを見てしまったかのように、あとずさりしています。
「あっ……ごごご、ごめんねイヴちゃんっ!? イヴちゃんがまさか、そんなに……溺愛するほど好きだったなんて、知らなくて……!!」
「溺愛じゃないわよっ!! 誰がアンタなんかをっ!!」
イヴは、鼻血が噴出しそうなほどに熱くなっている顔を伏せ、リリーを怒鳴りつけます。
穴があったら生き埋めになりたい気持ちでいっぱいでした。
「えっ、私? ウサギじゃなくて?」
罪のないリリーの一言が、さらにイヴを苦しめます。
「ぐわあああああああああああああああーーーーーーーーーーっ!!! アンタもウサギも、どっちもよぉおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーっ!!!!!」
もうどうしていいかわからず、イヴは絶叫とともにリリーの頭をぶん殴りました。
もしこれでリリーが死んだら、自分も岩に頭をぶつけて一緒に死ぬつもりの覚悟で。
でもリリーは死にませんでした。大きなたんこぶができたくらいです。
「い、いったぁいっ!? ……ひ、ひどいよイヴちゃん!? なんでぶつの!?」
頭を押さえながら、リリーは半泣きで抗議しました。
イヴは沸騰しそうな頭をなんとか働かせ、話題をすり変えます。
「あっ……アンタが勝手にいなくなったからよっ! いったい今までどこほっつき歩いてたのよっ!?」
「今まで、って……そんなに長い時間だった? ちょっとだけだと思ってたんだけど……」
リリーの言い分はこうでした。
貴婦人と『ひみつの森』で話したあと、貴婦人から「お話はリリーさんで最後だから、今日の授業はこれで終わりです」と言われたそうです。
そこでリリーは、せっかくだから『ひみつの森』で木の実を探してみることにしました。
リリーは木の実が好物です。でも『ごちそうの森』ではいくら思い描いても出てこなかったので、木の実が食べたくてしかたがありませんでした。
なので、スキあらば森に入って木の実を探していたのです。
そして……リリーはついに、見つけてしまいました。
「……生きてるフタ?」
イヴはいぶかしげに問い返します。
「うん。森の中を歩いてたら、床下収納みたいな両開きのフタが地面にあって……なんだろうなと思って近づいてみたの。おそるおそるフタを開けてみたら……水たまりがあって……その水たまりの中にはなんと、村の外の風景があったんだよ!」
「……なんですって!? それ、出口じゃないの!」
「そうなんだよ! ……でも、これで村から出られる、って思ったとたん、フタがいきなり動き出して、逃げられちゃったんだ……」
「ハァ、だから、生きてるフタ、ってわけね……」
「それでね、思ったんだ。もしかして、フタがずっと逃げてるから、私たちは外に出られないんじゃないか、って……」
「ふぅん、じゃあソイツ……フタをとっ捕まえれば、この村から出られるってわけね」
「うん。たぶん……。ところで、他のみんなはどうしたの? この村から出る作戦を思いついたから、伝えたいんだ」
「アンタがいなくなったから、他の森を探してんのよ」
「そっか……みんなに謝らなくっちゃ。イヴちゃんも心配させてゴメンね。行こっか」
森の外に向かって、リリーは歩きだします。
その背中に向かって、イヴは声をかけました。
「……ねぇ、リリー」
「ん、なに? イヴちゃん」
「この森で見たこと、誰にも言うんじゃないわよ。もし、誰かに言ったりしたら……たんこぶを一生、その頭にこさえ続けてやるんだから」
「そう言えばイヴちゃん、キスする前も『一生』とか言ってなかった? 一体なんの……あわわっ!? い、言わないよ……絶対、言わない……!」
途中でイヴに凄まれたリリーは、慌てて「お口チャック」の仕草をしてみせました。
小一時間後……仲間たちと合流したリリーは『ごちそうの森』にいました。
リリーがお腹を空かせていたのと、食事をしながらの会話だと貴婦人から怪しまれないだろうと考えたのです。
リリーはごちそうを口に入れてもらいながら、作戦を伝えました。
「もぐ……でね、んぐ、私は考えたんだ、ごくん。もしかしたら、はぐ、『村から出たい』って思ったら、んん、扉は、あちち、逃げちゃうんじゃないか、ふーっ、ふーっ、もぐっ、って……」
頬張りながら披露された、リリーの推理はこうでした。
『村から出たい』と思って探すと出口は逃げてしまい、見つからず……他のことを考えていると、出口は見つかるのではないか……と。
イヴは頬杖をついて話を聞いています。面倒くさいので、ごちそうは運んであげません。
隣にいるシロも、恥ずかしそうにうつむいたまま、ごちそうを運んでいませんでした。
こういうお世話となると、シロがいちばん張り切るのですが……取り乱して鼻コスリをしてしまったことを引きずっていて、いまだにリリーの目がまともに見れないほど恥ずかしがっているのです。
なので、リリーの口にごちそうを運んでいるのは、ミントとクロのみでした。
「ふぅん、見つけようと思ったら見つからなくて、見つけようと思わなければ見つかるってわけね。でも、そう考えた根拠はなんなのよ?」
イヴが尋ねると、
「使いたいときは使わなくて、使いたくないときは使うもの、なーんだ?」
リリーはいきなりナゾナゾを出してきました。
「はぁ? 何よそれ、そんなものあるわけ……」
「はぁーい! フター!」
険しい顔のイヴの隣で、ミントが元気に手を上げて答えます。
「ミントちゃん正解! 出口の水たまりを覆っていたのはフタだから……きっと、『使いたい』……つまり『村から出たい』って思ってたら、使えないんじゃないか、って思ったんだ」
「……ナゾナゾを好む者の仕掛けとしては、じゅうぶん考えられる」
クロはいつもより大きく頷きました。
普段はさりげないほどしか頷かない彼女ですが、それだけ強く同意しているということでしょう。
貴婦人は授業にも取り入れるほどのナゾナゾ好きです。
たしかにそういう仕掛けでも、不自然な印象はありませんでした。
「フン、まぁ、それはいいわ。で、どうやってそのフタを捕まえるのよ?」
イヴの質問に、リリーは待ってましたとばかりにシャツの袖をまくり上げます。
「じゃあ、肝心の作戦ね……! みんな、よく聞いて……!」
リリーの企てた、水たまりに映る村からの、脱出作戦……果たしてそれは、どんなものなのでしょうか?




